わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
当時十歳だったクリストファは政争の犠牲となって昏睡状態に陥った。
「第一王子の急死から始まった争いは、グレゴールの暴走だけで片付けられるものではありませんでした。疑心暗鬼に陥った、あるいは同じように野心を抱いた他の王族も攻撃を行っていたはずです」
結果は、当時の国王を含む複数の王族の死。
残った者の中で最も年長の王子グレゴールが玉座につき、そして国が少しずつ狂い始めた。
「クリストファは命を落とさなかっただけでも幸いでした。……ですが、あの子は十年以上が経っても目を覚まさないままで」
薬や魔法を使って一命をとりとめているだけの状態。
もしかすると、クリステルがシルヴィアにへりくだった態度を取っていたのは「クリストファを治療して欲しい」という思惑もあったのかもしれない。
「クリストファ殿下のことを愛していらっしゃるのですね」
「姉が弟を想うのは当然のことです。……ですが、グレゴールの命令で私は弟に面会することさえ思うようにできませんでした」
「同母の姉弟であれば許されるべきでしょうに」
スザンナでさえもこれには顔を歪めた。
「思えば、あの頃には既に弟に魔族が憑いていたのでしょう。グレゴールが死んだ時の保険だったのか、単に私たちをより苦しめるためなのか……」
「意識のない人間ならより肉体を掌握しやすいでしょうね。……もう本人の人格なんて残っていないと思ったほうがいいわ」
淡々と告げるティーア。デリカシーもなにもあったものではないけれど、この場合ははっきり言ったほうがまだマシなのかもしれない。
「クリステル殿下。もしもクリストファ殿下が目覚め、我が国へ戦争を仕掛けてきたらどうしますか?」
スザンナの問いに、クリステルは僅かな迷いを覗かせながらもはっきりと答えた。
「戦います。魔族から国を取り戻すためならば、我が弟であろうとも討ちましょう」
それは、あまりにも悲壮で尊い決断だった。
◇ ◇ ◇
「よく来てくれた、クリステル。……諸々の疲労も溜まっているだろうが、早急に話を聞きたい。協力してくれるだろうか」
「もちろんでございます、国王陛下。私にできることであればなんなりと」
「感謝する。……シルヴィア、そしてエリザベート。其方らも同席して欲しい」
「かしこまりました、陛下」
気づくとすっかり重臣扱いであるけれど。
最低限の人だけを集めた部屋にて様々な情報が共有された。
現在生き残っている王族の名前と主な役割。
隣国が動かせる兵力の予想。
隣国側でこちらに協力してくれそうな貴族・大商人。
「魔族が憑いているとされるクリストファは『国王』の神託を受けているのだろうか」
「いいえ、受けていないはずです。幼少期の記憶ですので曖昧ではございますが、弟の神託は三文字だったかと」
デジタルに文字幅の揃った表示なので文字数はわかりやすい。
「……おそらく、生き残った王族の中に国王の適性者はおりません。魔族の策略であれば真っ先に狙ったに違いありませんので」
「確かにな。相手が遊びのつもりであれば、敢えて逆転の目を残している可能性はあるが」
「楽観的な思考となりますので、残っていない前提で動くほうが賢明でしょう」
隣国がかき集められる兵力は推定で、この国の総力の半数といったところ。
もちろん人の数だけで勝敗が決するほど戦争は甘くない。特に魔族の介入がどの程度になるかが未知数ではあるけれど、正面からぶつかればほぼ勝てるだろう。
「我が国には精鋭揃いの『銀百合騎士団』がいる。……エリザベート、其方らであれば人数の十倍程度の兵力はものともせぬであろう?」
「自信を持ってお答えするのは躊躇してしまう数ですけれど、決して引けを取らないかと」
まあ、シルヴィアやアンジェ、リゼットが大技を繰り出した後にイザベルの支援つきでラシェル、クレールが突っ込むだけで並の集団なら大混乱だろう。
「とはいえ、国の中枢が魔族に掌握されたとなれば何がどうなるかわからぬ。……使者を送るにせよ、その者には死を覚悟してもらわねばならぬな」
「申し訳ございません。我々の中から使者を選定できればよいのですが……」
「他国の者のほうが待遇は良くなるであろう。いくら魔族とはいえ、人に化けている以上は人の営みに大きく逆らうことはできん」
隣国の使者をばっさり殺したとなれば「こいつやばいよ」と離反する者も出かねない。
「そも、十年以上眠っていた王族が目覚めたとして、すぐに国内を掌握できるものか。少なくとも侵攻までにある程度の猶予は残されているであろう」
「帰還を選んだ者たちが都へ到着するにもまだ数日かかります。兵の再編を行い、再び派遣するだけでも一週間、あるいは二週間はかかるでしょう」
「……ひとまず使者を送るとするか。クリステルよ、其方にも文をしたためて欲しい」
紛失を危惧して何通も作成された書状は──すべて届かない可能性、届いたとしても返事がない可能性を危惧されたものの、一ヶ月後、何事もなかったように返事が送られてきた。
王弟クリストファの名の記された隣国からの書状には、奇跡的に目覚めた彼が皆に請われて国王代行に収まったこと、国が混乱しており危機的状況にあること。数少ない王族であるクリステルの力を借りたいので戻ってきて欲しいことなどが粛々と記されていた。
まるで、魔族の暗躍などなかったかのように。
◇ ◇ ◇
「……厄介なことになってきましたわね」
すっかり馴染んだ騎士団長の椅子に座ったまま、エリザベートが呻く。
入口に近い位置に立ったクレールがそれに小さく首を傾げて、
「平和に行きそうならそれでいいじゃん──ってわけにはいかないから困ってるんだよね?」
「ええ。これではクリストファ殿下に魔族が憑いているかどうか判断できません。最低でも、殿下が『王族として』不適格であると糾弾する材料が欲しかったのですけれど」
隣国からの商人の出入りなども普通に行われている。
一夜にして魔族の支配下となり鎖国状態──みたいなゲームでよくある状態にはなっていない。それどころかグレゴールの統治下よりも「少なくともトップの判断はまとも」と言える状態である。
これではまるでクリステルのほうが間違っているかのようだ。
「むう。こうなっちゃうと『お前魔族だろ』とも言いづらいかあ」
「そんなことを下手に言えば逆に国際問題ですわ。……もちろん、グレゴール陛下の暴挙について引き続き追求することはできますけれど」
「クリステル殿下がこちらにいらっしゃる以上、共謀しての狂言だったのではないか、と言われても仕方がありませんね」
戦力が足りなくなったから補充のためにいったん戦争を諦めた、といったところか。
信念など何も感じられない勝手すぎる方針転換は確かに「遊んでいる」それだ。失敗したらリセットすればいいからとあれこれ試している時のゲーマーと変わらない。
こうなると迂闊には動けない。
「クリステル殿下を下手に返したら捕らえられたり処刑されちゃう可能性もあるよね……」
「そうなったら最悪ですわ。現状、こちらに協力してくださっている唯一の王族ですのに」
焦れる。
食料の生産能力などに差が生まれている以上、放っておいても兵力で抜かれることはない。むしろこちらも戦力を整える猶予が生まれるけれど、魔族を放置するのはできれば避けたい。
かといって、クリストファの中の人=魔族と断定できない状況では「少数精鋭で乗り込んでボスを倒しちゃえ」ともやりづらい。
魔族を討つ大義名分がなければ、この国が隣国王家を滅ぼして覇権を握ろうとしている、という風に見えかねないのだ。
「うーん……で、結局どうするわけ?」
「水面下で動きつつ、打開できる状況を待つしかありませんわね」
戦争になるよりはいいけれど、こういう暗躍劇みたいなのもシルヴィアは苦手である。
ノベルゲームなどで要約して説明されても「え? え?」と理解に時間がかかるのに、状況を打開する名案なんて簡単に出せるわけがない。