わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「……なんだか不思議な気分です」
ほぼ一日、ベッドに寝たまま施術を受けるだけ。
それだけでシルヴィアは自身の魔力が飛躍的に増していくのを実感していた。
この調子なら最終的にはリゼットと遜色ないレベルに到達しそうだ。比例して体調も良くなっている気がする。
椿がそれにくすりと笑って、
「シルヴィア様の素養があってこそですよ。並の人間であれば身体が崩壊しているはずです」
そう聞くとものすごく恐ろしいのだけれど。
「本当に、こんな日を迎えられるなんて」
「人間が天使化する日、ですか?」
「ええ。仲間が増えるというのはそれだけで嬉しいことでしょう?」
「……申し訳ありません。わたしたちは施術が終わったら都に帰らなければ」
「わかっています。それでも構いません。私たちにはたくさんの時間があるのですから」
人としての時間を終えた後でこの里を訪れても遅くはない、か。
それも悪くないかもしれない。
ゆっくりと、シルヴィアはこれから先に思いを馳せて、
「椿。シルヴィア様。少々よろしいでしょうか」
「姉さま?」
アンジェを施術中のはずの楓が部屋に現れた。
彼女の表情にはどこか緊迫の色がある。
「緊急事態です。事が起こる前にお耳に入れておくべきかと」
「いったいなにが起こったのですか? ここには魔物は侵入できないのですよね?」
「ええ、魔物は侵入できません。既に侵入を果たされているわけでもありません」
続く楓の言葉には重々しい雰囲気があった。
「竜がこの里を目指して飛行を始めました。おそらく、狙いはシルヴィア様とアンジェ様です」
◇ ◇ ◇
施術はシルヴィアよりアンジェのほうが時間を要する。
楓はアンジェのところに戻り、椿が詳しい説明を代行することに。緊急事態なので部屋にエリザベートとイザベルも呼ぶ。
二人は全裸のシルヴィアを見て頬を染めるも、すぐに気を引き締め直して、
「竜がこちらに向かっているというのは本当ですの?」
「間違いありません。姉さまより遅れましたが、私も接近を感知いたしました」
「そんな遠くまで感知できるなんて……天使の力はすごいですね」
「大したことではありません。もともと竜の動向には注意を向けておりましたので」
逆に言うとそれだけ危険な相手とも言える。
「みなさまは竜についてどの程度ご存知ですか?」
「上位種の一つ、でしょう?」
「確か、硬い鱗と丈夫な尻尾を持つんですよね?」
「ええ。おおむねその理解で間違っていません」
椿は施術を続けたまま、エリザベートたちの回答に頷く。
「ただし、もしみなさまがおとぎ話のような『トカゲの王』を想像しているのならばそれは誤りです」
「どういうことですの?」
「確かに魔物である亜竜──たとえば
シルヴィアの脳内にいわゆる「竜娘」の姿が描き出される。
人間の美少女に尻尾をつけただけの姿。正直そんなに強そうには思えないのだけれど。
「人の姿には利点が多くあります。両手で複雑な作業ができること。……そして、体力や魔力の効率が非常に良いこと」
「なるほど。巨体を維持しなくて良い分、力を戦闘に割けるのですわね?」
「その通りです。……正直に申し上げますと、竜の力は並外れています。単純な戦闘力で言えば、平均的な天使が十人束になってようやく同等でしょう」
人を超えた力を持つ天使が十人。
いくら天使が戦闘向きの種族ではないとはいえ、それは。
「椿様。……向かってきている竜は何人なのですか?」
「一人です。その一人でも、本気で暴れれば里を半壊させられるでしょう。……姉さまと私が万全であれば撃退も容易だったでしょうけれど……」
楓と椿は施術によって力を消耗している。
「隣国には竜の巣があります。彼女はそこから飛行してきているようです」
「この国には天使。隣国には竜。古くからの伝承ですわね」
「ええ。その伝承は事実です。基本的には互いに不干渉なのですが、竜は気まぐれなところがありますので……」
里から出ることさえ稀な天使と違い、こうして「面白そうなもの」にちょっかいをかけてくることがある。
「おそらくはシルヴィア様とアンジェ様の天使化をいちはやく嗅ぎつけたのでしょう。その力を見定めようという考えだと思われます」
「シルヴィアさんたちをなにかに利用するつもりなんですか?」
「いいえ。単純にその力をぶつけ、お互いの力量を測りたいだけかと」
「……クレールをより脳筋にしたような奴らですわね」
「では、それを撃退しなければいけないのですね? わたしたちにできることはありませんか?」
「むしろ、今はあなた方が頼りです」
少なくとも竜が満足する程度の力を見せなければ帰ってもらうこともままならない。
「アンジェ様の天使化を待って竜と交戦。なんとか撃退する。……これ以外に道はありません」
「……まさか竜と戦うことになるとはね。後でクレールから文句を言われそうですわ」
「私はクレールさんと交代しておけばよかったです……」
とは言え二人は人間の中でも高レベルの騎士。
相手がドラゴンでも全く刃が立たないということはないはずだ。
「わたしたち四人がかりなら、ドラゴンでも足止めできるはずだよ」
「ええ。特にシルヴィア様には豊富な知識があります。あなた様の神聖魔法は竜にとっても脅威でしょう」
今まで以上に強力な神聖魔法を連発できる、というのはこの状況では非常にありがたい。
ベッドに寝たまま拳を握れば、エリザベートがため息をついて、
「またシルヴィアに頼ることになるのが非常に心苦しいですけれど」
「いくらエリザベート様が凄腕の騎士でも、人の身で竜に抗うのは至難です。せめて強力な武器があれば話は別ですが……」
「里に武器はありませんの? 代金は後で必ず支払いますので貸して欲しいのですけれど」
「ないわけはありませんが……おそらく、習熟しなければ扱えない代物かと」
連想されたのは剣とは似て非なる武器。
「もしかして、《日本刀》ですか?」
「はい、その通りです」
日本語で言ったせいでシルヴィアの脇にぽん、と一振り刀が落ちてきた。聖紋が活性化しているせいで魔法が発動しやすくなっているらしい。
エリザベートはその刀を手にとって「なんですの、これ?」と顔をしかめる。
「何故刃を反らす必要が? ……いえ、そういった剣もあるにはありますけれど。それ以上に刀身が細く、刃が鋭すぎるでしょう?」
「業物を相応の使い手が振るえば鋼も魔法防壁も斬り裂きますよ」
「……理解できませんわ」
さもありなん。
「我々天使は神聖魔法があれば戦えますので、それほど武器を必要としないのです。刀も主に真似事として作ったに過ぎません」
「ということは、これも魔法で?」
「ええ。シルヴィア様にも可能なはずですよ」
魔法で武器まで出せるとか反則じゃなかろうか。
「上手く出せればクレールの武器問題も解決できちゃうかな?」
「もちろん、同じ魔力を用いるなら出来合いの業物に魔力を籠めるほうが強力ですが」
「というか、クレールに渡す前にわたくしにくださいませ!」
それこそクレールが怒りそうだけれど、エリザベートの言うことももっともだ。
うまくできるかはわからないけれど……。
「わかった。わたしの施術が終わったら武器づくりを試してみるよ。イズの分は──」
「私は大丈夫です。この弓がありますから」
「その弓はエルフ製──しかも神聖文字が彫り込まれているのですね。でしたら私の魔力で特別な矢を準備しましょう」
敵の襲来が前もってわかるのは幸いだ。
今、できる限りの準備をして、かつてない強敵──竜を迎え撃とう。