わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「お母様とシルヴィア様は似ていると思うのです」
そういえばリゼットってお酒弱かったんじゃ。
思ったのはシルヴィア、リゼット、レーナ、レティエの四人で乾杯し、グラスの中身を口にしてから。
見ればリゼットのグラスは空になっている。弱いのに一気に飲んだせいで顔はすでに真っ赤だ。
「リゼット様、お水、お水を飲んでください」
「お母様もシルヴィア様と同じで恋が多いのです。だからもうひとりのお母様は苦労されたのです」
これ、わたしが聞いていい話……?
レティエを振り返れば、特別、大きな動揺は見られず。
「わたくしが彼女に苦労をかけたのは事実です。……王族としても、恋人としても、褒められた行動ではなかったでしょう」
「それでも、止められなかったのですか?」
エルフも天使と同様、子供を作ろう──というか、作らせようとしなければ、子供ができることはない。
少なくともレティエの側には、人間の国の王妃を孕ませようという意思があったわけで。
「……はい。わたくしは彼女を愛しました。そして、彼女もそれに応えてくれました。一度、たった一度だけ」
一度の機会を作るだけでも相当な苦労だったはずだ。
忍び込んだのか、こっそりと招いたのか。使用人の目をどうしたのか。
男女よりも痕跡は残りにくいとはいえ、求めあったのなら相応の結果も残るはずで。
「それから、わたくしは彼女の顔も、生まれた子の顔も見ることなく帰国しました。……彼女から『一緒に連れて行って』と求められたにもかかわらず、です」
「どうして、ですか?」
尋ねるべきではないと思いつつも、尋ねてしまった。
レティエは後悔するような、自分の胸の内を押し殺すような笑みを浮かべて、
「おそらく、見たくなかったからでしょう。わたくしの焦がれた美しい女性が、みるみるうちに年老いていくのを」
「っ」
シルヴィアにとってもまったく他人事ではない。
イザベルは「上位種になるつもりはない」と宣言している。騎士学校で仲良しだった四人のうち彼女だけが先に逝くことになる。
これから、自分はたくさんの人を看取っていく。
覚悟したはずの心が再び揺さぶられる。
レティエにとっては「それ」が当たり前なのだ。その上で人に恋をし──たくさん悩んで後悔したうえで、こうして、決して美しくない本心を打ち明けれてくれた。
「ありがとうございます、レティエ様。わたしなんかに話してくださり、本当に、感謝いたします」
「いいえ。シルヴィア様にも聞いて欲しかったのです。リゼットと共に歩むことになるあなたにも」
「……はい」
シルヴィアならば、リゼットを置いて逝くこともない。
それは、国と年齢によって引き裂かれたレティエたちよりもずっと幸せな関係だろう。
見れば、リゼットも瞳に涙を浮かべて微笑んでいた。
彼女は一度、先にこの話を聞いていたはず。そのうえで母親に踏ん切りをつけさせるためにこうやって話を出したのか。
すごい、と思う。
深呼吸をして気持ちを切り替え、笑顔を浮かべる。
「他にもいろいろお話をお聞かせください。今日もいろんなお酒と肴を用意いたしました」
砕いた煎り大豆を衣に見立てて揚げた豚肉や味がしみしみのおでんなど、前回レーナと飲んだ時よりもつまみのバリエーションも豊かだ。
特におでんに関しては野菜だけでなく、試作品の練り物も入れてある。いい感じに仕上がれば、後はコストと原材料の確保次第で販売も可能だ。
「ええ、もちろん。伊達に長く生きてはおりませんので、わたくしにわかる範囲であればお話させていただきます」
◇ ◇ ◇
夜は長い。
貴族というのは朝はゆっくり、夜は早く眠るものだけれど、闇を払うための明かりをふんだんに用意できるのも貴族の特権。
一日くらい夜ふかししても翌日寝ていればOK、という、日本人が見たら憤慨しそうな立場を活かしていろんな話をした。
中でも特に重要だったのは、
「レティエ様は、魔族についてどうお考えですか?」
「……魔族、ですか」
「はい。わたしたちの国は十年以内に三度、魔族の脅威にさらされました。正確に言えば、もっと昔から潜伏していた魔族たちの企みが立て続けに露見した、ということですけれど」
ついでに言うと、ヴァッフェはともかくティーアの件はシルヴィアたちが自分から首を突っ込んだ部分がある。
もちろん、放っておいたら騎士団と死闘になっていたかもしれないのであれで正解だったとは思う。
「こちらの都および国内各地、そして隣国の都を浄化した際に、ついでとして葬った魔族が他にもいたかもしれません」
「皆さまとしては、魔族を脅威だと」
「はい。少なくとも人間にとっては脅威であり敵だと思っております。……彼女たちにとって、人間の進化が停滞していることが面白くないようですので」
「でもさ、それならもう襲っては来ないんじゃない?」
と、これはレーナ。
彼女は日本酒をちびちびやりつつ、おでんの大根を小さく切って口に運びながら──呑兵衛のおっさんかな? いや、それはともかく。
「シルヴィアたちが進化したわけじゃない。じゃあもう停滞してないわけでしょ?」
「それはそうなのですけれど」
「再び進化の流れが生まれたのであれば、今こそ『本格的に楽しむ時』──そう考える魔族がいてもおかしくないと、わたくしやシルヴィア様は懸念しているのです」
今までの魔族たちは暇つぶし、遊び、退屈の腹いせで動いていただけ。そんな中、人間社会に潜伏した魔族が立て続けに敗れれば「なんだ、人間もなかなかやるじゃん」と本格的に戦いを挑んでくる可能性がある。
そう告げると、レティエはため息をついて、
「わたくしとしても、魔族の放埒は目に余るものがあると思っております」
「エルフでも、ですか?」
「ええ。我々エルフも基本的に争いを好みません。天使ほどの平和主義ではありませんが、自然を、あるいは我々の領土を侵す者以外には基本的に寛容です」
「でも魔族ってときどきちょっかいかけてくるのよね。それもだいたい森に」
「それは命知らずな……」
枝一本で骨一本──とまではいかないにせよ、どんな反撃をされるかわかったものではない。
「もちろん、手を出されれば反撃し、相応の報いを受けさせております。ですが、彼女らは個人主義ですので……」
「一人が反省したり死んだからって他がやめるとは限らないのよ」
「……どうにかならないものでしょうか」
「魔族の数がなんらかの理由で激減でもしない限りは難しいでしょう。人間への干渉が起こるというのであれば、あるいはそれが契機となるかもしれません」
人間と魔族の本格的戦争。
想像したシルヴィアはぞくっと身を震わせてしまった。
人間同士の戦争ならまだいい。いや、よくないけれど、少なくとも戦略家として学んできたセオリーが無駄にはならない。
けれど、個人で、しかも遊びで国を乗っ取りにかかるような者たちが国単位で攻めてきたら、果たしてどうやって守ればいいのか。
「……国全体に神聖な結界かなにかを張ったほうがいいのかもしれませんね」
「シルヴィア様。あらゆる意味で実現が難しいと思うのですが──」
「あら、リゼット。私たちの国は結界を張っているわよ? エルフ以外が通ったらわかるように」
「そうなのですか……!?」
「言葉で言うほど困難な作業ではありません。要するに国と国との境界にのみ魔法を施せばいいのです。むしろ、欺瞞によって抜けられる可能性を忘れないことのほうが大事でしょう」
うん、やっぱりエルフもたいがい理解不能な魔法を使う。