わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
天使になる前でも砦一つ分に及ぶ浄化を行ったことがある。
鳥居等で範囲指定したり、なんらかの物に魔力を溜めて準備する必要はある。その際にアンジェやアンジェリカの助けを借りることにもなるだろうけれど、都をまるごと浄化することは可能だ。
これにはさすがの国王もぽかんとした様子だったものの、彼は最終的にGOサインを出してきた。
「……エリザベートよ。此度の件、魔族の関与がある可能性はどの程度と見る?」
「現在進行系ではなく、過去の影響も考慮するのであれば、かなり高いかと」
「……うむ。そうであろうな」
これが決定打。
「人命が損なわれないのであればそれに越した事はない。この際、大掃除と行こうではないか」
「陛下。大規模な洗脳行為との批判が予想されますが、構いませんか?」
「素直に全てを話す必要もなかろう。それこそ『掃除』だと発表しておけばよい」
この都もかなり歴史が古く、裏路地など汚れている場所もどうしてもある。ついでにそういった場所も綺麗にできるだろうから、この話は嘘にもならない。
「今更、天使の善性を疑う意味もない。やってくれ、シルヴィア・トー」
「かしこまりました、陛下。では、都の『掃除』に向けて準備いたします」
浄化する範囲は建築物の汚れ、それから人の心のうち敵意や害意といった邪心のみにするとアンジェ、アンジェリカと相談して決めた。
要するに少し頭を冷やしてもらうだけ。
怒ったり恨んだりする機能がなくなるわけでもない。勢いがつきすぎて止まらなくなった人は止まるだろうけれど、本人の事情から怒るべくして怒っている人は近いうちに気持ちを取り戻す。
……純粋な信念から嫌がらせをしている者がそんなに多いとは思いたくないけれど。
魔力の蓄積には大神殿にある神像を使っていいと言う。確かにこれほどうってつけの品もない。ついでに、神殿そのものが魔法の増幅をも担ってくれるだろう。
「それじゃあ、私たちで余った魔力を神像へ奉納していけばいいわけね」
「はい。急ぎすぎるのも良くありませんので、あくまでも余力だけを奉納いたしましょう」
『銀百合』への嫌がらせに関連して神殿も仕事が増えている。治療しなければならない人々も日々出てくる。緊急事態にも備えないといけないので、一日の終わりに残った魔力を全て奉納するというわけにはいかなかった。
業務をこなしながら夕方に神殿へ寄り、魔力を捧げる日々。
翼を使えば日帰りできる距離についてはシルヴィアやアンジェが率先して仕事を請け負うようにした。これによって神殿、および『銀百合』の緊急対応能力が向上していることが広まっていく。
一方で、嫌がらせのほうもさらなる段階に入ってきた。
「あの翼の生えている女は人間じゃないんだろ?」
「人よりも遥かに強い力を持っているらしいぞ」
シルヴィアとアンジェに関する噂が広がり始めたのだ。
最初は事実にネガティブなニュアンスを加えたもの。それは日を追うごとに悪意を増し、すぐにあからさまな攻撃に変わった。
「各地で起こっている悪い事件はシルヴィア・トーが『天使』とやらになってからだ」
「全てあの女のせいでおかしくなった。いなくなれば元に戻るに違いない」
これには心優しいリゼットでさえも憤慨。
「因果関係に論理性がありません! シルヴィア様が具体的になにをしたと言うのですか!」
「落ち着いてください、リゼット様。わたしは大丈夫ですから」
「ですが……!」
「むしろ、わたしはあなたがそうして怒ってくださることがたまらなく嬉しいです」
「っ」
エリザベートによれば、噂を流すのはその気になれば簡単だと言う。
例えば二人ペアの工作員を何グループか用意し、酒場やお茶会の場などで会話させれば良い。意図的にせよ無意識にせよ、周りの人間はその会話を聞き取って脳内に残す。
ふとした会話の際に思い出して話題にすることもあるだろうし、憶測や不安が話に尾ひれを付けることもよくあるだろう。
ある程度噂が広がってしまえば、後はもう勝手に増殖していく。
シルヴィアたちはそれを放っておいた。
放って、ただ騎士団として、聖職者として務め続けた。
騎士団内からさすがに不満も上がったものの、団長であるエリザベートが「悪意に悪意で返すことはしない。毅然と立ち向かう」と表明、率先してそれを実践したことで爆発には至らなかった。
「この疫病神!」
「化け物!」
「都から出ていけ!」
平民から石を、ゴミを投げつけられ、罵声を浴びせられても、シルヴィアは怒らなかった。むしろ心に湧き上がったのは寂しさと悲しみだ。
悪意を向けてきた者のうちどれくらいの人が「仕込み」なのだろう。
安易な噂に踊らされてしまっただけの人はどれくらいいるのだろう。
全部神聖魔法で吹き飛ばして恐怖で支配してしまいたい、という気持ちがないわけじゃない。完全アウェーな状況に、前世のゲーム大会で一回戦負けし、馬鹿にされたときのことを思い出しもした。
けれど、今のシルヴィアは一人じゃない。
前世におけるSNSを思えば、人が簡単に流される生き物だということも知っている。だからただ我慢して、人を癒やし続けた。
これからやることは卑怯かもしれない。
だとしたら、浄化の後でシルヴィアは再び排斥されるだろう。
……十分な魔力を蓄えるには二週間近くかかった。
一番大変だったのは、その間、暴れようとするクレールとプルプルを抑えることだった。
「歯向かう者は殺してしまえばよい。そのほうがずっと簡単であろう」
「さすがに殺すのは駄目だけどさ、二、三本骨を折るくらい良くない?」
「駄目! そんなことしたらこっちも悪者になっちゃうでしょ!?」
待ちに待った儀式の日、早朝から神殿に向かうため馬車に乗り込むと、騎士団の敷地を出た途端に大勢から石を投げられた。
一つ一つに大した力はない。ただ、馬車に石が当たる音はわかっていても恐ろしかったし、石のいくつかが御者や馬に当たって怪我を作る。
車体への傷が増えれば、騎士団として、貴族としての箔も傷つく。そうして、石の一つが騎士団の紋章を欠けさせたところで──放たれた突風が平民たちを吹き飛ばした。
「少しは身の程というものを弁えてくださいませんこと?」
魔道具の冷凍庫内よりも冷たいエリザベートの声。
立つリゼットもまた、今まで一度も見たこともないほどに冷たい目をしていた。エルフの血が混じる美貌がこういう時はとても恐ろしい方向に作用する。
「これから我らが戦略家──シルヴィア・トーは国王陛下の命を受け、重要な任務に向かうところ。それを知った上での妨害行動と見做してもよろしいのかしら?」
「陛下への反逆、騎士団の妨害。どちらも重罪です。貴族とは民を統べるものですが、愚かな民を守る義務はありません」
馬に乗って同行する騎士団員たち。
主要メンバーに加えて数名の一般団員も参加している。名目は護衛および儀式の見届け役。過剰かとも思ったけれど、こうなるといてくれて良かったと思う。
さすがに一喝されるとみんな我に返ったのか、ほとんどの者は散っていった。不満そうにその場に留まった者も馬車の進路を妨害しようとはしない。
神殿の前で立ちはだかったのは男性の騎士と数名の貴族だ。
「我々は儀式の実行に反対する! 直ちに謝罪し、儀式の中止を決定せよ!」
「馬鹿馬鹿しい。中止の嘆願であれば陛下になさいませ。王命を力づくで止めた前例が出来てしまえばそれこそ国の終わりですわよ?」
「たとえ王の命令であろうと、誤った道に進む事は止めなければならぬ! 大義は我々にこそある!」
「……本当に、どこまで身勝手なのでしょう。発展のない歴史とはこれほどまでに淀みを生み出すものなのでしょうか」
ヴァッフェやティーアが喋れる状況なら「ほら、言った通りでしょ?」とドヤ顔しているところだ。あるいはこの状況もまた魔族がけしかけた結果なのか。
反論を受けても騎士たちは引かず、剣を抜く。
エリザベートは「心底愛想が尽きた」という表情でため息を吐いて、
「
「うむ、許す」
答えたのは──この国の次期王位継承者。
シルヴィアの乗る馬車に同乗していた、この国で二番目に尊い命である。
「『銀百合』騎士団員、戦闘準備! 剣を抜くことは許可いたしません。格闘のみで不心得ものを鎮圧なさい!」
「不本意ではありますが、わたくしも参加させていただきます。いかなる魔法も魔道具も、本来の効果は発揮できぬものと心得てくださいませ」
「よし! 降参するまで殴っていいってことだよね! やったぁ!」
喜び勇んで真っ先に飛び込んでいったクレールをはじめとする団員たちによって男性騎士はぼっこぼこにされ、一緒にいた貴族もまた全員捕縛された。
儀式自体はシルヴィアとアンジェ、アンジェリカによって滞りなく実行──十時間にも及ぶ祈りの末、都全体が輝きに満たされ。
翌日、空からその結果を確認したシルヴィアは、新品同様にぴかぴかになった街並みを見て息を呑んだ。
誇張ではなく、都の寿命は儀式により百年伸びた。
この出来事は後に国王、そして『天使』の成した偉業として語り継がれることになる。