わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「取り急ぎですけれど、城の了承を取り付けました」
神殿の一室。
なんだか「ちょうどいい会議の場」みたいに利用されつつあるけれど、それはともかく。
集められたのはシルヴィアたち四人に加えてラシェル、それからアンジェだ。
お茶(今回は緑茶ではなく紅茶である)で唇を湿らせたシルヴィアは首を傾げて、
「了承って、なんの?」
「新たなる騎士団の設立です」
「はああ!?」
クレールが悲鳴を上げて席を立った。
「どういうこと? っていうか、そんなことできるの!?」
「順を追って説明いたしますのでお座りなさい! ……まったくもう、落ち着きがないのですから」
叱られた少女が座り直したところでエリザベートは「こほん」と主導権を取り戻して。
「城から文官の方が来られたのにはもう一つ、こちらの連絡という目的もあったのですわ」
「実を言うと前々から働きかけてたんだよ」
「ラシェル先輩は知っていたんですか?」
「公爵家と侯爵家、そして神殿の共同提案でしたので」
アンジェやアンジェリカも一枚噛んでいたらしい。
イザベルを見ると彼女は「ごめんなさいごめんなさい」と謝る。黙っていろと言われていたんだろう。
つまり蚊帳の外だったのはシルヴィアとクレールだけか。
「ごめんなさい。本決まりになるまでは言い出しづらかったのと、そこの脳筋に教えるとすぐに広まってしまいそうでしたので」
「失礼な。あたしそんなにお喋りじゃないし」
「話を進めるよ。……そもそものきっかけはシルヴィアが魔法を使って倒れた件なんだ。あ、一回目のほうだよ」
今からもう数か月前のことになる。
「神聖魔法の発動によりシルヴィア様は神殿にとっても重要人物となりました。我々としては当然、本格的な修行を積んでいただきたいと考えました」
「わたくしたちとしてはたまったものではありません。横から神殿に攫われないよう策を講じました」
「それが女だけの騎士団設立なんだ」
イザベルが国からの公式書面をテーブルに置く。
そこには国王と宰相のサイン、そして印が押されていた。
「結果的には神殿にも協力を求める形となりましたけれど」
「高位貴族との連名であれば城としても無碍にはできません」
エリザベートとラシェルが求めたのは仲間が共にいられる場を作ること。
仲良しグループ、サークル活動のようなものでもよかったわけだけれど、建前としてそれでは弱い。
そこで騎士団。
「でも、女だけの騎士団なんてよく話が通ったね?」
クレールが暗に雌種優性思想を挙げるも、エリザベートは「逆ですわ」と紅の瞳を輝かせた。
「新設の騎士団に女性騎士を隔離する、という方向に話を持っていったんですの」
「あ、なるほど。上の人たちに閑職だって思わせたんだ」
「さすがシルヴィア。……ぶっちゃけ、もともと騎士団も女騎士を持て余してたみたいなんだよね」
女性騎士は男性騎士よりも能力的に劣る傾向がある。
そのうえ着替えや入浴に関しては男性よりも気を遣わなくてはならない。
男のほうが上だという自負のある騎士団員としてはセクハラめいたことをしたり雑用を押し付けたり、嫌がらせをしてでも立場の差を強調したいところだけれど、女性騎士も貴族であるためあまり派手なことはできない。実家同士の対立に繋がったら大変だ。
部隊や任務の割り振りにおいても女性騎士は別個に扱われる──普段は女性の高位貴族や王族の護衛などにあたることが多いため指揮系統としてもややこしい。
ならいっそ、男性騎士と女性騎士を分けてしまえばいい。
「わたくしたちも女だけのほうが気楽ですし、既存の騎士団も運用が楽になる。現在の成人騎士にも根回しをして過半数の賛成を得ております」
「正式稼働は三年後。つまり、ボクたちの卒業と同時」
「新規女性騎士団には神殿も協力いたします。具体的には相談役、癒し手、監督役として私が出向する予定です」
聖女見習いが参加する女性だけの騎士団。
「夢みたいな話だね……?」
呟くと、エリザベートは「そうでしょう?」と胸を張った。
「権力をこれでもかと行使した甲斐があったというものです」
「エリザベート様、シルヴィアさんたちとこれからも一緒にいられるようにってすごく頑張っていたんですよ。色んなところに出向いたり、手紙を書いたり──」
「イズ! 余計なことは言わなくていいの!」
「あはは。まあ、ボクとしても嬉しいよ。騎士団だと上役から『結婚しないのか』とかしつこく嫌味を言われたりするらしいし。シルヴィアたちといるのは楽しいからね」
当初は大した任務が回ってこないかもしれない。それでも功績を上げれば次第に地位は向上していくはず。
そのあたりは団員の腕の見せどころだ。
「正式稼働は三年後ですけれど、準備期間として活動許可も下りています。仮の本部として都の中に家も購入いたしました」
「や、やることが大きいんだけど……」
「さすが公爵家だね」
苦笑いしたクレールは「でも」と表情を明るくして、
「それってシルヴィアに会いやすくなるってことだよね?」
「そうだよ。中核メンバーは定期的に──週に一回くらいは会議を開くべきだろうから、その時は本部に集まることになる」
「中核メンバーって……」
「もちろん、ここにいる六人ですわ」
シルヴィアたちが中心となって準備をし、人を集め、三年後に騎士団を正式に立ち上げる。
「団長はわたくし。副団長はラシェル先輩を予定しておりますけれど、クレール? なにか異論は?」
「ないよ。あたしは団長って柄じゃないし、下っ端のほうが動きやすい」
「だと思いました。……そして、騎士団の運用や作戦立案に関しては当然、戦略家の意見を取り入れなくてはなりません」
みんながいっせいにシルヴィアを見た。
「シルヴィア・トー女男爵。あなたに新騎士団専属の戦略家になっていただきます」
「わたしが、新しい騎士団の専属」
名ばかりの閑職扱いだとしても、十六歳になったばかりの新米には大きな肩書きだ。
それを言ったら十六歳で団長になるエリザベートもだけれど。
「やってくださるかしら、シルヴィア?」
公爵令嬢だけでなく、他のみんなも期待の眼差しでシルヴィアを見ていた。
頼られている。
一緒にいたいと願ってもらえている。それはとても嬉しくて、
「不束者ではありますが、よろしくお願いします」
深く頭を下げて答えた。
わっと歓声が上がってクレールが飛びついてくる。意外なことにイザベルが続いて、ラシェルとエリザベートがその後から遠慮がちに。
もみくちゃにされたシルヴィアがかろうじて逃がした手がアンジェの柔らかな手に包まれて。
少女たちの新たな挑戦がここに始まった。
◇ ◇ ◇
「お世話になりました」
教師や職員への挨拶を済ませたシルヴィアは騎士学校の門を出たところで一度、建物を振り返った。
六年もの間、日々の大半を過ごした学び舎。
振り返ってみるとあっという間だったけれど、いろいろなことがあった。
辛い訓練もきっとこれからの役に立ってくれるだろう。
感傷に浸りつつ校舎に頭を下げて、再び歩き出してから。
輝く恩恵の文章を目の前に表示させた。
移動すると同じ速度でついてきてくれるのでなかなか便利。これでメールとかチャットに使えたらもっといいのに。
──思えば、この恩恵によってシルヴィアの人生は大きく変わった。
百合ハーレムを作る。
荒唐無稽な話だと思った。というか今も荒唐無稽だと思うけれど、あの時感じたよりはずっと、神様はまともなのかもしれない。
この世界で人間が女同士で恋愛するのは難しい。
男性社会で目立ち過ぎれば潰される。声を上げなければ変わらないけれど、急ぎ過ぎればゼリエのようになってしまいかねない。
神が求めているのは世界に新たな波を起こすことなのだろうか。
「ねえ、ヴァッフェ?」
「なあに、シルヴィア?」
「わたしの力のこと『女を引き寄せる』って言ったでしょ? あれ、どうして?」
「どうしてもなにも、見たままじゃない。あなたには同性を惹きつける魅力があるわ」
だとするとそれは恩恵の力なのだろうか。
好感度が見えるだけで後はシルヴィアの行動の結果だと思っていたけれど、恩恵が女の子を引き寄せているのだとしたら、やっぱりクレールたちの人生を乱してしまったことになるのだろうか。
「わたしがやってることって、いいことなのかな?」
「知らないわよそんなこと。じゃああなた、聖女たちがやっていることが『いいこと』だって言い切れる?」
「それは──」
アンジェリカたちが悪い人だとは思えない。
当然、いいことに決まっていると答えようとして、迷う。彼女らの行いが『結果的に』いい未来を導くかどうかはわからないし、そもそも神様を信じることが本当に正しいかもわからない。シルヴィアの悩みはつまりそういうことだ。
「好きにやりなさい。気になるならその気持ちを常に忘れないことね」
「忘れないこと?」
「あなたを愛してくれる者に愛を返してやれってこと。誰も不幸にならないなら、誰もあなたが間違ってたなんて言わないでしょ」
そうかもしれない。
少なくとも気持ちはすっきりした。
単に「あなたは正しい」と言われるよりも受け入れやすい。
「ヴァッフェって実はけっこう人生経験豊富?」
「馬鹿ね。私は魔族よ? あなたたち人間とは比べものにならないくらい生きてるの」
相変わらずリボン状態の魔族は「安心しなさい」と続けて、
「あの子たちがいなくても、あなた一人くらい守ってあげる」
「守るって、なにから?」
「危険から。あなた、これから一人で魔窟に向かう自覚あるのかしら?」
「魔窟、かあ」
確かに、これからはクレールが傍にいてくれない。
貴族学校には生まれた時から貴族で、貴族らしくあれと躾けられてきた者たちが集まっている。シルヴィアとは境遇も考え方も違う彼らと付き合っていかないといけない、と考えると確かに「魔窟」という表現が合っているのかも。
さすがに直接的な危険はないと思いたいけれど。
前世のいろいろな作品で見た「お嬢様学校の嫌がらせ」的なものを思い出して「そうとも言い切れないか」と思う。
「そうだね。……頼りにしてもいい、ヴァッフェ?」
「任せなさい。今の私でも武器に変身するくらいならできるわ」
「それ、もしかして変身する『だけ』?」
「軽くて鋭い武器よ。ありがたく振るいなさい」
やっぱりあんまり役に立たないかもしれない。
「ところで、向こうの寮ではあなたもメイドを一人雇うのよね?」
「うん。エリザベートの口利きでね。安くていい人材を仲介してもらったの」
シルヴィアもまだ会っていない。というかほとんどの情報を教えられていないのだけれど、お嬢様は「楽しみにしていなさい」と言っていた。
きっと悪いようにはならないだろう。
「公爵家の仲介で来てあなたに粗相をしたら物理的に首が飛びかねないものね」
「それはわたしがエリザベートに命乞いをしないとだね……」
「っていうか貴族学校までってけっこう遠くないかしら?」
「歩いたほうがお金の節約になるじゃない」
「どこの世界に徒歩で移動する男爵様がいるのよ」
貴族学校の校舎は騎士学校とは別区画。貴族の邸宅が並ぶエリアの中にある。
確かに一人でふらふらしているのは怪しいかもしれない。
「でもこうやってお喋りしてればすぐに着くかなって」
「あなた、傍からはぶつぶつ独り言言ってる変な子だけどね」
「ひどい」
ひどいけど事実である。
仕方ないのでなるべく口は開かないようにした。
毎日お風呂に入って綺麗にしている髪。子爵家から贈られた制服。卒業式でもらった髪飾り。腰には護身用に買った装飾付きの模擬剣。
自慢じゃないけれど、ちゃんとしていれば平民には見えないはず。
貴族街は人通りもそれほど多くない。道行く人も貴族や貴族家の使用人が主なので比較的安全だ。
整備された道のおかげで到着前に疲れ切ってしまうこともなく、貴族学校の広い敷地にたどり着いて。
宛がわれた寮の部屋を開くと──メイドのお仕着せを纏った女性が入り口の方を振り返った。
目が合うと、彼女は微笑を浮かべて、
「ようこそ、シルヴィア様。本日よりどうかよろしくお願いいたします」
意外な人物との再会に、シルヴィアは神様のいたずらを感じるのだった。