わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
翌日には、早くも校内の様子が少し変わった。
見られたりひそひそ話をされるのは同じだけれど、悪い噂があからさまに減ったのだ。
「カトレア嬢の想い人を盗ろうとしたらしい」と囁く生徒がいれば別の生徒が「それはどうやら誤解らしい」と訂正する。
「トー女男爵は三度の求婚を全て断ったそうだ」
「でも服や装飾品をせびったのでしょう?」
「賭けの代価だ。負ければ婚約する条件なのだから、少しくらい高価な品を求めても罰は当たるまい」
「別の物を求めたにも関わらずダミアン子爵令息が品物を決めたという話もある」
リゼット経由で正しい経緯が広まったらしい。
あるいはクロヴィスが仕事をしたのか。カトレア側の事情もちらほら聞こえてきたのを見ると、彼もまた王族として自分なりの治安維持活動をしているのだろう。
午後にはエリザベートからの手紙も届いた。
内容は「ダミアンを締め上げて話を聞いた」というもの。
少年の首根っこを掴むお嬢様を想像して「意外と似合うかも」と思ったものの、締めあげたというのは誇張表現だろう。
『彼は彼女に「愛を囁く唇を持ち合わせていない」と再三告げてきたそうです』
要するに「結婚する気も付きあう気もない」ということ。
『尽きない炎は尊いものですけれど、外套の裾を焦がされては敵いません』
モテるせいで身辺を荒らされては本末転倒。
ダミアンにはカトレアへの手紙を書くように指示した、とも書かれており──その効果が早くも表れたのか、伯爵令嬢はその日の夕食時、目に見えて落ち込んでいた。
隅のほうの席に座ってゆっくりとナイフを動かす彼女。
気になるけれどこっちから声をかけるのも……と思っていたら、周りから「お前以外に誰が話しかけるんだ」というプレッシャーが来て、
「カトレア様。昨夜は頑なな態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
渋々声をかければ、令嬢は顔を上げて小さく微笑んだ。
「シルヴィア様。……お気になさらず。どうやら私には愛を勝ち取る力がなかったみたいなの」
誰だこの子。
心を改めたらしい少女の様子に戸惑う反面、ほっとする。
これでダミアンの件で敵意を向けられることはないだろう。
昨夜よりは楽な心持ちで夕食を口に運びながら、
「なにがあったのか、差支えのない範囲で伺えませんか?」
「シルヴィア様。……あなた、意外といい子なのね?」
ぴろろんぴろん。
一気に上昇していく好感度。ちょろいというか怖いというか。
令嬢は「ダミアンから『君と結婚する気はない』と文をもらったの」と肩を落として、
「だから、これからはクロヴィス様の愛人を目指そうと思っているわ」
「は?」
この子はいったいなにを言いだしたのか。
◇ ◇ ◇
授業どころか入学式前からいろいろあった気がするけれど。
数日間の準備期間を経て貴族学校での生活が本格的にスタートした。
「おはようございます、シルヴィア様」
授業があるのは週五日。
目覚ましはゼリエの担当なので起こされるまではベッドの中にいなくてはならない。洗顔や着替え、髪の手入れなどもお任せだ。
手持ち無沙汰には少しずつ慣れていくつもりだ。
「できました。……では、食堂へ参りましょう」
「うん」
艶やかな銀髪には月と兎をあしらったアクセサリー。
歩く時は決して慌てず優雅に見せるのが常識。騎士学校時代はちょっと遅れただけで「何をもたもたしている!」と怒られたのに。
「ごきげんよう、シルヴィア様」
「ごきげんよう」
友人も少しずつ増えている。
男爵家の子女は素朴で気さくな者が多い。平民との関りも多いので平民出身のシルヴィアとも気兼ねなく接してくれる。
顔を合わせれば挨拶を交わし、時には朝食を共にする。
その日も二人の令嬢と連れ立って食堂へ向かい、
「シルヴィア。ご一緒してもいいかしら?」
「ひっ」
「カトレア・カステル伯爵令嬢……」
桃色の髪の令嬢が現れた途端、せっかくできた友人たちが怯んでしまった。
二人はシルヴィアに「申し訳ない」と目で訴えつつも「急用を思い出した」と言って離れていく。
カトレアは小さくなる背中を目で追って、
「あら。邪魔者がいなくなったわね」
そういうところだぞお嬢様。
「わたしの友人を威圧するのはお止めください」
「別に威圧なんてしていないわ。ただ『席を外してくれないかしら』と心の中で思っただけよ」
どういうわけか、あれからこの少女に懐かれてしまっている。
好感度は『55』。
クレールたちと比較すると決して高くはないけれど、初対面からはだいぶ上がった。体のいい話し相手、あるいはおもちゃといったところだろうか。
相変わらずカトレアの朝食は控えめで、シルヴィアは加減こそしているものの品目も量も多め。
食後に動いて気持ち悪くなる心配もないし食べておかないと損である。
「シルヴィア。選択授業は決めたのかしら?」
「はい。今日提出しようかと」
一歩進み出たゼリエが書類をカトレアに差し出す。
眺めた伯爵令嬢は「ずいぶん詰め込んだわね」と頬をひくつかせた。
「あなたは政府高官にでもなるつもりなのかしら」
「そこまでは目指していませんが、わたしは戦略家にならないといけないので」
貴族学校の授業は必修科目と選択科目に分かれている。
必修は最低限の教養。選択は各々の興味や目的に合わせたプラスアルファ。一年生は必修が多めであるものの、余った時間には数多くある選択科目からなにかしらを選ぶことを推奨されている。
「兵法はもちろん、兵力や物資を計るための算術も要ります。地理や歴史も役に立つでしょう。礼儀作法が疎かになっては騎士や兵士の信用を得られないかもしれませんし、植物や動物の知識も持っておけば行軍に同行した際に役立つことが──」
「詰め込み過ぎては疲れてしまうわよ?」
(訳:やりすぎよこの馬鹿)
学びを推奨されてはいるが、選択科目は「空欄」で提出しても問題ない。
「私はできるだけ余裕を持つつもりよ。貴族は優雅でなくてはね」
面倒臭がりや教材費の節約、あるいは課外活動のためなどで数を絞る生徒もいる。
カトレアの場合は……ひとつめの理由だろうか?
「最優先はやはりクロヴィス殿下と同じ授業よね。情報を集めているのだけれど、あなたはなにか知らない?」
「あいにくですが、リゼット様も殿下との世間話は控えておられるようです」
「残念ね。……あの方も少しは役に立ってくれたらいいのに」
意中の相手へのアプローチも「課外活動」と言えなくはないか。
「ダミアンのことはもうよろしいのですか?」
さんざん熱を向けられた挙句そっぽを向かれた彼が少しかわいそうだ。
「ええ。はっきりと袖にされたのよ? ……さすがの私でも気づくわ」
「カトレア様」
さっと目を伏せた少女は悲しげだった表情を笑顔に変えて、
「私は新しい恋に生きるの! クロヴィス殿下は素晴らしいお方だわ。容姿も家柄も女性の扱いも、なにもかもダミアンとは大違い」
だめだこの子。
笑顔を維持しつつシルヴィアは内心で呟いた。
どうにかならないのかとお嬢様のメイドに視線を向ければ、小さく首を横に振られた。
諦めたような虚ろな目がなんとも不憫だ。
「殿下がお相手ではライバルも多いでしょう?」
シルヴィアはあの俺様王子よりはまだダミアンのほうが好みだけれど。
「構わないわ。殿下は恋多きお方ですもの。愛人の一人に滑り込めばいいの」
「伯爵令嬢様が愛人で我慢なさるなんて」
「私は公爵夫人になれる器じゃないもの」
遠くを見るような目。我が儘なカトレアにしては珍しい。
単純に家格の話か、それとも。
神託による適性が望まないものだったのだとしたら、初対面で尋ねたのは迂闊だったかもしれない。
再び嫌われるのも困るので触れないでおこうと思っていると、
「何度も言うけれど、シルヴィア。あなたも私に協力しなさい」
「協力と言っても特にできることがないのですが」
「あなたはリゼット様と交流があるのでしょう? 最大のライバルを抑えられれば大きく変わってくるわ」
お目当ての相手から袖にされ続ける王子を慰めて漁夫の利という作戦らしい。
「リゼット様にもその気はないようですから、そのくらいなら構いませんが」
「ありがとうシルヴィア。なかなか頼りになるじゃない。なんなら私と一緒に殿下の愛人に立候補しても……」
「わたしは遠慮します」
男性よりも女性のほうが好きだから、というのはさすがに口に出せなかった。
◇ ◇ ◇
「ありがとう、ゼリエ。わたし一人だったら荷物を運ぶだけで倒れてたかも」
「お役に立てて何よりです。シルヴィア様は騎士学校卒とは思えないほど細腕でいらっしゃいますから」
貴族学校の校舎は大きく、広い。
慣れないうちは迷いやすいし、前世のように校内図がほいほい配られていたりはしない。
加えて授業用の道具がずっしりと重い。
教本は教科書のような印刷物ではなく手書きの「本」だし、メモに使うのはペンとインクだ。シャーペンやボールペンに比べるとだいぶ重い。
単純にかさばるのもあって、代わりに持ってもらえるのはとても助かる。
「でも、ゼリエは大変だよね。お休みってないわけでしょ?」
「シルヴィア様のお世話をするのが仕事ですので、学校がお休みの日でもお部屋の掃除や身の回りのお世話をさせていただきます」
「そうだよね。もう一人くらいメイドがいたほうがいいかなあ」
「もちろん人手は多いほうが望ましいですが、お気遣いだけで十分です」
常に一歩後ろを心がけてついてくるシルヴィアのメイドは穏やかに微笑んで、
「冷たい水で神殿中の掃除をしたあの頃や、追手を気にしながら硬いパンをかじったあの頃に比べれば楽園ですので」
「巫女のみなさんも苦労してるんだね……」
お金はあるだろうし修行の一環なのだろうけれど。
神聖魔法のスペシャリストである聖女やその見習いが心優しく真面目で善良なのを思えば、神様がそうした人間を好んでいるということか。
「でも、世の中は真面目なだけじゃだめだったりするんだよね」
「神の御心は我々に推し量れるものではありませんから」
だからといって真面目にやらなくていいわけでもない。
さて。
学校の勉強というのはある意味、剣の稽古よりもずっと親しみやすいものだ。
教師の言葉に耳を傾け、理解し、頭に叩き込めばいい。教本は買い切りで、使った金の出所は王家からの奨学金だから気兼ねなく使える。ちょっとしたメモならノート代わりに教本へ直接書き込んでしまうのが便利だ。
きっと騎士見習いの友人たち──特にクレールなら「剣のほうがやっただけ返ってくるじゃん!」と言うだろうけれど。
「シルヴィア・トー。この計算をやってみなさい」
「はい」
前世の記憶のあるシルヴィアは「座って勉強する」のも慣れたものだ。
算術──数学はかつて通った道。文系だった癖に今となってはいちばんの得意分野だ。
地理や歴史も学ぶ範囲が「世界全体」だった前と違い、ひとまず国内だけでOKなので予習復習を欠かさなければなんとかなる。
騎士学校における最優秀が貴族学校に来たら「まあ人並みかな」くらいになってしまったけれど、今まで頑張っておいてよかった。
そんな中、いちばん苦労することになりそうなのは。
「シルヴィア女男爵。あなたはカーテシーの経験もろくにないのですか」
「も、申し訳ありません」
礼儀作法。
立ち方座り方お辞儀の仕方笑い方挨拶の時の手の振り方目上の方への跪き方etc。
いくらなんでも細か過ぎじゃないかと言いたくなる作法が盛りだくさん、しかも、教本にはやり方が文字で書かれているだけ。
──動画とは言わないのでせめて図解が欲しい。
初歩なので男女合同で、と行われた授業でさっそく教師に覚えられたシルヴィアは心の中で切実に叫んだ。
経験がないと文字情報と実際の動作が一致しない。というか一致しても細かい動きまではわからないから教師をつけて練習するしかない。
ゼリエも貴族式の作法は詳しくない。
巫女の適性を見出されて七歳で神殿入り。巫女の礼法はまったく別物だし、メイドとしては「まあ男爵家のメイドだしな」でかなりお目こぼしをしてもらえるので細かくできている必要がない。
ぶっちゃけシルヴィアだって大雑把に跪いたり会釈したりくらいなら普通にできるのに。
バイトなのにめちゃくちゃみっちり研修を受けさせられた挙句「下手したら総理大臣を接客することになるから」と言われたような気分だった。
失敗して名前を呼ばれると周囲からくすくす笑われるし。
生粋の貴族、特に位の高い方々は「できて当たり前」なので差を見せつけられるし。
「礼儀作法の教科書を作るところから始めたいくらいだよ……」
夕食にて。
友人の姿が見当たらなかったため隅の席に一人で座ってついついぼやく。
傍に控えたゼリエが苦笑を作り、なにかを言おうと口を開いたところで、
「どのような教本が必要なのですか?」
「リゼット様」
黄緑色の長い髪、特徴的な黒い校章を胸にしたハーフエルフの公爵令嬢が「こんばんは」と微笑んだ。
「リゼット・プレヴェール様か」
「今年はよく食堂にいらっしゃるな」
現れただけで周囲が反応するあたり知名度と重要度が窺える。
もしかして自分に会うためなのか、と、少し自信過剰なことを思いながら「ご一緒しても?」「もちろんです」と定型のやり取りを交わす。
中年メイドの引いた椅子へ優雅に腰を下ろすと、リゼットは給仕へ注文を済ませる。
メインに選ばれたのがホワイトシチュー。
「シルヴィア様がよく頼まれているので食べたくなってしまいました」
「……あの、少し恥ずかしいです」
好きなものを食べてよくなったのでついつい好物を頼んでしまう。
牛乳を飲めば身長と、ついでに胸も大きくなるかもしれないし。
「恥ずかしがらなくて良いと思います。肉も野菜も乳も、多くのものを摂るのは身体にも良いのですから」
「ありがとうございます、リゼット様」
見た目は「一つか二つ年上かな?」という印象のリゼットはその実、シルヴィアの倍以上の年齢。
物腰は成人した上位貴族どころか王族を彷彿とさせる上品なもので、それこそ教科書にしたくなるような美しさがある。
見惚れていると「?」とばかりに首を傾げられて、
「シルヴィア様も心得はあるように見えますけれど」
「見よう見まねです。先生からは『そんな様式をどこで身に着けたのか』と怒られました」
おそらく前世のあれこれが混ざったせいだ。
「ですので自主練習をしたいのですが、教師か、せめて図解でもなければ捗らないでしょう?」
「なるほど。それで教本を作るという発想になったのですね」
頷いた美少女は「でしたら」と胸に手を当てて、
「わたくしがシルヴィア様をお教えしましょうか?」
「え」
実質的な王族に教えを乞うとか許されるんだろうか。