わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「婚礼用のドレスを一度にたくさん──我が商会に発注いただき誠にありがとうございます」
「イリス? ご自分の分を忘れないでくださいね?」
「もちろんです。シルヴィアと並んで祝福を受ける一度きりの舞台、私も楽しみにしているのですから」
王族ではなくなり伯爵位を得ているイリスは、結婚に際して障害の少ない一人だった。
彼女の場合、シルヴィアとの結婚は済んでいるものの伯爵位はそのまま保持している。姓もあらためておらず、保有していた屋敷も商会関係の仕事に利用されている。
伯爵位は彼女の娘に引き継がれることになるだろう。
忙しいのか、トー家の屋敷に顔を出す(帰ってくる?)ことが少ないのが玉にキズだろうか。それでも週に一度くらいは会う機会を取っていた。
「それにしても絶好調ですね、イリス。商会もどんどん大きくなって」
「『銀百合騎士団』のおかげです。それから、勝手に自滅してくれた商人が何人もいましたからね。その隙を突くことができました」
シルヴィアの天使化に反対が強まった際、騎士団の出入り商人までもが品物の納入を渋った。
あの時に備品や食料品の仕入れ先をイリスの商会一本に統一した結果、『銀百合』は信頼できる取引先に任せることができ、イリス側も大口の商売相手を獲得するに至った。
さらに、商売の手は隣国にまで広まっている。
シルヴィアの結婚相手でセルジュの姉。隣国の主要人物ともつながりの強いイリスは向こうでもかなり自由な活動を許されている。
隣国特産の香辛料等を安価に運んで来られればかなりの儲けになる。
そうして得た利益をさらなる商会の拡大、発展に使っているのだからそれは強い。おまけに各担当者は未だにイリスが面接、定期的に仕事ぶりをチェックしている。
「だからこそ、その恩を返さなければなりませんね」
紅茶のカップを優雅に置いたイリスはそう言って微笑み、
「それって、もしかして……?」
「ええ。飛行船建造計画への出資額がようやく纏まりました」
ついつい、シルヴィアは「やった」と声に出してしまいそうになった。
喜ぶのは顔だけに抑えて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「さすがに悩まれたでしょう? 成功するかどうかわからない計画ですし」
「あら。私は成功すると思っていますよ? シルヴィアならば最終的には必ず実現するでしょう。問題は実現にかかる期間と、いくらまでなら出せるか、です」
「出資する前提で考えてくださっていたのですか?」
「当然でしょう? 私たちは運命共同体。……それに、ここで出資しておけば建造が成った後で莫大な利益が返ってきます」
「飛行船を交易に利用するおつもりですね?」
「もちろん。あなたもそれを前提に設計を行っているでしょう?」
「それはまあ、国をまたぐ前提ですからある程度の貨物庫は必要かと」
他国の珍しいものをいろいろ持ち帰るチャンスなのに「置くところがありません」では困ってしまう。人間の居住スペースが多少手狭になってでも貨物庫は確保しておきたい。
うまく交易に利用できれば建造費や運用費用だってペイできる。
「具体的には、合計でこれだけの額を融資いたします」
「………っ! こんなに、よろしいのですか?」
「儲けさせていただくのですからこれくらいはいたしませんと。それに、お金があればもっと早く建造が行えるでしょう?」
「本当に、ありがとうございます。これは必ず役立てないといけませんね」
「ええ。ぜひ実現させてくださいませ。私も空の旅、楽しいんでみたいですし」
「完成の暁には必ず。空はとても良いものですよ」
◇ ◇ ◇
イリスの出資を受け、飛行船のドックが正式に造られることになった。
ドーム部分を除く船体部分は船舶に近い構造なのだけれど、当然、内陸である都には海がない。船を造るドックもないので新たに用意しないといけない。
場所は例によって騎士団本部近くの土地をごっそり、新しく壁で囲って使わせてもらうことになった。
ドーム部分に使う糸や布もだんだん増えてきたので、こちらも一緒に保管を行う。
船体を造る職人については広く募集をかけた。
人の国が温暖で過ごしやすい内陸にある関係で人間の船大工というのは少ないのだけれど、それに関してはシャッテたち吸血種の力を借りることができた。
「食べ物の少ない北方では海洋資源も欠かせませんので」
シャッテたちと同じく『従属派』の吸血種、船大工が数名呼び寄せられて従事。畑違いではあるけれど大工には違いない、と集まった人間の職人がそれに加わり、ああだこうだ言いながら試行錯誤してくれるように。
「ドワーフにでも力を借りられたらいいんだけど」
「さすがに伝手がありませんね……。彼らの国も遠いですし、飛行船が完成すれば赴きやすくなると思うのですけれど」
「飛行船について助言をもらうために飛行船が必要、ですか。なかなかに矛盾していますわね」
などと言っている間に年末が来て、ひとつ歳を取り、新年を迎えた。
シルヴィアたちもこれで十九歳。
なんだかんだ、胸を張って大人を名乗るべき歳になってきた。新年の挨拶回りや儀式でも大忙し。まだまだこれからとはいえ少しずつ、時代の主役という立場が巡ってきつつある。
エルフの来訪についての詳細も決まった。
「五月かあ。先のような、あっという間のような、だね」
「団長職、副団長職、魔法使いの長もそれまでには引き継ぎを終えましょう。あなたたちは身軽になっておいたほうがいいわ」
先方の人数や構成に従って護衛人員の選定を実施。
四月になればまた新しい騎士が入ってくる。彼女たちを鍛えるのと並行して『銀百合』新体制のお披露目と就任式があり、
「アン。魔法部の統制はあなたに任せます。しっかりお願いしますね」
「は、はいっ。ものすごく荷が重いですが、精一杯務めさせていただきます」
「ふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。わたくしも顔を出しますし、相談にはいつでも乗ります。……指示は出しませんけれど」
リゼットの後任は最初期からのメンバーであるアンに決定。なんだかんだ、多くの経験を積んできた彼女。想定外の起こりやすい『銀百合』にはうってつけの人材である。
そして、
「ここに『銀百合騎士団』別働隊『銀翼』を結成いたしますわ!」
「あはは。まあ、肝心の翼はまだないんだけどね」
シルヴィアの『戦略家』以外、仲間たちがこれまでの肩書きを下ろし、新たな部隊が結成。
みんなで一緒にいられる場所を目指して作った『銀百合』はいつの間にか大きくなって、『みんな』の規模が広がってしまった。
だから、ここでもう一度、みんなでやり直す。
仲間たちのやりたいことをできるように。他のみんなの助けになれるように。
「『銀翼』にもどんどん働いてもらうわ。具体的には各国の要人のお相手とか。強力な魔物の討伐とか。陛下の話相手とか」
「マルグリット先輩? それ、面倒くさい仕事はぜんぶこっちに押し付けるってことじゃないですか?」
「正解。もちろん私も騎士団長としてあちこち顔は出すけれど、団長の一番の仕事は騎士団の統括よ。ここで騎士団長のあり方を一度正しておくことにするわ」
「……言われてますよ、エリザベート様」
「う、うるさいですわ。わたくしのせいではなく、厄介事が向こうからやってきたせいではありませんか!」
確かに、イレギュラーの対応が平常になって騎士団長の仕事がどんどん多くなっていくのは困る。それではいずれ後継者に任せられなくなってしまう。
大きすぎる不測の案件はある程度、その元凶で引き受けていかなければ。
「でもまあ、これでちょっとはのんびりできそうかな?」
「いえ、あの、シルヴィア様。言いにくいのですが、無理だと思います」
無理でした。