わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
来訪からしばらく経つと、シルヴィアが傍についていなくても問題ない程度にレーナたちの生活も落ち着いてきた。
イザベルが産休に入り、トー家の屋敷に住むようになったので家人が全員出払うこともない。
シャッテたち吸血種がいるので、(ないと思うけれど)万が一レーナたちが暴れ出したりしても取り押さえられる。
というわけで、シルヴィアはしばらく取りやめていた個人での外出を再開した。
城へ現状報告へ行ったり、知人のところに顔を出したり、それから大事なところとして神殿へ赴いたり。
「シルヴィア様!」
神殿では、七歳の春を迎えた新しい『聖女見習い』セラが正式に修行を開始している。
純白の衣を纏った彼女は、シルヴィアが顔を出すとすぐに表情を輝かせて寄ってきてくれる。
「こんにちは! 今日はどうしたんですか?」
「セラとアンジェリカ様に会いに来たの」
きゅー!
「ええ、もちろんあなたたちにもね」
神殿にも翼の生えたうさぎ──フェザーラビットがずいぶん増えている。
清浄な空気がよほど肌に合うのか繁殖? 分裂? が早い。神殿の浄化までしてくれるので聖職者たちは大助かりな反面「これでは新米の仕事がなくなります!」と嬉しい悲鳴を上げているらしい。
「セラはもう、神殿に慣れた?」
「はい! みんな、みなさんとてもいい人たちです! ……その、お父さんたちに会えなくてちょっと寂しいですけど」
「神殿に住み込みだものね。でも、セラが頑張ればみんなを守ることもできるからね」
「はいっ、頑張りますっ!」
元の名前を取り上げられ、家族とも引き離された少女は思ったよりも元気そうだった。
白くてふわふわのうさぎたちが心を癒やしてくれているのか、それとも、
「えへへ。シルヴィア様が来てくださったらもっと頑張れるかもです」
「もう。そんなことを言っているとアンジェリカ様が寂しがるんじゃないかしら?」
そのアンジェリカは部屋に置かれたベッドに横になったまま「いらっしゃい、シルヴィア」と微笑んでくれた。
「お加減はいかがですか、アンジェリカ様?」
「ええ。体力も少しずつ戻り始めているわ。……あの子にも顔を見せてあげてくれる?」
「はい」
ベッドの傍のゆりかごには一人の赤ん坊が寝かされている。
言うまでもなく女の子。シルヴィアとアンジェリカの間に生まれた娘である。うさぎに見守られた彼女はシルヴィアの顔を見ると「あー」と嬉しそうに笑う。
「こんにちは。元気そうでよかった。このまま元気に育ってね」
「あー、うー」
生まれて間もない頃じゃ目も耳もまだ発達していないと思うのだけれど、わかるのだろうか。
「この子は頭がいいのかもしれませんね」
アンジェリカは「贔屓目じゃないかしら」と笑いつつも、
「天使の血、なのかもしれないわね」
赤ん坊の右の手のひらにはほんのりと聖紋が浮かび上がっている。
本来、『聖女』であっても修行の末、天使の里に行ってようやく授かるもの。
翼こそ生えていないものの、この子が天使になる素質を備えているのは間違いない。
「この子も聖女になるんでしょうか?」
背伸びをしてゆりかごを覗き込むようにして言うセラ。
「どうかしら。それは『神託』次第だもの。もしかしたらまったく別の道を示されるかもしれないわ。『戦略家』とかね」
「わたしのたどってきた道のりは正直、真似してほしくありませんね……」
「あら。この子の場合、子爵家の令嬢になるんだもの。それほど苦労はないんじゃないかしら」
天使の血が入ったおかげで身体能力も高いかもしれない。とすると、剣を振るのにも苦労しない可能性はあるか。
……ちょっと羨ましい気がしてしまうシルヴィアである。
「でも、この子をトー家で育てるかどうかも少し悩ましいですね」
「あら、どうして?」
「神託が下るまでだけでもこちらに預かっていただいたほうが、奇異の目を避けられるんじゃないかと」
「そうね。確かにそれはあるかもしれないわ。この子が聖紋を制御できるようになるまで時間がかかるかもしれないし」
聖職者にとっては神に愛された証でも、貴族にとっては自分たちと違う見慣れない力だ。
ぴかぴか光っていてなんか変、というだけで排斥される可能性もある。
であれば、貴族ではなく神殿の一員として育てたほうが幸せかもしれない。
「でも……ふふっ。シルヴィアがそんなことを言うなんて、あなたも親の自覚がでてきたのかしら?」
「それは、そうですよ。こうやって赤ちゃんの顔を見ていれば」
マルグリットとサラの子だって、シルヴィアの血が入っているわけだし。今度は七歳から知っているイザベルの子が生まれる。
母親としての責任もあるのだと、否応なく実感させられる。
「養育の件だけれど、貴族であり神殿の子、でもいいんじゃないかしら。私もいずれはトー家のお世話になるわけだし」
「アンジェリカ様、神殿からいなくなっちゃうんですか?」
「それはもちろんそうよ。セラが大きくなるまでにはさすがに引退しなくちゃね」
今のところ、セラへの指導はアンジェリカが担当している。
指導と言ってもまずは神殿での生活に慣れるところから。下っ端巫女と違い、聖女見習いである彼女の場合はまだ楽な環境だろうけれど。
神殿運営──神殿長の代行については年かさの巫女の中から指名が行われ、今のところつつがなく進行している。
聖女業務のほうは、神殿長と兼任するようになったことで統合・整理されて書類仕事は激減。魔物退治や土地の浄化に関してはシルヴィアや『銀百合』があれこれするせいで要請が減っているし、儀式系の役目はアンジェが肩代わりできる。
「アンジェ様も毎日は来てくださらないし、アンジェリカ様がいなくなったら寂しいです」
「ふふっ。安心して。今日明日の話じゃないわ。まだまだ先のこと」
とはいえ、『恩恵』を授かってから今日までを思えば、意外とあっという間かもしれない。
そうすると、この赤ん坊がセラくらい大きくなる日も、そう遠くは。
「わたしが貴族と聖職者を兼任するのは特例だったでしょう? この子だけ特別扱いしていいんでしょうか?」
「とは言っても、今更だしね。前例がある以上、あなたの時よりもずっと通しやすいわ」
天使の子で生まれつき聖紋持ちなんて、聖職者たちは両手を挙げて歓迎するに決まっている。
貴族として扱うかどうかはぶっちゃけシルヴィアが認知するかどうかなので「しない」と言うほうが意地悪ではある。
後は「貴族だけど育つのは神殿」とするか「週に何度か神殿に通う貴族」にするか、その程度。
「自分で決められる歳になるまでは両方経験させてあげたほうがいいかもしれませんね」
「そうね。選択の自由があるのはいいことだわ」
「私は聖女見習いになれてよかったですけど……」
「神託によって悩むことになる子も、中にはいるもの」
シルヴィアはなんだかんだうまくやれたものの、カトレアのようにそれで腐ってしまった者もいる。
うまく折り合いをつけられるかは本人と、それから周囲の手助け次第だ。
「神が神託をどういう基準で授けているのか、わかりませんものね」
「そうね。私個人としては、単なる適性なんじゃないかと思っているわ。そこに職場での人間関係までは含まない、ね」
仕事ができるかどうかと職場でうまくやれるかは別物。耳が痛いというか頭が痛いというか。
立ち回りが上手いだけで組織内でいい位置についてしまう者も中にはいる。それが一概に悪いとも言えないわけで。
「みんなが尊重しあって仲良くできればいちばんいいんですけどね」
誰かが良い目を見れば誰かが割を食う。
自分が優遇される立場になったからこそ言えることなのかもしれない。