わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
飛行船を作ろう! 1
「大きな飛ぶ乗り物」造りは当然ながら一筋縄ではいかなかった。
「飛行する乗り物……ですか。それはまた、難題ですね……」
シルヴィアから相談を受けたリゼットもさすがに困惑の表情。
十年以上にわたる研鑽を積み、さらに『銀百合』で実践経験を重ねた彼女はこの国有数の魔法の使い手。そのリゼットが「難しい」と言うのだから相当だ。
「過去にそういった研究が行われた例はないのでしょうか?」
「もちろん、数多くの研究者が挑戦してきました。結果は、まさに死屍累々といった様相です」
全滅。
まともに飛べた者はいない、ということである。
「魔法によって個人で飛行すること自体、高難度です。上位種の多くが単身で自由に飛行できることも、人と彼女らを分ける一つの基準と言えます」
確かに天使も竜も翼がある。魔族やエルフは魔法で飛べるし、エリザベートも吸血種になったことでさらに魔力が増え、飛行をコントロールする魔法操作能力を得た。
「飛行を魔道具に委ねる際、問題になる点の一つが『繊細な飛行動作をどう制御するのか』です」
「それは確かに……。魔道具は複雑な操作に向いていませんものね」
「ええ。加えて、浮かべる対象が重ければ重いほど必要な力が大きくなるということ。必要な魔力をどう確保するか、軽くて丈夫な素材を探すことができるかが大きな鍵です」
「………? そこまでわかっていればけっこうなんとかなりそうな気がしますけれど」
魔力なら幸い、有り余っているのが何人もいる。
魔石なりに蓄積していけばけっこうな量を集められるのでは。
これにリゼットはこくんと頷いて、
「ですが、大きな問題があります。それは」
「それは?」
「お金です」
うん、それは大変だ。マジで。
◇ ◇ ◇
当然と言えば当然だけれど、軽くて丈夫な素材は高い。
それで船を造るとなったらいったいいくらかかるか。シルヴィアたちが貴族だとは言っても、道楽に私費を注ぎ込んでいたらいくらお金があっても足りない。
節約できるところは節約していかないといけない。
「とりあえず、アンにも協力してもらいましょう。彼女の才能はこういった時にこそ役立てるべきです」
呼ばれたのはリゼットの弟子であり助手であり補佐である魔法使い、アン。
彼女は「完成図を描くのは得意だけれど過程がさっぱり苦手」という特異な才能の持ち主。
呼ばれてすぐに「私には無理では」と弱音を吐いたものの、説得されてやると決めると一転、きりっとした顔で宣言した。
「必要な機能を詰め込んで設計図を作りましょう」
ちまちましたレベルでああだこうだ言っていても話がステップアップしていかない。
本当に必要なら、造る前提でまず実物を想像しようという提案だ。そうすれば小さな「できるできない」ではなく、「どうすればできるか」が焦点になる。
「……うん。本当、アンがいてくれて良かった」
手を握って感謝すると、彼女は「お、お止めください」と照れまくった上で、
「それで、どのような機能が必要ですか?」
「そうだなあ……。使用人込みで二、三十人が寝泊まりできる部屋と、一週間分の食料・水を保管できる食料庫、前後左右を確認できる窓付きの部屋も欲しいし──」
「……ええ、その、そんなものを飛ばそうとするのは狂気の沙汰ですね」
まあ、うん、シルヴィアだって飛行船を知らなければこんな発想はしなかっただろう。
ともあれ、
「要望をまとめると、海洋を行く船と大差ありませんね」
「飛行船って要するに空の船だから、それはそうかも」
「といいますかシルヴィア様、すでに頭の中に大まかな形状がおありなのでは? ひとまず描いてみていただけませんか?」
「ええ? いいけど、あんまりわたしの脳内にとらわれないほうが……」
言いつつ、シルヴィアは簡単な絵にした。
あいにく絵の才能はないので出来はアレだったものの「でっかい風船が船体を吊り下げるイメージ」はきちんと伝わった。
「なるほど。つまり実際に浮くのは上の部分なのですね? この中にはなにが入っているのですか?」
「空気より軽い気体。軽いからどんどんうえに上がっていくでしょ? その力を包みこんで逃さないようにして持ち上げてもらうの」
「空気より軽い……気体?」
「あの、申し訳ありません、シルヴィア様。確かに温泉地など、通常の大気以外の気体は存在します。空気に眠りの成分を加える魔法などもありますが……一般の者にとっては『気体=空気』です」
「ああ、そうですよね。気体って基本的に目に見えないものですから」
これに関してはより詳細な説明をするためにも一度、天使の里に助力を乞うことにした。
「飛べる人間だけで行けばそれほど時間はかかりませんし、あそこなら異界の知識が残っているはずです」
「では、わたくしも連れていってくださいませ。飛行魔法でしたら習得しておりますし……」
「おりますし?」
「前回はお留守番でしたので、その、直接見てみたいと……」
可愛く言われてノーと言えるわけがない。
国内の障害はほとんど取り除いたし、たいていの相手ならシルヴィアたちの敵ではない。
途中、宿泊と休憩のために街に立ち寄りつつも二人で空の旅を楽しんで──。
「お久しぶりです、楓様、椿様」
「お久しぶりでございます、シルヴィア様。これほど早く再会できるとは思いませんでした。それで、本日はどのような?」
「はい。実は、《飛行船》の原理を調べたいと思いまして」
「……なるほど」
深く頷いた楓は書庫へと二人を案内してくれながら、
「そもそも、読める者の限られた本です。部外秘とまではまいりませんが、里の外へ持ち出すのはご遠慮ください。しかし、この世界の言葉に書き写す分には構いません」
「ご配慮、ありがとうございます」
結論から言うと、本探しは思ったよりも難航した。
ピンポイントで飛行船の原理を書いた本が見つからなかったのと、ついつい他の本に目移りしてしまったからだ。
「シルヴィア様? 熱心に読んでいらっしゃいますが、そのご本が関係あるのですか?」
「ご、ごめんなさい、つい」
マンガやラノベをついつい手にとって読みふけってしまうこと数度。
「これはまさか……辞典ではないでしょうか? これを解読すれば異界の風物について広く知ることが……」
「リゼット様、落ち着いてください。解読から始めていたら一生ものです」
「はっ。も、申し訳ありません、つい興奮いたしました……」
二人して図書館に通い詰めたことを思い出して懐かしくなったりしつつ、リゼットの見つけた辞典やシルヴィアの読んだラノベの中の描写などいくつかの本の記述を抜粋。
ついでに飛行船以外の「浮く乗り物」についてもリサーチした。
「シルヴィア様。こちらやこちらの乗り物では駄目なのでしょうか?」
リゼットが指さしたのは飛行機やヘリコプター。
「駄目、というわけではないのですが、より精密な構造が必要になりますので難易度が高いかと。それから乗れる人数が限られますので……」
「なるほど……。それでは確かに難しいですね」
二人が天使の里から持ち帰った知識は飛行船開発の役に立った。
「風船……。つまり、密閉された袋が浮けば、中の気体は空気より軽いというわけですね」
「そうね。《風船》。こんなふうに」
「っ! あの、簡単に出されると我々魔法使いの立つ瀬がないのですが……」
「安心して、アン。わたしもこの風船になにが入っているのか詳しいわけではないから」
たぶんヘリウムとかだろう、と知ってはいても、じゃあそのヘリウムはどんな気体なのかと言われると困る。
「この気体を解析すれば……? しかし気体の解析とはどのようにすれば?」
「そうね……。解析できなくとも、魔法で似た気体を再現できるようにならなければ」
「なかなかに骨が折れそうですね。ああ、素材自体に飛行効果を持たせられれば良いのですが」
「あはは。半永久的に浮く素材なんてそうそうないでしょう……?」
笑ってアンに答えたところ、そのアンからじっと見つめられた。
「? なに、どうしたの?」
「シルヴィア様。その羽毛、抜け落ちると確か、自然現象よりもゆっくりと落ちませんでしたか?」
「? ええ、羽自体に浮遊効果があるのかも……って、わたしの羽を素材にするつもりなの!?」
「なにもそのまま使うわけではありません。抜け落ちた羽の毛から糸を紡いで布を作れば丈夫で軽く、浮きやすい素材になるはずです」
天使の羽をむしって布を作る。
まあ、シルヴィアだけの犠牲で済むなら構わないけれど、
「アン? その話は信用のおける相手以外には禁止です。将来『天使狩り』などという事態にならないように」
それだけは絶対に守ってもらわなければならなかった。