わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「しばらくぶりね、シルヴィア。元気そうでなによりだわ」
「この度はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます、アンジェリカ様」
神殿奥にある聖女の間。
聖女と聖女見習いの他はごく限られた巫女のみが出入りを許されるその場所をシルヴィアが訪れるのはこれで二度目だった。
しかも、前回は目隠しされた道のりを今回はきちんと案内されて。
待遇が変わったのは白が七割を占める衣を纏っていること──それだけの価値があり、害意を持っていないと認められたことが大きい。
代わりに「部屋の位置を誰にも教えないこと」を神聖魔法による誓約つきで約束させられたけれど、そのくらいは安いものだ。
「かしこまらないで。それに、言うほど忙しいわけでもないわ」
前回と同じく部屋にはアンジェリカとアンジェの二人だけがいた。
石の椅子に腰かけ、熱い緑茶をいただく。
「聖女は都にとって守りの要でもあるでしょう? 重要な任務でない限り都を離れられないし、力はできるだけ温存しなければならないの」
「アンジェリカ様でなければ癒せない怪我人、魔物の大量発生など以外は独自に研鑽を積むことが求められているのです」
「そっか、魔法の練習も必要ですよね」
聖女の魔法がよわよわではみんなが困る。
「だから、遠慮なく遊びに来てちょうだい。私の手が離せなくともアンジェは相手をするわ」
「アンジェ様も自由が多いんですか?」
「そうですね。こまごまとした仕事は免除されていますので、皆の相談に乗ったり修行を行う以外は自由に過ごさせていただいています」
「じゃあ、休日はなにを?」
「休日?」
きょとん、と見つめ返される。
「ふふっ。シルヴィア。私たちにいわゆる休日はないわ。休息は小刻みに取るもの。この時間もそう」
「なら、わたしなんかに構うより昼寝でもしていたほうが」
「シルヴィア様は私たちとお話するのはお嫌ですか?」
「まさか、そんなことありません」
胸にささることを言われて慌てて首を振った。
さすが聖女と言うべきか、人の心を掴む術を心得ている。
「あなたに話を聞くのはとても重要よ。なにしろ神聖魔法の助けになるのだもの。──シェンベイ」
お茶請けに煎餅が召喚。
「例えば、この呪文もあなたならもっと正確に唱えられるのでしょう?」
「それは、そうですね」
短い単語だからかアンジェリカの呪文もかなり正解に近いけれど。
「《煎餅》」
出てきた菓子は聖女のものと遜色ない味。
ということは、素質でシルヴィアを大きく上回るアンジェリカが真似できればよりおいしい煎餅が食べられるわけだ。
「アンジェリカ様。神聖魔法はアレンジもできるのでしょうか」
「できるわ。細部の異なる呪文も一部残されているから。……狙って行うのはほぼ不可能だけど」
「じゃあ、例えば……《海苔煎餅》」
そのまんまだけれど、海苔の貼られた丸い煎餅が出てきた。
アンジェが目を丸くして「数十年ぶりの新しい呪文です」と呟く。
「シルヴィア様はいとも容易く歴史を塗り替えますね」
煎餅一つで大袈裟ではないだろうか。
「これはなにかしら? ……海産物? 海藻のようにも思えるけれど」
くんくんと匂いをかいだアンジェリカが早くもほぼ正解を言い当て。
「香ばしい。お菓子の風味とよく合いますね。簡単に破れる紙のようなのに、これだけで味わいが変わります」
「そうね。これもこのお茶によく合うわ」
緑茶を口にした聖女は、ほう、と息を吐いてから、
「でも、シルヴィア。あまり外部では正確な発音を口にしないようにね。呪文を唱える時はなるべく小声を心がけて欲しいの」
「はい。他の人に知られないため、ですよね?」
「ええ。聖職者以外には呪文の良し悪しなんてわからないとは思うけれど」
素質と呪文さえあれば真似は可能なのだ。
だからこそアンジェリカもシルヴィアの力を求めているし、他から目をつけられる可能性もある。
そこで聖女は翠の瞳をきらめかせて、
「でも、私とアンジェには教えてちょうだい? さあ、もっと呪文があるのなら」
「そう言われても、さすがに簡単には……」
例えば「みたらし団子」とか言えば出てくるかもだが、さすがに全く別の和菓子を出すのは感心を通り越してドン引きされかねない。
むぅ、と少し考えてから、
「そうだ。《芋羊羹》」
聖女に披露されたもう一つの呪文をアレンジしてみた。
ぽん、と生み出された長方形の物体を聖女二人はまじまじと見つめて、
「これは、あのお菓子に似ているけれど」
「色が全く異なりますね」
「ほんの短い語句を付け加えただけで別の品になるなんて……」
「あくまでアレンジ、アレンジですから」
とは言ったものの、小さく切り分けた(カットはシルヴィアがやった)羊羹を口にした二人は驚きから目を見開いた。
「……これは」
「美味しい。美味しいです! 元のお菓子と似ているようでいて全く異なる味わいになっています!」
聖女とは言っても女性。
甘いものは人並みに好きだったらしく、二人は目を輝かせて一切れを堪能。
「これは、なんとしてでも呪文を習得しなければ」
「アンジェリカ様。ですが、これは多用するべきではありません。とっておきの品とするべきです」
「ええ。あまりにも危険すぎるものね」
だからただの羊羹で大袈裟では。
「こほん。……やはり、シルヴィアの力は慎重に扱わなくては」
「はい。神殿の力が増大し過ぎれば他方からの反感を買いかねません」
「神殿も大変なんですね……?」
「それはもう。伝統ある役職として聖女の地位が残されていますが、ひとたびその価値が低迷すればあっという間にここも男性主権に変わることでしょう」
神殿の長は聖女とは別に存在し、そちらは男性である。
その機嫌を損ねれば厄介なことになるし、どちらかというと城の上層部は神殿長よりの者が多いらしい。
神に仕える者たちでさえ権力争いから逃れられないとは、やはり神殿はごたごたが多い。そして男性よりは女性のほうがシルヴィアには信用しやすい。
ぴろん、と、好感度の上がる音がして、
「巫女の皆に肩身の狭い思いをさせないためにも、シルヴィア。協力して欲しいの」
「はい。できる範囲にはなりますが、わたしにも協力させてください」
「ありがとう。……それじゃあ、少しずつでも呪文の研究を進めていきたいわ。いつか、必要になるかもしれないから」
強い力を求めることは破滅にも繋がりかねない。
幸いだったのはアンジェリカたちが尊い志を持っていたこと。神聖魔法が破壊ではなく浄化や守護、治療のための力だったことだ。
シルヴィアは暇を見つけては神殿に通い、主にアンジェを相手に神聖魔法の改良を行った。
そして、編み出された聖光の長文詠唱は後に彼女たちの窮地を救うことになる。
それはそれとして。
和菓子を出す魔法は前世の食べ物が食べたくなったときに重宝し、同室であるクレールにもたいへん好評だった。
ちなみにみたらし団子やおはぎも普通に呼び出せたのだけれど、名前を言ってはいけないあのお菓子だけは呼び出すのにたいへん苦労した。