わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「騎士団長職を正式に辞そうと思っている」
珍しく騎士団──男性側の、旧来からある団へと呼ばれたシルヴィアは、現騎士団長のマルグリットと共に、旧知の男性と向かい合っていた。
『銀百合』に理解を示してくれた前騎士団長から職位を奪い、シルヴィアたちにあれこれ嫌がらせをしてきた男。
竜娘プルプルからは「大したことない」と評されたものの、騎士団の女子寮を魔法でぶっ飛ばすなど、戦いの能力においては決して無能ではないはずの男。
後進に職を譲るにはまだ少し若い。
旧騎士団で切磋琢磨した世代であるマルグリットは「心境の変化でも?」と彼に尋ねる。
「いや。もともと時期の問題だったのだ。状況が落ち着き、後進の選定が済めば私が座っている必要はもはやない」
「次の団長はどなたに? 副団長は引き続き同じ方が務められるのでしょうか?」
「随分と率直だな、『銀百合』騎士団長殿」
「我が『銀百合』では騎士団長はあくまで実務上の責任者ですので」
権力闘争のために椅子を奪い合うような立ち位置ではない、と暗に示されると、団長は「耳が痛いな」と苦笑した。
「我が団はここ数年で衰えている。……人数が減ったわけでも練度が落ちているわけでもないが、華々しい活躍をそちらに譲っている形だ」
さすがにマルグリットも「そうでしょうね」とは言わない。
「陛下から相談を受けることも少なくなった。エリザベートとシルヴィア、そしてマルグリット。お前たちが取って代わった。私では信用に値しないということだろう」
ものすごく答えづらい。
女性騎士に嫌がらせするために女子寮を吹っ飛ばしたり、『銀百合』の仕事ぶりが信用ならないと監視をつけてきたりするような男が信用できるか? という思いも、やられた側としてはある。
「よって、新たな騎士団長には大きく若返ってもらおうと思っている」
告げられた名前は──まだ三十代の騎士のものだった。
「……随分と思い切りましたね?」
「本当はダミアン・デュクロでも指名したいところなのだがな」
「それはさすがに時期尚早かと」
「学生が団長を務めていた団が何を言う」
それはそうなのだけれど、ダミアンではさすがに経験が足りなさすぎだ。
一定年齢以上の騎士がほぼいないうえに新しい団である『銀百合』と旧来からある騎士団では規模も年齢層もまったく違う。
仕切っていくには十分な経験と発言力が必要だ。
「そうだな。デュクロは後五年程度、経験を積んでもらい、その上で副団長に据えられればと思っている」
「随分と彼を買っていらっしゃるのですね?」
「勤勉で、勇敢で、かつ自分の限界を知っている。優秀な男だ。私と違ってな」
だから、自嘲気味に笑われても返答に困る。
「最大の理由は、お前たちをよく知る世代に主導権を握らせるためだ」
「……それは、その。随分と国を引っ掻き回してしまいましたので」
「本当にな。この十年ほどでどれだけ国が変わったと思っている?」
なるべくゆっくり『銀百合』を浸透、なんて言っていたのに気づけば旧騎士団を追い落とす勢い。
天使を迎え竜を擁し、半竜と吸血種を生み出し、あちこちから上位種がコンタクトを取ってくる。
次の王となる王女ステファニーの実質的な後見となり、隣国の次期正妃クリステルとも懇意にしている。
「もはや頭の固い人間では手に負えん。いくら私でもその程度はわかる」
「……団長様」
「無論、このままただ、女に支配されるつもりもないがな」
ふん、と、彼は鼻を鳴らした。
「お前達女は騎士として欠陥を抱えている。月に一度、何日かは調子を崩すし、優秀であってもその血を次代に継ぐためには一年もの間剣を振れなくなる」
「それは、仰る通りです」
女という性別自体の特徴はどうしようもない。
むしろ、そこを無視するほうが不健全だとシルヴィアは思う。
女が働きやすい環境はもちろん必要だけれど、コストの面でどうしても不利はある。それだけの手間と金があったら男性騎士をもっと増やせるだろうというのにも一理ある。
「しかし、この国はまだまだ人材不足だ。女騎士が不便を抱えていようと使わねばならぬ。人の半分を『使えない』と切り捨てるのはあまりにも勿体ない」
「これからは手を取り合おう、と?」
「勘違いするな。我々が動きやすいようにお前達を『使ってやる』。ただそう言っているに過ぎん。……少なくとも建前上はな」
旧騎士団にもプライドがある。
ぽっと出の女騎士団にお株を奪われ、さらに「仲良くしよう」などとはなかなか言えない。名目上は利用しあう関係としておいたほうが理解しやすいしされやすい。
「新しい団長は上手くやるだろう。……上手くやれなければさらに差が開くだけだ」
「団長。引退してなにをなさるおつもりですか?」
「さてな。……平民向けに剣の稽古場でも作ろうかとも思っている。身を守る術が増えれば死ぬ者も減るだろう?」
「良いお考えだと思います」
本当にそんな場所ができて人が集まるようならぜひ寄付をしたい。
若者に剣の素養ができれば、彼らが冒険者や兵士になった時にきっと役立つ。騎士だけでは手が足りないのだから協力し合うことも必要だ。
遠い目をした騎士団長は「酒でも飲むか」と、棚からワインを持ち出した。
「勤務中では?」
「固いことを言うな」
状況が状況でなければ「そんなことだからわたしたちに抜かされるんですよ!?」とツッコミたくなるところだけれど、まあ、飲みたい気分なのだろう。
マルグリットと目配せをしあって、ご相伴に預かる。
せっかくなのでつまみでも出すことにした。
「《酒盗》」
「……なんだこれは?」
「魚の内臓を塩漬けにしたもの、だったと思います。好みはありますが、好きな方はお酒が止まらなくなるほど好む品です」
「ふむ。……手づかみでは食べられんな」
小さいフォークを用意した団長は酒盗を険しい顔ですくい上げると、「ええい」と口に運んだ。
数秒。
追って、ぐいっとワインを飲み干して、無言のまま酒盗を二口目。
「なんてものを出してくれる。……これでは酒の方が足りん」
それはまあ、酒を盗むと書くくらいである。
しかし「二本目を出すか」とか言っているのは危うい気がする。
騎士団長なんていざという時に指揮したり責任を取るのが本来の役目。平常業務がろくになく、酒を飲んでいても騎士団が回るくらいのほうが良いのは確かだとはいえ。
「あの、団長様? 塩気が強いので食べ過ぎにはご注意くださいね?」
「なに、その分飲めば問題なかろう」
「水分で薄めるのにも限界がありますし、お酒は水分補給になりませんからね!?」
これだからこの世界の呑兵衛は。
日本に比べてまだまだそのへんの意識が低い。仕方ないので水を用意してくれるように頼むと、団長の使用人も快く応じてくれた。
「野菜も食べましょう。《きゅうり》《きゅうり》《きゅうり》」
「……なんだこれは」
「生のきゅうりですが?」
「見ればわかる!」
美味しいのに、と、生のままかじると、団長だけでなくマルグリットまで「この子は本当に変なことをする」という目で見てきた。
別に騎士ならこのくらい普通だろうに。それともマヨネーズも味噌もついていないのがいけなかったか。
「……お前は、変なところで口うるさい。これだから女は」
おいそれセクハラだからな。
その後、シルヴィアとマルグリットは「せめて子供を作れ。たくさん作れ。この国の人材不足解消に少しでも貢献しろ」と口うるさく言ってくる酔っぱらいのおっさんを宥めながらワインをちびちび飲むという、よくわからない時間を過ごした。