わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「でも、ある意味良かったじゃない。シルヴィアは偉い人とのコネが必要なんでしょ?」
女の不遇さを思った一同は微妙な空気に。
ラシェルがあっけらかんとした声でそれをぶち壊して。
「有名人と知り合いになったんだし、このまま行けば楽勝だよ」
「確かに。リゼット様と仲良くなれば王子殿下にも気にかけられるでしょうね」
「……王子殿下と話すなんて、私だったら死んじゃいそうです」
「わたしだってできれば話したくないよ……」
王族はさすがに別格だ。
廊下でうっかりぶつかっただけで「殿下に怪我を負わせた」と処罰されてもおかしくない。
相手が平民上がりの子供なら猶更。
これにクレールが「むう」と呻って、
「今度変なことされたら言ってよね。ぶっ飛ばしてやるから」
「王族を殴ったら最悪処刑ですわよ」
確かに、王族とはいえ未婚の女性に触れるのはあまりマナーが良くないけれど。
「クロヴィス殿下の女好きは有名、特に変わった女には目がないそうですわ」
「本命はリゼット様だろうけど、それはそれとしてシルヴィアにも手をつけてくるかもね」
「やっぱり危ないやつじゃん」
「王位継承の目がないとはいえ現王族、卒業後は公爵位を得ることが内定済み。我が家でも簡単には手が出せませんわ」
「たしか、神託に従って家を興すことを許されたのですよね……?」
「ええ」
第五王子クロヴィスが神託を受けた職業は『公爵』。
公爵家に婿入りでも良いのだけれど、適当な家がなかったので分家を作ることになったのだ。直轄領から土地も割譲されるらしい。
「あはは。まあ、どこの家も男の子の一人や二人確保してるからねー。そうそう空きはないか」
「神託がありますもの。早めに家を継げる子を用意しておきたいのが人情というもの。……おかげで女が苦労するのですけれど」
「良い奴じゃなさそうだけど、王子様も苦労してるね。王様を継げるか五歳で決まっちゃうんだから」
「神のご意思は人には推し量れないものですから……」
神に仕える身であるアンジェが苦笑と共に息を吐いた。
──この国を含む人間国家はもれなく次期国王を神託に従い決定している。
才ある者に任せるほうが安全だし、争いも防げるからだ。
前世の歴史を思うとシルヴィアも「確かにそのほうが平和かも」と思う。
だから国王も子供をたくさん作る。
次の王が内定、つまり「王」の神託を受けているのはたしか第七王子。彼が急逝でもしない限り他の王子が王位につくことはないだろう。
「シルヴィア様。お困りの際は神の庇護をお求めください。巫女の衣を示せば王族といえどおいそれと手は出せないかと」
「休日用の衣装にもちょうどいいかも……。アンジェ様、ありがとうございます」
「いいえ。我々としても存在を主張しておきたいところですので」
柔らかく微笑む裏には思惑もあるのだろうけれど、青の瞳の奥には清らかな真心と歳相応の親しみも感じられる。
彼女も、現聖女であるアンジェリカも、時が来れば神の庇護を外れて嫁がなくてはならない。
彼女たちを娶る男はいったい誰になるのだろう、と想像して、
「早くクロヴィス殿下のお嫁さんが決まればいいのに」
「同意見ですわ。けれど、難しいでしょうね。殿下はおそらく卒業までリゼット様を諦めないでしょうから」
「……リゼット様はハーフエルフですからね」
恩恵と同じく職業神託も受けられない。
「普通なら『公爵夫人』の適性者から伴侶を選ぶことになりますけど……」
「リゼット様ならなんにでもなれるからみんな求婚してるってことかあ」
噂によると第一王子から第四王子もリゼットに求婚して断られている。
袖にした男の数だけ箔がつき後続の熱も上がる。長命種とのハーフであるリゼットは老化が遅いので多少行き遅れても若いままだ。
なんにでもなれる。
本当なら自由を意味するはずの特性が彼女を縛っている。
「おかしいよ、そんなの」
気づけば行き場のない気持ちが唇から漏れていた。
クレールが「そうだね」と微笑んで、
「なら、シルヴィアが助けてあげなよ」
「わたしが?」
助けると言ってもシルヴィアにはなんの権力もない。
王子を制することはできないし、おかしいと声を上げてもきっと無視されてしまう。
それでも。
「きっとできるよ、シルヴィアなら」
少女はシルヴィアの大好きな色の瞳をまっすぐに向けてきた。
エリザベートがふっと笑って、
「そうですわね。女性の悩みごとを解決するのはあなたの得意分野ですし」
「そんな、女の子を見たら見境なく口説いてるみたいに」
頬を膨らませて抗議すれば、
「うん、まあ」
「そうですわね」
クレールはその頬をつんつんとつつき、エリザベートは微笑んだままシルヴィアの髪を弄んできた。
◇ ◇ ◇
近況報告の後は今後の予定について軽く話し合って。
帰りも馬車に乗って貴族学校へと帰りついた。
馬車に揺られながら思い返したのは本部でした続きの会話だ。
『実のところ、わたくしが一番心配なのはカトレア・カステル伯爵令嬢ですわ』
『カトレアかあ。我が儘でやかましいんだよね、あの子』
『あれ、クレール。カトレア様のこと知ってるの?』
『ほら、伯爵家同士でしょ? 小さい頃、お茶会とかで会ってたんだよ。人が遊んでると「男の子みたい」っていちいちうるさかったんだ』
『それはクレールさんの側にも問題があったのでは……?』
正直、イザベルの意見にはシルヴィアも賛成だったけれど。
『心配しなくてもよくない? ダミアンが好きならむしろくっついてもらえば』
『クレール。男にその気があるならとっくに婚約してるよ』
『……あー、うん。ダミアンにも選ぶ権利はあるよね』
言われ放題なカトレアもかなり厄介な気がしてきた。
『恋の三角関係……確かに気になります』
『どうして楽しそうなんですの、イズ。……まあ、それはともかく。恋心は人を狂わせるもの。シルヴィア、十分に注意しておきなさい』
『う、うん』
返事はしたものの、具体的にどういう心構えをするべきか。
一方的にライバル視してくるお嬢様。となると少女マンガ的なあれこれなのだろうか。
上履きに画びょう──はこの世界だとできないにしても、私物に悪戯されるとか水をかけられるとか、さりげなく転ばされるとか服装を馬鹿にされるとか。
乙女ゲームでもたまに見るシチュエーションなのでわりとすらすら思いつく。
試しにゼリエに話してみると、
「シルヴィア様。……対策のための予測なのですよね? こちらから嫌がらせするためではなく」
「ふふっ。シルヴィア、あなた意外と悪女に向いてるんじゃない?」
「わたしに悪者は無理だよ……」
実害のない嫌がらせをするだけで胃が痛くなりそうだ。
「とにかく、なるべく気を付けておこうってこと」
「そうですね。と言っても、部屋の鍵は魔道具になっていますので部外者には開けられません。荷物も私が運びますので部屋の外に放置することは稀です」
「嫌がらせの方法もそんなにないか。それならそれでいいし、まだなにかされるって決まったわけでもないんだけど……」
残念ながら悪い予想が当たった。
停車場から寮に戻る最中から周囲の視線が刺さり、聞き取れない声量のひそひそ声がいくつも届く。
誰の仕業かと視線を向ければ、ぶぶー、という効果音と共に囁きが勢いを増したので、それ以降は反応せず部屋に帰りついた。
「……ほんと、少女マンガじゃないんだから」
注目の的状態は食堂での夕食時も変わらず。
「あれがシルヴィア・トー女男爵?」
「なんでも恋人のいる男に三度も求婚したとか」
「クロヴィス王子殿下にも色目を使ったそうよ」
屋内だと声が聞き取りやすいのがせめてもの幸い。
それにしてもこれはなんというか、わかりやすい。
インドア系で陽キャのノリについていけなかった前世を思い出す。あの時は権力者と恋愛絡みでトラブルを起こすなんてなかったけれど……。
せめて人目につきづらい端のほうの席に座って料理を注文し、
「ごきげんよう、シルヴィア。悪事には報いがつきものね?」
「カトレア様」
桃色に近い赤毛の娘が「ざまあみろ」という顔で近づいてきた。
後ろには嘲るような表情の令嬢が二人。彼女たちはくすくすと笑ってカトレアの言葉に賛同を示す。
それぞれのメイドも控えているので人数の差は四人。人数比以上のプレッシャー。
「根も葉もない噂は広がらないものですから」
「身から出た錆、というものなのでしょうね」
逆に感動してしまうくらい典型的な嫌がらせのパターンだった。
「私の愛するダミアン・デュクロ様に手を出したこと、まさか嘘だとは言わないわよね?」
扇子で口元を隠しながら尋ねてくる伯爵令嬢に「いいえ」と答えて、
「ダミアン──様にわたしから求婚した事実はありません。三度の求婚はすべてダミアン様の方から」
「言い訳は聞きたくありませんわ!」
「そうよ。お相手のいる男性に色目を使うこと自体が間違っているの」
「男性をその気にさせておいて袖にするなんて、平民上がりのくせに生意気な」
シルヴィアは極力平静を保ちながら左手を胸に当てた。
鼓動はこれでもかと早くなっている。人の悪意に真っ向からさらされるのには慣れていない。
乙女ゲームで見たやつだ、などと考えたのも恐怖を紛らわせるため。気を張っていなければまともに話すことさえできないかもしれない。
動揺を見せないようにゆっくりと立ちあがって、
「カトレア様の不興を買ってしまったことはお詫びします。ですが、わたしに彼への気持ちはございません。必要であれば神殿に赴き、誓約をいたします」
周囲からいくつか、ぴろん、とぶぶー、の音が聞こえた。
普通に見渡しただけでは「注目されている」としかわからない。針の筵と思ってしまったかもしれないけれど、シルヴィアには同性の反応が手に取るようにわかる。
多数浮かぶ好感度の値はさまざま。
さまざまだ。決してシルヴィアに否定的な貴族ばかりではないし、今の受け答えを好ましいと思ってくれた人もいる。
それが、三人の令嬢を相手に立ち続けるだけの力をくれた。
『シルヴィア。いざとなったらデュヴァリエ公爵家の名前を出しなさい。王族ならともかく、伯爵令嬢ごときそれで黙らせられるわ』
実を言うと、かけがえのない親友である公爵令嬢はそうも言ってくれていたけれど。
『ありがとう、エリザベート。でも、できるだけわたしの力でなんとかするよ』
これくらい毅然と対応できないようでは「リゼットを助ける」なんて夢のまた夢だろうから。
右手をさらに胸に重ねて返答を待てば、
「神殿の名を出せば私が怯むとでも思ったのかしら!?」
「っ」
思わぬ反応が来た。確かに、シルヴィアは神殿の庇護も受けている。聞き方によっては「わたしのホームで話を聞きますけど?」という意味にも取れるけれど。
神の力を借りた『強制力のある誓約』を蔑ろにする態度はきっと、アンジェが見たら不満に思うだろう。
退けない。
わかってもらえないのならさらに言葉を重ねよう、と口を開いて、
「これは、なんの騒ぎでしょうか」
静寂。
たった一つの穏やかな声が場の空気を一気に塗り替えた。
靴音。
近づいてきたのは一組の男女だ。どちらも昨日の午前中、図書館で出会った相手。
片やこの国の第五王子。片や学園に長く在籍する特別な少女。さすがのカトレアもまずいと思ったのか口を閉ざして一歩退く。
けれど、その程度で「他人のふり」は不可能だった。
シルヴィアたちの傍で立ち止まった二人は視線を巡らせて、
「シルヴィア・トー──だったか? 俺の誘いを断ったお前が子爵令息ごときに靡くとは思えんな」
「カトレア・カステル伯爵令嬢様。わたくしの友人とのいさかい事でしたら、ぜひ話を聞かせていただけないでしょうか?」
「い、いえ。そんな。滅相もございません」
格の違う『圧』を見せつけられたカトレアは青い顔で首を振った。
取り巻き二人が慌てて踵を返すも、王子とその側近は「名と顔は覚えたな?」「はい」と当然のように言葉を交わし合う。
「で、だ」
クロヴィスはにやりと笑うと伯爵令嬢に歩み寄り、くい、とその顎を持ち上げる。
自分がやられた時のことを思い出してシルヴィアは身を震わせるも、カトレアが浮かべたのは恐怖ではなく陶酔の色で。
「可憐な令嬢に汚い言葉は似合わない。どうせなら歌でも歌ってくれ」
「は、はい。クロヴィス王子殿下……っ」
語尾にハートマークでもついていそうな声。
嫌がらせを咎められたばかりであんな風にうっとりできるものなのか。
というか、ダミアンのことが好きだったんじゃないのか。
いろいろと納得がいかないものの、助かったことにほっと胸を撫で下ろして。
「シルヴィア様。怖い思いをさせてしまって申し訳ありません」
シルヴィアは、少女の優しい手でそっと抱き寄せられた。