わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
暗闇の中に照らし出されるゴブリンの集団は正直言って恐怖の対象だ。
取り囲まれて悠然としている女もまた計り知れない存在感がある。
敵からの待ち伏せ。しかも軍勢が用意された状態で、逃げるにはかなり走らないといけない。
幸いだったのはいきなり襲い掛かられなかったこと。
シルヴィアたちは宝の箱をそっと入り口付近の床に置いた。
「あなたがゼリエ・デュクロ?」
剣の柄に手をかけながらクレールが進み出れば、女は「そうよ」と答えた。
フードが跳ね上げられると、ダミアンによく似たくすんだ赤毛の、顔にそばかすのある地味な顔立ちが現れる。
「ダミアンがお世話になっているようね。姉として礼を言わせてもらうわ」
「よく言いますわね。二年前、実の弟ごと生徒を殺そうとしたくせに」
「仕方のない犠牲よ。人という種は滅ぶべきなんだもの。死ぬのが早いか遅いかの違いだけ」
ゼリアの声には深い絶望と憎しみ、怒り、数多くの負の感情が渦巻いている。
「王国が男性主権の体制を止めようとしないから、ですか?」
「ええ。あなたたちならわかるでしょう? 男が一方的に実権を握り女を虐げる仕組み。本当は女のほうが優れた存在なのに」
「確かに、わからなくもないよ」
シルヴィアたちはみんな支配される側だ。
女の無力さ、儚さを悔しく思い、共感し合って結んだ絆によって今がある。
だから、ゼリエの言ったこと全てが間違っているとは思わない。
「でも、だからって全部壊そうとするのは違うと思う」
「シルヴィア・トー」
女の昏い瞳がまっすぐにシルヴィアを刺す。
「初めてでいきなり神聖魔法を成功させた、神に愛される子。あなたに何がわかるの? 世界から必要とされているあなたには不要と疎まれる私の気持ちはわからない」
「待ちなさい、ゼリエ・デュクロ。あなたはどうして人間全体を殺そうとするのかしら? 殺すのなら男だけでもいいのではなくて?」
「意味がないからよ。たとえ男を殺し尽くしたところで、人という種が進化できなければ人を超えたことにはならない」
魔族やエルフが上位種とされるのは「単一の性で子孫を成すことができる」からだ。
種としての進化はすぐには訪れない。何代も重ねるうちに少しずつ変化していくもので、つまり、ゼリエが生きている間には間に合わない。
そんな進化はある意味で「ないのと同じ」だ。
ゼリエの主張にラシェルがはあ、とため息をついた。
「くだらない。大層な理屈を並べたって、キミにできるのはゴブリンの召喚だけ。そんな力じゃボクたちさえ殺せない」
「この状況でもそんな強がりが言えるのね」
女が手を振るとさらにゴブリンの数が増えていく。
「助けもなく、見習いだけ。切り抜けられるつもりなのかしら?」
くい、っと、指が持ち上げられると数匹が奇声と共に踏み出してくる。
ラシェルはカバーを外してもいない槍を構わず握ってそれらの前へと飛び出した。
旋風。
薙ぎ払われたゴブリンたちが吹き飛び、床に叩きつけられて転がる。
「あいにくボクはこういうのが得意なんだ。十匹でも百匹でも用意してくれていいよ」
「この……! 才能に愛された愚か者が!」
怒声が合図だったかのように群がってくるゴブリン。
カバーを外された槍がそれを突き、叩き、薙いでいく。
「私は貴族としての生を奪われ、恩恵のせいで巫女としても不適格と言われた! 不浄なゴブリンなど二度と召喚するなと命じられ、仲間から蔑まれ続けた私の気持ちがあなたたちにわかる!?」
『あなたは神に仕えるのよ、ゼリエ』
『この家にお前の居場所はないと思いなさい』
『ゼリエは同期に比べて成長が遅いですね』
『ゼリエがゴブリンを呼び出したそうよ』
『聖なる神殿に魔物を呼び寄せるなんて』
『邪な心がそうさせるのでは?』
『怖い』
『そんなことを言ったらゴブリンをけしかけられるかもしれませんよ』
『神に仕える者として失格ですね』
『出て行けばいいのに』『出て行けばいいのに』『出て行けばいいのに』『出て行けばいいのに』『出て行けばいいのに』
ゼリエの声は悲痛だった。
彼女の辿ってきた道筋が、投げかけられた言葉が、まるで事実かのように想像できる。
それでも、
シルヴィアたちは職業適性に恵まれ、恩恵の力を活用している。
せっかく授かった力が自分の居場所では使えない、それどころか忌避された者の気持ちなんてわかるわけがない。
わからないのに「わかる」と言うことのほうが残酷だ。
少なくとも一度は上を見上げたことのあるシルヴィアたちだから、最低限そのくらいはわかった。
ゴブリンの勢いがだんだんと増していく。
捌ききれなくなったラシェルが舌打ち。クレールがカバーに入り、あぶれたゴブリンがこちらに向かって来ようとするのをエリザベートが迎撃する。
イザベルが弓を構え、敵を牽制。二年前とは見違えるほど上手くなった矢は狙い違わずゴブリンの一匹を貫いた。
シルヴィアは左手を胸に置き、右手を前に差しのべて、
「《聖なる光よ》」
広く大きな銀色の光がゼリエの至近にいた二体を呑み込み、消滅させる。
「ゼリエさん。あなたが襲ってくることはわかっていました。だからわたしたちはそれを逆に利用することにしたんです」
「お気づきかしら? あなたが逃げるにはわたくしたちを突破しなければならない」
「あたしたちは囮なんだよ。先生たちにお願いしてわざと護衛をつけないようにしたの」
「今頃、騎士に率いられた兵が森の近くまで来ているはずです」
「観念しなよ。大人しく投降すれば命までは取られないかもしれない」
国を守り、民を守るのが騎士の役目。
人と相いれない魔物を倒すのは当然だけれど、人とならば話し合える。
殺害ではなく捕縛で済ませられるのならそのほうがいいし、心も痛まない。
けれど。
ゼリエ・デュクロは。憎しみや絶望で凝り固まってしまった女は、観念するのではなくその心にさらなる狂気を宿した。
「っ! はははっ! あはははははっ!?」
自暴自棄になったかのような笑い声。
「ねえ、あなたたち? 私の恩恵をどこまで詳しく知っているのかしら?」
「? ゴブリンを召喚する能力、でしょう? これまでの事件からして召喚できるのは三十から五十といったところ──」
「違うわ」
後から召喚され続けるゴブリン。
その総数はすでに百を超えているかもしれない。
「私の恩恵はゴブリンを『生み出す』能力。そして生み出せる総数は、恩恵を得た日から今日までの日数よ」
シルヴィアたちより七歳年上のゼリエが過ごした日数は約九年。
これまでに生み出した分もあるのでまるまる全部とはいかないにせよ、その力は。
「どうかしら? 全てのゴブリンを動員すれば都一つくらい落とせると思わない?」
倒さなければいけない敵の数は百や二百、では済みそうにない。
女の顔に狂気の笑みが浮かぶ。それは持たざる者から持つ者に対する嘲笑だ。
先頭に立って敵を狩り続けるラシェルに飽和攻撃が仕掛けられ──。
白く聖なる光が、ゴブリンの数体をまとめて吹き飛ばした。
「させません」
「何?」
声を上げたのはシルヴィアたち五人の誰でもなかった。
箱の中にいた六人目──白い衣に身を纏った少女である。
聖女見習いアンジェは蓋の開いた箱から床へと降り立ちながら毅然と告げる。
「かつての先輩であろうとも、その悪しき企みを許すわけには参りません。その邪悪な心、聖なる光で浄化させていただきます」
ゼリエにとっての切り札が恩恵なら、シルヴィアたちの切り札はこの少女だ。
ある程度自由に動かすことができ、たった一人で大きな戦果を挙げられる人物。
真に神に愛された者の助力は形勢を大きく傾けた。
◇ ◇ ◇
「弱きを助け、よりよい世を導くのが神の教え。いたずらに命を奪うのであれば、あなたは神の敵に他なりません」
「偶然聖女に選ばれただけの小娘が! お前みたいな奴が一番嫌いなのよ!」
まっすぐゼリエに向けて放たれた聖光が割って入ったゴブリンたちに妨げられる。
「《聖なる光よ》!」
アンジェに続いてシルヴィアが放った光もまた同じように生きた壁に遮られた。
話し合いが決裂した今、二人の神聖魔法はゼリエをも「邪悪」と認識している。当たればその戦意を奪い気絶させられるはずだけれど、無尽蔵に等しいゴブリンを盾にすることで阻まれてしまう。
ラシェルの振るう槍も死体の山を築き、クレールの剣も一振りごとに魔物の身を断ち切っている。
それでも、敵の数が多すぎる。
「ああもう、もう少し集中する暇をくださいませ!」
群がってくるゴブリンを斬り、突き、殴り、蹴っ飛ばしながらエリザベートが悲鳴を上げる。
型のみで戦うことにより真価を発揮する彼女はラシェルとは逆に一対一を得意とする。絶え間なく対応を要求され続ける多対一は不得手だ。
イザベルの弓もリーチという利点の代わりに、攻撃にはタイムラグが発生してしまう。
あまりにも敵が多すぎるとこちらが不利だ。
自然、シルヴィアはアンジェと二人、イザベルの後ろに身を寄せ合うように後退を迫られた。
「このままでは、我々の気力と体力が尽きるか、あちらの兵力が尽きるかの勝負です」
「まずいね。仕方ない、エリザベート! ここはいったん退こう!」
「退くって、まさか二人を残していくつもりですの!?」
手を止めないまま叫び返してくる令嬢に、同じようにしてラシェル、クレールが答える。
「構わない! むしろその方が戦いやすいよ!」
「あたしたちは大丈夫だから!」
「っ、もう、仕方ありませんわね! ですが、これでは後退の隙も」
「大丈夫、それはわたしがなんとかするから」
──戦略コマンド《一気呵成》。
味方のパワーとスピードを強化する前のめりなコマンドだ。
念じた途端、ラシェルたちの攻撃がテンポを増し、敵を吹き飛ばす力が強くなる。
「よくわからないけど身体が軽くなった!」
「なるほど、これならば──!」
エリザベートが敵を殴り飛ばしながら後退。
生まれた隙は二人分の聖光でカバーし、シルヴィアたち四人はラシェル、クレールを残したまま通路へと後退した。
籠城のため敢えて狭く作られた通路は二人並ぶのがやっと。
「ここならば、同時に相手にするのは二匹で済みますわね!」
横薙ぎの一閃が追いすがってきた二匹を一蹴。
クレールを馬鹿力とか言いながらエリザベートもなかなかに危険な腕をしている。
「直線の通路なら、私も狙いをつけやすいです」
真っすぐ飛ばせば敵に当たるのでイザベルの射撃ペースも上がった。
それでも抑えきれない分はシルヴィアとアンジェの神聖魔法が浄化する。
「スィーエナル・フィーカリオン!」
聖女見習いの神聖魔法は並の聖職者のそれよりもだいぶ日本語に近い。
「シルヴィア様のおかげで私の力も以前より増しました」
「わたしも、アンジェ様に教えていただいて魔法に慣れてきました」
あれ以来、シルヴィアは定期的に神殿に通い神聖魔法の練習をしていた。
練習にはアンジェと、時にはアンジェリカも参加。これによってアンジェたちは呪文の精度、シルヴィアは魔法の使用回数を飛躍的に伸ばしている。
開いたままの扉の向こうでは依然としてクレールたちが大暴れしており──ゴブリンたちがばんばん吹っ飛ばされ壁や床に叩きつけられているのを見ると味方とはいえドン引きしたくなってくる。
とはいえ。
「あらあら、偉そうなことを言いながらそれが限界なのかしら!?」
ゼリエの言う通り、膠着状態に持ち込んだだけではまだ足りない。
「ゼリエさん! こうしている間にもあなたの逃げ場は減っています! 兵に包囲される前に諦めてください!」
「構わないわ! その前にあなたたちだけは殺してやる! のこのこやってきた兵も皆殺しにしてゴブリンの餌よ!」
投降を促したかったけれどやはりだめらしい。
息を吐いたシルヴィアは「相手に諦めてもらう」方策を投げ捨てた。
「シルヴィア! なにか手はないのかい!?」
槍を振るい続けながらラシェルが怒鳴る。
「ラシェル先輩。前は『ボクがリーダー』とか言ってたのに」
「そういうのは今いいんだよ! 作戦とかそういうのはキミのほうが得意だろ!」
「はっ。そんな小娘になにができるっていうのよ!」
ゼリエの言う通りだ。
戦略家の適性を与えられたとはいえ、シルヴィアはただの小娘。頭が良いと褒められるのも前世の記憶という下地があるから。
その前世だって下手なゲーマーに過ぎないわけで、本当に才能のある人物ならもっと冴えたやり方ができるだろう。
シルヴィア・トーはすごくなんてない。
選ばれた人間というわけでもない。というか、この世界ではアンジェもクレールもエリザベートも、みんな選ばれた人間だ。
だから。
「わたしはわたしにできることを精一杯やります」
右手をアンジェに向かって伸ばす。
「アンジェ様、力を貸してください」
「わかりました。共に悪しき者を止めましょう」
聖女見習いと指を絡めあい、空いた方の手を通路の先へと伸ばす。
唱えるのは聖光の呪文を拡張したもの。
口伝によって伝えられてはいるものの、現聖女ですら上手く発動できなかったそれをシルヴィアはその知識によって復活させた。
「《聖なる光よ、我らが敵に清めを》」
光が通路を埋め尽くし、壁となったゴブリンのことごとくを貫いてゼリエを呑み込んでいく。
堕ちた巫女の纏っていたローブが引きちぎれるようにして外れ、部屋の隅に落ちる。
光の消えた後、ゼリエ・デュクロはその戦意と気力を全てを奪われ、呆けたような表情で床に倒れ伏した。
聖なる大魔法によってゴブリンの数は半減。
さらに増える心配もなくなったことにより、クレールたちの手でほどなく殲滅した。