わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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世間は案外広くて狭い

 貴族学校の食堂内はまるでレストランのような落ち着いた雰囲気だった。

 整然と並ぶテーブルには染みひとつないクロス。椅子は背もたれつきで、席の間隔は広く取られている。

 給仕も見える範囲だけで複数名。

 食事中の生徒の前には上等な食器が当然のように並んでいる。

 料理は(常識的な範囲であれば)どれだけ食べても無料。まだまだ育ちざかりのシルヴィアはついつい口もとが緩んでしまう。

 

 

「残念ながら、私はダミアンの婚約者ではないの。いずれ必ず結婚するけれど」

 

 これで、正面に胃痛の種が座っていなければもっと良かったのだけれど。

 桃色の髪の伯爵令嬢──カトレア・カステルはテーブル上のメニューへちらりと目を走らせると、慣れた様子で給仕を呼びつける。

 朝に弱いのかパンとスープ、フルーツ、あとは紅茶というオーダー。

 

 ──朝食のメニューが選べるところからシルヴィアには新鮮なのだけれど。

 

 ホテルやレストランとやること自体は変わらない。

 カトレアの注文を取り終えた給仕へついでに自分の分をお願いする。

 残念ながらやっぱりお米はないので、

 

「えっと……パンとコンソメスープ、生野菜のサラダ、目玉焼き、ベーコンにチーズ、あ、デザートのフルーツもください」

「紅茶の銘柄はどうなさいますか?」

「パンに合うものをお願いします」

 

 聞いていたカトレアが「そんなに食べられますの?」と目を丸くし、ゼリエも「心配無用だったかもしれませんね」と小さく呟く。

 

「騎士学校にいたものですから、朝食をしっかりとるのが癖になっているんです」

「あら。ここは騎士学校ではないわよ?」

(訳:同じだけ食べていたら太るんじゃない?)

 

 シルヴィアは自分の小さな身体を見下ろした。

 栄養が欲しいくらいではあるけれど……ぷくぷく太りでもしたら友人に笑われそうだ。

 ここでできる運動は日課に組み込もうと心に決めて。

 

「ダミアンとはお知り合いなのですか?」

「幼馴染よ。あなたよりも先に彼とは会っているの」

「そうなんですね」

 

 お茶と料理を待つ間に話を切り出した。

 

 ダミアン・デュクロは騎士学校時代の同級生だ。

 実家は子爵家。跡継ぎではないものの、学年の成績は第三位。騎士としての才能はかなりのもので、もしかしたら将来けっこうな武勲を立てるかもしれない。

 強い男好きの女子なら狙い目だろう。

 シルヴィアはあまり得意ではない。昔からことあるごとにちょっかいをかけられていたし、四年生からの三年間は毎年求婚までされていた。

 

 賭けをしろ。お前が負けたら俺と結婚しろ。

 一方的に挑戦されて嬉しいわけがない。幸い、かけがえのない親友の助けで賭けには勝ち、賞品として服や指輪までもらったのだけれど。

 

 好いてくれている幼馴染。婚約しないのはなぜなのだろうか。

 親から反対されているとか?

 反対される理由としてありそうなのは、

 

「失礼ですけれど、カトレア様の神託はどのような?」

 

 ぶぶー。効果音と共に伯爵令嬢の眉が下がった。

 

「……やっぱり嫌な女のようね、シルヴィア・トー」

 

 少女の頭上に浮かぶ好感度表示は『30/100(嫌い)』。

 見たまま感じたままの値。どうやらカトレアはかなり正直な性格らしい。

 それにしても、こんな人の多いところで嫌い宣言されるとは。

 シルヴィアは「申し訳ありません」と頭を下げて、

 

「ですが、カトレア様。わたしとダミアンはそのような関係では──」

「言い訳は聞きたくないわ」

 

 ぶぶー。

 桃色の瞳に強い睨みつけられた。

 

「覚悟しておきなさい。あなたには絶対、ダミアンは渡さないから」

 

 好感度がさらに『29』へダウン。

 恋敵にはならないと宣言したのに。ダメと言われても、じゃあどうしたら納得してくれるのか。

 困惑している間にも周りの視線が集まり、ひそひそと話し声が聞こえてくる。

 証人がこれだけいてはなかったことになりそうもない。

 

「まったく、これだから元平民は」

 

 ぶつぶつと文句を言いつつ、カトレアは運ばれてきた料理をしっかり完食していった。

 せめて席を移ってくれればよかったのに、せっかくの美味しい朝食が台無しである。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「なんだか、さっそく雲行きが怪しくなってきたなあ……」

 

 朝食後の自室。腹ごなしにラジオ体操をしながらシルヴィアは呟いた。

 見慣れない運動のせいか、それとも邪魔にならないよう上着を脱いだせいか、傍らに立つゼリエはかすかに眉をひそめて、

 

「学校は貴族社会の縮図と聞きます。敵対者への対応も勉強のうちかと」

 

 同世代の貴族とは将来もたくさん顔を合わせることになる。

 十年後、二十年後に国の中核を担う際にもここでの関係は大きく影響するだろう。

 本当、世の中というのはせちがらい。

 序盤の頑張りが終盤まで尾を引くとか無理ゲーである。人生一周目で上手くやれる人というのは運か頭の出来が人とは異なっているのだろう。

 と、胸のリボンに化けているヴァッフェがくすくす笑って、

 

「まあ頑張りなさい。いざとなったら神聖魔法で悪意だけ吹き飛ばしてもいいわけだし」

「あのね、ヴァッフェ。聖光で改心させるなんて毎回成功するわけないでしょ」

「じゃあ力比べでもすればいいのに。人間っていうのは本当に面倒ね」

 

 むしろ魔族の国はそれでやっていけているのか。

 

「せめてあの子の恩恵を見られればいいんでしょうけど」

「待ちなさいヴァッフェ。シルヴィア様には神文字が解読できるとでも言わんばかりね?」

「そうよ。あなただってうすうす気づいていたんじゃない?」

「え、あの。そんなにあっさりばらされても困るんだけど……」

「あなたに不都合があるなら誓約で阻止されているわ。この子には知っておいてもらったほうがいいでしょう?」

 

 それはまあ、知ってもらったほうが動きやすいけれど。

 ちらりと様子を窺えば、お仕着せを着た元巫女は「なるほど」と呟いて。

 

「では、シルヴィア様? 私の恩恵も解読可能なのですか?」

「う、うん。見せてもらえれば」

 

 怯えるシルヴィアへにこりと微笑んでみせた。

 

「今更妬みも恨みもいたしません。……あなたと出会ったのも私の運命だったのでしょう」

 

 神から与えられた恩恵は時に運命にさえ影響する。

 シルヴィアが女の子から好かれやすいのも力の影響がないとは言い切れない。他にも恩恵のせいで「ここぞという場面で脇役に回ってしまう」少年をシルヴィアは見ている。

 そしてゼリエの恩恵も。

 

「わからないことにも意味があるのかもしれないね」

 

 メイドの神文字を解読したシルヴィアは吐息と共に言葉を漏らした。

 ゼリエは数少ない「ノーヒントで恩恵の使い方を発見した」人物。ゴブリンを生み出すその力は一時国をも脅かしかけ、結果神聖魔法によって封印された。

 使い方を見つけていなければ別の人生を辿っていたかもしれない。

 今は罪を悔い、償おうとしている彼女は「そうですね」と頷いて。

 

「私と同じような危険な力が世界には溢れているかもしれません」

「うん。全部が明らかになったら……ううん、一つの使い方がわかるだけでも国が亡ぶかもしれない」

 

 シルヴィアはやり方次第で同性の心を操れる。

 親友は十三歳にして成人騎士顔負けの腕を持っているし、別の親友は魔族を技で圧倒した。また別の親友には類稀なる弓の才がある。

 使い方は選ばなければならない。

 まして、他人に使い方を教えるとなれば。

 

「解読の力をシルヴィア様が与えられたのも神のご意思なのでしょう」

「だとしたら責任重大だよね」

 

 どこまでが神の意思で、どこからがそうでないのかはわからない。

 わかるのは、一生懸命に頑張るしかないということ。

 

「図書館にでも行ってみようかな。学校が始まるまでにあちこち見ておきたいし」

 

 まずは足りないものを一つずつ補っていこう。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 この世界において本は高級品である。

 まず紙が高い。インクも高い。ペンもちゃんとしたものは高い。平民の中には読み書きのできない者も多いので作っても購買層が限られている。

 印刷技術もないため手で書き写す必要もあり、大衆向けの物語ではなく歴史書や学術書が主体。

 読みたがる者が少ないのでなおさら売れない。

 結果的にシルヴィアは今まで本を読む機会をあまり取れなかった。

 

 平民である両親からは金をせびれないし、国からの奨学金には限りがある。

 できれば本は買うのではなく借りたい。それも無償がベスト。

 

 というわけで、貴族学校内にある図書館はまさに理想の施設だった。

 

「……すごい」

 

 大きな建物の中に本棚がずらりと並んでいる。

 館内は清潔に保たれているし、天井が高いせいか人の話し声も響きづらい。

 見れば二階にも本があるようで、一部吹き抜けになって上の様子がわかるようになっている。

 

「確かに、これは壮観ですね……」

「ゼリエは読み書きできるんだよね?」

「ええ。家でも教えられましたし、神殿でも学びましたので」

 

 生徒としての登録は済んでいるので今日から借りられる。

 一部の貴重本以外は無料で、紛失した場合に弁償するシステム。

 せっかくなので何冊か借りていきたい。

 

「写本はしても大丈夫なのかな?」

「もちろんです。むしろ、そのために借りる方も多いはずですよ。……ご自分で写される方は少ないかもしれませんが」

 

 貴族の子女は普通使用人にやらせるか人を雇う。

 一冊まるまる手写しするのもなかなかの手間なので、どうしても手元に残しておきたい本に限るだろう。

 

「シルヴィア様はどのような本をお探しですか?」

「うん、とりあえず王家の人名録みたいなものがあるといいんだけど」

 

 需要が多いからか本はすぐに見つかった。

 更新の度に書き足される形なので見た目より内容は少ない。これくらいなら書き写すのも楽だろう。

 キープを決め本を抱きかかえたところで、

 

「シルヴィア様。運搬は私にお任せください」

「え? あ、そっか、自分で持たなくていいんだ」

「むしろ、ご自分で持つのは極力お控えください」

 

 お嬢様になった気分──どころか、シルヴィアは女男爵である。

 平民上がりでも今は貴族。重い物を自分で持っていては「使用人も雇えないのか」と陰口を叩かれてしまう。

 人に物を運ばせることに居心地の悪さを感じつつも、さらに貴族学校の歴史について書かれた本と騎士団の歴史について書かれた本を一冊ずつ選んだ。

 

「貸出し手続きをいたしますか?」

「うーん……。せっかくだから人名録はここで写してしていこうかな」

 

 目ぼしいテーブルはすでに埋まっている。

 授業がなく時間が空いているからか利用者がかなり多いようだ。

 奥まった席を探すとほどなくしてぽつんと一つのテーブルを発見。

 長い髪の少女が書き物をしている他は誰も座っていない。

 

「あの、こちらの席は空いていますか?」

 

 尋ねると、驚いたような顔で見上げられた。

 粗相をしてしまったかと思う間もなくその整った顔立ちに目を奪われる。

 黄緑色の髪は騎士学校時代のパートナーの瞳に近い。紫の瞳も色合いが深く、光の加減で様々な色に変化する。意図せず見つめ合うような格好になって、

 

「どうぞ。お座りになってください」

「あ、ありがとうございます」

 

 数秒の後、小鳥のような声音がシルヴィアの耳を撫でた。

 ぴろん。

 

『46/100(知人)』

 

 第一印象は悪くない。好感度が見える能力は初対面の距離感を測るのにも便利だ。

 たまにカトレアのように最初から険悪、なにをしてもだめなケースもあるけれど、少女からは嫌がられていないらしい。

 会釈をして席につくとお互いに視線を落とす。

 

 ちらり、と窺えば、斜め前の席──少女は写本をしているようだ。

 もくもくとペンを走らせては時折本のページをめくっている。

 シルヴィアと違って本一冊分。紙とインクより時間のほうが心配になってくるけれど。

 制服はかなり上等な品。使い込まれた雰囲気はあるものの、仕立てがよく手入れも丁寧なので独特の品の良さがある。

 傍らに立つメイドもシックな装い。中年で、年頃の少女に付けるには老けている代わりにベテランの風格が感じられる。

 どことなくちぐはぐな印象。

 

「新入生の方、ですか?」

 

 人名録の最新ページを半分ほど移し終えたところで、不意に声をかけられて。

 シルヴィアは思わずびくっとした。

 けれど相手の表情は思った以上に柔らかく、

 

「王族の名前を覚えるのは大変でしょう?」

「はい。そうなんです」

 

 表紙を見ただけでわかったのか、と感心する。

 

「わたくしも苦労しました。小さい頃でしたので猶更」

 

 ぴろん。好感度が『47』に。

 人と話すのが好きなのだろうか?

 

「なにか覚えるコツはありますか?」

「そうですね……。実際にお会いして覚えるのが一番ですけど、それが難しければ関係性と合わせて覚えることでしょうか」

「リゼット様」

 

 メイドの小さな声に少女がはっとする。

 

「申し訳ありません。初対面の方に失礼でした」

「いえ、話しかけていただいて光栄です」

 

 微笑み返しながら、シルヴィアは少女のその素性にようやく気付いた。

 制服に刺繍された校章は黒。

 三学年のどの色とも異なる色は、通常の制度から切り離された身の上を示している。

 長い髪に隠れた耳は人のそれよりもいくぶんか()()()いて。

 

「お目にかかれて光栄です。リゼット・プレヴェール様」

 

 ぶぶー、という効果音が彼女の心境を大きく物語る。

 

 ──けれど、確かめないわけにはいかなかった。

 

 今年、貴族学校に在籍する王族は二人。これはゼリエから聞いた通りだ。

 けれど校内にはもう一人、王族並みに重要な生徒がいる。

 

「わたくしの名前をご存じなのですね」

 

 ()()()()()()の少女、リゼット・プレヴェールはシルヴィアの問いに答えながらそっと目を伏せていた。

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