わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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話の通じない相手はとても厄介である

 あの後、教師は魔法授業へのシルヴィアの参加を免除すると告げた。

 練習しても上手くならないというのが理由だ。

 

『見学は自由にして構いませんが、他の勉強や神聖魔法の訓練に充てるのもいいでしょう。空いた時間は有意義に使いなさい』

 

 特別扱いも手伝ってか授業後は多くの生徒から質問責めに遭った。

 巫女とゆっくり話す機会はそうそうない。特に神聖魔法に関してはみな口が固くなるため、この機会に聞きだしてやろうとみんな意気込んだのだ。

 とはいえ詳しいことは『聖女』じきじきに口止めされている。

 当たり障りのない範囲で言葉を濁しているとカトレアに腕を引かれ、教室から連れ出されて──。

 

 昼休み。対面での昼食に至る。

 

「なかなかやるじゃない。さすが、私が見込んだだけのことはあるわ」

「あ、ありがとうございます。カトレア様もお見事でした」

 

 伯爵令嬢の前には鶏肉のバターソテーがでん! と置かれている。

 午後の授業もあることだし食べておくのは悪くないものの、朝はあんまり食べないのでギャップがすごい。それともこれはやけ食いか。

 令嬢は上品に、けれど大胆に鶏肉をむしゃむしゃしつつシルヴィアを睨んで、

 

「あなたが目立ったせいで私の成果が霞んでしまったわ」

「……あ、あはは」

 

 面倒くさい。

 暗に、というかわりと直接的に「脇役は脇役らしく大人しくしていろ」と言われている。

 成果を挙げただけで文句を言われるとは。騎士学校では成果が腕っぷしとなって現れるせいか、もうちょっと嫉妬もすっきりしていたのだけれど。

 学力、魔力、財力、権力、容姿。そういったものはスポーツマンガ的な泥臭い努力でどうにかしづらいので、ふわっと、どろどろと標的にされやすい。

 適材適所、人は人でいいだろうに。

 

「神聖魔法は癒しや防御に向いていますが応用範囲は広くありません。魔法のほうが用途が広くて便利だと思います」

「あなた、もしかして私を慰めているつもりなの?」

「ひっ」

 

 好感度が音を立てて低下していく。

 ふん、と、カトレアは息を吐いて。

 

「リゼット様に気に入られているからと言って調子に乗らないことね。あなたは所詮、平民上がりの女男爵に過ぎないのだから」

「承知しております」

 

 精一杯恭しく答えれば少しは溜飲が下がったらしく表情が和らいで、

 

「わかればいいのよ。……いい? あなたは私の派閥なんだからそれを忘れないこと」

「……はい?」

 

 派閥に入ったつもりは全くない。というか派閥がどうとか自体初耳なのだけれど。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「シルヴィア様はカトレア様の派閥に取り込まれたものとばかり」

「ですが、リゼット様とも仲良くされておりますよね? ということはクロヴィス殿下の派閥ということに……?」

「いえ、リゼット様は殿下に靡いていらっしゃいませんから中立なのでは?」

 

 男爵寮の令嬢たちに話を聞いてみたところこんな返答があった。

 部屋に戻ったシルヴィアはゼリエに眉をひそめられるのに構わずベッドに突っ伏して、

 

「派閥とか知らないよ……」

「そう言いつつ派閥自体は理解していらっしゃるのですね……?」

「この子が色んなところから知識を得ているのはいつものことでしょう?」

 

 胸とベッドに潰されながらも大して苦しそうにしていないリボン(ヴァッフェ)がくぐもった声で笑った。

 

「シルヴィア様。制服が皺になりますのでこちらへ」

「うん。……でも本当、どうしよう」

 

 派閥と言うと「〇〇党〇〇派」みたいなのを想像してしまうけれど、要は仲良しグループだ。

 意見の合う人同士の集まり。ただし、もちろん中には「この人と仲良くしておくと得」みたいな打算もあったりする。

 前世の学校でもそういうのはあった。

 特に女子は別のグループの子と話しただけで裏切ったとかなんとか騒ぎ立てられたり──。

 

「シルヴィア様?」

「あ、うん。ちょっと嫌なことを思い出してた」

 

 無意識のうちに腕を上げたりしていたようで着替えは完了している。

 多少過ごしやすい格好で椅子に身を預けて、

 

「ヴァッフェ。魔族はこういう時ってやっぱり──」

「前にも言った通り力関係を示して終わらせるわね」

「もうそのほうがわかりやすい気がしてきた」

「いいじゃない。あのカトレアとかいう女に決闘を申し込みなさいよ」

「間違いなく面倒なことになりますね……」

 

 普通のお嬢様は剣を振ったりしない。

 

『少々心得があるからと得意になって無力な者に決闘を申し込むなんて!』

 

 とかなんとか騒ぎ立てられて悪者に仕立て上げられそうだ。

 いやまあ、戦えない女の子と決闘するのは悪者か。

 

「シルヴィア様はどうお考えなのですか?」

「わたしはカトレア派もクロヴィス派も嫌だよ。リゼット様の派閥があるなら大歓迎だけど」

 

 信奉者が多いなら必死に友達を作ろうとしたりしない。

 優しく潔癖な少女は数の力で物事を押し通すようなやり方が嫌いなのだろう。

 シルヴィアとしても賛成だけれど、将来を考えるとコネも作らないといけない。

 

「エリザベート派でも名乗っておこうかなあ」

「悪くはありませんが、公爵令嬢であるエリザベート様といえど派閥を構成するほどの発言力はないかと」

「あの子も騎士見習いだしね。お茶会だのなんだのやってる時間はそんなになかったでしょ」

 

 なかなかうまい身の振り方がわからない。

 

「シルヴィア様。焦って決める必要もないかと。まだ貴族学校は始まったばかりなのですから」

「あまりのんびりしているとカトレア派で確定しそうだけどね」

「ヴァッフェ、あんまり脅かさないでってば」

「ふふっ、ごめんなさい?」

 

 からかうような悪魔の声に頬を膨らませたシルヴィアは、少し前に王子が言っていたことを思い出す。

 

「そういえば、近いうちに新入生歓迎パーティがあるんだっけ」

「ええ。それこそ派閥の形成に動きがあるかもしれませんね」

 

 ひとまずはそのパーティをなんとか乗り切らなければ。

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 学校敷地内の一角、草の茂った庭。

 

「奇遇だな、シルヴィア・トー」

 

 近づいてきた足音、尊大な声の呼びかけにシルヴィアは模擬剣を振る手を止めた。

 昏い金髪に橙の瞳。

 従者二人を引き連れた第五王子クロヴィスはにっと笑って自らの腰を叩いてみせる。そこには装飾つきの剣が一振り。

 遠巻きに後を追ってきた令嬢が複数名いたものの、王子が軽く手を振れば歓声と共に離れていく。

 

「ご機嫌麗しゅう、クロヴィス殿下」

「待て、訓練着とはいえ地面に膝をつくな。お前は騎士学校の習慣が抜けていないぞ」

 

 最大限の礼を尽くしたというのに浮かんだのは渋面で。

 

「もう少し楽にしろ。見目はいいのだから勿体ない」

「申し訳ありません。お心遣いありがとうございます」

 

 騎士学校時代の訓練着──草のうえについた膝を軽く払って立ち上がる。

 王子は「全く……」とため息をついて、

 

「お前はどこかリゼットに似ているな」

「公爵令嬢様に似ているなど、とても恐れ多いです」

「褒めていない。俺への扱いが雑だと言っているんだ」

 

 一歩を踏み出すとシルヴィアの顎に向けて手を伸ばしてくる。

 

「殿下」

「なんだ。少しくらいいいだろう? 剣の稽古に出たら先客がいただけだ」

「でしたら稽古をなさってください」

「口うるさい奴だ。……仕方ない。シルヴィア・トー。少し付き合え」

「え」

 

 用事を思い出して離脱する間もなく引き抜かれる剣。

 刃は入っていない。安全のため、学園内に持ち込める刃物はかなり制限されている。それは王族といえど例外ではない。

 お付きの二人を見れば「お願いします」という顔で。

 

「剣を振っていたのだ。心得がないとは言わせないぞ」

「あの。わたし、騎士学校でも最劣等生だったのですが」

「なら俺が腕を見てやろう」

 

 どうしてこうなった。

 今日は授業が始まってから最初の休日。

 時間が空いたので運動がてら剣の型をおさらいしていたのだけれど──まさかよりによって一番会いたくない男性に出くわすとは。

 王子の命令では断れない。

 しぶしぶ向かい合って礼を行い、剣を合わせて。

 

「──ふむ。心得はあるようだな」

 

 ほんの数秒でクロヴィスの口から感嘆が漏れる。

 

「女にしては珍しいが、男なら十の歳でもお前より腕の立つ者はいるだろう」

 

 だからそう言ったじゃないですか……!

 叫び返したいのは山々だったものの、鋭くなった王子の剣を受け止めるのがやっと。

 防戦一方に回らされたシルヴィアは早々に攻めを諦め、振るわれる剣を捌いていく。

 実は防御だけならそこそこ自信がある。粘るだけの試合をしていると対戦相手から「うざい」、教師からは「真面目にやれ」と不評だった。

 加えて、

 

「どうした、攻めなければ勝てないぞ!」

 

 スタミナの差はどうしようもなく。

 数分の後、シルヴィアの剣は宙を舞って草の上へと落ちた。

 従者二人のうち護衛役の男性が「勝負あり」を告げ、

 

「殿下にお付き合いいただきありがとうございました、シルヴィア様」

「なんだ。もう二、三本付き合わせようと思ったのだが」

「お願いですので勘弁してくださいませ」

 

 早くも呼吸が整い始めている王子に対してシルヴィアの息はだいぶ上がっていた。

 左手で胸を押さえながら剣を拾い上げる。と、その様子をじっと見つめられて、

 

「お前、これから俺の部屋に来る気はないか?」

「どうか殿下を好いていらっしゃる方をお誘いくださいませ」

「……残念だ。上気した頬がなかなかにそそるのだが」

 

 小さく「今度、女騎士を口説いてみるか」と呟きが聞こえた。

 了承するほうも了承するほうではあるものの、いつもこの調子で女を口説いているのだろう。

 婚約の決まっている女はもちろん純潔を保つのが普通。けれど職業婦人なら気にされないこともあるし、バレなければいいと考える女子も一定数いる。

 王子に抱かれる、もしかしたら愛人にしてもらえるかもしれないというのはそれだけでなかなかのステータスだ。

 

「あの、殿下。……お伺いしたいことがあるのですが」

 

 これはチャンスかもしれない。

 おずおずと尋ねれば、王子は素振りを開始しながら「ん?」と先を促してくる。

 

「なぜリゼット様に求婚なさっているのですか?」

「高貴な血を引く美しい女。誰にも靡かず、その美しさは衰えを知らない。むしろ口説かない手がなかろう?」

 

 リボン──ではなくチョーカーに変身中の魔族ヴァッフェが「わかる」と一言。

 幸いその声は王子には聞こえなかったようで。

 

「なんだ。あいつから『なんとかしろ』とでも頼まれたか?」

「いいえ。ですが、わたしから見ても困っていらっしゃるようでしたので……」

 

 お前になにがわかる、と怒られても仕方のないところ。

 

「熱意に絆される女はいる。抱かれる側としても経験の多い男のほうが良いだろう?」

「わたしの口からはなんとも申し上げられません」

 

 上手いに越したことはないけれど、変に女慣れしていても引いてしまうかもしれない。

 さらに言うとシルヴィアは女の子のほうが好きである。

 クロヴィスは「そうか」と軽く流して、

 

「話は変わるが、新入生歓迎会はどうするつもりだ? リゼットを説得してくれれば俺たちの傍に控えることを許してやってもいいぞ」

「申し訳ありません。わたしは満足なドレスを持っておりませんので……」

「なんだ、なかなかおねだりが上手いじゃないか。サイズを教えろ。そこのクリスティに測ってもらえばいい」

「いえ、そういうつもりでは……!」

 

 上位貴族に比べれば安物とはいえ、ぽんとプレゼントしようとしないで欲しい。

 

「それに、そちらの方は男性ですよね?」

 

 メイド服を纏った紺色の髪の女性(?)を見て言えば──。

 

「……気づいていたのか?」

「シルヴィア様。こちらの方が男性というのは……?」

「これは驚きましたね」

 

 その場にいた面々がそれぞれに絶句する。

 王子のお付き二人のうち、護衛でないほうのもう一人──見たところ年若いメイドにしか見えない人物は、にこりと柔らかな笑みを浮かべて、

 

「ほんの数度、短い対面の間に見抜かれたのは初めてです。……後学のために理由を伺っても?」

「ええと、その、雰囲気としか」

 

 本当はもちろん「頭上に好感度表示が出ていないから」である。

 女性にしか見えないので最初は目を疑ったけれど、システム的なバグでなければ答えは一つしかない。

 

「違和感を持ったうえで考えれば、殿下の傍仕えに女性をつけることはないのでは? と」

「そうですね。……殿下の場合、その程度は誤差のようなものですけれど」

「うるさい。俺は美しい女を等しく愛しているんだ」

 

 言い訳めいたクロヴィスの言葉がシルヴィアの胸にぐさりと刺さった。

 友人たちから単なる友情以上の感情を向けられながら「まだ子供だし」とキープしている──しかも、心のどこかで「全員と結ばれたい」と思っている自分は、本当のところこの王子様と大差ない節操なしなのかもしれない。

 それでも、彼のように見境なく手を出したり、権力による横暴はしないと心に誓いつつ。

 

「では、わたしはこれで失礼いたします。お目汚しをお許しください」

「待て」

 

 一礼して踵を返したところでさらに呼び止められた。

 

「歓迎会には出るように。リゼットも楽しみにしているだろうからな」

「……承知しております」

 

 身体の向きを戻したシルヴィアは微笑みと共に答える。

 多分に私欲を交えた求婚ながら、王子は王子なりにリゼットの幸せを案じているらしい。こんな下位の平民上がりに「友達になれ」と言ってくるのだからなかなかのものだ。

 正しいかどうか、十分な配慮かはともかく。

 

「歓迎会には出席するつもりです。衣装もすでに用意してあるのです」

「? ドレスは持っていないのだろう? まさか制服で出るつもりか?」

「いいえ」

 

 手持ちの衣装にちょうどいいものがあった。

 盛装ではないけれど正装ではある。正式に賜ったものなので遠慮する必要もない。

 

「巫女の衣を纏おうと思っております」

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