わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
天使になって帰ってきて、いろいろな騒動を終わらせたら急に暇になってしまった。
本来、戦略家なんて平時には暇な職業なのである。
騎士団の通常業務は団長と副団長、あと魔法顧問がいれば回るし、訓練中の怪我などの対処はぶっちゃけ片手間でできる。
暇なら神殿に行けばいくらでも仕事をもらえるものの、自分から仕事を増やしに行くのも加減したほうがいいというか、会社に例えると名誉会長が実務に関わるようなものなので常態化するのはよろしくない。
というわけで、シルヴィアには前代未聞の「のんびりした時間」が与えられることになった。
戦略家の執務室で待機していても誰も仕事を持ってこない。
大規模な魔物討伐でも起これば出番なのだけれど、ちょっとやそっとの相手ではクレールやイザベル、マルグリットが出張って蹴散らしてしまうので別に戦略なんて要らない。
みんなが優秀なせいで戦略家の立場がないという異常事態。
「本を読み放題とかおかしくない……?」
本というのは仕事や授業の合間に時間を作って読むものではなかったのか。いやまあ、リゼットはシルヴィアに出会うまで暇つぶしのために学問を網羅していたみたいだけれど。
いざ「好きなだけ勉強していいよ」と言われると時間がありすぎて持て余すというかなんというか。
むう、とうなったシルヴィアが自身のメイドたちに視線を向けると、ゼリエは絶賛部屋の整頓中、スリスは外出の用事で不在だった。
「シルヴィア様、お暇でしたら隣の部屋でお休みになられてはいかがですか?」
「そうは言っても、平日の昼間からごろごろ寝てるとかおかしいでしょう?」
「平日に済ませるべき仕事を前倒して片付けていてしまっただけの話ですので問題ないのでは?」
そう言われるとなにも言えない。
むしろ、ゼリエたちメイドの負担を早く減らしてあげるべきかもしれない。
メイドの雇用。
ちょうどいい問題を思い出してほっとする。これで少しは時間が潰せそうだ。
とはいえ。
「ねえ、ゼリエ? 神託によってメイドの人数が制限されているこの状況ってかなり歪じゃない?」
この世界における人間国家は神託と恩恵に支配されている。
人は神託を受けた職業になるのが当たり前で、そうでない人間はごく僅か。神託外の職業に就く者は落伍者として扱われ蔑まれる傾向さえある。
それもこれも神託を受けた職業に就けば一定以上の成果が挙げられるからで、悪いことばかりではないのだけれど、例えば騎士やメイドがたくさん欲しい時などは困る。
ゼリエは作業の手を止めると、困ったように首を傾げて。
「確かに、私もスリスも例外的な存在ですからね。……新しく貴族家を起こしたシルヴィア様が正規のメイドを雇用するのは難しいかもしれません」
「でしょう? 多少は仕事にあぶれたメイドもいるみたいだけれど」
王権派絡みで潰れた家のメイドはもうほかの家に雇用されるか、別種の働き口に移ってしまっている。
天使への抗議活動の件で潰れた家のメイドはシルヴィアに反感を抱いていてもおかしくないので気軽に雇用できない。
平民上がりの貴族に対する反感は「天使になる」という力技で解決、「わたし人の上位種ですけどなにか?」と言えるようになったので解決したのだけれど。
「どこかにいい人材転がってないかなあ」
イリスに相談して人を回してもらおうか。
神殿での神託の儀にはなるべく毎回参加させてもらっているけれど、五歳の「将来のメイド」を雇用してもゼリエたちの仕事は楽にならない。
シルヴィアが今欲しいのは研修だけすれば使えるようになる、年頃以上の人材である。
と、そこで思わぬところから助け舟が。
「だったら私が助けてあげましょうか?」
「ヴァッフェ?」
服や武器になるのが特技の魔族がいったいどうするのかと思いきや、
「人形を取る程度の力は戻っているのよ? 私の細かい容姿までは伝わっていないわけだし、名前を偽れば十分でしょう?」
というわけで。
◇ ◇ ◇
「新人メイドのヴァエよ。よろしくね、ご主人様?」
「同じくティア。仕方ないから世話してあげるわ」
シルヴィアのところに妖艶な美女とツンツン系美少女の二人のメイドが新たに加わった。
長年国内に潜伏できることからもわかるように魔族は魔力を気取られないように立ち回るのに慣れている。
加えて、この国では前世の日本ほど厳密に戸籍を管理していない。貴族ならまだしも平民なんて全員を把握できているわけがないので、みんなが知らないところから人材が生えても「そんな人がいたんだ」で終わりである。
「ありがとう、二人とも。これでかなり楽になると思う」
「……まったくもう。なんであたしまで」
そう言いつつも、ティアことティーアはメイド服を着られるのが案外嬉しそうだった。オークをたくさん飼っていたり、猫としての生活が気に入っていたり、魔族としてもかなり変わり者感がある。
ヴァエことヴァッフェはもっとノリノリで、
「ゼリエたちの仕事ぶりは見ていたし、短期間で覚えられると思うわ」
「それは頼もしいですが、ご主人様へのその態度は改められませんか?」
「そればっかりは難しいわね」
「まあまあゼリエ。わたしは平民出身だから身分差にはうるさく言わないってことで」
こういう時は平民出身の肩書きも便利である。
「メイドが四人になればゼリエたちも楽ができるでしょう?」
「……そうですね。スリスの仕事ぶりも申し分ない域に達していますし、お休みをいただくことも可能になるかと」
そう言いつつゼリエの顔には「仕事をしていないと落ち着かない」と書いてある。
「ゼリエも人のこと言えないくらいには
「私は罪を犯した身ですので、シルヴィア様とは事情が異なります」
彼女が罪を贖うには、毎月シルヴィアが支払っている給金から大部分を借金返済に充て続け、完済しなければならない。
それが果たされる日はまだまだ遠い。
完済する頃には彼女の若かりし日は遠い過去になってしまっているだろう。
「私は生涯、シルヴィア様にお仕えする覚悟です。ですからお気遣いは──」
「はいはい。ちゃんと生きて罪を償うためにもちゃんと後進を育てて休暇を取りなさい」
「ちょっと、ヴァッフェ──じゃない、ヴァエ。あなた」
「ふふっ。ヴァエって案外面倒見がいいわよね?」
「ほんと。変わってるったらありゃしない。そんなこと進んでする奴の気が知れないわ」
「ティアに言われたくないと思う」
これでメイド問題はだいぶ楽になった。
四人でもまだまだ、屋敷持ちの貴族には足りないというか、子供の相手を任せることも考えたらもっと欲しいところではあるのだけれど。
「ねえ、シルヴィア? 元巫女を何人か引き取ってくれないかしら?」
聖女アンジェリカから思わぬ申し出があった。
天使への嫌がらせ活動の件で処分された下級の貴族家。そこに嫁いでいた元巫女たちが未亡人、というか受け入れ先の家をまるごと失って路頭に迷っているのだという。
彼女たちは元巫女ということもあって信心深く、シルヴィアへの謝罪を(夫と違って)すんなり受け入れたため、かなり軽い罰で済んでいる。
ともあれ受け入れ先がないと生きていけないのがこの国の女性である。神殿で再び働かせてもいいけれど、どうせなら……という申し出。
元巫女なら天使となったシルヴィアに敬意を払ってくれるし、掃除等の雑用に抵抗もない。
貴族家に入ったとはいえ質素な生活にも慣れているので贅沢を言うこともない。
「是非、引き受けさせてください」
これ以上の適材はなかなかいないだろう。
むしろこちらからお願いしたいくらいだと思いながらそう返答し、さらに三名の元巫女をメイドとして雇用することになった。
貴族学校卒業に伴って学用品などへの出費がなくなり、代わりに騎士団から出る給金が増えたのでこれくらいならば懐がピンチになることはない。
お金持ちになったものだとしみじみ思いつつ、たくさんの人に助けられながら生きていることを噛みしめるシルヴィアだった。