わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
天使化の合図はとてもわかりやすいものだった。
隠していた聖紋が浮かび上がり、より美しく複雑な形へと変化していく。紋が銀色の光を放ち、シルヴィアの背に一対の──白い羽毛の翼が形成されたのだ。
「んっ……!」
神経が接続される独特の感覚に思わず声が漏れてしまう。生える感覚のはずなのにむしろ、なにかが身体の中に入ってくるようにも感じる。
むずむずする感じに耐えていると感覚は次第に身体に馴染んで、まるでそれが「ある」ことが当たり前だったように思えてくる。
翼の分、体重は増えたはずなのに身体が軽い。
椿が微笑と共に身を離すのを合図に身を起こしてベッドの上に座る。背中に意識を向ければ──どうやって翼を羽ばたかせればいいか、脳ではなく翼自身が教えてくれるかのように、動かし方がわかっていく。
しばらくぱたぱたさせたり、くねらせたりしていくと、スカートのさばき方を覚えるような感覚で翼の扱い方がわかった。
「これが、天使になるということなのですね」
シルヴィアの呟きに椿が深い頷きと共に答えてくれる。
「はい。おめでとうございます、シルヴィア様。あなたは長い時を経てようやく現れた『再び自力で人を超えた存在』です」
「ありがとうございます。……と言っても、神のお力によるものですからあまり威張れませんけれど」
「それは我々も、竜も、エルフや魔族でさえも同じこと。与えられた力を活かし育てられたからこそです。どうか誇ってくださいませ」
「そっか。……そうですね」
身体には魔力も満ちている。
もともと人間にしては多い方だったシルヴィアだけれど、天使になったことで拡張された容量はおそらく前の数倍。
さらに、神聖魔法の行使能力そのものも向上している。言葉を発することなくただ念じるだけで慣れた魔法──例えば聖なる光を発することができた。
これは、すごい。
生まれ変わったような気分、というのがぴったりだ。それでいてシルヴィアがシルヴィア・トーであることにはなんの変化もない。
もしかすると細かい部分では影響を受けているのかもしれないけれど、みんなへの思い、故郷への執着もそのままだ。
と、そこで首に二本の腕が絡みついてきて、
「私からもおめでとうを言わせてちょうだい。……これで心置きなく私と交われるわね、シルヴィア?」
「もう、ヴァッフェってば。でも、そうだね。それが一番嬉しいかも」
もちろん「ヴァッフェと」ではなく「みんなと」なのだけれど。
椿が苦笑気味に笑って、
「魔族と天使の混血は、もしかすると史上初かもしれませんね」
◇ ◇ ◇
さて。
施術が終わったので服を着ることにしたのだけれど──翼を出したままだと今までの服は着られない。聖紋も翼も消すことはできるものの、どうせならエリザベートたちにもお披露目しておきたい。
悩んだところで椿から助け舟。
「お好きな服を創られればよろしいかと」
「あ、そっか。そういうこともできるんですね」
なんとも人外めいた発想である。
「それじゃあ──」
少し考えた末、シルヴィアは背中の大きく開いた白いドレスを作り出した。
「純白を纏うのは『月巫女』のわたしには不釣り合いかもしれませんけれど」
「天使となったシルヴィア様は聖女を超える存在。白を纏うことになんのためらいも必要ないかと」
帰る時はまた考えようということでひとまず白で。
アンジェはまだ施術中。邪魔をするのも悪いので顔を見ることなく建物を出る。
──考えてみると、アンジェリカとアンジェ、聖女たちの名前そのものがヒントだったのか。
聖女とは天使へと至る資格を持つ者。それでも歴代の聖女は人であることを選んだのだけれど、今代の聖女はシルヴィアと共に天使となることを選んだ。
女王候補の誕生と共に、これは間違いなく歴史の転換点になる。
「シルヴィア! ……どうやら終わったようですわね。持ち前の美貌がさらに引き立てられて、神々しいほどですわ」
「お疲れ様です、シルヴィアさん。その姿、とっても素敵です」
「ありがとう、二人とも。神々しいは言い過ぎだと思うけど……」
施術の終わりが近いことを察した二人は外で待っていてくれた。顔を見せるとすぐに駆け寄ってきて声をかけてくれる。
微笑んで答えればほっとした様子。
「どうやら中身は変わってないようですわね」
「もちろん、わたしはわたしだよ。ちゃんとみんなで帰るつもりだし」
「じゃあ、そのためにも竜を撃退しないといけませんね」
「うん」
答えて、シルヴィアは空を見る。
翼を広げ、目を閉じて意識を集中すると、まるで全身がある種のレーダーになったように感覚が研ぎ澄まされていく。
わかる。
遠い空の彼方から高い魔力を保有するモノがこっちに向かってくる。このスピードだと猶予はあと一日もないだろう。
「アンジェ様が天使化するより、竜が到着するほうが早そうだね」
「わかるんですか!?」
「驚きですけれど、便利で助かりますわ。……では、早急に剣を作ってくださいます?」
「エリザベート、あなた仮にも天使を前にその態度なのね? なかなかに不遜よ?」
「こちらも急いでいるのですわ! というか、魔族のくせにシルヴィアの下着をやっているあなたに言われたくないのですけれど?」
「あはは……。って、そういえばわたし、服を作れるようになったから下着も作れるんじゃない?」
「そうね。あなたの柔肌を包んであげられないのは寂しいし、守りの問題はあるけれど、まあ天使はそこらの攻撃じゃ即死しないでしょうし」
「というか、別にリボンでも腕輪でもなんでもいいでしょう?」
ヴァッフェは「それもそうね」とさらりと言うと黒革のチョーカーに変身、シルヴィアの首に巻き付いてみせた。
それを見たイザベルが「少しいやらしくありませんか?」と呟いたのはとりあえずスルー。
「エリザベート。欲しい剣の図案ってできた?」
「一応作成いたしましたわ。寸法まで厳密に作り上げられるものなのかさっぱりわかりませんけれど……」
「安心して。わたしにもさっぱりわからないから」
とりあえずやってみるしかない。
「じゃあやってみよっか。音が出るわけじゃないから……椿様、施術に使っていた部屋を引き続き使わせていただけますか?」
「もちろん。ご自由にお使いください。私はイザベル様用の矢の作成に入りますが──」
「私とエリザベートがついていれば特に問題ないでしょ」
三人で部屋に戻って図案を睨む。
「ねえ、ヴァッフェは武器になるときとかどうしてるの?」
「それは当然イメージよ。というかあなただってさっきドレスを作るときそうしたでしょう?」
「そう言われるとそうだね」
魔法はイメージの世界である一方、神聖魔法は神の言葉を唱えるだけで発動する。そう思われがちだけれど、実のところ特殊な神聖魔法を用いる際はしっかりシルヴィアの脳内にもイメージがある。
おそらく神がある程度のイメージ形成を代行してくれている、というのが真相なのではないか。
つまり、剣を作るにも細部を思い描き、脳内で形作る必要がある。
「騎士学校で剣はさんざん振ったからだいぶイメージしやすいかも」
ついでにエリザベートの今使っている剣を借りて目安にする。この剣よりも重いとか長いとか言われたほうがわかりやすい。
エリザベートは問われるままに希望を口にし──しばらくして思いついたように、
「というか、シルヴィア? その剣、使ってもらって構いませんわよ?」
「え、使うって……材料にするってこと?」
「ええ。その剣に使われている金属ならば申し分ないでしょう?」
「それはそうだけど。失敗したら剣がなくなっちゃうよ」
そうなったら慣れない日本刀で竜討伐である。
これにお嬢様は「成功すればいいのでしょう?」と笑ってみせる。
「……それに、クレールの剣はどうせあのトロール産を用いるのでしょう? わたくしも材料付きの剣でないと釣り合いが取れませんわ」
「エリザベート。ぜったいそっちが本音でしょ? ぶっつけ本番でこんな素材使うなんて怖いんだからね?」
「仕方ないでしょう! ……シルヴィアが作る初めての剣。良いものにしたいと思ってはいけませんの?」
そういう言い方はずるいと思う。
言い負かされたというか、気持ちの部分を貫かれたシルヴィアは「しょうがないなあ」と苦笑した。
「せいいっぱい頑張ってみる。エリザベートのための、すごい剣」
「ええ。シルヴィアならばきっと、素敵な剣を作ってくださいますわ」
とびきりの笑顔に励まされながら、ベッドに置いた抜き身の剣に手を添えて。
──イメージするのは美麗かつ精巧な一振り。
十六になり成長の大部分を終えたエリザベート。昔から使っている愛用の剣は少し小さくなっている。それと、これからより強い相手と戦っていくにあたって今の刀身では少し心もとない。
全体的に一回り大きく。
存在自体が美しいエリザベート・デュ・デュヴァリエには、ごてごてと飾り立てた剣は必要ない。シンプルに、スマートに。彼女の華麗な戦いを体現する専用の剣を。
その刃は決して綻びを作らず、主が振るえば硬い鎧をも両断する。
実のところ、銘はもう決めていた。
シルヴィアの前世における騎士物語に登場する剣。清らかさを意味するその名はエリザベートの剣にぴったりだと思う。
翼を広げ、魔力を惜しげもなく捧げて、祈る。口にするのはもちろん銘そのもの。
「《オートクレール》」
慣れていないせいか、剣の完成には数時間もの間魔力を注ぎ続けなければならなかった。
光が収まり完成を告げると同時にシルヴィアはめまいを感じ倒れそうになった。エリザベートがそれを抱きとめてくれて──それから、生まれ変わった剣をまじまじと見つめる。
「これが、わたしくの新しい剣」
成功だ。少なくともシルヴィアはそう実感した。
見た目におかしなところは一つもない。すべてイメージ通り、イメージ以上の出来。エリザベートが手にするとしっくりと馴染み、軽く振られると美しい音と共に風を斬る。
令嬢が深い慈愛の笑みと共にシルヴィアを振り返る。
「ありがとう、シルヴィア。最高の剣ですわ」
「ほんと?」
「ええ。これならきっと竜だって倒せます。……まあ、不満を言わせていただくのであれば、どうして銘にあの脳筋の名が入りますの?」
「……あはは。いや、うん。それはまあ、いろいろあって」
もちろんシルヴィアもどうせならクレールにこの銘を贈ってはと考えた。けれど意味を考えればエリザベートのほうが似合っていると思ったし、クレールの剣にはもうひとつ考えた別の名を贈りたい。
「その剣にも神の文字を──刻む必要はなさそうだね」
「ええ。しっかり刻まれていますもの」
新しいエリザベートの剣、オートクレールの刀身には筆記体のアルファベットでその名がしっかりと刻み込まれていた。