わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「シルヴィア様、なにを作っていらっしゃるのですか?」
布と糸を持ってきてもらい、自室の机でいそいそと手を動かしていると、吸血種にしてトー家のメイドを務めるシャッテが不思議そうに覗き込んできた。
表情のわかりづらい彼女だけれど、慣れると変化を把握できるようになる。基本的には穏やかで気立ての良い少女(?)である。
「ええ。これはね、『てるてる坊主』」
「神聖語ですか。では、ひょっとしてこれは神の偶像なのでしょうか」
「神様ね。……そう言えないこともないかもしれないけれど、神殿の奉じる神様とは別物よ」
八百万の神、と言われるくらいだし、てるてる坊主も日本人にとってはある種の神様かもしれない。知名度で言ったらなかなかのものだし案外、けっこうな大物ではなかろうか。
「こうして人型に見立てた人形を窓辺に吊るすと、晴れを呼ぶことができるっていう、おまじないの一種ね」
「なるほど。簡易的な祈祷ですね」
神様が実在し、神聖魔法がある世界だとそうなる気がしないでもない。
さっき日本語で呼んだ時にふわっと聖なる力が籠もった感じがしたし。下手にいたフェザーラビットがきゅー、と喜んでいるし。
「これは何体くらい作るのでしょう?」
「おまじないだし、一体でいいかなと思っていたのだけれど」
材料を持ってきてもらったところ、妙に上等な布を提供されてしまったし。いらないのでいいと言ったのに「主人に提供する布に粗末なものなどあっていいはずがありません」と言われてしまった。
シャッテはふむ、と、少し考えるようにして、
「明日のための備えなのでしょう? でしたら量産いたしましょう」
「え」
「シルヴィア様はゆっくりなさっていてください。使用人一同、心を込めて再現させていただきます」
シルヴィアの作った一体を大事そうに抱えたシャッテはいたって真面目な顔でそう宣言した。
「みんなで一体ずつ作れば確かにかなりの数になるけれど、いいのかしら?」
「ええ。飛行船のお披露目が雨天延期では格好もつきません。全力で応援いたします」
若干ズレているというか、主人に対して誠意がありすぎるのが玉にキズというか、申し訳なくなることがあるのがシャッテの特徴である。
けれど、確かに。
「明日は結婚式だものね」
あらかた準備は終わっているものの、なんだかそわそわと落ち着かなくてついてるてる坊主なんて作ってしまった。
シルヴィアにとっても一生に一度の晴れ舞台。
どうせなら晴れて欲しい。
「じゃあ、お願いしようかしら」
そう告げると、シャッテは僅かに喜びの表情を浮かべながら「かしこまりました」とお辞儀をした。
◇ ◇ ◇
使用人が一体ずつ作った結果、シルヴィアが作ったよりずっと丁寧でしっかりしたてるてる坊主が二、三十体完成。
完成後、それらを前に「てるてる坊主の歌(正式名称は不明)」を歌ったおかげか、それとも単に運が良かったのか、翌日は朝から快晴だった。
その日、珍しく早起きをしたシルヴィアはレティエ、レーナ、イザベルらと共に朝食をとると馬車に乗り込んだ。
「ようこそ、シルヴィア様。皆様」
向かった先は城である。
準備のためにあてがわれた大部屋にはクレールたちもぞくぞくと到着してきた。
なにしろ昨夜は結婚前夜。
式の前に結婚してしまっているので独身前夜──というわけではないものの、各自思うところもあるだろうと、(トー家で生活しているレーナやイザベルは仕方ないとして)それぞれの夜を過ごしてもらった。
……みんなで夜を明かそうとするとすごいことになるし。
「それにしても、さすがに壮観だね」
「なに人ごとのように言っていますの」
集まった美女たち、そして今日のために用意された白のドレスたち。
感嘆と共に呟けば、エリザベートに若干呆れられてしまった。
「みんな、あなたと結婚するために集まっているんですのよ?」
「わかってるよ。……ただ、その、少しくらい冗談めかしていないと泣いちゃいそうで」
言っている傍から目に涙が浮かんでしまった。
エリザベートはそれを「まったくもう」と指で拭って、
「泣くなら化粧をする前にしてくださいませ」
微笑んで「そうだね」と答えたところで「あー!」と声がして、
「なんで二人だけでいい雰囲気作ってるの! ずるい!」
「クレール……。そう思うのでしたらせめて、子供みたいな割り込み方はやめなさいな」
「だって湿っぽいの苦手なんだもん。でも、今日はすごく楽しみだったよ」
明るく笑う、最初のパートナーにも「そうだね」と返した。
「それにしても、ごめんねイズ。もうちょっと体型戻す時間があると良かったんだけど」
「いえ。もう十分戻りましたし、贅沢を言っていると他の方の予定に食い込みます」
出産を終えて軽くなった身体でくすると回り、微笑むイザベル。幸いドレスのほうは簡単な手直しだけで問題なく着られそうである。
愛用の弓も修理を終えて彼女の手に戻ってきており、リハビリも兼ねて毎日射撃練習をしている。
「……泣くと言えば、あちらがすごいことになっていますけど」
「あー……うん。あそこは仕方ないかなあ」
泣いているのはレティエである。
昨夜も十分泣いただろうに、レーナとリゼットを抱きしめてわんわん泣いている。大人の女性が台無しだけれど、愛娘が二人纏めて嫁に行くのは感慨深いに決まっている。
そんな母親の様子にリゼットは涙ぐみ、レーナは呆れ顔、
「いっそのこと母様も一緒に結婚すればよかったのよ」
いきなりなにを言い出すのか。
これにはレティエも目を丸くして「それはさすがに無理よ」と答える。
「一度帰って相談してからじゃないとね」
「そっか。お母様も連れてこないといけないものね」
……そういう問題か?
母様、ではなくお母様、なところからして、もう一人の母親の話なのだろうけれど、その人が同意したら二人揃って……?
エルフの結婚観のゆるさにびっくりである。
もしそうなった場合、レティエたちがクレールたちに手を出す可能性も出てくるのだろうか?
いやまあ、マルグリットとサラの例もあるわけだし、好きな人同士が仲良くするのを止めるつもりはない。もし「男の愛人が欲しい」とかいい出したら一晩話し合いをさせて欲しいけれど。
「あはは。でも良かったよ。うちの両親は屋敷の窓から飛行船を眺めるって言ってたから。ここで泣かれたら鬱陶しかっただろうなあ」
あっけらかんと言ったのはラシェル。
ご両親としては感慨もひとしおだと思うのだけれど、娘のほうから見えると「鬱陶しい」のひとことか。いや、照れ隠しもさすがに交じっているか。
「飛行船のお披露目に料理と酒の大盤振る舞い。……一時的には損ですけれど、長い目で見れば多大な宣伝効果ですね」
「イリス。こんな時まで商売の計算をしているの?」
「当然でしょう? 女の幸せはもちろん追求するけれど、利益の確保もそれと同じくらい重要ですもの」
現商人の元王女様は今日もしたたかだった。
しれっと元を取るつもりであることを明かしたうえで微笑み、
「国を挙げての祝賀。加えて各家からも物資や資金の提供がありましたから、歴史に残る式になることでしょう」
「そうですね。来る途中で見ただけでもすごい準備でした」
飛行船の飛行式典に便乗しての結婚式。
さすがに「国が金を出してくれるからそれでOK」というわけにもいかないので、トー家やイリスの商会、その他みんなの実家からも追加物資や資金を提供することになった。
イリスの商会が食材を提供し、騎士団とトー家のシェフがそれを唐揚げ(塩唐揚げなら醤油なし、既存の食材でも作れる)やおでん、揚げパン等々に調理して広く振る舞う。
お祭りで食べた特別な味は人々の舌に刻み込まれて顧客獲得──もとい、思い出の一ページとして末永く残ることだろう。