わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「イリス様。商会のほうはいかがですか?」
「おかげさまで順調ですよ。本部の建設も終わりましたし、良い人員も確保できています」
イリスが目指しているのは自分たちで売り物の買い付けから運搬、販売までをこなす総合的な商会だ。
初期資金には王女として蓄えた財産が使われ、貴族相手の商売や平民向けの露店などで稼いだお金もふんだんに注ぎ込まれている。
経理や事務、情報の取りまとめなどを行う本部、都に置く店舗、買い付けと運搬に使う馬車。必要なものは数多い。
費用は騎士団本拠と同等かそれ以上、動き始めてからも人件費が飛んでいくこと、カバーする範囲が広いことを考えれば総合的な出費は想像するだけで恐ろしい。
とはいえ商売とはそういうものである。
買ったものを高く売る。利益の中から人件費や設備費などを差し引いた残りが純利益。これを設備投資等に当てて事業を拡大していく。
「商売はとても楽しいですね。知恵と工夫でお金を稼ぐ喜び。何物にも代えられません」
「わたしにもそのお気持ちは少しわかります」
経営ゲームとかやっていると最終目標を達成してもしばらく利益を増やし続けたりしたくなるし。
「ふふっ。ありがとうございます。やはりシルヴィア様は素晴らしいパートナーですね」
「そうですか?」
「ええ。お兄様なんて『金を稼ぐために金を費やすなんて馬鹿じゃないのか。失敗したらどうするんだ』と全く理解してくださらなくて」
ごめんなさい、正直その気持ちもわかります。
ゲームならやり直しがきくしバランスもある程度考慮されているけれど、リアルの経営は理不尽いっぱいの高難易度。
ちょっと自分でやりたいとは思えない。
「もちろん、私だって大失敗しない努力はしているのですよ? 適材適所。売り物をたくさん揃えて、どれかが駄目になってもほかで補えるようにするですとか」
「それはとても良いことですね」
「でしょう?」
「はい。従業員の方を飢えさせないためにも事業の安定は必要です」
「わかります。……ああ、いっそのことシルヴィア様が共同経営者になってくださればいいのに」
「わたしはアイデアを採用していただいているだけで十分ですよ」
なんだかんだいくつかの商売に関わって利益の一部をもらっている。総額に直すとなかなかの額であり、これは両親やマリーが新しいレシピを考案するための費用などに使われている。
そう考えるとシルヴィアもある意味経営をしているのだけれど。
「そうです。シルヴィア様。冬向けの商品、なにかいいものはございませんか?」
「下町向けですか? 冬ならばやはり煮込み料理などではないでしょうか」
冬といえばあったかいもの。
こたつでアイス、とか言えるのは暖房をふんだんに使える上流階級の特権である。
「やはりそうですか。煮込み自体は珍しくないようなので、なにか変わったものが作れないかと思うのですが」
「変わったもの……。そうですね」
思い出すのはコンビニのレジ横商品。
「中に具材を詰めたパンを温めた状態で提供するのはいかがですか?」
「温めて美味しい具材を中に詰めるわけですね。温めには石焼き芋の技術が使えるでしょうか」
「良いと思います。というか石焼き芋自体も売れそうですね」
公爵領では芋以外にもいろんな野菜で試してどれがいいか試行錯誤しているとか。
「後は……昆布出汁だけだと少し寂しいかもしれませんが、味付けした汁で煮た具材を一個単位で売るのはいかがですか?」
「具材を? スープではなく?」
「汁も少量付けるべきですが、メインは具材ですね。串かなにかに刺して提供するといいと思います」
芋に大根、人参、煮込むと柔らかくなる肉の部位やトマトなどもいいと伝えると「案外美味しそうですね」と言ってもらえた。
「ある程度お腹に溜まるのも喜ばれそうです。他にはなにかありませんか?」
「うーん……そうですね」
お汁粉は小豆がメジャーじゃないし砂糖をたくさん使う。甘酒は材料が手に入らない。チキンは手間がかかりすぎ。
コンビニからは離れたほうがよさそうだ。
「ホットワイン自体は飲まれていますが、ワインにスパイスを入れる飲み方は広まっていますか?」
「この辺りではあまり親しまれていませんね。もう少し寒い地方ですと馴染みがあるようですけれど……。ああ、スパイスと言えば」
「はい。香辛料をいくつか仕入れているのでついでに使えないかと」
唐辛子等々の香辛料が合うかどうかはわからないけれど、身体は温まるはず。
「スパイスを入れるとワインの風味は飛んでしまいそうですし、酒は安いものでも良いかもしれませんね。ありがとうございます、シルヴィア様。検討させていただきます」
うまくいけばまた収益が入ってくる。
アイデアを伝えるだけでお金になるのだからある意味いい取り引きである。
「それにしても、珍しい食材を定期的に仕入れるとなると案外仕入れ値が気になりますね」
「需要がなかったから安く購入できたのであって、需要があれば高くなるのは自然ですね」
「そうなのです。我が商会で直接買い付けできるように進めておりますが、なにしろ太いルートのない商品ですので時間も手間もかかります」
ものによっては保存方法を工夫しないといけないのでなおさらだ。
「いっそのこと自分たちで作れればいいのですけれど」
「作れるのですか⁉」
「さすがに栽培はまったくわかりませんけれど、わたしも食べたいものがいろいろありますので、考えてみてもいいかなと」
自分で作れれば買い付けを気にしなくてもいい。
海産物はさすがに難しいとしても植物系くらいは作れるようにならないだろうか。
「……そういえば、イリス様。そちらの商会員にちょうど良い人材がいたと思うのですが」
「奇遇ですね。私も彼女のことを思い出しておりました」
シルヴィアはイリスと笑顔で握手した。
◇ ◇ ◇
「植物の栽培と研究を私に任せてくださるのですか⁉」
イリスの仲介でシルヴィアが再会したのはロゼという女性だ。
本名はロザリー。実家は男爵家でれっきとした貴族令嬢だったのだけれど、結婚を嫌だと蹴ったうえに植物の研究ばかりしているので家を追い出された──という、なかなかに個性的な人物だ。
名前通りワインレッドの髪と瞳を持っており、着飾れば人目を惹けそうなのに、仕事のために髪は短くまとめられている。
「はい。ロゼ様さえよろしければ」
「そんな。様など不要でございます。私は望んで平民となった身。子爵であるシルヴィア様がへりくだる必要はございません」
元平民にへりくだることも特に気にならないとばかりに微笑むロゼ。
「それよりも、お話は本当なのでしょうか?」
「ええ。ロゼは今、商会で植物関係の買い付けを担当しているのでしょう? そちらから離れることになるので無理にとは言わないのだけれど」
「やります!」
あくまで今日は話だけのつもりだったのに即答である。
「本心では植物の研究を続けたかったのです。けれど、我が家にはそんな私を食わせていくだけの余裕がありませんでした」
「研究はお金がかかるものね」
成果をお金に替えるノウハウがあればまた違ったのだろうけれど。
「あくまでもわたしは食材として使えるもの、イリス様は商品になるものを希望だから、研究対象は限られてしまうと思うけれど」
「構いません! むしろ、研究所と畑はどうなさるのですか? かなりお金がかかってしまうと思うのですけれど」
「それなら、陛下に許可をいただいたうえで、敷地だけはわたしが確保しようと思っているの」
「え?」
以前、戦闘中とっさに石段を作って思ったのだ。
「壁だけならわたしの神聖魔法で作れそうだから、騎士団本拠の傍に場所を確保できると思う」
「は、はあ……?」
なに言ってるんだこいつ、という顔をされた。