わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「こちらが、わたくしたちが持ち込み、わたくしとレーナに分配された、エルフの国の食料です」
貴族や王族は重い物を自分で持たない。
ここまで運んでくるための魔法はさすがにレティエたちも協力しただろうけれど、荷を分け、運び込んだのはお互いの使用人たちだ。
トー家の屋敷内、倉庫代わりに割り当てた部屋にはかなりの量の食料が並べられていた。
重量軽減の魔法を使っているにしても、これだけの物を運んで来るとは。いや、むしろその魔法も詳しく知りたい。
ともあれ。
「これは、すごいですね……!」
シルヴィアはついついテンションが上がってしまった。
こほん。
帰るタイミングを逃したエリザベート──実を言うと、要職から解放されたためシルヴィア以上に暇である──がわざとらしく咳払い。
釘をさされたシルヴィアはしゅん、と頭を下げた。
「申し訳ありません、取り乱しました」
これらはシルヴィアたちへのプレゼントではない。この国の貴族との交渉やご機嫌取りに使う分、もしもの時のために売って金にする分、そして自分たちで食べる分が含まれている。
全部もらえるつもりで振る舞うのは良くない。
海外旅行に行った先で現地の人間にインスタントみそ汁やカップ麺を強奪されたらどういう気持ちになるか、想像に難くない。
けれどレティエは「お気になさらず」と微笑んで、
「なにか気になるものはございますでしょうか? ……こちらで栽培や生産が可能になるのであれば、わたくし共としても滞在時の不安が少なくなります」
「まあ、ここの食事は本当に美味しかったから、あんまり心配ないんだけどね」
とはいえ、城の料理はトー家ほど奇抜ではない。
流行を追いすぎると反発を招くこともあるため、伝統的な料理とのバランスを重んじている。そちらはエルフの口に合わないかもしれない。
「では、お言葉に甘えて、拝見させていただきます」
もちろん、荷を調べるのも使用人を介してだ。
このあたり少々面倒くさいのだけれど、さすがにもうシルヴィアも慣れた。
こちらの使用人からゼリエだけが触れることを許され、レティエたちの従者の監督のもと、中身を一つ一つ取り出してみせる。
「品質のほうは大丈夫なのでしょうか? 保存用の魔道具もある程度は調達が可能ですが……」
「問題ございません。荷にはすべて温度調節の機能が施されております」
「……すご」
荷物のうち食品系全部が持ち運び用の冷蔵庫、冷凍庫か。
それなら、物にもよるがそれなりに日持ちする。
家庭用冷蔵庫のレベルでなく業務用の域ならなおのこと。
「穀物や野菜、乾物が多いから簡単には悪くならないわよ」
胸を張ったレーナが「と、そういえば」と荷の一つに歩み寄って、
「ちょっと持って来すぎたかも。これ、こんなにいらなかったなあ」
「もう、だから言ったでしょう」
「でも、おやつはあったほうがいいじゃない」
箱の半分以上ぎっしり詰まっていたのは密閉性の高い袋。前世で言うジッパー付きの食品保存袋に近い性能を持っているそれが一つ持ち上げられて、
「レーナ様、そちらは?」
「これ? 煎った豆よ。ご飯が食べられなかった時のための保存食だったんだけど……」
袋を空けて中を見せてくれる。
小指の第一関節よりも小さな、白っぽい豆。確かに乾燥しているようで、レーナが試しに一つ口に放り込むとぽりぽりと音がする。
「良かったら食べる? このままだと味は薄いけど、なかなか美味しいのよ。あ、でも、食べ過ぎには注意ね?」
心なしか、見覚えがある気がする。
具体的に言うと二月三日あたりに歳の数だけ食べたような。
いくつかもらって食べてみると、よく知っている風味が口の中に。
「大豆だこれ!?」
「だいず? 私たちは『畑の肉』って呼んでるんだけど」
「そのまんまじゃん!」
つい興奮して素の口調で言えば、レーナに「この子いきなりどうしたのかしら?」という目で見られてしまった。
見かねたリゼットが口を挟んで、
「もしかして、シルヴィア様。これも天使の文献に書かれた食材なのでしょうか?」
前世の記憶については限られた相手──具体的には結婚相手には話してある。ただ、ここで正直には言えないので「そうです」と頷いて、
「これは万能食材です。加工の仕方によって主食にも調味料にも野菜にもなるんです」
「なんですの、その都合の良すぎる食材は」
「だから畑の肉よ」
「だから大豆だってば」
同時に答えると、レーナに「畑の肉!」と睨まれた。
「大変申し訳ございません。郷に入っては郷に従えという言葉を肝に銘じます」
「仕方ないわね。許してあげるわ」
謝ったら許してくれたので話を先に進めて、
「エルフの国ではこれをどのように食していらっしゃるのでしょう?」
「え? ええっと、こんなふうに煎ったり、生のまま煮たり、潰して肉と混ぜて焼いたり?」
「発芽させた若い芽を食べたりはしていませんか? 生育が早いので庶民の野菜として重宝すると思うのですが」
「そんなものに頼らなくても他の野菜をたくさん育てればいいじゃない」
エルフは住民全員が卓越した魔法使いだった。
土壌の改良も水の供給もお手のもの。野菜には困っていないらしい。
「調味料……というと、以前、この豆について別の利用法を研究していた者がいたはずです。出来上がった物は、その、見た目の問題からあまり広まりませんでしたが、味は悪くなかったと聞いております」
あ、味噌だ。
「それって──《味噌焼きおにぎり》。こんな感じでしょうか?」
「これは……。シルヴィア様、わたくしも初めて見るのですが……」
「味噌は癖がありますので出さないようにしておりました。でも、慣れると美味しいと思いますよ」
いくつか出して勧めてみると、
「……確かに、見た目があまり良くありませんわね」
「わたくしの見た物はペースト状になっていたと思うのですが、これは別の食材に塗って焼いてあるのですね?」
「これってひょっとして『無垢なる穀物』じゃないかしら? ほら、元はこれ白でしょう? 丹念に殻を取り除くとそうなるはずよ」
「お米もあるんですか!?」
「だから『無垢なる穀物』だって言っているでしょう!?」
「本当にごめんなさい」
名前で揉めるのは『名前を言ってはいけない例のお菓子』だけで十分である。
「では、味見を……あ、確かに悪くありません。食べ慣れない味ですけれど、穀物をたくさん食べるには良い工夫だと思います」
「そうね。私はむしろ気に入ったわ! 肉や魚を使わずにこんな深い味わいが出せるなんて」
「ええ。見た目だけで敬遠したのはもったいなかったかもしれませんね。少なくとも、これはきちんとした料理、そして調味料です」
エルフたちにも、こちらの人間にも評価してもらえたようだ。
問題は、
「エリザベート? 食べてくれないの?」
「……そうは言いますけれど、シルヴィア。これはなかなか勇気がいりますわよ?」
「そう? ならわたしが食べようかな」
「あっ!」
美味しくもぐもぐしていたら、エリザベートも「わかりました! わかりましたわ!」と悲鳴を上げてようやく焼きおにぎりを口にした。
「……なるほど。悪くありませんわね。おにぎり、というのは保存食の面も持ち合わせているはずですのに、焼いたことで日持ちしなくなっている気はいたしますけれど」
「手にもって手軽に食べられるっていう利点もあるよ。中に具材を入れればそれだけで食事になるでしょ?」
「食事に? ……せめてサラダとスープがつかなければまともな食事とは言えないのでは?」
「エリザベート? 遠征中は粗食も多いじゃない」
「いえ、まあ、それはそうですけれど。……いえ、確かにそうですわね。ですけれど、おにぎりとやらは簡単に出先で作れるんですの?」
「…………」
「目を逸らすんじゃありませんわ!」
ともあれ。
「この二つがあればかなりの新しい料理を開発できますよ」
そう言うと、レーナがまず歓声を上げて喜んでくれた。