わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
騎士学校寮の食事は学校に雇われた料理人が作っている。
貴族の子女に変なものは食べさせられない、と、気合いを入れて作られた料理は毎日食べても飽きない味付けだ。
一方で、個人の好き嫌いは基本的に考慮されない。
騎士は遠征先での食事も多い。どんなものでも美味しく食べられるようになっておかないと後で困る、というわけだ。
とはいえ苦手なものや好物はどうしてもあるもので。
「やった、今日はシチューだ」
一日の訓練を終えて食堂を訪れたシルヴィア。
室内に漂うにおいと料理人の作業内容から夕食が好物であることを察した。
思わず笑顔になると隣の親友がくすりと笑って、
「ほんとにシチュー好きだよね」
「だって野菜がたくさん食べられるもん」
今日のシチューはホワイト。
ブラウンも好みだけれどより好きなのはホワイトだ。
ご飯に合わないので前世ではそこまで好んでいなかった。ただ、この国はパン食である。野菜をたっぷり食べられるのもここだと贅沢だ。
「牛乳も取れるのが嬉しいよね」
せっかくなので多めに盛り付けてもらう。
育ち盛りなのでこう見えて食事はしっかり食べる。
「その割にはあまり大きくなりませんわね」
テーブルの向かいにやってきたエリザベートが口を挟むと、クレールがむっとして。
「シルヴィアは可愛いからこれでいいよ」
「あはは。ありがとう」
「クレールさんは身長、伸びてますよね? なにか秘訣があるんでしょうか」
二人分のトレイを運んできたイザベルが不思議そうに首を傾げた。
藍色の髪の男爵令嬢も身長はあまり高くない。ひょっとして性格が影響するのか。
「やっぱり肉だよ肉。お肉だけのシチューならあたしも興奮するんだけどなあ」
「……絶対に途中で飽きるでしょう、そんな料理」
「そう言うエリザベートもけっこう好き嫌いするくせに」
「っ」
少女の白い肌がかぁっと赤くなって、
「わたくしはきちんとなんでも食べています!」
「でも、エリザベート様。自分のお金で買うのはいつも果物やお菓子です」
「ほら甘い物ばっかり食べてる」
「わたしも好きだよ、甘い物。食べ過ぎなければいいんじゃないかな?」
「……節度は守っていますわ。おそらく。きっと」
なんだか食べ過ぎていそうだ。
ちゃんと食事はとっているし大丈夫だとは思うけれど。
公爵令嬢の綺麗な肌を見て考えていると、クレールが「ほらほら」とばかりに自分の手を見せてきた。
「クレールはちょっと荒れ気味かも」
「ほら見なさい。クレール、ちゃんと野菜も食べなさい」
「えー。だってあいつらあんまり味しないじゃない」
子供みたいなことを言っている。子供なのだけれど。
「お肉が好きな方は多いですよね。男の子はそうなのでしょうか」
「イザベル、あたし女の子なんだけど」
「運動して汗をかく人は塩辛いものが好きって言うし、そういうのもあるかも」
騎士なんてばりばりの戦闘職。騎士学校でも戦闘訓練が中心なので当然運動量は多い。
男子は特にだけれど、大盛りをお代わりする子も珍しくない。
「シチューにもお肉入ってるよ。ほら」
鶏肉をすくって見せるとじっと見たクレールが口を大きくあける。
なんとなく差し出すとぱくっと口にした。なんとなく動物みたいで可愛い。
幸せそうにもぐもぐした後で少女ははっとして、
「これじゃシルヴィアの肉が減っちゃう。あたしのあげるね。ほら」
「いいよ、ちょっと恥ずかしいし」
「いいから、はい、あーん」
しょうがないので口で迎え入れた。もちろん肉も美味しい。
「仲が良いですわね。言っておきますけれど、男子にはやらないように。……いえ、女同士でもはしたないのですけれど」
「イズ、エリザベートにやってあげたら喜ぶんじゃないかな」
「そうですか? エリザベート様、ではこちらのパンをシチューに浸して……どうぞ」
「イズまで悪乗りしない! まあ、食べますけれど」
なんだかんだ言いながらお嬢様はちょっと嬉しそうだった。
「そういえば、クレールが一番好きな野菜ってなに?」
「野菜? そうだなあ……じゃがいもかな。揚げたのとかほくほくして美味しいし」
「あれはもはや主食の一種ではありませんの。まあ、野菜と言えば野菜ですけれど」
夕食の後はそれなりに余裕がある。
急いで帰る必要もないのでゆっくり食べながら会話をする。
「じゃがいもは美味しいよね。ふかしてバターを乗せるだけでも美味しいし」
「バターもそれなりにお値段がしますから、ちょっとした贅沢ですね」
「そうそう」
男爵家出身のイザベルとは比較的経済感覚が合う。
「シルヴィア、それ反則だよ。バターなんてかけたらだいたいなんでも美味しいじゃん」
「そう言われるとそうだけど」
「ソースの問題はありますわね。濃い味付けをしてやればこのお子様でも喜んで食べるでしょう」
「お子様ってなにさ。食べるけど」
「食べるんですね……」
この世界の食環境はそんなに悪くない。
中世ファンタジーにじゃがいもはあるべきじゃない! みたいな話も前世で聞いたことがあるけれど、ここにはじゃがいももサンドイッチもハンバーグもある。
ちなみに、日本語で話しているわけじゃないので本当の名前はもちろん違う。みんなの会話を聞き取る際にシルヴィアの頭が日本語に変換しているだけだ。英会話とかでもついつい一回母国語に直しちゃうやつである。
「ソースかあ」
そういえば転生・転移ものでよく出てくる「アレ」は見たことがない。
「ねえ、エリザベート。卵を使ったソースとか知らない? お酢と塩と、あと油で思いっきり混ぜたらいい感じにまろやかになるんじゃないかなって」
「もちろん卵のソースはありますけれど。そんなレシピは聞いたことがありませんわね。……というか、手間がかかりすぎじゃありませんの、そのソース」
目を細めたエリザベートは「味の想像もできませんわ」と呟く。
「ですが、確かに塩が入っていれば野菜も食べやすくなるかもしれません。材料的にもおいそれとは作れませんが」
神聖魔法を使ったら出せるだろうか、と一瞬思うシルヴィアだったけれど、さすがにそれは止めておく。
万が一出せてしまって、クレールに食べさせたら毎日のように出すことになりそうだ。
「できなくはないんだ?」
「魔道具の泡立て器を使えば混ぜるのはなんとかなるでしょう。本当に美味しくなるかはわかりませんし、試行錯誤に大量の材料が消えそうですけれど」
「料理人の方も苦労してレシピを開発しているんですね……」
「初めて作った人に感謝しないとだね。ステーキとか、ハンバーグとか」
いろいろ話しているうちに食堂に空席が目立ち始めた。
そろそろ行こうかと席を立ち、食器を返却に向かうと、
「君たち。さっきの話、参考にさせてもらってもいいかい?」
食堂の料理人が真剣な顔をしていた。
「もちろんいいですけど、ただの雑談ですよ?」
「ああ。でも、試してないことは試してみたいだろ? 泡立て器ならここにもあるし」
「さすが騎士学校」
この後、料理人は何か月もかけて納得のいくソースを完成させ、生徒たちに振る舞うようになった。
マヨネーズの誕生である。
これは徐々に外部にも広がっていき、やがて文化として定着するのだけれど、それはまた別のお話。