わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「シルヴィア様、荷物の積み込みが終了いたしました」
「ええ。ありがとう、ゼリエ」
答えて、シルヴィアは読んでいた本を閉じた。
本をゼリエに預けて立ち上がる。寮の私室からはすっかり物がなくなってがらんとしていた。
卒業式の翌々日。あらかじめ荷造りしやすい状態にしてあったので片付けはすんなり終わった。
この部屋は四月までの間に清掃が行われ、また新しい一年生に宛てがわれる。そうして伝統が受け継がれていくのだ。
「それじゃあ、最後の用事を済ませたら行きましょうか」
ほとんどの生徒には挨拶を済ませている。
最後に顔を出したのは今度二年生になる貴族学校の一年生──とある男爵令嬢のところだ。
「お世話になりました」
「いいえ、そんな、こちらこそ。お姉さまにはいろいろと助けていただきました」
お姉さま、と、尊敬をこめて呼んでくれる彼女には制服を渡す約束をしていた。
『ねえ、ゼリエ。制服なのだけれど、卒業後も部屋着として使うわけには……いかないのよね?』
『はい、残念ですが諦めてください。万が一どなたかに見られた場合「トー子爵は普段着も用意できないほど貧乏だ」と噂が立ちます』
前世なら部屋着に高校のジャージを着ている二十代とか珍しくなかった(※あくまでもシルヴィアの主観)と思うのだけれど、貴族もなかなか大変である。
制服自体も傷んできたものを着るのは見栄えが悪い、ということで丁寧に補修しながら何着かを着回してきた。
おかげで初代制服も現役だったものの、もう着られないとなると少し勿体ない。
『そうだ。誰か必要としている人に譲ることはできないかしら』
『他人の制服を譲り受けるのも外聞は良くないと思うのですが……』
それとなく後輩に話を振ってみると意外と「欲しい」という人が何人もいた。
イザベルがそうだったように男爵令嬢はそれほどお金に余裕がないのだ。まだ使える制服なら欲しいのが本音なのである。
その中に「妹も二年後に入学するので……」と困っていた子がいたので、形ばかりの礼金を受け取る代わりに
彼女へ譲ることにした。
「こちらがお約束の品になります。お手数ですがすぐに確認していただけますか?」
「ありがとうございます。ただちに確認いたします」
スリスから相手のメイドに衣装箱が手渡され、中身をあらためられる。自分の着ていた服だと思うと少し恥ずかしいけれど、きちんとクリーニング(相当の行為)は行っているので綺麗な状態である。
幸い、相手のメイドも表情を綻ばせて、
「大変状態の良い品をこんなに……。心より感謝いたします、トー子爵様」
「そんな。わたしこそ、まだ使える制服が無駄にならずほっとしております」
せっかくだからお茶を飲んでいかないか、という後輩の誘いを丁重に断り、図書館に本を返してから馬車に乗り込んだ。
「三年間、ありがとうございました」
門を出る際に振り返ってお礼を言う。
といっても、図書館は卒業後も利用可能なので来る機会はありそうだ。なんだかんだ騎士学校のほうにもたまに立ち入っているし。
すっぱり一度にお別れにならないのがシルヴィアらしいような気もする。
さて。
向かう先は『銀百合』本拠。
屋敷を持たないシルヴィアはこれからそこを家にすることになる。
◇ ◇ ◇
そして。
「お互い大人になったし、もう我慢しなくていいよね?」
「ちょっ……⁉」
着いた途端、シルヴィアはクレールに詰め寄られた。
彼女たちも一日遅れの昨日、卒業式を迎え、晴れて成人の身。
上級騎士学校生は「どうせ後輩とはまた騎士団で会う」というのもあってかいち早くこっちに引っ越してきたようで、すでにエリザベートもイザベルも本拠に到着済み。
さすがに他の同級生はまだ到着していなかったけれど──それを気にしている余裕が今はない。
なにしろ建物の中に入ってすらいない。
シルヴィアは思わず周りを見渡した。幸い、その場には出迎えに来てくれた仲間たち──クレールにエリザベート、イザベル、リゼット、ラシェル、それからアンジェしかいない。
仲間たちのメイドさんはみんなだいたいの事情を察しているので生暖かい表情をするだけで済んでいるけれど。
「……クレールも最近は大人になったと思ったのに」
「そんな簡単に大人になるわけないじゃん!」
ごもっとも。
「この脳筋。それにしたって少しは待ちなさいな」
「え、っと。その、エリザベート? もしかしていろいろ説明しなくても平気?」
「当然でしょう? 全員、あなたたちのことはだいたいわかっていますわ」
うわあ。
「卒業までは、と、わたくしたちも想いを抑えていたのですよ、シルヴィア様?」
「……リゼット様。その、その言い方は反則です」
なんだかもう慣れてきてしまっていてあまり気にしなくなってきた好感度表示だけれど、あらためて確認すればすごいことになっている。
具体的に言うとラシェル以外が95超え。そのラインを超えた時点で好感度は下がらなくなるので、もう彼女たちはシルヴィアがなにをやっても「そういうところも可愛い」で許してくれる状態だ。
さらに、一番低いラシェルでも80を超えている。
意外かというと……正直、わかってはいた。
クレールからは一度告白されているし、エリザベートとも似たようなことがあった。
リゼットからは明確に告げられたわけではないものの「女同士でも子供を作れる」とふたりきりの時に言われている。暗に想いを告げられたも同然だ。
アンジェとは、ある意味、一番絆が深いようなものだし。
「そうですね。わたしも、もう大人になったのですから」
きちんと気持ちを示さないといけない。
本当はこれでも引っ張りすぎたくらいだ。シルヴィアが自分の責任を取れるようになるまで……という意味では仕方ないのだけれど、クレールたちにだって結婚が必要になるかもしれない。
諦めてもらうなら早いほうがいい。いろいろな意味で。
「部屋で話をさせてもらってもいいかな?」
誰もノーとは言わなかった。
向かったのは寮の私室ではなく戦略家の仕事部屋。メイドたちは皆まで言うなとばかりに部屋の外で待機してくれる。
集ったのは大切な人たちだけ。
全員がなにも言わず、静かに言葉を待っている。逃げずに向き合うのなら今更急かしはしない、ということだろう。
鼓動が、早くなっていく。
「あのね」
この場は飾らず、素直な言葉を口にすることにした。
リゼットやアンジェには敬語を使うべきなのだけれど、このほうが気持ちが伝わるはず。
シルヴィアは彼女たちを大切に思っている。
失いたくない。手放したくない。
だから。
「わたしは、みんなが好き。みんなと一緒にいたい。わたしが好きな人にわたしを好きでいてほしい」
だからこそ、気持ちに嘘はつかなかった。
大切だからこそ裏切れない。騙してまで繋ぎ止めておきたくはない。
『恩恵』に示された通り。
わがままで身勝手で非常識な心の内をそのまま口にした。
「どうか、みんなの『一番』をわたしにください」
本当に、どこのハーレム主人公だよという話である。