わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「なんか、シルヴィアが遠くに行っちゃった気がする」
エリザベートとイザベルが部屋に戻った後。
クレールが片付けの手を止めてぽつりと呟いた。
こんなに近くにいるのに。
「わたしはやっとクレールたちに近づけた気分だよ」
SLGなら自軍全てに指示を出す立場だけれど、クレールたちは自分で判断して戦える。
戦略コマンドで一発支援したら終わりじゃあまりにも無力だ。
「神聖魔法が使えればみんなの怪我も治してあげられるし、少しは役に立て──っ!?」
くいっと腕を引かれて、シルヴィアはベッドに押し倒された。
見上げれば、少女の顔がすぐ近くにある。
大好きな黄緑色の瞳だけじゃない。整った顔立ちも、小さな唇も。爽やかなクレールの匂いもいっぱいに感じられて。
顔の横に突かれた右手が逃げ場をゆるやかに奪っている。
夜の寮内は静かだ。
昼間なら室内で訓練を始める子がいたりする(だいたいエリザベートに怒られる)けれど、今ならば雰囲気を壊される心配はない。
「ね、どこにも行かないでよ、シルヴィア」
ぴろん、と、好感度の上昇する音がタイムリミットを告げる。
『95/100(永遠の愛)』
「~~~っ!?」
シルヴィアは声を出さずに悲鳴を上げた。
親友の瞳が熱を帯びている。冗談では済みそうにない。
「好き。大好き。ずっと一緒にいたい。あたしと一緒にいよ?」
説明書きによれば、好感度95以上に到達するとある特殊な効果が発動するらしい。
──好感度が94以下に下がらなくなる。
憎まれ口を叩いても「そんなところも可愛い」、別れ話を切り出しても「嫌! ぜったい離れない!」。そんな風に愛情が持続し続ける。
永遠の愛にルビを振るとしたら「ヤンデレ」だ。
クレール・エルミートはこれから一生シルヴィア・トーを愛し続ける。
なにがあっても。
なにがあっても?
「ねえ、クレール」
シルヴィアは親友からの愛情を心底から「怖い」と思った。
「どうして、わたしなんかをそんなに好きでいてくれるの?」
身の危険、という話じゃない。
「わたしはクレールと同じ気持ちを返せない。ちゃんと愛してあげられない。だから、こういうのは」
抱いたのは自分自身への恐怖。
シルヴィアはここまで来てもなおクレールに対して親愛を抱いている。彼女のことは可愛いと思うし、恋人同士になれたら幸せだろうとも思う。
けれど、ただ一人だけに絶対の愛情を向けるような強い気持ちはない。
エリザベートやイザベルから告白されたらきっと同じ気持ちになる。
──みんなから愛されたい。
可愛がられて、守られて、みんなの気持ちを一人占めできたらいちばんの幸せだ。
神から与えられた恩恵は確かにシルヴィアの本質を表している。
「わたしは悪い子なの。一人だけ安全なところでみんなに守られて、みんなの優しさに甘えて、ずっとそのままでいたいと思ってる。だから」
「いいよ」
空いた左手がそっと頬に触れてくる。
「……クレール?」
「いいよ、それでも。それでもあたしはシルヴィアのことが好きだから」
等量の愛を返せなくても。
「ね、シルヴィア? あたしは難しいことわからないけど。悪い子は人助けのために倒れるまで頑張ったりしないんじゃない?」
「それは」
「シルヴィアは良い子だよ。優しい子。だからあたしはシルヴィアが好き」
温かい。幸せ。嬉しい。
誰かからの愛情というのは本当に甘い。
許されて愛されていると、もっともっとそれが欲しくなってしまう。
求めてはいけないはずなのに。
「クレールの好きは、どんな好き?」
尋ねると、少女は何度か瞬きをしてから答えた。
「男とキスするくらいならシルヴィアとしたい。そういう好きだよ」
「────」
『と』と表現した以上、それは相互、唇と唇のそれで。
一定年齢以上の女子が異性と唇を合わせる行為は契りに他ならない。
「
「いいよ。それがあたしの本当の気持ちだから」
愛に浸されて、愛に縛られる。
ハーレム。自分勝手で我が儘で夢のような話だけど、人は物じゃない。手に入れて終わりにはならない。
愛された以上、同じ量じゃなくても愛を返さないといけない。
愛を手に入れれば手に入れるだけ、シルヴィアも愛に縛られて溺れていく。
それでも。
「ありがとう、クレール。わたしも大好きだよ」
シルヴィアは腕を伸ばして、家族同然の少女を抱き寄せた。
「でも、わたしたちまだ子供だから。今はこれで許してくれる?」
「……うん」
クレールは自分からも腕を回して、シルヴィアをどこにも行かせないというようにぎゅっと抱きしめた。
身を離すきっかけを失った二人はそれから腕が疲れるまでずっとそうしていた。
◇ ◇ ◇
「なんとかして卒業までに犯人を捕まえようよ」
翌日の夜、シルヴィアたちの部屋には再び四人が集まっていた。
上等な寝間着に身を包んだエリザベートは「ずいぶんと乗り気ですのね?」と不審顔。
ちらりとシルヴィアのほうを見てから「なにか心境の変化でも?」と核心に近づいてくる。
クレールは自身の金髪をくるくるしながら、
「うーん……なんていうかさ。シルヴィアと離れちゃう前に危険をなくしておきたいじゃない?」
「クレール、あなたまさか」
「ついにシルヴィアさん離れを……?」
「二人ともちょっとひどくない!?」
ことあるごとに「一緒に進学しよう」と言っていたので仕方ない気もする。
「まあ、提案自体は悪くありませんわ」
深く頷いて答えるエリザベート。
「ちょうどいい機会もあることですし」
「それって、やっぱり遠征訓練?」
「ええ。それまでに捕まればよし。捕まらなければ罠を仕掛けましょう」
「確実に出てきてくれるようにするってことだね」
二度も企みを阻止した騎士見習いたち。
揃って都を離れる機会を相手が逃すとも思えない。
「でも、罠というと具体的にはどんな……?」
「それはこれから考えますわ」
遠征訓練までにはまだ時間がある。
一同は作戦を練ると共に、今まで以上に訓練に励んだ。
もちろん、残り少なくなった騎士学校での日々をできる限り満喫しながら。
そして。
「来週、六年生次の遠征訓練が行われる」
教室前方に立った老教師が六年生たちに向けて宣言した。
「騎士学校最後となるこの訓練はこれまで学んだことの集大成として今まで以上の難易度となる。皆、心してかかるように」
「先生、具体的にはどんな訓練になるのですか?」
「うむ。今回は馬車で二日の距離にある古城にて宝探しをしてもらう」
王国黎明期に使われていたとされる廃城だ。
既に探索し尽くされており危険物は取り除かれている。毎年騎士学校で使っているのでその点は折り紙付きだし、訓練の前には事前調査も行われている。
「諸君らのうち最優秀の分隊は前日に出発、馬車で宝を運んで古城に隠してもらう。翌日出発した他の分隊は敵の妨害をかいくぐり宝を発見、回収する役割だ」
「たった五人で他の全員を相手にするのは無茶なのでは?」
「だからこそ最優秀の分隊を割り振る。それに、あくまでもこれは訓練だ。過酷な状況をくぐり抜ける想定もまた必要であろう」
「で、俺らの中で最優秀っていうと──」
全員の視線がシルヴィア、ではなくその横にいるクレールに集中した。
「うむ。六年次の剣術大会で優勝、準優勝のクレール・エルミート。エリザベート・デュ・デュヴァリエを擁するラシェル隊に防衛役を任じる」
「謹んで承りましたわ、先生」
「あはは、本気でやるから覚悟してよね、みんな」
二人が笑みと共に応じれば教室内にはざわめきが広がり、
「クレールとエリザベートか。それは手強いな」
「イザベルの飛び道具も厄介だ」
「まあシルヴィアはいてもいなくても変わらないが」
相変わらずシルヴィアだけひどい評価である。事実だが。
「ラシェル隊の四人には残って話がある。詳しい打ち合わせをせねばならんからな」
そうして。
「襲撃の可能性が大きいというのに決行するのですから先生方も鬼ですわね」
「まあ、騎士になったら襲撃なんて当たり前になるんだろうしね」
「そうそう。予行演習は必要だよ。それに防衛役なんてすごいじゃないか。ボクの時は選んでもらえなかった」
あっという間に遠征訓練本番が訪れた。
都の門付近に停められた馬車に荷物を積み込み、全員で乗り込む。
馬車は二頭立てで、御者は専門の女性から選抜された。
宝物は人一人入れるくらいの大きな箱である。あくまで「宝物に見立てたもの」であって中身が本物のお宝というわけではないけれど。
「結局、犯人は捕まらず仕舞いでしたね」
「そうだね。あれから不自然なゴブリン出現はないみたいだし」
移動だけで二日、さらに古城で一泊とはなかなかの旅程である。
「何事もないのであればそれでも構いませんけれど」
「普通に訓練するだけでもけっこう大変だよね」
「さすがに防衛側が勝ったことはほとんどないらしいよ。五人で一日守り切れは無茶だよね」
今回の訓練は間違えず目的地にたどり着けるかどうかも試されている。
防衛役と探索役との時間差は一日。となれば迷って一日遅れた探索役はそれだけで訓練終了だ。
それを考えれば同学年全員に襲われる可能性は低いわけだけれど、逆に言うとやる気満々の分隊にあっさり出し抜かれる可能性もある。
「事前準備も訓練のうち。古城の地図を手に入れたり、わたしたちの性格から宝の位置を読むでもそれはズルじゃない、か」
「要するに古城の位置や内部の図面はそれなりに出回っているわけだね」
毎年騎士学校が使うとわかっていれば家ごとに入手して保管していてもおかしくない。
大学内で先輩から後輩に過去問が受け継がれるようなものだ。
「おかげで私たちも迷わず辿りつけそうですけど……」
「今から気合いを入れ過ぎたら疲れちゃうからね。ある程度気楽に行こうか」
時折馬を休ませ、夜は交代で見張りをしながらの旅路。
もちろん敵は例の犯人だけではないのだけれど、下見に行った教師の活躍か、ただの幸運か、騎士学校の紋章を掲げていたからか、道中なにかに襲われることはなく。
シルヴィアたちは無事、古城のある小さな森の前にたどり着いた。
少し不気味な雰囲気。
宝を運びやすいようにか、猟師の利便性のためか、森の中にも道は続いている。とはいえ馬車は入れないため、御者にはここで待っていてもらうことになる。
「危険があると判断した場合は一人で逃げさせていただきます」
「承知しておりますわ」
「気をつけてね、御者さん」
「みなさんもお気をつけて。ご武運をお祈りしております」
ここまで運んでもらえたおかげで体力の消耗は避けられている。
イザベルの矢筒も多勢を相手にして十分すぎるほどだ。
「じゃあみんな、宝物を運ぶの手伝って」
「わかりました。ですが、ここはあなたの馬鹿力を頼りにしておりますわ」
「エリザベートだってけっこう力ある癖に」
「少しの辛抱ですから」
ずっしりと重い箱をみんなで持ち上げ、古城へ。
蔦や苔に覆われた外壁。石造りのために長い年月を経てもその形を保っているものの、時を経た建物ならではの迫力のようなものを強く感じる。
ぶっちゃけた言い方をするならお化けでも出そうだ。
「さ。ここで迷ったら大変だよね。シルヴィア、道憶えてる?」
「大丈夫。頭に入れてあるよ」
あらかじめ相談し、宝を配置する位置は決めてある。
防衛のため複雑に入り組んだ通路を進み、奥の階段から地下へ。
さらにいくつもの部屋、通路を抜けた先にある広間が目的地だ。
もともとは緊急防衛用に作られた場所らしく、敵に地上階を占拠されてもなお籠城するため、十分な数の倉庫や二つめの玉座を備えている。
地上、そして外に繋がる出入り口は一つだけ。
その入り口から広間へと入ったシルヴィアたちは手にしたランタンで室内を照らして、
「ようこそ、有望な少女たち。ここがあなたたちの死に場所よ」
数十のゴブリンを従えたローブ姿の女が、壊れた玉座の前で待っていた。