わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「ようこそお越しくださいました。みなさまのご滞在を歓迎いたします」
目的の山は草木の多い豊かな場所だった。
麓の村もまた規模のわりに困窮した様子はなく、村人たちはみな笑顔。
前もって使いを送っているとはいえ、大人数で押しかけたシルヴィアたちにも嫌な顔ひとつしない。
「ここはいいところですわね」
「そうでしょう? 天使様のおかげで実り多き土地柄なのです」
「天使様は村へ降りて来られるのですか?」
「基本的にお顔を見せてはくださいません。……時折、人間のフリをしてやってこられることがあるようですが、あいにく私はお会いしたことがなく……」
村長の声にも天使への尊敬が溢れている。
聖なる山──というか天使の存在のおかげか村には魔物が寄り付かないらしい。それでも村が街に発展しないのは天使の意向か、さすがに僻地すぎるからか。
「聖女様の修行をお助けするのもこの村の大事な役割なのです。……ところで、アンジェリカ様はご一緒ではないのですか?」
「アンジェリカ様はご多忙により神殿に残られました。今回は私と、こちらのシルヴィア様の二人で天使様を訪問いたします」
すると村長はシルヴィアにじっと視線を向けてきた。
「失礼ですが、あなた様は資格をお持ちで?」
「資格、というのがなにを指すのか次第ではありますが……」
身につけていた手袋を外し、聖紋を浮かべる。
村長は目を見開くと「おお」と感動を顕にした。
「大変失礼をいたしました。あなた様は間違いなく資格をお持ちです。……むしろ天使様に会うべき方だ」
「お許しをいただきありがとうございます。どうか、わたしたちの滞在中、みなをよろしくお願いいたします」
「かしこまりました。皆様を村総出でおもてなしさせて頂きます」
村の食事は素朴ではあるものの量はたっぷり、心のこもった味で、お嬢様であるエリザベートも「美味しいですわね」と驚いていた。
「ここならば新鮮な食材が採れますものね」
「都だと魔道具を使っても運ぶ時間があるもんね」
ここの食材を取引できれば……とイリスのようなことを思ってしまったけれど、村長によれば山の食材は「食べる分だけ採ることのみ許されている」らしい。
下手に手を出すと天使から罰が下る。
時折、密猟者が悲惨なことになったりもしているのだとか。
「……ところでシルヴィア。あなた、いつからその聖紋を隠していたんですの?」
「あはは。ごめんなさい。あまり言いふらすものでもないらしいから」
「それはわかっていますけれど。……いえ、食事の席でする話でもありませんわね」
食事の後、宿泊場所として借りた小屋に移動して。
「聖紋は聖女就任の際に天使から授かるもの。……そうですわね、アンジェ様?」
「はい。シルヴィア様がお持ちなのは異例です」
「シルヴィアが神様関連でやらかすのは今に始まったことじゃありませんわ」
ひどいけれどその通りなので反論できない。
「エリザベートはどうしてそのこと知ってるの?」
「お父様から聞かされたのですわ。必要になる知識だろうからと。一部の貴族が口伝で伝えてきた知識なのだとか」
「ええ。デュヴァリエほどの名家ならば伝わっていてもおかしくありません」
「聖女の権威を高める意味ではむしろ喧伝してもいいようなもの。にもかかわらず広めていないのは注目を避けるためでしょうね」
聖女とはいえ女が力を持ちすぎるのは今でさえあまりいい顔をされない。昔はもっと厳しかったはずだ。
加えて、天使にそんな力があると知られれば「聖女を量産できないのか」とか「捕らえて働かせられないか」とか言い出す輩が出てきかねない。
「公爵様はわたしのことを予想していたのかな?」
「さすがのお父様でもそこまで見通していたかはわかりませんわ。いずれにせよ、アンジェ様と交流がある以上は関わることになっていたでしょうし」
「エリザベート様が同行を申し出てくださったのはそのためでもあったのですね」
「そうなんだ。わたしはてっきり一緒の時間を作りたいのかと……」
「シルヴィア? 皆まで言わないとわかりませんの?」
ジト目で睨まれた。ほんのりと頬も赤く染まっている。
「それにしても、仕方のない話とはいえ二人だけで山登りとは大変ですわね」
「魔物はいないらしいし休みながら行けば大丈夫じゃないかな」
「あなたたちの体力で無理は禁物ですわよ。水と食料も念のため多めに持っておくこと」
「そうする。……まあ、いざとなったら魔法でも出せるし」
「そういえばそうでしたわね。……つくづく神聖魔法は難解ですわ」
シルヴィアからすると魔法のほうが難しいのだけれど。
◇ ◇ ◇
一泊した翌朝、シルヴィアとアンジェは山のすぐ傍まで仲間や兵に見送られた。
「本当に気をつけて行くのですわよ?」
「アンジェ様、シルヴィアさんが無茶をしたら止めてくださいね?」
「もう、イズってば。わたしそんなに無茶しないよ」
二人が纏っているのは巫女の衣だ。
アンジェのものは真っ白。シルヴィアは月巫女用の七割が白のもの。
みんなに見守られながら山へ一歩を踏み出して──。
「わ……⁉」
瞬間、景色が変わった。
今まで見えていなかった『物』が突然姿を表したのだ。山中に転々と立つ支柱と頑丈なロープ。そしてシルヴィアたちのすぐ傍に位置する金属製の箱。
丈夫そうなガラスで外が見えるように造られたそれにアンジェも、エリザベートたちも目を丸くする。
「な、なんですかこれ?」
「まさか、この箱が移動するんですの? だ、大丈夫なのかしら」
そうなるのも無理はない。
前世の記憶を持つシルヴィアが端的にその名を言い表すのなら──これは
見送りについてきた村長は驚きつつも「天使様のお導きでしょう」と頷く。
「お二人が歓迎されている証です。おそらく危険はないでしょう」
「ならいいのですけれど……。それにしてもこれ、どうにかして魔道具に応用できないかしら」
「ここでの出来事は天使様のお力によって徐々に記憶から消えていきますので、それは難しいかと」
ひょっとしてアンジェリカの話しぶりが曖昧だったのもその力のせいか。
「アンジェリカ様も、天使様とお会いした時のことは詳しく覚えていないと仰っていました」
「聖女様が相手でもそこまでするなんて、天使様は暮らしを脅かされるのを嫌っているのですね」
シルヴィアはアンジェを促して箱の中に入った。
操作する必要があるのかと思ったらひとりでに閉じてゆっくりと動き出す。
せっかくなのでエリザベートたちに手を振ってみると「どうしてそんなに余裕があるんですの」という顔をされた挙げ句、アンジェに左腕を抱きしめられた。
「あ、あの、アンジェ様?」
「お願いします、シルヴィア様。到着するまでこうしていてください」
客席もあるので落ち着いたほうが……と申し出てみたものの、アンジェは「なにかあった時のために」と座ってはくれなかった。