わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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第二章 貴族学校編(13歳)
新しい始まりにはだいたい波乱がついてくる


 夜明けの鐘が都に響く。

 部屋が変わると音の印象も変わるらしい。不思議な感覚に包まれながら、シルヴィア・トーは目を覚ました。

 黒くシックな天井。

 頑丈かつ大きめのベッドは小柄なシルヴィアには少し大きすぎるくらいで。

 硝子の窓にはカーテン、石の床には柔らかな絨毯が敷かれている。

 

「……広いなあ」

 

 親友と二人だった騎士学校寮と同じくらいの一人部屋。

 静かな室内を見渡すと一人、見知らぬ場所に取り残されたよう。

 慣れるまではちょっと居心地が悪いかもしれない。

 

 ふう、と息を吐き。

 

 音を立てないようベッドから下りて窓を開ける。

 新鮮な空気を吸い込み、軽い柔軟体操。

 顔を洗う道具は部屋にあるだろうかと、まだ把握しきれていない調度品へと視線を送って。

 廊下に出るものとは別──付属した使()()()()()のドアがゆっくりと開いた。

 黒のワンピースに白いエプロンを身に着けた、くすんだ赤髪、顔にそばかすのある女がシルヴィアを見て目を見開く。

 

「おはようございます、シルヴィア様。……朝食までにはまだだいぶ時間がございますのに」

「おはようございます、ゼリエさん」

 

 彼女の「起きるの早すぎでしょ」という苦情にシルヴィアは苦笑いで答えた。

 

「一の鐘で起きるのが癖になってて、つい起きちゃいました」

「お気持ちはわかります。私も神殿にいた頃はそうでしたから。……ですが、ここでの雑用は私の仕事。お一人で身支度などなさいませんよう」

「気をつけます。でも、なんだかゼリエさんに敬語を使われるのは慣れませんね」

「私はシルヴィア様の使用人なのですから当然です。むしろ、ゼリエ『さん』はお止めくださいませ、トー女男爵様」

「き、気をつけます」

 

 まったくもう、という顔をしていたゼリエは二度目の謝罪に「仕方ないですね」といった表情を浮かべて、洗顔などの身支度を手伝ってくれた。

 

「入学式まで数日ございます。その間に新しい生活に慣れてくださいませ」

「そうですね──そうだね。ここは騎士学校じゃなくて貴族学校なんだから」

 

 窓の外へとふと視線を送る。

 騎士学校と隣り合うように位置する上級騎士学校は、この貴族学校寮からだいぶ離れている。

 笑顔で別れた友人たちはうまくやっているだろうかと思いを馳せて、

 

「そうだね、ではなく『そうね』でお願いいたします」

 

 さらなるお小言にシルヴィアは三度目の「気をつけます」を口にした。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 シルヴィアの前世は平凡な日本人だった。

 ゲームならだいたいなんでも好きだった彼女は、気の迷いから出場したゲームの大会の帰りに命を落とし──記憶を持ったまま異世界へと転生した。

 平民の少女シルは五歳の時に受けた神託によって『戦略家』となる運命を神様から与えられ、国の恩情によって「シルヴィア・トー」と名前を改められた。

 

 七歳からは戦いの経験を積むため騎士学校に入学。

 かけがえのない友人たちと出会い、いくつもの困難を乗り越えてつい先日、六年間の過程をすべて終了した。

 騎士になる友人たちが上級騎士学校へ進学する中、シルヴィアは知識と礼儀作法、コネクションづくりのために貴族学校に進学。

 寮へ到着した昨日は専属使用人であるゼリエとの挨拶や荷ほどきであっという間に夜が来て、

 

「本当にびっくりしました。まさかゼリエさ──ゼリエがわたしのメイドになってくれるなんて」

 

 制服の着付けと髪のブラッシングを受けながら、昨日の対面をあらためて思い出す。

 女のほうも気恥ずかしそうに笑みを浮かべて、

 

「エリザベート様とアンジェリカ様が心を配ってくださったおかげです」

 

 ゼリエ──かつてゼリエ・デュクロと呼ばれていた彼女とは以前から因縁があった。

 子爵令嬢であり巫女だったゼリエは追われるようにして神殿を抜け、国と人類に対して反旗を翻した。その企みをシルヴィアたちによって挫かれ、城に捕縛。

 神聖魔法による行動制限、貴族から平民への降格、少なくはない借金と引き換えに死罪だけは免れ、とある公爵令嬢の手引きによってこうしてシルヴィアのメイドとして再出発することになった。

 

 奇しくもゼリエの一件の功績でシルヴィアは『男爵位』を賜っている。

 貴族として最底辺ではあるものの、メイドの一人くらいはいてしかるべき立場だ。

 生まれたときは平民だった自分が平民落ちした貴族を雇うことになるとは思わなかったけれど。

 

「こう見えて最低限の礼儀作法と雑用は教え込まれております。きっとお役に立てるかと」

 

 巫女として教育を受けていたゼリエは下手な本職を雇うよりもずっと優秀だ。

 

「シルヴィア様に救われた命です。精一杯尽くさせていただきます」

 

 鏡台の鏡に映った彼女は、同じく鏡に映る銀髪青目の少女──シルヴィアを慈しむように見つめている。

 かつての全てを恨むような様子はそこにはない。

 

「良かったじゃない、シルヴィア。この子なら私についての説明もいらないし」

「ヴァッフェ。あなたも生きていたなんて本当に驚いたわ」

「ええ。悪かったわね、あの時は。今更謝ってもどうにもならないけど」

「いいわ。私が愚かだったせいだもの」

 

 一件の後、シルヴィアと行動を共にすることになった人物(?)がもう一人。

 魔族ヴァッフェ。ゼリエに協力し、悪事を唆していた彼女も神聖魔法による浄化の結果、人に対する悪意を失った。

 今は持ち前の「武器や衣類に姿を変える」能力を活かしてリボンに変身、失った力を回復させると共にシルヴィアをこっそり守っている。

 かつての協力者であるゼリエは当然、ヴァッフェのことを知っているので「喋るリボン」を見ても必要以上に驚くことはない。

 

「むしろ、あなたがいてくれれば安心できる。万が一の事態には備えておくべきだもの」

「そうね。この子はだいぶ危なっかしいし」

 

 片や鏡越し、片や胸のリボンに化けているため今は見えないけれど、着付けの前に直接姿を見た時はゼリエ、ヴァッフェの頭上にそれぞれ『70』と『75』と()()()()()()されていた。

 ()()()()()()区分としてはどちらも「親友に対する感情」に相当する。

 

 別にここはゲーム世界でもなんでもないはずなのだけれど。

 生きた人間の好感度などという胡乱なものがシルヴィアに見えるのは、神様から与えられた『恩恵』のおかげだ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 この世界の人間は五歳で『神託』を、十歳で『恩恵』を授かる。

 恩恵は個人ごとに異なる特殊能力だ。

 どんな力が与えられたかは念じることで浮かび上がる『神様の文字』によって説明を受けられるのだけれど、この文字──()()()はこの世界の人間には読めない。

 

 けれど、元日本人であるシルヴィアにはもちろん読めて。

 

『あなたは百合ハーレムSRPGの主人公だ』

 

 なにを言っているんですか、神様?

 神の恩恵はシルヴィア以外の人のものも含め、どういうわけかゲームにちなんだものが多くみられる。詳細な説明文もゲームの解説、企画書、攻略wikiのごとき内容であり、解読できたとしても一般人にはおそらく理解できない。

 ともあれ、ふざけた内容に見えても恩恵の力は本物。

 シルヴィアには『百合ハーレムSLGの主人公』としていくつかの能力が与えられており、その一つが『同性の好感度を見る』ことだった。

 好感度は0から100まで。

 80からは『恋愛感情』に変わるので、ハーレムを目指すのであればここを狙っていくことになるのだけれど。

 

 無暗に人の心を『攻略』するのは気が引ける。

 好かれる努力はありのままの自分にできる範囲でしたい。

 

「シルヴィア様。食堂ではマナーにお気を付けください」

「うん。他の人のを見て真似するつもり」

 

 身支度の後、シルヴィアたちは食堂へと向かっていた。

 昨日の食事は持ってきた軽食を利用し部屋で済ませた。新しい学校の食堂を使うのはこれが初めてである。

 今までいた騎士学校ではやんちゃな子たちがわいわい料理を平らげるのが普通だったのだけれど。

 

「同じ貴族出身者でも騎士見習いと貴族学校生は全く別とお考え下さい」

 

 六年間、騎士見習いが剣を振っている間、家庭で初期教育を施されたのが貴族子女だ。

 

「わたしも食事の作法なら少しは知ってるつもりだよ」

 

 友人の中に公爵令嬢がいたからである。

 彼女──エリザベート・デュ・デュヴァリエはいつでも姿勢を正して品よく食べていた。

 

『まあ、給仕もおりませんし略式ですけれど。公爵家の者として恥ずかしい振る舞いはできません』

 

 給仕がいないと言いつつ、トレイの上げ下げは子分のイザベルに任せていたのだけれど、それはともかく。

 エリザベートの食事を間近で見られたのはなかなかのアドバンテージだ。

 

「貴族学校の料理、ちょっと楽しみ」

「そうですね。王族や公爵家の方の舌をも納得させられるよう趣向が凝らされていると聞きます」

「そっか。王族も在学している──していらっしゃるんだよね」

「ええ。今年は第五王子殿下と第六王女殿下が在籍なさいます」

 

 第五王子に第六王女って、多いな王族。

 

「正直、王族の名前も覚えきれてないんだよね……」

「王妃殿下だけでも十人いらっしゃいますからね……」

 

 なんでそんなにたくさんいるかと言えば神託のせいである。

 神によって『王妃』になれと告げられた者は全員、後宮に入れられて王の側室になる。神様の言うことがここでは最優先である。

 そのため、王妃の年齢も幅広い。

 現国王は五十代。第一王子の母である前正室は既に亡くなっており、代わって正室となった第二王妃もかなりの年齢だ。

 一方、十番目の妃は御年()()

 そんな歳で子供産めるわけないじゃん、という話だけれど、早くから後宮に入れられるのには教育の意味もある。要するに側室見習いだ。

 王も歳なので下から二、三人の妃は清い身体のまま次代国王に嫁ぎ直すと思われる。

 

 この国はこういうところも男尊女卑だ。

 

「……王妃に選ばれた方は結婚相手がほぼ定められてしまうのですよね」

 

 女性の不遇はゼリエがテロに走った理由の一つ。

 小さな、しみじみとした呟きには深い実感がこもっていた。

 野心の潰えた今はただ諦めに似た感情があるだけで、昏く熱い反発はないけれど。

 

「……例えば、『公爵夫人』ならまだ幅があるもんね」

 

 現公爵か次期公爵なら相手は誰でもいい。

 個人の好み、あるいは家の利益によって選ぶ余地はあるだろう。

 逆に幼いうちから結婚相手が確定するほうが諦めはつく、というのもあるかもしれないけれど──。

 一歩後ろを歩くゼリエと言葉を交わしていたシルヴィアはここで口をつぐんだ。

 食堂が近づいている。

 人の姿も増えてきたのでお喋りは終わりだ。下手をしたら「わたしは落ち着きがありません」と自己紹介をすることになる。

 たとえつい先日男爵に昇格したばかりで、神託を受けるまでは平民で、こんなところまったく縁がなかったし、めいっぱいきょろきょろしたいのが本音だとしても、見た目くらいは落ち着いていなければ。

 

 ──幸い、見た目でだいたい誰がどの程度の家格かはわかる。

 

 大雑把に言えば「高そうな服を着てる生徒が偉い」。

 身に着けている校章の色を見れば学年もわかる。家格の高い生徒にはできるだけ失礼のないように、

 

「あら。そちらにいらっしゃるのはシルヴィア・トー女男爵様かしら?」

 

 背後からかけられた声に、シルヴィアは立ち止まった。

 慌てて見えないよう気を配りつつ振り返れば、そこには一人の少女が立っていた。後ろにメイドも控えているけれど、こういう場合、使用人は人数にカウントされない。

 校章の色は青。

 シルヴィアと同じ一年生、身に着けている制服の質は可もなく不可もなく。どことなく気の強そうな顔立ちで、髪と目の色は桃色に近い赤だ。

 面識はない。シルヴィアが会ったことのある貴族はかなり限られる。

 

 貴族学校において最底辺のシルヴィアはひとまず彼女に一礼して「はじめまして」と挨拶をした。

 

「失礼を承知で申し上げます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「名前?」

 

 少女はふん、と鼻を鳴らした。

 

「名前ね。この私の名前を知らないだなんて、なんて失礼な。……いいえ、知らないからこそ『あんなこと』ができるのよね」

 

 『この私』とは。意外と上の位の子だったのか。

 それにしても『あんなこと』とは。

 戸惑いを表に出せば、少女はきっ、とシルヴィアを睨みつけて、

 

「知らないのなら教えてあげるわ。私はカトレア・カステル。カステル伯爵家の次女にしてダミアン・デュクロと将来結婚する女よ」

「ダミアンの婚約者……?」

 

 そんなものがいたのにしつこく求婚してきていたのか、あの少年は。

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