わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「今回の件がきっかけで両国の関係が拗れることは好ましくないと考えております。つきましてはこれを機にお互いをより深く知ることができればと……」
「余計な前置きは良い。さっさと本題を話せ。お主らは妾を返せと言っているらしいが、妾に帰るつもりはない。これは妾自身の意思じゃ」
穏当なところから話を始めるという、クリステルの真っ当な話術をプルプルがあっさりとぶった切った。
隣国の王族も実際に竜と会うのは初めてらしい。
特使として来た王妹はあまりにもはっきりした態度に翠の瞳を瞬かせて、
「偉大なる竜よ。それは何故でしょうか?」
「何故? 妾はこのシルヴィアの嫁になると約束したからじゃ」
そのタイミングでそういう振り方する!?
と思ったけれど、おおよその経緯は先方も把握しているようで、
「シルヴィア様とアンジェ様、両名の天使化をいち早く察知したプルプル様が興味を持ち、ご自身の意思で飛来、これを打倒した見返りとしてそのような約束を取り付けた、という話ですね」
「ええ、その通りです」
思ったよりも話のわかる人なのだろうか……と。
「では、その約束に異を唱えず、竜を私物化したのは事実なのですね」
「妾はモノではない。シルヴィアの嫁にはなったが、面白くもない争いに手を出す気はないぞ」
「事態はプルプル様の意思一つで収まるものではありません。貴国が竜を駆って我が国を襲うことが可能である、という事実こそが問題なのです」
まあ、国境を接する国から核兵器を奪ったようなものではある。その核兵器が勝手にこっちに来たのも事実だけれど。
クリステルは表情を曇らせると紅茶を口にして、
「せめて補償を、と求めているのですが、国王陛下はまったく聞く耳を持ってくださいません」
ここでエリザベートが口を挟む。
「いったいなにを要求なさっているのでしょう?」
「自国内の上位種を奪われた以上、同じく上位種で補っていただくのが筋でしょう? よって、我が国としては天使を一人、こちらへ引き渡していただきたいと考えております」
「っ」
竜がそっちに行くのは許してやるから天使を寄越せ。
むちゃくちゃだ。確かに一定の理屈はあるけれど、こちらの損失が大きすぎる。
さらに言えば、もしこれによってシルヴィアが隣国へ連れて行かれれば実質的にプルプルを取り戻すこともできる。
……外交ってこうやってやるのかー。
前世で平凡な一般人だったシルヴィアが妙に感心していると、プルプルが「くだらんな」と吐き捨てた。
「妾も天使たちも、人間どもの営みに深く関わる気はない。お主らの事情に巻き込むな」
「ですが、慈悲深い天使であれば人の世が荒れることを快く思わないのでは?」
楓や椿をはじめ、天使の里の面々は争いを好まない穏やかな気質。王家の者から強く頼まれれば「まあ一人くらい」と頷きそうな気はする。
するけれど、
「天使であればそうかもしれん。妾たち竜と違ってな」
竜の気性は天使よりもはるかに荒い。
「ごちゃごちゃと屁理屈を並べるのなら、望み通り上位種として振る舞ってやろうか? 何人殺せば黙る? 千か? それとも万か? 人間など面倒だから相手にしていないだけだと教えてやる」
「プルプル。一人でそんなことしたらさすがに死んじゃうってば」
「問題あるまい。お主らのような強者がそうそういるはずもない。なんなら里に戻って二、三人連れて行っても良いしな」
竜が徒党を組んで襲ってきたらこっちの都だって大惨事である。人間の騎士が強いと言っても飛ばれたら対処法がかなり限られる。
徹底した「ノー」を突きつけられたクリステルは軽く息を吐いて、
「このままでは歴史を繰り返すことになりますよ」
脅しとも取れる文句を口にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「なるほど。それが狙いか?」
問うプルプルに対し、特使である王妹の答えはこうだった。
「今、この場で申し上げられるのは先ほどの言葉までです。またお会いいたしましょう、シルヴィア様」
帰ってからもシルヴィアはクリステルの言動について考え続けていた。
一人でいても落ち着かないのでエリザベートの団長室に行ってしまったくらいだ。
外向きの服を着替えるのもまだだったけれど、二人が恋人同士なのはみんなに知られているのでギリギリセーフ。ゼリエたちも「言っても無駄だろうから」と言いたげに黙って着替えを手伝ってくれた。
「歴史を繰り返すって、つまり戦争ってことだよね?」
尋ねるとエリザベートが嫌そうに「ええ」と答える。
「あからさまに匂わせて来ましたわね。竜を返さなければそちらを攻める、と」
というか、戦争の口実にするために敢えて無理難題をふっかけているようにも見える。
「……そもそも、前回の戦争のきっかけが」
「当時の隣国の王が『天使を寄越せ』と強要したことが始まり、ですわね」
この国には天使が、隣国には竜がいる。
これが「上位種を国民として迎えている」という意味でないのはプルプルが言っていた通り事実なのだけれど、それでも国内にいるのは事実。
天使がいるとかずるい! うちにも欲しい! と馬鹿なことを考える者がいてもおかしくはない。
いないよりはいるほうが国力として向上するのも事実だろうし。
当時の隣国国王もまた、そういう考えの持ち主だった。
もしかしたらもっと深い考えがあったのかもしれないけれど、その胸の内なんてもちろんわかるはずがない。わかるのは表向きの事情だけ。
「歴史は繰り返す、か」
戦争になればそれこそ戦略家の出番だ。
騎士団としても大々的に動かなければならない。……仲間たちが兵を指揮して隣国の人間を殺す。自国を守るために、大勢を殺す。
シルヴィアは「より効率的に敵国人を殺す」策を練らなければならない。
「でも、今そんなことをしたら」
「前回の比ではないくらいの悪手ですわね。なにしろ、今、こちらには『人から天使に成った者』が二人もいるのですから」
向こうが竜や天使を戦力として見ているのであればなおさら攻めるべきではない。
それともあれは単なる建前で、よっぽど頼りになる戦力があるのか?
それともその逆?
「追い詰められている、のかもしれませんわね」
「隣国ってあんまり状況良くないんだっけ」
「経済面で徐々に後退していますわね。……なにしろ王の世代交代が早かったものですから」
隣国の先王は病死であるため、引き継ぎが十分に行われなかった。そのせいで現王は不慣れな中で国政に携わる羽目になっている。
加えてかの王はどちらかというと苛烈なタイプ、戦時にこそ相応しい王であるようで、平和なこの時代にはそぐわない。
「王様に向いているって言っても、それだけでうまくいくとは限らないってことかあ」
神託もあくまで適性を見ているだけだ。
……それとも、神はそれ以上のなにかを見通しているのだろうか? だとすると、神託に従うことで未来は神の狙いどおりに推移する? うん、情報が足りなさすぎて断定するのはほぼ無理だ。
「クリステル様はそんなに悪い人には見えなかったんだけどなあ」
女性であるクリステルの好感度は彼女の頭上にしっかりと表示されていた。
結果は『72』。
初対面としては限りなく高い数値。ほとんど一目惚れと言ってもいい。跪いてくれたのはあながち嘘ではないのかもしれない。
加えて、発言内容と裏腹に表情や仕草は穏やかで、とてもこちらを威圧するタイプには見えなかった。
どことなく態度がちぐはぐというか、こちらを脅すという役割をこなしながらも極力、印象を悪くせずに済ませたいと思っている感じというか、
「もしかして『この場では』ってそういう意味?」
「わたくしたち、あるいはシルヴィアに『ここだけの話』を持ちかけたいと? もしかしてあなた、本当に口説かれるんじゃありませんの?」
「それはちょっと勘弁して欲しいんだけどなあ……」
美人の誘いを断るのはちょっと心苦しいし。