わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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相容れない相手もやっぱりいる

 古城の地下はまさに死屍累々。

 空気の籠もったところに立ちこめるにおいは正直いいものではないけれど、ひとまずの勝利に一同には笑顔が浮かぶ。

 

「ありがとうございます、アンジェ様。おかげでなんとかなりました」

「いいえ、こちらこそ」

 

 クレールたちも戦いのせいで荒れた呼吸を整えて。

 

「まったく、五人でこの数のゴブリンを殲滅なんて褒賞ものですわ」

「あはは。まあ、前のときも一応ご褒美はもらったけど」

 

 ゴブリンたちの残した簡素な武器を売った代金の一部だ。大した額ではなかったので生活費に消えている。

 

「事件解決となれば褒賞も出るのではないでしょうか。私としてはその前に死した魔物の弔いもしたいところですが」

「はい。それは後回しにしましょう」

 

 まだやるべきことが残っている。

 倒れたゼリエに歩み寄る。ゴブリンの血で汚れてしまっているものの外傷はない。命に別状はないはずだ。

 シルヴィアは彼女の傍にしゃがみこんで、

 

 ──落ちたローブから()()()が高速で飛び出してきた。

 

 錐、あるいはドリルのように変形した裾。

 当たれば人体を冗談のように穿つだろうそれは、部屋全体に響くほどの衝撃音と共に弾かれた。

 反応したのはクレール。

 ラシェル、エリザベート、イザベル、アンジェもまた油断なくローブに意識を向けている。

 

「やっぱり、気づかれていたのね?」

 

 ふわり、浮かび上がったローブがその形を変えていく。

 大雑把な人型になったかと思うと各部が顔、胴体、手足と変化していき、最終的に煽情的な服装をした黒髪の美女へと姿を変えた。

 その背には細い一対の翼。

 彼女はにぃ、と笑みを浮かべて、

 

「シルヴィア・トー。あなたの判断かしら?」

「わたしの勘違いならいい、と思ってたんだけどね」

 

 根拠は一瞬だけ見た好感度表示。

 二重になっていたのがそのまま()()()()()()()()()()()()なら納得がいく。

 好感度が見えることはみんなに言っていないので表向きには「ゼリエ一人だけの犯行にしては不自然」という線で伝えていたのだけれど。

 

「学校で習ったんだ。魔族は姿を変えるのが得意だって」

「なら、無機物に変身できる魔族がいてもおかしくない。魔族が力を貸してるならゼリエが調子に乗るのもわかるよね」

 

 彼女にはさらなる切り札があったわけだ。

 もっとも、

 

「この私が本気で人間なんかを守ると思ってたならあまりにも愚かだけどね?」

「捨て駒にされたというわけですのね」

「まさか。ゼリエと私は同志よ。下等な人間なんて滅んでしまえばいい、そう思っているという点でね」

 

 片翼が伸び、槍となって襲い来る。それを再びクレールがはじき返して、

 

「並の騎士では受けきれないはず。恩恵を使いこなしているのでしょう?」

「だったらなんなのさ。お前が不利だってだけじゃん」

「勘違いしないで。私は嬉しいの」

 

 魔族は両手を頬に当てると恍惚の笑みを浮かべた。

 

「取るに足らないと思っていた人間から面白い個体が生まれたのだもの」

「なんの話を、しているんですか?」

 

 さらに何度か、単調な攻撃が繰り返されながら、

 

「その子、シルヴィアよ。女を引き寄せ、その才能を開花させる。これを面白いと言わずになんと言うの?」

「っ、シルヴィアは絶対に渡さないからっ!」

「別に攫っていくつもりはないわ。むしろ、あなたたち全員、私に協力しない?」

「協力?」

「そう。シルヴィアが女を集める。集めた女たちは魔族の子を孕む。たったそれだけで優秀な子を量産できる」

 

 魔族は夢や理想を語るように朗々と語った。

 

「偶然による成長を待っているよりずっといいわ。ね、いい話でしょう?」

 

 

 

 

 

 魔族の寿命は人よりもずっと長い。

 生まれて死ぬまでの間に何代もの人の営みを観察できる。

 既に上位種である彼女たちにとっていまだ雄と雌に分かれ、それどころか雄に支配されている人間という種は下等生物でしかなかった。

 早く上がってくればいいのに。

 待てども短命種族の歩みは遅々としていて、女による王権の奪還さえ成されない。

 

 愛玩動物を観察するように人に興味を持っていた彼女はやがて飽きた。

 進歩する気がないのなら人間なんて滅びてしまえばいい。

 過酷な環境に耐えられない癖に繁殖能力だけは高く世界に蔓延っている彼らを間引いてやろう。

 

 本気の計画というほどではない。

 ゼリエのような同じ思想を持つ者を焚きつけたり、魔物を放って暴れさせたり。暇つぶし程度の遊びのつもりだったのだけれど。

 

 

 

 

 

「女のあなたたちならわかるはずよ。男が世を支配する今の人間社会は間違っている。虐げられたままでいるのはもう終わりにしたら?」

「愚かなことを。わたくしたちは騎士です。世を乱す魔族の企みになど──」

「私と組めば望まぬ結婚なんてしなくて済むとしても?」

「っ」

「エリザベート?」

 

 公爵令嬢の構えた剣が一瞬、揺らいだ。

 唇を噛み視線を泳がせる彼女なんてほとんど見たことがない。

 エリザベート・デュ・デュヴァリエは聡明で大人びていて、頼りになる少女。

 自分の役割を弁えていて、決してそれ以上の我が儘を言わない子なのに。

 

「別に私はあなたたちの身体が欲しいわけじゃない。シルヴィアという特異な個体が進化のきっかけになればいいと思っているだけ。なんらかの方法で女同士の生殖が行えるというのなら遠慮なく同性と結ばれるといいわ」

「女の子同士で? ……シルヴィアと、結ばれる?」

 

 この誘いにクレールまでもが戸惑いの声を上げた。

 牽制の一撃が飛んできても反応できず、クレールのすぐ傍、城の床が音を立てて穿たれる。

 

「好きでもない相手と結婚しなくてもいい。気心の知れた相手と一生を過ごせる。そしてそれは人の進化に繋がるかもしれない」

「私だって、シルヴィアさんと離れたくありません」

「イズ」

「……そうだね。ボクも騎士団に入ったらキミたちとはなかなか会えなくなる。なんだかんだ結構な付き合いだし、それは寂しいよ」

「ラシェル先輩まで」

 

 まさかこんな形で攻撃してくるとは思わなかった。

 助けを求めるようにアンジェを見れば、邪悪を許容できないはずの聖女見習いでさえも苦笑を浮かべて。

 

「聖女にも結婚の自由はありません。次代の聖女が一人前となった暁には優秀な血統を残すため、王侯貴族と子を成すことになります」

 

 ここにいる者はみんな、今の世の中に不満を抱えている。

 シルヴィアだってできれば結婚なんてしたくない。

 ダミアンから何度も求婚を受けたように、貴族社会は利による繋がりが基本だ。

 政略結婚。結婚するからには子を成すことを求められるし、結婚していない女性は白い目で見られる。

 男自体にあまり興味がない、なんて口が裂けても言えない。

 

 雌種優性思想のせいで人間の男は女の反抗に過敏になっているのだ。

 

「さあ、頷いて。あなたたちが人の世を変えるの。これは正しい行いよ。なにも躊躇うことはない。一歩、足を踏み出して」

 

 魔族の好感度は『71』。

 悪意を持って言ってきているようには思えない。

 もしかしたら彼女の言うことのほうが正しいのかもしれない。

 少なくともその手を取ることには大きなメリットがある。

 それでも。

 

「《聖なる光よ》」

 

 銀の光が魔族を襲い、黒い魔力を帯びた翼と衝突する。

 

「シルヴィア!?」

「わたしはあなたの仲間にはならない。みんなにそんな罪を背負わせたくない。……やるならちゃんと、みんなに認めてもらえる形でみんなと一緒にいたい」

 

 前世では挑戦しては失敗してきた。

 失敗しても手を伸ばし続けてきたのはなぜか。

 自分にもなにかができると思いたかったからだ。諦めていなかったからだ。

 手が震える。

 もしこれでクレールたちと衝突することになったらどうしよう。

 と、その手を柔らかな手が包み込んだ。

 

「アンジェ様」

「ええ、戦いましょう、シルヴィア様。そしてつかみ取りましょう。納得できる答えを」

「あら。それがあなたたちの総意かしら?」

 

 両翼が槍となって飛来。それをラシェルの槍とエリザベートの剣が弾く。

 

「当たり前だよ。そもそも、魔族の話を全部信じられると思う?」

「お生憎様。わたくしは自分の力で自らの運命を切り開いて見せますわ」

 

 次の攻撃を放とうとした魔族めがけて鋭い矢が飛び、その動きを一瞬止める。

 僅かな隙に高速で接近したクレールが上段の一撃、武器化した魔族の髪に受け止められた。

 

「私はシルヴィアさんとエリザベート様の意思に従います」

「うん。そんなこそこそしたのはあたしも嫌。どうせなら堂々とシルヴィアを好きって言いたいよ」

「……みんな」

 

 涙が溢れてくる。

 温かさに包まれながら「うんっ」と頷く。

 直後、強烈なプレッシャーが来た。

 

「まったくもう、人間はやっぱり愚かね」

 

 落胆の表情を浮かべた魔族が僅かに宙へと浮かび上がって。

 

「殺しはしない。でも少しお仕置きしてあげる。この私、魔族ヴァッフェが!」

 

 ゴブリンのそれとは次元の違う、猛攻が始まった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 翼の変型した槍は太く、騎兵の操る突撃槍のよう。

 回転を加えて放たれるそれをクレールの剣が逸らせば、床やゴブリンの死体に当たって大きく削り取っていく。

 しかもそれが左右から。

 クレールは槍を受け、あるいはステップでかわす。かろうじて反応できてはいるものの攻めに回る余裕はない。

 そして「身体の一部を伸長、変形させる」という特性はどこからなにが来るかわかりづらく、戦う相手に混乱を生む。

 

 槍が続いたところに突然、剣に変形した翼による斬撃が来る。

 受け止めた直後、もう一方の翼が四つに分裂、針のように変化してクレールを襲った。

 肌を浅く切り裂かれながら後ろに跳んでかわせば、両翼は鎌と化してラシェル、エリザベートへ。

 

「くっ!?」

「動きが速いうえに重すぎて割って入れないというのに!」

 

 魔族──ヴァッフェは一歩も動かないまま全員を狙える。

 イザベルの矢も変形した髪に絡めとられて効果がない。

 

「《聖なる光よ》!」

 

 シルヴィアたちの聖光ですらも魔力によって相殺されてしまう。

 

「これが魔族か、困ったなあ」

「魔族は肉体よりも精神に依った生命体です。意思を持った魔力の集合体と言ってもいいでしょう。個体にもよりますが、その多くが変身能力を持っています」

 

 ヴァッフェの場合は主に武器や衣服に変身する、というわけか。

 

「だったら!」

 

 クレールが強引に前に出た。

 翼を弾き返しながら突貫、十二歳とは思えない膂力で剣を振るい──。

 

「残念」

 

 刃の砕ける音。刃と化した両腕が挟み込むようにして剣を受け止め、砕いた。

 目を見開くクレール。

 剣術大会の賞品だ。決してなまくらではないというのに。

 

「ぼんやりとしてると危険よ」

 

 魔族の豊かな胸の谷間から太い槍が飛び出して、

 

「く」

 

 鮮血。

 槍が引き抜かれ、両翼が押し出すようにして少女の身体を送り返してくる。

 アンジェが駆け寄って受け止め、引きずるようにして離れた床に寝かせる。

 

「クレール」

 

 少女の胸に穴が開いていた。

 彼女を失う。そんな想像に視界が歪んで。

 

「大丈夫です。神聖魔法で治療すれば──」

「この馬鹿、焦って無茶し過ぎですわ」

 

 聖女見習いの機転で命は助けられたものの、重傷だ。

 あっさり最大戦力が削られた。

 

「馬鹿力のお嬢ちゃんなしで私を止められるかしら」

 

 一同の絶望を染みこませるように、ヴァッフェは攻撃の手を休める。

 お前たちなんていつでも殺せるとばかりに。

 

「人と魔族では力の差がありすぎる。でも、悲観しなくていいのよ? 放っておいてもどんどん増えるあなたたちは数十人、数百人がかりで一人の魔族を殺せば釣り合いが取れるのだから」

「なかなか面白くない冗談を言ってくれるね」

「それが上位種と下等生物の差よ。個々に異なる恩恵を授かる雑種には難しいかしら?」

 

 魔族やエルフは恩恵を持たない。というよりは、

 

「私たち上位種は全員が同じ恩恵を持っている。『魔族』や『エルフ』が私たちの恩恵なのよ」

 

 ならば、人間が雑種と呼ばれるのもあながち間違いではない。

 多様性を持つ代わりに個の力にばらつきがあり、群れなければ戦えない。

 人間が犬猫を相手にするのと似たようなもの。

 

「ですが、あまり舐めないでくださいます?」

 

 そんな()()を切って捨てる者がいた。

 公爵令嬢エリザベートは愛用の剣を手にシルヴィアたちの前に立った。

 腰に下げていた別の剣──剣術大会準優勝の賞品を倒れた治療中のクレールの傍へ投げると、

 

「来なさい。あなた程度、わたくし一人で十分ですわ」

「へえ? なかなか言ってくれるじゃない。なら、これくらいは受けてもらわないとねっ!?」

 

 それぞれ二つに分裂、四本の槍と化した両翼が迫り。

 くすっ。

 笑ったエリザベートは目にも留まらぬ速さで剣を閃かせた。

 クレール以上の速度。

 身体能力だけで実現したのではない。それどころか、相手の攻撃を一つ一つ丁寧にいなしたのでもない。

 演舞のように定められた動作の途中で剣が槍に触れ、ついでのように弾き返したに過ぎない。

 

 規定動作の再現によって能力をブーストするエリザベートの恩恵、その第二段階。

 

「わたくしの必殺技をお見せするのは、これが初めてだったかしら?」

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