わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「のんびりできたの、思えばちょっとの間だけだったなあ……」
城から呼び出される回数は増える一方。
よそ行きの衣装もそれだけ必要なので、職人を呼んで相談もしないといけない。
騎士団上層部での会議もあるし、定期的に神殿にも顔を出す。
戦略家執務室の自分の机に座って愚痴を吐くと、スリスが不思議そうな顔をして。
「でも、夜の時間は空けていらっしゃいますよね?」
「……スリスだってときどき参加してるじゃない」
「そ、それはその。……良いではありませんか!」
顔を真っ赤にした彼女を見て少しだけ気持ちが和む。こういう息抜きがないとやっていられない。
「天使になったおかげでほとんど体型が変わらないのがせめてもの救いだよ」
一部はどういうわけかまだ成長を続けているけれど。
気づけば十一月。
後二ヶ月もしないうちにシルヴィアも十八歳。人間としては全盛期だけれど、同時に老化も気にしないといけない頃合いだ。
◇ ◇ ◇
「それなんだよね。……あたし、まだまだ強くなりたいのに全然時間が足りない。前の騎士団長の気持ちがわかるっていうか」
「さすがに気が早すぎるよクレール」
騎士団の食堂は大賑わい。
各施設をかなり余裕を持って作っておいたおかげで隣国の女性騎士を全員受け入れられたものの、おかげでかなりの大所帯になってしまった。
厨房スタッフも大忙しで、ヘルプとしてシルヴィアの屋敷から料理人を呼んで対応しているくらいだ。
一番混み合う時間帯などは席がなくなることもあるくらいで、それを考えると自室で食事をする手もあるものの、騎士たちとの交流もあるので敢えて食堂で食べることも多い。
本日正面で料理を突いているのはクレール。
まだ筋肉が足りないのか、鶏肉のグリルを大盛りで平らげつつ、
「いや、本当だってば。成長期は終わっちゃったわけだし、ここからは大して伸びなくなると思うんだよね」
シルヴィアのような頭脳労働者はまだまだ現役、怖いのは美容面くらいだけれど、身体を動かして戦う者にとって「身体が思うように動かない」「同じ訓練を続けているのに筋力が落ちていく」のは恐怖だ。
前騎士団長が「衰えてもなお凄腕」と呼ばれるためにどれほどの努力をしていたか、考えるだけでもつらい。
そんな前騎士団長がしばらく前、シルヴィアたちにこんな頼みごとをしてきたことがあった。
『頼む。私の身体が本格的に終わりを迎える前に、竜との一騎打ちをさせて欲しい』
プルプルはものすごく乗り気だったものの──老齢にさしかかった騎士の目が本気も本気だったこと。ご家族にも相談したところ「絶対に駄目」と言われたことから実現はしなかったものの、あれは本当に彼の心からの望みだったのだろう。
『……残念だ。本当に残念だ。後十年、いや五年遅く生まれていれば』
一騎打ちが実現していたら、前騎士団長は死にものぐるいで竜に立ち向かっただろう。そしてきっと死ぬまで止めなかった。
老齢にあってなお強さを求め続けるその姿勢に竜娘が応えないはずもない。
前時代の英雄は、伝説を作る代わりに家族を泣かせた。
止めないわけにはいかなかったけれど。
「決めたよ、シルヴィア。あたしはプルプルにお願いして竜の血を飲む」
「……クレール」
「足りないんだよ。時間も、強さも。あのグレゴールと同じくらい強いのが出てきたらきっとまた、あたし一人じゃ勝てない」
断言した彼女の瞳はどこまでも真剣だった。
こうなったクレールが聞いてくれるわけがない。
シルヴィアにできたのは、可能な限り「なにがあっても大丈夫」な態勢を整えることだけ。
「わたしとアンジェ様が控えてるから、なにかあったらすぐ言ってね?」
「アロンダイトは預かりますわ。……あなたが狂気にかられて暴走するようなら、この剣で介錯して差し上げます」
「ありがとう、みんな。でもあたし、こんなところで死ぬつもりないから」
あのプルプルでさえも「やれやれ」と肩をすくめて。
「足りないものは魔力くらいだというのに、まだ力を求めるか。まあ、気持ちはわかるがな」
太く立派な尻尾をくねらせるとエリザベートに切断を命じた。
「斬れ。『竜鱗』は使わん。生き血と肉を利用する手はずも整っているな?」
「まったく、血と肉を提供するほうもかなり大変ですわね……っ!」
自分の剣を汚したくない、と、エリザベートの振るったアロンダイトが尾を両断。
吹き出した鮮血をヴァッフェとティーアが綺麗なガラスの盃に満たし、切断された尾は女騎士が数人がかりで厨房へと運んでいく。
十分な血が用意できたらすかさずシルヴィアたちが癒やしをかけて尾を再生。竜娘は無事元の姿を取り戻した。
「……はあ。今晩の食事は輪をかけて大盛りにしてもらわねばな」
「さあ、クレール。できましたわよ。まずは竜の生き血をどうぞ」
今のままでもクレールは十分、伝説級の騎士だ。
そんな彼女が竜の血を飲む。この一幕は間違いなく後世に語り継がれる。新しい時代の一ページとして歴史に残るだろう。
ガラスの盃がクレールの両手にしっかりと収まって。
「まずそう」
「ぶっ殺すぞお主」
「じょ、冗談だってば。いや本気だけど。……ええい、飲めばいいんでしょ飲めば! ちょっと誰か鼻つまんで!」
これで拒否したらシルヴィアも思いつく限りのお仕置きを実行するところだけれど、クレールはものすごく嫌そうにしつつ、しっかりとプルプルの血を飲み干した。
「っ!?」
「クレール!?」
「だ、だいじょうぶ。ただ身体が熱くて痛いだけだから……っ!」
「いやそれ全然大丈夫じゃないよ!?」
まともに動けたのは盃をヴァッフェたちに返したところまで。
苦悶の声と共にうずくまったクレールは衝動、あるいは痛みを堪えるように自身の身体を抱きしめ始めた。
「問題ない。癒やしをかけるのはよしてやれ」
「でも」
「こやつの身体はいま成長している。半端に竜の因子を取り込んだ今、治癒を行えば半端で終わってしまう」
クレールの身体が新しい状態を覚えて落ち着いてくれないと「身体の状態を正常に戻す」働きも上手く働かないということか。
妙に冷静なプルプルとものすごく苦しんでいるクレール、アロンダイトを手にしたまますごく嫌そうな顔をしているエリザベートを順番に見ながら、五分、いや十分待って。
「……ん。ちょっと落ち着いてきたかも」
まだ痛そうにしながらもクレールが地面に座り込んだ。
「さすがじゃな。もう慣れてきたか」
「まだ全身ばきばきだけどね。……なんだろ、急に身長伸びたときの違和感の何百倍もすごいやつが来てる感じ」
「そんなの来たら死ぬよ」
「あはは、あたしの身体は丈夫だからね。……でもめっちゃお腹空いてきたかも。シルヴィア、なにか出してくれない?」
「まあ、竜の肉のステーキはまだ焼けないだろうし……」
肉や魚は避けたほうが無難かと、おにぎり(昆布入り)をいくつか作ればあっという間に胃袋の中に消えていく。身体を作り変えるのによっぽどエネルギーを必要としているらしい。
「これは、大喰らいが一人増えそうですわね」
なんて、軽口が叩ける程度にはみんなほっとして。
一時間もする頃には厨房スタッフが苦心しながら焼き上げた竜の尾のステーキが出来上がった。
エリザベートの肩を借りて食堂まで移動したクレールは「これは意外と美味しそう……」と言いながら肉にかぶりついて、
「あ、これいける! ね、みんなも食べてみなよ!」
「食べたら死ぬかもしれない料理を人に勧めないでくださいます?」
「まあ、シルヴィアとアンジェなら問題ないぞ。貴重な機会じゃ、食ってみろ」
「……わ、私は聖職者ですので肉食は最小限で」
「あ、アンジェ様ずるいです!」
なんか逃げられない雰囲気だったので恐る恐る口に運んでみると、確かに美味しい。かなり大味だけれど、ソースの工夫もあってちゃんとした料理に仕上がっている。
「し、シルヴィア。身体はなんともありませんの?」
「うん。今のところなんとも」
「あまり大量に食うと腹を下すかもしれんが、普通の量なら問題なかろう」
「天使もたいがい特殊ですのね……」
こうして竜の血と肉を平らげたクレールがどうなったかというと、見た目上はほとんどなにも変わらなかった。
というか、触ると筋肉で硬かった部分まで柔軟になって女性的な美しさが増したくらいだ。
「うむ。半竜といったところか。いや、竜の要素のほうが強いかもしれんが」
「うん、すごく身体が軽くなったかも。素手でトロールくらいぶち抜けそう」
「本当に人間技じゃないんですけど」
これで寿命的にもだいぶ伸びたらしい。
仲間にほいほい人外が増えていくのはもう、なんというか確実にシルヴィア自身のせいなのだろう。