わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
突進の踏み込みで地面に小さなクレーターができる。
生まれる世界を間違ったのでは、と思えるスピード。遠間からでさえ目で追いきれない竜の接近に、エリザベート・デュ・デュヴァリエはシンプル故に強烈な『突き』で応じた。
そのまま突っ込めばオートクレールの刃に貫かれる。プルプルは「はっ!」と笑いながら地面を再度蹴り、縦に回転。足の爪を見舞おうとする。
応じて、刃が横薙ぎに動く。コマのように回転したエリザベートは爪を弾き返し、
──飛来した聖光が竜鱗を剥がす。
勝機。前進に転じた令嬢が上下左右から連撃を見舞う。やむなく後退しようとした竜娘を縫い止めようとするかのように何本もの矢が飛んで、
「ええい! ちょろちょろと鬱陶しい!」
旋風。
竜の娘を中心として吹き荒れた風がエリザベート、イザベル、アンジェの動きを止め、さらに吹き飛ばそうとする。
シルヴィアも立っているのがやっとの中、一人、影響を受けていない張本人は、口をかぱっと開いて息を吸い込み、
「エリザベート!」
「いいから魔力を練り続けなさい、シルヴィア!」
イザベルについているヴァッフェからの一喝。
放たれた圧縮空気。当てれば致命傷どころか死一直線のそれを、エリザベートは超反応で叩き落とした。風に腕を取られ、後ろの建物に叩きつけられながらも、してやったりの笑み。
「ほう、今のも凌ぐか!」
「ちょっとあんた限度ってものを知らないわけ!?」
未だダメージさえ負っていないプルプルはさらに追撃を敢行。体勢を立て直し切れていない令嬢に代わり、黒猫が蜘蛛の足を生やして竜爪を受け止める。
受け止めた端から足が粉々に消滅し、ティーアは「ちっ」と舌打ち。
逆立てた毛が烏の羽毛に変わり、それが硬質の刃となって竜を襲うも、魔力の鱗に阻まれて威力を消失。
「非力よの。せめて万全であればまだ違ってあろうに」
「どこかの小娘が好き放題浄化してくれたせいでね!」
本当にごめんなさい……とか、言っている場合ではなく。
ようやく立ち上がったアンジェが聖光を飛ばすも、動きを止めたタイミングでなければあっさりとかわされ、あるいは防がれてしまう。
こちらにも未だ致命傷はないとはいえ、疲労の蓄積はどうしようもない。スタミナも竜並みであろう相手と我慢比べは絶対に避けなければ。
短期決戦。
天使の制御能力を総動員して魔力を練り上げているものの、まだ有効打には届かない。放つならば絶対にかわしようのない、絶対に防ぎきれない一撃でなければ意味がない。
ならば、どうする?
「いつもいつも、シルヴィアにとどめを任せて露払い、では気が収まりませんわ」
立ち上がったエリザベートが剣を構え直す。
「生半可な攻撃で倒せないこともわかりました。……ならば、全身全霊の技をもってあなたを打倒させていただきます」
「ほほう。まだ技があるというのか?」
「ええ。とっておきの──わたくしの奥義をお見せいたしますわ」
エリザベートの恩恵は『格闘ゲームの操作キャラクター』。コマンド入力を行う要領で自身を型に嵌めることで戦闘能力をブーストできる。攻撃も防御もすべて基本技の範疇であり、剣を燃やしたり連続攻撃を行うのは必殺技。
けれど、彼女にはまだその先がある。
奥義。超必殺技。シークレットアーツ。ゲームによって呼び方は様々だが、要するに一度で勝敗を決するだけの威力を持ったとっておき中のとっておき。
当然、軽々しく用いることはできない。ゲーム的には被弾や攻撃によって蓄積するゲージを全て消費。リアル的には気力と体力を一気に持っていかれて戦闘力がガタ落ちする。
だから、使うならば本当に一撃必殺。
対するプルプルの取るべき行動は「そもそも技を出させない」だけれど、戦闘好きの竜は当然のようにその真逆を選択した。
「切り札か。……よかろう、迎え撃ってやる!」
構え、待ち受ける姿勢。
対し、エリザベートはちらりとこちらに目配せ。
頷いたシルヴィアは神聖魔法とは異なる力──恩恵によるスキルを発動する。
──戦術スキル『限界突破』。
時限式の大幅強化。時間が過ぎると弱体化に変わるこのスキルはまさに決戦用だ。一気に増した力にエリザベートが笑い、竜が警戒して、
──『ラピッドアロー』『ピアシングアロー』『デュアルアロー』。
射撃型の放置ゲームを恩恵とするイザベルの、全力中の全力。一度目の戦術スキルでクールタイムがリセットされたのを利用し、今度は三つのスキル重ねがけ。
三つ目の『デュアルアロー』は魔力によって矢の複製を作り出すスキルだ。『ラピッドアロー』と組み合わせることで、矢の雨を超えた矢の暴風と化す。
『ピアシングアロー』によって超常の貫通力を備えたそれが横合いから飛来。
「素晴らしい。まさに英雄と呼ぶに相応しい力よ!」
一騎当千。一人で戦争の流れを変えうる力に竜が狂喜。重ねるように
戦慄。
離れているシルヴィアでさえも恐怖を覚えるほどの爆発的魔力の高まり。
「そして──来るか!」
奥義。システム的な補助によって燃焼効率を限界突破された令嬢の魔力が全て、身体強化と剣の強化に回される。身体の内に留めきれず放出された魔力が炎と変わり、エリザベートの全身をも燃やし。
ティーアの展開した障壁がエリザベートと共にティーア自身を守りながら、
「紅蓮の炎に焼かれて、散りなさい!」
炎が不死鳥の形を取り、令嬢ごと竜へ。
出だしから最高速。嘴の位置に据えられたオートクレールの剣尖が、咄嗟にプルプルの形成した前方特化の竜鱗──全十層に及ぶ防御障壁を次々に突き破って。
「おお! 人がこれほどの高みに達したか! 長生きしてきた甲斐があった! これが、これこそが世界の変わる時……っ!」
繰り出された両手の爪が刃と衝突。一瞬の後に砕け散って。
大量の魔力を消費し、爪と鱗を砕かれたプルプルが不死鳥を凝視する。
彼女は。
うねるように繰り出した尾が、炎に焼かれてたちまち焦げていくのも構わず、エリザベートの身体をまともにふっ飛ばした。
ティーアごと吹き飛んだ身体が建物に激突。その壁を粉々に砕き割る。立ち上がるどころか意識の有無さえ怪しいその身体に数人の天使が駆け寄って。
今は、シルヴィアたちに治療している余裕はない。
竜の視線がシルヴィアに向く。
「さあ、来るがよい。妾も──奥の手を出すとしよう!」
大きく開かれた口に、圧縮大気ではない、赤い輝き。
そうだ。竜と言うのならばそれがあった。竜の脅威の代名詞と言ってもいい力。
あらゆるものを燃やし尽くす圧倒的な暴力。
ドラゴンブレス。
競り負ければシルヴィアだけでなく里全体が滅ぶだろう。シルヴィアとアンジェを連れ帰る話はちゃんと覚えているのか。今はもうこの戦いに勝利するほうが優先なのか。
もちろん、負けるつもりはない。
エリザベートとイザベルが作ってくれたチャンスを絶対にものにする。練り上げた魔力を全て費やし、聖なる言葉を紡ぐ。
長い詠唱は必要ない。天使の翼と聖紋によって補助し、ただ、今欲しいものを唇に乗せる。
「《
眼前に、剣とも槍ともつかない武器が生まれた。
生まれたと同時に光となって前進したそれはドラゴンブレスと衝突、拮抗の後、徐々に勢いを取り戻して。
「──見事」
竜娘プルプルの左肩に深々と突き刺さり、残る力の全てを注ぎ込んだ。
閃光。
聖光。
全身から力が抜ける。今すぐ眠りたいほどに疲れ切るのを感じながら、なんとか膝をついて前を向いて。
光が収まる。
収まった先に、全身ボロボロになったプルプルがいた。
爪も鱗も展開できていない。力もさほど残っていないだろう。それでも、瞳から戦意は消えていない。
「前言を撤回しよう。お主等は四人とも妾の嫁とする。何度でもかかってくるがよい。そうすれば、何度でもこの喜びを──」
「《聖なる光よ》」
「なに?」
そう。
敵がまだ諦めていないというのなら、こちらもまだ全ての力を出し尽くしたわけじゃない。
天使はもう一人、残っている。
翼を大きく広げたアンジェが、聖なる言葉を解き放って。
「《その輝きをもって、悪しき心を祓い清め給え》!」
「──おお、これは──」
聖なる光に包みこまれ、飲み込まれた竜娘に、今度こそ再度立ち上がる力は残されていなかった。