わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
リゼットとの間に微妙な空気が流れた直後、シルヴィアの耳に靴音が飛び込んできた。
昏い金髪。
橙の瞳を併せ持ち、見るからに上等な制服には三年生──黄色の刺繍が施された長身の男。その背後には男性騎士とメイドが一人ずつ付き従っている。
絶賛、情報を詰め込み中の脳が危険信号。
次いで背後のゼリエから、とん、と指でかすかな合図。
──シルヴィアは迷わず椅子を立ってその場に跪いた。
良い、と言われるまで顔は上げられない。
なにが起こるかは音と気配で察するしかないのだけれど、とりあえず男はテーブルの傍で立ち止まったようで、
「ここにいたのか、リゼット」
声にはある種の
「連れがいるとは珍しいな? 友人か?」
「……彼女は新しい一年生です。わたくしのことを詳しく知らなかったようで」
「ああ、なるほどな」
面白がるような雰囲気と共に「面を上げよ」と命令。
視線を上に向ければ、彼はにやり、と笑みを浮かべていた。
「さすがに俺のことは知っていたらしい。お前、名は?」
「シルヴィア・トーと申します。殿下におかれましてはご機嫌麗しく──」
「良い、楽にしろ」
許しが出たので立ち上がって一歩後退した。そのまま逃げたいところだけれど、それはそれで後が怖い。
なにしろ、いきなりやってきたこの男はこの国の王子様だ。
件の第五王子。
リゼットとは知り合いらしい。三年生ともなれば不思議ではない。
問題はその親密さのほうで。
「なるほどな。お前が先日、魔族討伐の功績で男爵になったという元平民か」
「はい。陛下からはご厚情を賜り心より感謝しております」
「なかなか殊勝な心掛けだな」
早くリゼットとの本題に入ってほしい。
シルヴィアの心の叫びは聞き届けられなかったらしく、王子はゆっくりとシルヴィアに近寄ってきた。
まめに剣を振っているのか、少し固くなった指が顎に触れる。
「っ」
俺様系男子が権力まで持っているとこんなに厄介だとは。
日本の男女平等を懐かしく思っていると、ぴろん、と音。横目に見たハーフエルフの少女は表情を僅かながら険しくしていた。
「噂通り、なかなか悪くない顔立ちをしている。どうだ? 俺の愛人にしてやろうか」
「……お戯れを。わたしのような下々の者には殿下のお相手などとても」
「クロヴィス様。彼女が困っております。お戯れはそのあたりで」
「ふむ。残念だ」
リゼットのとりなしのおかげで助かった。
「ああもう。ぶっ殺してやろうかと思ったわ」
ほっとしたところで胸のリボンから物騒すぎる呟き。
言われてみると、キスするくらい接近してきた相手なら喉をらくらく「ぐさり」である。やったら間違いなくお尋ね者だけれど。
……もしそうなったら魔族の国で受け入れてもらえるだろうか。
もの凄い現実逃避をしている間に王子の関心は本命に移っている。二人の会話を要約すると、
「今度の新入生歓迎パーティで俺と衣装を合わせないか」
「申し訳ありませんが、わたくしはどなたにも靡くつもりはございません」
「頑なだな。……だが、必ず首を縦に振らせてみせる」
最後に王子──クロヴィスはリゼットの瞳を至近から覗き込んでから身を離した。
「じゃあな。……シルヴィア・トー、良ければリゼットの友人になってやれ」
遠ざかっていく背中を見送りながら思う。
最初から最後まで勝手な男だったし、あんな奴の愛人なんてぜったい嫌だけれど、完全に横暴なだけの俺様系ではないのだろうか?
完全にクロヴィスの姿が見えなくなってから振り返ると少女と瞳がばっちり合って。
ぴろん。
減ったぶんよりさらに上がって好感度は『48』に。
「あの、申し訳ありません、シルヴィア様。クロヴィス殿下にも悪気はないのです」
「リゼット様がお気になさることではありません。助けていただいてありがとうございました」
微笑んで答えると、強張った表情がふっと緩む。
さらに好感度の上昇音がして。
「シルヴィア様はわたくしの素性をご存じでなおなにも仰らないのですね」
「わたしにはリゼット様が悪い方には見えませんから」
立て続けにぴろん、の音。リゼットだけでなくそのメイド、ゼリエまで反応したらしい。
「あの、シルヴィア様」
少女はその紫色の瞳に迷いを浮かべると、おずおずと可憐な唇を開いて。
「よろしければ本当に、わたくしとお友達になっていただけませんか?」
迷いはほんの一瞬。
下心ありありな男子の誘いにはぜったい乗らないシルヴィアだけれど、基本的に同性には甘いというかちょろい。
「わたしで良ければ、喜んで」
こうして、貴族学校で初めての友達ができた。
◇ ◇ ◇
そんなことがあった翌日。
シルヴィアは学園の正門前、停車場に停まった一台の馬車に乗り都の街中へと向かった。
学校外の用事なので私服である。
「ドレスも仕立てたほうがよろしいですね」
「そう? 身体もまだ大きくなるだろうし、もったいないと思うんだけど」
「制服だけで向こう数年通すおつもりですか?」
騎士見習い時代からの外出着を見たゼリエの反応はこんな感じ。
まだ着られるし動きやすいしいいことづくめだと思うのだけれど「お嬢様方に見られたら確実に笑われます」とのこと。
まあ確かに、昨日体験したあれこれを思うとドレスを着ておいたほうが無難な気はする。
「それにしても、わたし馬車なんてほとんど乗ったことないよ」
「あら、遠征では乗っていらしたでしょう?」
「街を走る馬車と外を走る馬車はわりと別物だと思う」
帰りは気絶していたので覚えていないし。
「さすが、エリザベートはやることが大きいなあ」
「その割に公爵家の紋章は刻まれておりませんね?」
「そこは気を遣ってくれたんじゃないかな」
これで馬車が偽物、どこかに連れて行かれて暴力を──なんてことになったらヴァッフェにお願いするところだけれど。
幸い、馬車はきちんと街の一角にある二階建ての家に到着した。
「御者さん、ありがとうございました」
「とんでもございません。ご入用の際はぜひご贔屓に」
専用の馬車を持てない層や緊急時の増員などを見込んだ雇われ馬車は「お代はいただいているので」と軽快に去っていった。
代わりに建物の扉が開いて、そこから何人かの少女たちが。
「シルヴィア、久しぶり!」
「元気そうですわね。……まあ、ほんの数日で調子を崩されても困るのですけれど」
「クレールさんったら、その日のうちから『シルヴィアに会いたい』って大変だったんですよ」
淡い金髪の少女に抱きつかれ、濃いめの金髪をした少女がその後ろで苦笑い、藍色の髪の少女が穏やかに笑って。
「こうしてまた皆さまにお会いできて本当に嬉しく思います」
シルヴィアによく似た髪、瞳を持つ少女がさらに進み出てきた。
「ようこそ、シルヴィア。こちらが我らが新騎士団の仮本部ですわ」
もともとあった建物を買い取っただけなのでぴかぴかとまではいかないし、看板も急ごしらえ、まだ正式名称すら決まっていない有様だけれど。
旧友たちとの再会の場として用意されたこの場所が、シルヴィアには輝いて見えた。
「こうしてまたすぐに集合できたことを心より嬉しく思いますわ」
シルヴィアが騎士学校を出てからまだ二日。
クレールたちが上級騎士学校に移ったのはシルヴィアの前日だったけれど、それでもまだ三日。
週一で集まれたらいいな、という想定だったので思ったよりもずっと早い。お互いにまだ学校が始まっていなくて暇なのが大きい。
今日、ここに集まったのは全部で六人。
「シルヴィア、新しい学校はどう? 嫌なやつがいたら言ってね? あたしがぶっ飛ばすから」
六年間同じ部屋で暮らした親友にして相棒、伯爵令嬢のクレール・エルミート。
「お互いに使用人を連れているというのも感慨深いですわね。ゼリエとも上手くやれているようでなによりです」
公爵令嬢にして卓越した剣の使い手、エリザベート・デュ・デュヴァリエ。
「エリザベート様、私の使用人も斡旋してくださってもいいと思うんですけど……」
エリザベートの子分にして弓使い、実はシルヴィアと気の合いやすいイザベル・イスト男爵令嬢。
「神殿の使いとして堂々と、外でお茶が飲めるなんて不思議な気分です」
神殿の聖女見習いにして新規騎士団の相談役、アンジェ。
そして、紅のショートヘアを持つ長身の少女──もとい、女性。
「新人だけど意外にあっさり外出させてもらえたよ。シルヴィアたちのおかげかな?」
「上層部は『女に仕事をさせない口実ができた』とでも思っているのでしょうね」
シルヴィアたちより三歳年上、騎士団へと新規入団したばかりの先輩、ラシェル・アランブール侯爵令嬢。
全員、騎士学校時代に絆をつないだ面々であり、一緒にとある魔族を討伐した仲間だ。
まあ、討伐されたはずの『とある魔族』はこっそりシルヴィアのリボンに化けて生き残っているのだけれど。
「人間の生というのはせかせかしていて面倒ね。シルヴィアったらたった一日で大変だったのよ?」
「あはは、ヴァッフェも相変わらずみたいだね。それで、大変って?」
ヴァッフェの生存についてもここにいる面々は知っている。
エリザベート、クレール、アンジェは新たに自身のメイドを連れていたけれど、彼女たちにはひとまず耳栓をしてもらった。
一人だけ除外されるとゼリエの肩身が狭そうだったので彼女もカムフラージュで耳を塞いでもらっている。
建物の一階に設置された大テーブルに着席して。
騎士団の予算があまりないということで、かなり抑えた銘柄で揃えられたお茶とお茶請けに約一名が文句を言ったりした後。
しょうがないのでシルヴィアとアンジェが神聖魔法で煎餅と羊羹を追加して。
「うん、それがね、昨日いろいろあって──」
要点だけをかいつまんで伝えれば、
「なんですの、シルヴィア。わたくしたちの目が離れた途端、たった一日でその有様とは。あなたには揉め事を引き寄せる才能でもあるんですの!?」
「そこまで言わなくても」
「言うでしょう!? あなたときたら厄介な相手とばかり狙ったように──!」
普段は落ち着き払っている公爵令嬢が頭を抱えてため息をついた。
綺麗な紅の瞳を濁らせた彼女は「早めに集合しておいて正解でしたわ」と、ちっともよくなさそうな様子で呟いて。
クレールも「さすがにあたしでも二人は知ってるよ」と頷く。
「クロヴィス王子殿下に、リゼット・プレヴェール公爵令嬢様。立場が上なのはクロヴィス殿下だけど、重要なのはむしろリゼット様のほう……なんだっけ?」
「昨日エリザベート様が言っていたことそのままですけど、その通りです、クレールさん」
そう。
シルヴィアが友達になった相手──リゼット公爵令嬢はある意味、現役の王子よりも特殊な立場にある。
「エリザベートも公爵令嬢だし、デュヴァリエ公爵家からも王妃になった者はいるけど……」
「前正室の血を引く非公式の王女殿下。その動向次第で国が傾くとも言われます」
前提として「王子」「王女」として扱われるのは王の子だけである。
王妃は王族ではあるものの、王以外との間にできた不義の子は(養子縁組などを用いない限り)王子や王女としては扱われない。
リゼットは王妃がエルフとの間に儲けた子であり、そのためこの国の王女ではない。前正室の生家に養子縁組しているため王位継承権もない。
ならばなぜ、彼女が非公式ながら「王女」と扱われるのかと言えば。
「当時、国家間の友好のためこの国に滞在していた
つまり、リゼットはこの国の王族としての権利は持っていないがきわめて王族に近く、しかもエルフの国の王女となる可能性をも秘めている。
特別すぎる立場ゆえ、彼女は国から貴族学校への無期限在学を命じられている。
長命なエルフの血を引くことを活かして勉強に励んで欲しい、というのが名目だけれど、本当のところは緩い幽閉である。
「しかも、リゼット様は
正確に言うと、人間のような個々の恩恵がない。
魔族やエルフは種族ごとに統一された恩恵を備えており、ハーフエルフであるリゼットもまた『ハーフエルフである』という恩恵を有している。
シルヴィア以外には神文字が読めないので推測も含まれるけれど、少なくとも過去に調べた際は魔族やエルフ、ハーフエルフなど種族ごとに全く同じ恩恵だったらしい。シルヴィアがヴァッフェに見せてもらった文章にも「あなたは魔族だ」的なことが書いてあった。
というわけで、リゼットはこの国ではめちゃくちゃレアな存在だ。
ため息をついたエリザベートがやけになったかのように紅茶をぐいっと飲み干して、
「リゼット様の心を射止めた者は少なくとも多大なる畏怖と尊敬を集めるでしょう。国にたった一人の特殊な存在を娶る、それは男にとってこれ以上ない誇りです」
要するに女の子をトロフィーかなにかと勘違いしているのだ、この国の偉い男たちは。