わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「もう、本当アンジェリカ様も無茶振りしすぎだよ」
神殿に大きな変革があってから数日。
シルヴィアは一日の授業を終えるとすぐに騎士団へ向かう毎日を送っていた。
人事異動の影響で神殿がばたばたしているせいだ。
今まではあくまでも「聖女のお手伝い」だったアンジェが聖女業務を一部代行することになり、その引き継ぎで拠点に来られない。
神殿長の部屋の片付けや日常業務の遂行などで他の聖職者も忙しく、代わりに派遣できる聖職者もいない状況。
なので、訓練中に怪我をした騎士団員をシルヴィアが癒やす必要があるのだ。
本当に危険な場合は神殿に駆け込めばいいわけだし、どうせ騎士団の様子も見ておきたいのだから特に問題はないのだけれどやっぱり忙しい。
同じく、学校が終わるとすぐ騎士団に顔を出している(こっちは前からだけれど学校から近いのでだいぶマシ)エリザベートが苦笑して。
「まあまあ。良い変化も多いのでしょう?」
「そうだけど。アンジェが来られない日が増えるとやっぱり大変だよ。わたしが卒業するまでこれで間に合わせられるかなあ」
「卒業したら自分で対応するつもりなんですの? さすがにそれまでには体制が整ってもらわないと困るのですけれど」
「それは確かに」
とりあえず今日の治療は終わらせた。
後は書類仕事を手伝ったり、騎士団員やスタッフからの相談事に目や耳を通したり。
「と言いますか、シルヴィア? あなたちゃんと休んでいますの?」
「疲れは溜めてないつもりだけど?」
睡眠時間は確保しているし、最近は倒れたりもしていない。
「それを言ったらエリザベートだって似たようなものじゃない」
「わたくしは身体を鍛えていますもの。あなたは騎士学校を卒業してから運動量が減る一方、逆に負担は増えているでしょう?」
「でも気絶とかはしてないし」
はあ、と、深いため息。
紅の瞳がじっと見つめてきて、
「気絶するなんて本当に危険な状況だけですわ。あれは身体の防衛本能。無理やりにでも休まないとまずい状況ではありませんの」
「うーん。これくらい平気だと思うんだけどなあ」
「いえ、休養は多めに取るに越したことはありませんよ」
「リゼット様」
騎士団長室に美しい少女が入ってきた。
彼女はエリザベートの机に「確認をお願いします」と書類を置くとシルヴィアを振り返って、
「魔力の消耗は思った以上に負担となります。シルヴィア様は限界まで神聖魔法を行使するくせがありますから心配です」
「それ、リゼット様は大丈夫なんですか?」
「わたくしは限界まで行使することはめったにありませんし、アンもいますから」
エルフは細身で頼りなげに見えるけれど上位種族の一つであり、人より寿命も長い。ハーフとはいえエルフの血を引いているリゼットも見た目より丈夫だ。
いざとなれば魔力による身体強化も可能だし、基本デスクワークなのでそこまでの負担もない。
「請われて墓地に赴いたり、あちこちの仕事を手伝っているあなたのほうがよほど心配ですわ」
「そうですよ、シルヴィア様。なにかあってからでは遅いのですから」
「二人してわたしを
「違うんですの?」
「違うのですか?」
「違うよ⁉」
ついつい素の口調で言ってしまった。
シルヴィアの本性はただのゲーム好き。太らない程度にお菓子をたしなみつつゲームをしていればそれで幸せな人間である。
なにを好き好んで仕事に没頭しなければならないのか。
「うーん。でもそこまで言うなら……。と言っても授業も、こうやって騎士団に顔を出すのも必要なんだよね」
「いっそ授業に出なければいいのですわ」
「なにその不良生徒」
「試験にさえ合格すればいいのですからどうとでもなるでしょう」
「いや、それもなんか悪いことしてる気が」
こういう性分がいけないのか。とはいえ性分なので簡単には変えられない。
「言われてみると最近ご飯の量も増えてるんだよね」
「心労のせいか、そうでなければ活力が不足気味なのですわ。きちんと食べて寝なさい」
「うん、そうする」
とりあえず業務量をちょっとずつ減らしてみることにした。騎士団の食堂で美味しい料理を食べれば元気も出るだろう。
貴族学校の食堂も美味しいけれど、幼い頃から食べ慣れた両親の料理はやっぱりほっとするのだ。
食堂でお腹いっぱい食べて少し休憩してから、シルヴィアは貴族学校の寮に戻った。
◇ ◇ ◇
「本当、ほどほどにしておきなさいよね。あんたに死なれると困るんだから」
「ティーア」
黒猫の姿をした魔族の少女が帰りの馬車の中で話しかけてきた。
「ティーアはわたしがいなくなったほうが得なんじゃない?」
「なに言ってるの。あんたのことだから、死に際にあたしへあれこれ命令していくに決まってるわ。動きにくくて仕方ない」
「あー……うん、近くにいたら間違いなくやるね」
とはいえこうして心配してくれているのだからやっぱり優しい。
膝に載せた彼女をそっと撫でる。
ララたち狼獣人三姉妹の毛並みや尻尾も心地良いけれど、ティーアの体毛も上質な手触りでたまらない。いつまでも撫でていたくなる。
この魔族はヴァッフェと違ってかなり気まぐれなのでなかなか相手をしてくれないのが困りものだ。
実際、今も微妙に嫌そうな様子で、
「ま、あいつらが言ってたほど神聖魔法の行使は問題ないと思うけど」
「聞いてたんだ。……問題ないって、どういうこと?」
「前はあなた、何度か倒れていたけれど、最近は倒れなくなったでしょう?」
もう一人の魔族、ヴァッフェも話に入ってきた。
同乗しているゼリエは猫と下着が喋っている光景に眉をひそめつつもスルー。
「うん。わたしが限界を見極められるようになったのかなって思ってたけど、違うの?」
「違わないけれど、それだけじゃないわ」
「あんたの身体自体が神聖魔法に慣れてきている。そりゃそうよね。あれだけ強力な神聖魔法を日常的にぽんぽん使っていれば」
「? なんの話?」
単なる慣れとは別の次元の話が展開されている気がする。というか、この魔族たちが揃ってこんな、上位種族特有の知識みたいなのを開示してくれるなんて。
「あのね。あんたたちが思っている以上にあの『聖女』や『聖女見習い』ってのは特別な存在なのよ。そして、あいつらと同等かそれ以上に神に愛されてるあんたも同じ」
「一定以上の素質を持つ神聖魔法の術者は、度重なる魔法の行使によってその身を近づけていくの」
「なにに?」
「神の力を地上に引き出すための道、管、川のようなものに」
ぞくっとした。
それは、なんというか。前世の知識も使って理解しようとすると、
「わたしが人間を辞めつつある、みたいに聞こえるね」
「そう言っているもの」
「マジですか」
「なによその口調」
いや、だってそれどころじゃないし。
さすがにこれにはゼリエも険しい視線を向けてきて、
「シルヴィア様の命が危ないということでしょうか?」
「だから危険はないってば。単にこいつが人間離れしていってるってだけ」
「あら、ティーア。そこまでわかっているならこの子に付き合うの、渋る必要もなかったんじゃないかしら?」
「こんな馬鹿みたいに神の力を引き出し続けるとは思わないじゃない」
「そんなに使ってるかな?」
暗殺の件や墓地の件。そのほかにも騎士団の魔物討伐を手伝ったり、貴族学校生に請われて魔法を披露したり、騎士団員の治療をしたり、道行く人が怪我したのを助けたり。
たまにおやつを出すのに使ったりもしているし……うん、けっこう使っている気がする。
「わたしが上位種族になる、ってことでいい?」
「そうね。……詳しくは『聖女』にでも聞いてみたら? あたしの見立てだと近いうちに出るはずだから」
「なにが?」
「聖紋」
その予言どおり、それから二週間もしないうちにシルヴィアの身体に、どこか神聖な紋様が浮かび上がった。
輝きを放つ紋様を目にしたゼリエとスリスは大慌てだったけれど、シルヴィア当人は意外と落ち着いていて。
最初に思ったことは、
「うん。唐草模様とか漢字とかだったらどうしようかと思った」
ある意味くだらないけれどとても切実な問題についてだった。