わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
貴族学校の寮は六つの棟に分かれている。
花弁を表すように配置された棟はそれぞれ男爵家、子爵家、伯爵家、侯爵家、公爵家、そして王族のための建物である。
建物の大きさは全て同じ。部屋数は上級の棟ほど少なく、そのぶん一部屋が広く作られている。
男爵寮でも十分な広さだったけれど──招き入れられた最上級、王族寮の一室はシルヴィアの部屋の規模を誇っていた。
「どうぞ、楽になさってください」
部屋の主からそう声をかけられたものの、どうにも落ち着かない。
応接用の六人掛けテーブルセットに腰を落ち着けつつも部屋を見渡して。
「リゼット様は本がお好きなのですね」
王族部屋は生活用の部屋と寝室の二部屋にさらに分かれている。
扉に隔てられて様子のわからない寝室を除いてもシルヴィアの部屋よりだんぜん広いこの部屋には大きな本棚が二つあり、ところ狭しと本が並べられていた。
向かいに腰かけたハーフエルフの少女──リゼットは恥ずかしそうに紫の瞳を揺らめかせて、
「本を読んでいると時間を忘れられるのです」
「わかります」
前世ではゲームが一番だったけれど、読書、特に物語も好きだった。
高校までの休み時間はたいてい文庫本を開いていたし、大学以降も携帯ゲーム機は人目が気になるからとブックカバーをかけたラノベをよく読んでいた。
「時間を忘れて読み耽って困ることもありますよね」
「わかってくださいますか?」
ぴろん。
「リゼット様」
「……失礼いたしました」
身を乗り出しかけた少女は手で口を隠して姿勢を正した。
主の興奮を収めた中年のメイドは慣れた手つきでお茶を淹れ、クッキーの盛られた皿をテーブルに置いた。
細い指がクッキーを一つつまんで可憐な唇の奥へ。
「お食事の後ですけれど、よろしければ」
「いただきます」
遠慮なく口に入れれば、さくっとした食感と小麦、バターの香り。
表情を緩めるシルヴィアを見てリゼットがくすっと笑った。
「シルヴィア様のお顔を見ているとなんだか警戒心が薄れてしまいます」
「申し訳ありません。騎士学校の先生からも『覇気が足りない』とよく注意されました」
「まあ。けれど、それはシルヴィアの長所ではないかしら?」
食堂での緊迫感とは裏腹なゆったりとした雰囲気。
本来であれば、たかが男爵のシルヴィアが王族寮に招かれるなんて快挙、あるいは一大事だ。
まだ学校が始まっていないうちからこんな栄誉に与れたのはもちろん、さっきの一件が原因の一つだ。
カトレアとシルヴィアの諍いを仲裁しに来たクロヴィスとリゼット。
好色と噂の王子のほうはシルヴィアを大して気に留めずもう一方──カトレア・カステル伯爵令嬢に色目を使い始めた。
『カトレアか、良い名前だ。どうだいレディ。夕食がまだなら俺に付き合ってくれないか?』
『よ、喜んでっ。クロヴィス王子殿下……っ!』
瞳にハートマークを浮かべたカトレアはあっさり陥落。
令嬢を連れた王子は「またな」とシルヴィアたちに手を振り、どこかのテーブルへと去っていった。
先に逃げた令嬢二人が「失敗した」とばかりにカトレアの背中を眺めていたけれど、連れて行かれた令嬢が受けるのはおそらく愛の囁きではなく事情聴取だ。
きゃんきゃん騒いでいた令嬢が去ったことで周りの注目も半減し、
『シルヴィア様。よろしければお食事をご一緒しても?』
『はい。もちろんです、リゼット様』
シルヴィアは若干の居心地の悪さを感じつつも無事に夕食を口にすることができた。
気になることのせいで普段より量を抑えめにしていたためクッキーのカロリーは正直嬉しい。
「シルヴィア様。念のため、わたくしからも事情をお聞かせ願えますか?」
紅茶の香りとクッキーの甘みに緊張がほぐれたところで話は本題に。
「貴族学校はわたくしの庭のようなもの。治安維持のお手伝いもさせていただいております。公平な判断を下すためにも協力いただけないでしょうか」
「はい。カトレア様の事情については推測になってしまいますけど……」
シルヴィアとしても否はない。
事実と推測、伝聞情報を分けつつ簡潔に伝えるとリゼットは深く頷いた。
ぴろん。
『53/100(友人)』
「感謝いたします。……やはり、カトレア・カステル伯爵令嬢の逆恨みが原因のようですね」
「わたしが嘘を言っているとは思われないのですか?」
「シルヴィア様が嘘を言っているようには見えません。もし騙そうとしていらっしゃるのであれば相当の演技力かと」
ハーフエルフであるリゼットは貴族学校に十年以上も在籍している。
当然、年齢も重ねているわけで──見た目はそれほど変わらなくとも実際は人生経験が倍以上も違う。
シルヴィアはシルヴィアで前世の記憶というズルをしているのでおあいこだけれど。
「はあ……。まさかリゼット様が特定の方へ肩入れをなさるとは」
「大丈夫。彼女はきっと信頼できるわ。少なくとも、わたくしにとっては」
ため息と共にこぼしたのはリゼットに仕える中年メイドだ。
王族同然の少女に付き従う世話係。下手をしなくとも実家の格はシルヴィアより上だろう。
年齢を重ねているのは「仕え始めた当初は若かった」からに違いない。
──リゼットを助けたい。
自分なりの目標を抱いているシルヴィアもこれに頷いて、
「神に誓って、わたしにリゼット様を害するつもりはございません」
「巫女の衣を与えられた方の言葉ならきっと信用できますね」
シルヴィアに関する情報もすでに収集済みらしい。
衣を受け取ったと言っても巫女ではない。神の教えを詳しく知らないどころか、神様のことは「ゲーム好きな変な人」くらいに思っているシルヴィアだけれど、
「仕方ありませんね。……少なくとも、シルヴィア女男爵に後ろ暗い関係性は見られませんので」
「ご配慮いただきましてありがとうございます」
「お気遣いは不要でございます。リゼット様のご友人である以上、シルヴィア様もまた私にとってお世話をさせていただくべき方なのですから」
ご主人様の友達だけど私より格下だから蹴っ飛ばしてもいいよね、とか言っていたらメイドなんてできないという話。
立場的にも年齢的にもメイド経験でも負けているゼリエはとにかくシルヴィアの傍に立ちつつ中年メイドの仕事ぶり、発言内容を少しでも盗もうと注意を払い続けている。
リゼットは「ありがとう」と微笑んで、
「シルヴィア様とは仲良くしたいと思っているのです。……わたくしにはお友達らしいお友達がいないので」
「リゼット様はとても素敵な方だと思うのですけれど」
「個人の関係だけでは交友は続けられないのです。わたくしの抱えた事情も特別ですから」
貴族学校に囚われ続けるハーフエルフと成長していく人間。
立場の違いは不和を生みやすいし、各王子から求婚を受け続けるリゼットには邪な狙いから近づこうとする輩も多いはず。
貴族子女の裏には『家』がある。
平民の出で神殿の庇護を受けているシルヴィアは背後関係を気にせず付き合いやすい、という意味では優良物件だったわけだ。
「ご存じかと思いますが、わたしは友人と共に新たな騎士団を設立することになっております」
「女性だけの新騎士団、ですね。とても素敵な試みだと思います」
「はい。今は閑職と思われていますが、わたしたちは少しでも女性騎士──いいえ、女性全体の地位を上げたいと考えています」
調べれば推測できることとはいえ、ここまで明かすのはある種の賭けだったけれど。
告白を受けたリゼットの心証は、ぴろん、という音が示してくれた。
微笑んだ少女は首を傾げ、黄緑色の髪を小さく揺らして、
「シルヴィア様はわたくしの後援をお望みなのでしょうか?」
「いいえ。ただ、知っていただきたかっただけです。わたしたちが挑戦するつもりだ、ということを」
成功するとは限らない。
失敗する可能性のほうが高いだろう。まして、女がもっと自由に生き、恋ができるようにするなんて夢のまた夢だ。
それでも、なにもしないよりはきっといい。
「ええ。政治的な助力はできませんが、個人として応援させていただきます」
「ありがとうございます」
十分すぎる答えだった。
喜んでくれる人がいる。それだけでどんなに心の支えになるか。
友人たちと協力し合える場を作る。そのために始めた騎士団だけれど、それだけで終わらせるつもりはない。
応援してくれる人がいればきっと、一歩ずつ進んでいける。
「シルヴィア様。ときどきこうして一緒にお茶をしていただけますか?」
「はい。リゼット様の読んだ本のお話など聞かせていただけたら嬉しいです」
シルヴィアはそうして、ハーフエルフの少女との初めてのお茶会を和やかなうちに終えたのだった。
◆ ◆ ◆
「吐いてもらいますわよ。すべて。一つも残さずに」
「待ってくれ、エリザベート。淑女のしていい目じゃないぞ」
ダミアン・デュクロは危機に瀕していた。
騎士学校を卒業し、上級騎士学校寮へ移動。近日始まる厳しい訓練に向けて自主練に励み、かいた汗を流したところで、
「デュクロ君。……や、もうダミアンでいいよね? ダミアン、ちょっと顔貸してよ」
容姿だけなら可憐な貴族女性と言えないこともない化け物、もとい脳筋、もとい天才のクレール・エルミートに迫られた。
男湯の傍だけに男子の大勢いる中。
美少女から間近に迫られれば普通、感じるのは興奮と優越感なのだが、彼が感じたのは恐怖と敗北感だった。何しろ目がやばい。年頃に差しかかろうというのに異性へと向ける目がそこらの犬猫相手と変わらない。必要であればあっさり見限られそうな危機感がある。
クレール自身も男子と距離を置いている、というか空気のように扱っているため、比較的交流の多いダミアンでなければ気づかないだろうが。
──本当、同性以外に興味のない奴だ。
特に、あの銀髪の少女に向ける感情には並々ならぬものがある。
異性でありながら恋敵と言って良く、三度、彼の求婚を阻んだ相手にダミアンとしては思うところがたくさんあるが、まあ、大切な同級生ではある。
もしかしたら「あの少女」関連の話かもしれないし。
「上級学校に進学したんだ。男の領域に女が来るのは感心しないが」
文句を言いつつ、ダミアンはほいほい彼女についていった。
まだ始業前の準備期間だ。もしかしら「あの少女」が遊びに来ているかもしれない。そんな淡い期待も影響しなかったと言えば嘘になる。
結果的にその期待は裏切られ、連れられた先は女子寮、しかもダミアンが最も苦手とする同級生の部屋だったが。
「ようこそダミアン。わたくしの部屋に入った男子第一号ですわよ」
「自分で呼んでおいてよく言うよ、エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢」
格下の男子を毛程度に思っていそうな美少女が表面上だけは柔らかな笑みを浮かべて彼を歓迎した。
傍らには、一見大人しい癖に「獲物と見たら容赦なく狩りに来そう」な雰囲気のある藍色の髪の男爵令嬢、イザベル・イストがいる。
退路を断つようにドアを閉じたクレールを合わせれば見慣れたいつもの面々だが。
「シルヴィアはいないのか」
上級騎士学校ではなく貴族学校へ進んだあの少女だけがいない。
「いるわけないでしょう。……それより、あなたに聞きたいことがあるのだけれど」
「僕へのプレゼントでも考えているのか?」
「冗談でしょう? 聞きたいのはあなたの幼馴染のことよ」
ああ、と、ダミアンは納得した。
この場にいないもう一人。そして「幼馴染」という単語。早ければもうシルヴィア・トーはカトレア・カステルと出会っているはずだ。
恋のさや当てという意味で二人は真逆の、そしてある意味共通する部分がある。
「カトレアのことか。……なら、大した話はできない。僕は一方的に好意を向けられているだけだ」
「婚約しているわけでも恋仲でもないということかしら?」
室内には公爵家と伯爵家のメイドも控えている。
威圧感たっぷりに囲まれた後でお茶の用意をされてもあまり落ち着く気にはならなかったが、出されたお茶は普通に美味しかった。
態度は不遜でも、毒を盛ったり敢えて質の低い茶葉を使うような少女ではない。その点においては、というかその点においてだけは信用している。
まあ、クレール個人の企みである場合と比較して退路を断たれた感は否めないが。
「あいつとは別になんでもない。親からも捨て置けと言われているんだ」
「理由は? ……カトレア・カステルの神託の結果が原因かしら」
聡いというかなんというか。
「さすがにそれは僕の口からは答えられない」
「調べれば明らかになることだけれど」
「だとしてもだ。義理くらいは果たさなくてどうする」
「……まあ、あなたのそういうところは嫌いではありませんわ」
若干でも好かれていたとは思わなかった。
ダミアンは笑みを浮かべ、ほっと小さく息を吐いて──直後、クレールとイザベルからの刺すような視線に身を竦ませた。
周りの大人は「女を御してこそ一人前の男」などと言うが。
自分より強い少女二人、遠距離戦なら自分をあっさり制するかもしれない少女一人を前に平静を保てるものか。
さらに、裏には非力なくせに妙な存在感のあるあの少女がいるわけで。
「言える範囲で構いませんからきりきり吐いてもらえるかしら。……ついでに、長年先延ばしにしてきた彼女への回答を済ませてもらえるとありがたいのだけれど」
「本当に好き勝手なことを言ってくれる」
ため息を吐いたダミアンは、仕方なく順を追って「その件」について説明を始めた。