わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「シルヴィア様!」
建物の中からアンジェが飛び出してくる。
白い羽毛の翼。シルヴィアとは色合いの異なる白い光を聖紋から放ちながら、飛びつくようにして指を絡めて。
「お待たせいたしました。……これで、私ももっと、お力になれます」
「お疲れ様でした、アンジェ様。体調は悪くありませんか?」
「はい。むしろ活力が溢れているかのようです」
シルヴィアが感じたのと同じだ。
それならば二人で協力して竜と戦うことができそうだ。
ほっと一安心しつつ、少女の姿を見下ろして。
「ところで、きちんと服を着たほうが……」
「あっ。その、衣に穴を開けるのは憚られたものですから──」
アンジェはベッドシーツのような薄い布を身体に巻き付けているだけだった。頬を染め、シルヴィアにコツを教わって着衣を形成する彼女。
形作られたのはシルヴィアが着ているのと同型のドレスだ。
「どうでしょう? 似合うでしょうか?」
「とても似合っています。そういう服装だとまるでどこかのご令嬢ですね」
「……っ。ありがとうございます、シルヴィア様。とても嬉しいです」
こほん。
見つめ合う二人に割って入るようにわざとらしい咳払い。エリザベートがジト目でアンジェを見て、
「あの女と言いアンジェ様と言い、抜け駆けが多すぎますわ」
「あの女……? クレール様のことではありませんよね?」
「無論、妾のことであろうな」
答えたのはシルヴィアたちのほうへ歩いてきたプルプルだ。手にしているのは日本酒の入った酒瓶。それにぐびりと直接口を付けて、
「準備は整ったか? ならば、始めるとしようではないか」
「一日待ってくださるというお約束では?」
「寝込みを襲っても良いと言うのであれば構わぬが」
本当に話を聞いてくれない奴である。
竜娘はシルヴィアとアンジェへ交互に視線を向けて。
「良い良い。両腕に抱いて愛でてやろう。最初は嫌がっていてもすぐに妾なしでは生きられない身体になる」
「な、なにを仰って……!?」
「申し訳ありません、アンジェ様。彼女──プルプルは勝負に勝ったらわたしとアンジェ様を嫁にすると主張していまして……」
「負けなければいい話ですわ。こちらが勝てば逆にこの女がシルヴィアの奴隷になるそうですし」
ふん、と、顎を動かしてエリザベートが言えば、アンジェも覚悟を決めたように頷いた。
「かしこまりました。精一杯、力を尽くさせていただきます」
「話は纏まったようじゃな?」
月明かりが近くにあり、障害物のほとんどない里では思ったほど夜でも暗くならない。とはいえ少し支障はあるので追加の明かりは必要か。
「《街灯》」
ぽん、ぽん、と、各所に(シルヴィアにとっては)見慣れた照明が立ち、煌々と一帯を照らす。
「これだけ明るければ大丈夫かな?」
「大丈夫ですけれど……」
「シルヴィアさんはもうほんとになんでもありですね?」
「天使の力だから。わたしだって驚いてるから」
「私にはシルヴィア様と同じことはできそうにありませんが……」
同族のはずのアンジェにさえはしごを外されたシルヴィアはぐっと言葉に詰まって、
「照明を立てておいてなんだけど、場所を変えてくれる気はある?」
「それがお主の素か? ……構わぬ、と言いたいところじゃが、ありえぬ。これ以上は待たぬと言っているであろう」
「そうだよね」
ならば、この場で応戦するのみ。
戦いの気配を察して楓や椿、ほかの天使たちも集まってくるけれど、
「皆様は待機していてください。彼女は里を滅ぼすことが目的ではないようですし、建物の守りを強化していただくほうがこちらとしても戦いやすいです」
「ですが、それでは戦いをすべてお任せすることになりますが……」
「あいにくですけれど、今のわたくしに負ける気はまったくありませんわ」
しゃらん、と音を立てて引き抜かれる名剣。
さらに黒猫が『銀百合』騎士団長の肩に飛び乗って。
「あたしも参加させてもらうわよ。竜と戦う機会なんてそうないんだから」
「ほう? 魔族よ、随分力を消耗しているようじゃが、そのなりで抗うつもりか?」
「別に。しもべを働かせるのは慣れてるのよ、あたしは」
「しもべになったつもりはありませんけれど、助かりますわ」
聖なる力で作られたオートクレールは魔族や竜の防御障壁にも有効。さらにエリザベートには自前の即席魔法付与もあるけれど、ティーアがさらに攻防支援してくれれば百人力だ。
そこでシルヴィアは自身のチョーカーに触れて。
「ヴァッフェ。あなたもイズを助けてあげてくれない?」
「……そうね。万一に備えてあなたについておきたいところだけれど、あなたとアンジェは少なくとも殺されはしないでしょうし」
チョーカーがイズの首へと移る。
これで人間の精鋭騎士二人+なりたて天使二人+魔族二人。
相手が竜とはいえたった一人。負ける勝負ではない。
「アンジェ様。慣れた神聖魔法ならば無詠唱で発動できるはずです。敵への牽制とみんなの防御、治癒をお願いできますか?」
「かしこまりました。……あの、それではシルヴィア様はなにを?」
「わたしが一番求められているのは大威力の浄化だと思いますので」
聖なる力を練り上げてここぞという場面を伺う。
神聖魔法を使わなくとも戦術スキルによる支援は可能だし、ちまちま削るよりもこっちのほうが通じる可能性は高いはずだ。
「作戦会議は終わったか? ……では、始めるとしよう!」
ぐびぐびと日本酒を飲み干したプルプルが酒瓶を宙に放り投げる。それは真上に持ち上がったあとゆっくりと落ち、竜娘の右手が閃いたかと思うと、すっぱりと輪切りに変わった。
手にはなにも持っていないというのに。
シルヴィアの目には魔力により形成された爪がはっきりと見えた。さらに、竜娘の周囲を取り巻くように鱗状の小規模魔力障壁が隙間なく展開。
「どうじゃ弱き者よ。これが竜爪、そして竜鱗よ」
この世界における竜は巨体を維持するのではなく、豊富な魔力を小さな身体に収めた。爪も鱗もその膨大な魔力で必要に応じて編み上げるほうがずっと強力で省エネだからだ。
魔法といえばエルフの領域だが、魔族が形態変化の面で突出して優れているように、竜は魔力による自己強化においてはエルフをも凌駕する緻密さを見せる。
身体強化された娘の足がずん、と地面を響かせ、足にも展開された竜爪が独特の形に土をえぐる。
これは。
予想はしていたとはいえ、戦慄するほどの猛威。
背筋が寒くなるのを感じた直後、プルプルの両翼が大きく広げられ、風を味方につけたかと思うと、どん! とその身体が突進。
「さあ、一撃で死んでくれるなよ!」
振るわれた右の竜爪が、清廉なる騎士の刃と衝突した。
拮抗。
一撃を受け止められた竜娘が「ほう」と笑み、飛び退いて地面に下りる。
「あら。まさかこれで全力ではありませんわよね? ……伝説的な竜の力、期待はずれではつまりませんわ」
すごい。
騎士エリザベートと名剣オートクレールは、恐るべき竜を相手に少しも怯んでいなかった。