わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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章間 番外編
【番外編】男爵令嬢と不思議な子


 イザベル・イスト男爵令嬢は世界の端っこにいる。

 実家であるイスト男爵家は貴族ではあるものの、貴族社会では一番下の部類。権力も財力も平民の上澄みのほうがよほど強い。むしろ平民から疎外感を持たれる分だけ損をしているような家柄だ。

 家の跡継ぎは三歳年下の弟なので年頃になったら家を離れなければいけない。

 そのうえ、神様に認められた適性はなりたくもない『騎士』だった。

 

「どうして私が」

 

 身体を動かすのは得意じゃない。

 家の庭を駆けるのは好きだったけれど、そのたびにメイドや母から「貴族らしくない」と言われるのでいつからか部屋に籠もるようになった。

 騎士適性を得たと知った母は「あなたには普通に結婚して欲しかったのに」と泣いた。

 決めたのは神様なのに。

 親不孝をした、と言われたようで胸が痛み、庭で木剣を振るよう父に命じられても訓練に身は入らなかった。

 戦いの練習をするくらいなら花を愛でたり本を読む方が好きなのに。

 

 重い気持ちを抱えながら訪れた寮では世界から望まれた子──エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢と出会った。

 本当の貴族とは彼女のような人を言うのだ。

 騎士学校での成績も下から数えたほうが早く、劣等感は募るばかり。

 そんなイザベルが実技において自分よりも劣る『元平民』に興味を惹かれたのはある意味当然のことだった。

 

 シルヴィア・トー準男爵。

 

 男爵令嬢のイザベルと本人が準男爵のシルヴィアに地位の差はほぼない。

 貴族の底辺と平民あがり。親近感もあったし、エリザベートの我が儘に付き合わされる傍ら、つい目で追ってしまうことが多かった。

 戦略家適性で剣の才能はないのに、本人も騎士訓練に不満そうなのに、根本のところでは折れずに剣を振り続けるシルヴィア。彼女の姿にイザベルは少しばかりの元気をもらった。

 座学では圧倒的と言っていい才能を見せつけられることには羨望を。

 

 いつか話をしてみたい。

 

 そう思いながらもなかなか機会は訪れず。引っ込み思案な性格もあってたまに短い話をする程度。エリザベートの後をくっついていくのに忙しかったのだけれど。

 ある日突然、その機会はやってきて。

 

 ──本当に綺麗。

 

 藍色の髪と瞳。地味に生まれてきたイザベルと違い、シルヴィアは平民とは思えない銀の髪と青い目を持っていた。

 入学当初は目立たない子だったのに身嗜みに手が回るようになると見違えた。成長につれてその美しさは増すばかり。ダミアン・デュクロがなにかにつけてちょっかいをかけるのもわかる。むしろ他の男子が「あんなひ弱じゃな」と歯牙にかけないのがイザベルには不思議なくらいだった。

 エリザベートとクレールの決闘を観戦しながら、隣に立つシルヴィアにどきどきする。

 向こうは特に意識もしていないように声をかけてくるのでほっとする反面、どこか残念で。

 

 公爵令嬢であるエリザベートに乞われて自分にまで助言をくれた時には、似ていると思っていた少女の溢れんばかりの才に嫉妬を覚えた。

 

『イザベルは飛び道具のほうが向いてるんじゃないかな』

 

 少女からの助言は考えたこともなかったもので。

 同じく助言を受けたエリザベートが手ごたえを覚えているのを見て、イザベルもまた備品の申請を行い、弓を手にした。

 どうしてシルヴィアはそんな風に思ったのだろう。

 不思議なことに弓という武器はイザベルの性に合っていた。

 矢をつがえ、放つ。射撃の良しあしははっきりと結果になって返ってくる。剣に比べると気を付けるべきことはシンプルで、かつ、一人での訓練でも的が相手をしてくれる。

 

 弓を引いていると心が落ち着く。

 

「いい顔をするようになりましたわね、イズ」

 

 ある日、エリザベートからそんなことを言われた。

 

「そうでしょうか……?」

 

 頬に手を当てて目を瞬くと公爵令嬢はくすくすと笑って、

 

「ええ。あなたには黙々となにかに取り組むのが似合っているのかもしれません」

「シルヴィアさんがそう言ったのですか?」

「シルヴィアの助言の意味、わたくしなりに考えてみた結果ですわ」

 

 自分よりもずっと頭が良く落ち着いているエリザベートが一目置く少女。

 なのに剣を交えればあっという間に負けてしまう、シルヴィア。

 放っておけない。目を離せない。同室のクレール・エルミートがあれこれ世話を焼きたがるのもわかる。

 自分が同室だったら。

 きっと仲良くなっただろう。男爵令嬢の自分では大した手助けにはならないけれど、だからこそ力を合わせて訓練に臨み、辛い時は愚痴を言い合えたかもしれない。

 それもきっと、楽しかっただろう。

 

 助言をきっかけにイザベルたちがシルヴィアたちと過ごす時間はぐっと増えて。

 エリザベートとクレールがことあるごとに言い合いを始めるせいで、シルヴィアと二人、言葉を交わす機会も作れるようになった。

 

「イザベルは騎士の訓練、嫌いじゃない?」

 

 ある日、尋ねられたのはそんな内容。

 聡明な彼女でもすべてわかっているわけではないのか。

 イザベルは「そうですね……」と少し間を置いてから答えた。

 

「今は少し、楽しいと思っています」

 

 以前の自分ならもっと消極的な答えを返していたに違いない。

 彼女のおかげだろうか。きっとそうなのだろう。

 

「よかった」

 

 微笑むシルヴィア。自分では「友達が少ない」と言う彼女だけれど、とてもそんな風には見えない。

 自分からいろんな人に話しかけていくタイプではない。ただ、会話をする機会があれば誰とでもちゃんと話ができる。

 羨ましい。

 

「自分に自信を持つにはどうしたらいいでしょうか」

 

 夜の寮室。

 呟くように言えば、エリザベートが「なんですの急に」と眉をひそめた。

 幼かった頃はかなり横暴の多かった彼女。今はかなり穏やかになったものの、我が儘と感じることはまだまだあって。理不尽に怒られはしないと思う反面、余計なことを聞いたかと思い、

 

「そうですわね。……なにか大事なものを手に入れればいいのではなくて?」

 

 公爵令嬢は思ったよりも真剣に、思案の後に答えをくれた。

 

「大事なもの、ですか?」

「ええ。なんでもいいの。人でも、物でも。それを持っていれば『なにもない』と思わなくて済むものよ」

「なにもない、と」

 

 なにもない、なんてイザベルには当たり前だった。

 できないこと。ままならないこと。世界はそんなもので溢れていて、たいていは変えられない。

 けれど。

 部屋の隅に置いた弓と矢筒を見る。

 エリザベートはくすりと笑って、

 

「わたくしにとってはイズ、あなたも大事なものの一つですわ」

「……エリザベート様」

 

 そんなことを言ってもらえるとは思わなかった。

 いや。

 わかっていたはずだ。両親だって彼らなりの愛を持ってイザベルに接してくれている。弟とだって仲が悪いわけじゃない。

 大切なものはちゃんとある。

 国や民を守るというとピンとこないところもあるけれど、身近な人たちの助けになると思えば、きっと。

 

 私も、戦える。

 

 きっかけをくれたあの銀髪の少女には、いつか恩を返したい。

 道を示し、導いてくれた恩を。

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