わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「英雄の真似事をする子供の末路、知らないわけでもないでしょうに」
翼と両腕が剣へと変化。
禍々しい、まさに「魔」を象徴する姿となったヴァッフェがエリザベートを睨む。
少女は臆することなく剣を持ち上げて、
「真似事など、しているつもりはありませんわっ!」
右半身を引いたかと思った直後、その姿が消失。
「な、に!?」
目で追い切れない速度で前進し、魔族へ肉薄。
公爵家によって用意された業物は四本の剣に阻まれながらも、その先を胸に食い込ませて。
傷口から血は流れなかった。
代わりに魔力の残滓のようなものがかすかにこぼれて。
「雑魚の相手と違って大物狩りは気持ちがいいですわね」
無双が得意なラシェルと逆にエリザベートは一対一の専門家だ。
他に煩わされることなく本領を発揮すれば本人の言う通り格上相手でも勝機がある。ゲームならコマンド入力で発生する必殺技がそれを可能にする。
今までは通常技──いわば、単にブーストされただけの斬撃や突きで戦っていたわけで。ここからが真価と言っていい。
ただし、
「隙だらけよ?」
動きの大きい技には弱点もある。
特に突進系は窮地に飛び込んでしまうこともままあって──。
慌てて身を引くも、そこを両翼の槍が襲来。
そこへ、
「要するにまとめて吹っ飛ばせばいいわけだよね」
ラシェル。
「武器だろうとゴブリンだろうと敵には違いないし」
「助かりましたわ。お互い、クレールだけにいい顔はさせられませんものね」
「ああ。この偉そうな魔族様にも一泡吹かせてやろうよ」
公爵令嬢と侯爵令嬢のコンビネーション。
エリザベートが攻め、敵の攻撃はラシェルが防ぐ。守りを固められたら突進型の必殺技が道を切り開く。
まとめて弾けないよう、ラシェルとエリザベートへ同時に別方向から攻撃が加わっても、
「っ、手応えが、重い?」
「ええ。どうやらわたくし、単独相手の守りには長けているようでして」
ガード。
格闘ゲームにおける防御は防げる攻撃防げない攻撃がはっきりしている代わりに絶対に近い防御力がある。単体からのワンアクションなら、エリザベートはまず間違いなく弾く。
向こうが決め手にかけた状況なら、少しずつでも攻められる。
タフネスでも人を超えているのか堪えた様子はないものの、ヴァッフェの身体が少しずつ削られ始めた。
「シルヴィア様。今のうちに逆転の手立てを」
クレールの治療を続けながら、アンジェ。
「剣ではおそらく致命傷を与えられません。勝機があるとすれば最大級の神聖魔法による浄化です」
「でも」
「できるはずです、あなた様ならば。私にも聖女様にも不可能な奇跡さえきっと起こせます」
確かに、理論上は可能だ。
神聖魔法は神の言葉を用いた祈り。正確かつ具体的であればあるほどその威力は増す。
ならば。
口伝されている呪文を可能な限り拡張し、正確な日本語で唱えれば。
アンジェと協力して放ったあれ以上の威力が出せるかもしれない。
「でしたら、時間を稼ぎます」
残り少なくなった矢を弓につがえつつイザベルが頷く。
「持久戦は不利だと思います。だったら、いちかばちか」
「イズ。アンジェ様。……うん、わかった」
みんなで勝利をつかみ取る。
そのために残った力は小出しにせず、一気に振り絞る。
「みんな、お願い! もう少しだけ頑張って!」
──戦略コマンド《限界突破》。
声と共に発動させた力が仲間たちの力を文字通り限界以上に引き出す。
効果は時間と共に減衰し、逆にマイナスへと推移していくものの、短期決戦を狙うならこれしかない。
二度目の発動による精神的負荷は唇を噛んで必死に耐える。
まだここで倒れるわけにはいかない。
本番はここからなのだから。
「シルヴィア? 私を滅するつもりならさすがに本気を出すしかないんだけど」
「あら、そんな暇があるんですの?」
「ほら、ボクたちともっと遊びなよ!」
「このっ! シルヴィアのおまけの癖に!」
思えば、ゼリエに浴びせた聖光もヴァッフェにある程度の痛手を与えていたのだろう。
ダメージによって魔族は全力を出し切れない。
さらに、恩恵の力を借りた二人──いや、イザベルも含む三人が全力以上の力で彼女を追い詰める。
「《聖なる光よ、その輝きを以て我らが敵を包み込め》」
エリザベートの乱舞が女の肌に無数の傷を作り。
ラシェルの槍が武器化した身体を弾き返し。
──スキル『ラピッドアロー』。
放置ゲームにありがちな時限式の強化スキルがイザベルに残った矢のほとんどを吐き出させる。
弾丸のごとく連射された矢が次々とヴァッフェに突き刺さって、
「舐めるな、人間がっ!?」
奥の手。
魔族は自身の両翼と両腕を分離させると無数の刃に変えて、
「こっちだよ!」
──特技『挑発』。
RPGの戦士が持つ特殊能力がヴァッフェの視線をほんの一瞬釘付けにする。
生まれた迷いが刃の矛先を鈍らせて。
未だ起き上がれないものの、瞳を開いて敵を見据えたクレールがにやりと笑った。
「やっちゃえ、シルヴィア!」
「《そして、その輝きを以て悪しき心を全て祓い清めたまえ》」
銀の輝きが溢れ、部屋全体を包み込む。
かわすとか、防ぐとか、そういう次元はもはや超越している。
「ぁ──」
魔族ヴァッフェは声を上げる暇さえなく光に呑み込まれて。
宙に浮いた無数の刃と共にその身を溶かして──消えていった。
復活の気配は、ない。
勝利だ。
安堵と疲労で視界がぐらつく。
シルヴィアが意識を保っていられたのはそこまでで。
我ながら芸がないと思いつつも、少女は眠るように意識を落とした。
◇ ◇ ◇
昔から、ゲームが好きだった。
本も好きだったけれど、ゲームの良さは自分が主人公になれるところだ。
多くのゲームには「選択」がある。
選んだ道が間違っていても、その積み重ねが自分だけの物語を生む。
だから、シルヴィアはゲームが好きだった。
負けて笑われて、悔しくて死んでしまいたくなって、それが実際命を落とす結果になっても。
まだ、ゲームを嫌いになれない。
「……ここは」
目覚めた場所は以前にも訪れた客間だった。
「お目覚めになられたのですね、シルヴィア様。お腹は空いておられませんか?」
前にも相手をしてくれた成人巫女が傍らに座って微笑む。
言われて意識すればお腹が「待ってました」とばかりに悲鳴を上げて。
「はい、ぺこぺこです」
「それは良かった。丸二日以上寝込んでいたのですから当然でしょう。すぐにお持ちいたします」
前回の記録を早くも記録更新。
「シルヴィア!」
「シルヴィアさん、本当に良かった」
「まったくもう、あなたは戦いの度に倒れる体質なんですの?」
「あまり心配させないで欲しいな、戦略家殿?」
食事を終えてひと息ついた頃には仲間たちが駆けつけてきてくれた。
太陽はまだ高いところにあるのだけれど、みんな卒業を控えた身なので授業をサボってもうるさく言われないのだという。
訓練はいくつになっても必要とはいえ教師が教えることはもうなにもないというわけだ。
「あの、あれからどうなったの?」
「程なく到着した騎士と兵士によってわたくしたちは保護されましたわ」
死体の処理とゼリエの移送も彼らにお任せ。
城の外へ逃げたゴブリンはいなかったのでシルヴィアたちの乗ってきた馬車もまだ待機しており、みんなは帰還と共に軽い休息を取ることができた。
移動の間、シルヴィアが目覚めることはなく。
アンジェの提案で神殿に預けて騎士学校へ戻り、着替えや入浴などを済ませたところで「目を覚ました」との連絡を受け取ったらしい。
「遠征訓練は中止だよ。そりゃそうだよね。それどころじゃないもん」
死体の運び出しや武器の回収などもあるので生徒たちは全員送り返された。
大変だったクレールたち以外は遠征訓練が行えなかったぶん、今も教師たちにみっちりしごかれているとか。
「私たちはお手柄ということで褒賞をいただけるそうですよ」
イザベルがいつになく嬉しそうに笑う。
男爵家は貴族の中では下っ端、生活にはそれほど余裕がないので名誉とお金は大助かりだ。シルヴィアにもその気持ちはよくわかる。
結婚に向かない女性騎士なんて家では「役立たず」と言われてもおかしくないのだ。
話をしていると、アンジェも部屋にやってきた。
「ご無事でなによりです、シルヴィア様」
「アンジェ様。なにからなにまでお世話になりました」
「いいえ。むしろ、これで過去形にされてしまっては悲しいです」
少女は青の瞳でじっとシルヴィアを見つめると手を取って、
「これからも是非、会いにきてくださいませ」
「あ、あの」
距離が近い。
「アンジェ様にはこれまで対等に話のできる同世代の方がいらっしゃいませんでしたから、シルヴィア様をたいへん気に入っておられるのです」
「アンジェ──様? ちょっと近すぎるんだけど?」
成人巫女が微笑ましげに告げれば、クレールが頬を膨らませて聖女見習いを睨む。
ちなみにアンジェの好感度はいつの間にか『75』まで上がっている。これではあっと言う間に80を超えてしまいそうだ。
それ以上に問題なのはエリザベートとイザベル。
『82/100(恋愛感情)』『85/100(恋愛感情)』
なんでこんなに好感度が上がっているのか。
これでは本当にハーレムに。
「ふふっ。ずいぶんと女の子から人気があるのね、シルヴィア?」
「~~~!?」
思ったところで。
耳元で囁かれた声にシルヴィアはびくっ、と背筋を震わせた。
この声は。
他のみんなが不審がるのもさて置いてきょろきょろ周囲を確認。特に異常がないのがわかると耳に手をやって、左耳に絡みつく小さなリボンを発見。
身に着けるものから聞こえる声。
聞き覚えのある声音と共に考えると答えは一つしかない。
衝動的に耳から解こうとしたところ「止めておきなさい」と再びの囁き声。
「私に敵意はないわ。力もない。それに、
「……むう」
釈然としなかったものの、着替えて神殿を後にしてから解いてやった。
「ヴァッフェ、なんでしょ?」
「そうよ。また会えるとは思わなかったけど」
「ちょっ!? 死んだんじゃなかったの!?」
「私だって死んだと思った。でも、どういうわけか生き残ってしまったみたい。……この子のおかげでしょうね」
シルヴィアはヴァッフェを殺そうと思ったのではなく、彼女の悪しき部分を浄化しようとした。
「僅かに純粋な心が残っていたから、その分だけが生き残った……ということですか?」
「そ。じゃなかったらとっくに暴れてるでしょ。今はもう人に敵対する気もないし、この子から離れる気も起きないわ」
「別にシルヴィアにくっついてなくていいんだけど。むしろ迷惑なんだけど」
「そう言わないでよ。なんなら神様に誓いましょうか? これからはこの子のために力を使うって」
「ずいぶんとシルヴィアに入れ込みますのね。逆に怪しいのですけれど」
リボンことヴァッフェは「別に裏なんてないわよ」とあっさり返答。
「今の私はこの子に生かされたようなもの。別に魔族全員が人間を嫌っているわけでもないし、種族自体が敵対しているわけでもないしね。だったらシルヴィアに付き合うのも楽しそうじゃない?」
みんなが「むう」という顔になってこっちを見た。
最終的な判断は任せるということだろう。神聖魔法の中には誓いを守らせるものもあるのでなんなら行動を縛ることもできる。
シルヴィアとしても釈然としない部分はあるものの、
「本当に大人しくしててくれる?」
「ええ、神に誓って」
本当に誓いつつ、ヴァッフェはくすっと笑い声を上げた。
「ひとまずはあなたの首にでも巻き付いていようかしら」
「うん、シルヴィア。今すぐアンジェ様に魔法をかけてもらいに行こう」
「そうですわね。首にしろ髪にしろ腕にしろ、危険部位を常に握られているようなものです」
すぐに引き返してきた一同にアンジェは驚いた顔をしたものの、事情を話すと快く誓約の魔法をかけてくれた。
「これで、あなたはシルヴィア様を害したり不利益を与える行動が取れません。そして、シルヴィア様の幸福のために努力することが義務づけられます」
「望むところよ。この程度で信じてもらえるのならね」
「シルヴィアさん。アンジェ様。もう一つか二つ誓約させておきませんか?」
「あんまり縛られるとこの子を守れなくなるわよ!? っていうか、疲弊した状態で神殿に入って生きていられる時点で悪意がないのはわかるでしょう!?」
魔族が悲鳴を上げて抗議してきたものの、まあ、これに関しては自業自得だろう。