わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
新入生歓迎会は入学から約一ヶ月に催された。
多目的ホールを貸し切りにして料理と飲み物、楽団による演奏が振る舞われる。
食堂のシェフが腕によりをかけた特別な軽食は普段とはまた味わいが異なり、口にする者を楽しませてくれる。
ドレスコードのため参加者は思い思いに着飾っており、貴族らしい個性と高級感はその空間の特別性をさらに高めていた。
そんな中、シルヴィア・トーは唯一のメイドであるゼリエと共にホールの入り口へと赴いて。
「遅くなってしまい申し訳ありません、リゼット様」
数名の男子生徒から話しかけられていた「約束相手」に声をかけた。
白を基調としたドレスに身を包むリゼット・プレヴェール──黄緑色の髪を持つハーフエルフの美少女は、そっと男たちから離れると微笑を浮かべて。
「お待ちしておりました、シルヴィア様。よくお似合いですよ」
「ありがとうございます。リゼット様こそ、まるで妖精のような美しさです」
「まあ、お上手なのですね」
白七割、黒三割の巫女の衣。
ほぼ白一色の聖女の衣には及ばないものの、かなり高位の巫女が纏うそれはゆったりとした裾と袖を持ち、十分な装飾も施されている。
祭事の際にも纏うものであり、貴族に招かれた際に着用することも珍しくないため、質としてドレスに劣ることはない。
加えて、この一ヶ月愛用している月と兎の髪飾り、貴族学校の紋章入りブローチを身に着ければ、華やかさもある程度補える。
リゼットには前もって衣装について話をした。
少女が白いドレスを選んだのは「色を合わせよう」という話になったからであり、そのせいかシルヴィアはまるで聖女に付き従うお付きの巫女のような雰囲気だ。
さすが、高貴かつ品のある少女は風格が違う。
「参りましょうか」
「はい」
待ち合わせをしてパーティに参加することにしたのはお互いに相手がいない──というか、余計なお誘いを受けたくなかったからだ。
リゼットとしてもクロヴィスの誘いを断るのに「友人と一緒なので」と言えるのはちょうどいい。
シルヴィアの纏う巫女の衣には特にその効果があって、
「おい、あれ」
「ああ。……神殿から後援されているってのは本当なんだな」
「珍しい女だが、あれじゃ手が出せないか」
巫女は神に仕える者であり、その婚姻には多くの制約がある。
聖女同様、高位の巫女は適齢期を過ぎた後で迎えられるのが通例なので、神殿から正式に衣を与えられているシルヴィアがこうして公の場に出ることは「わたしはまだまだ結婚したくありません」と声を大にして言っているようなものだ。
政略的な意味で狙っていた者がいても大部分が諦めるだろう。
ついでに隣で白いドレスを着ているリゼットにも似たような雰囲気が期待できる。
「リゼット様がトー女男爵を重用しているのって」
「神殿関係者ならば派閥関係に巻き込まれにくいですものね……」
男をことごとく袖にする貴族学校の姫と神殿に認められた子。
二重の男バリアはなかなかの効果を発揮し、シルヴィアたちに話しかけてくるのはほとんどが女子生徒だった。
リゼットは中立を貫いているため派閥に関係なく人望がある。
おかげでシルヴィアは礼儀作法に苦労する代わりにいろいろな人と話す機会を得られた。
「トー女男爵はリゼット様との関係を大切にしていらっしゃるのですね?」
(訳:あなたも中立ということでよろしいですか?)
「はい。未熟な身ですが、リゼット様のお傍にいられるように励みたいと思っております」
この受け答えで周囲の警戒が少し薄れたのは気のせいだろうか。
「シルヴィア様。料理も是非召し上がってくださいね。毎年趣向を凝らされていてとても美味しいのです」
「ありがとうございます。後でお腹が空かないようにしっかり食べておきますね」
話の合間に軽食をお腹に入れていく。
今年の料理の中ではサラダが人気のようだ。騎士学校のシェフが作った新しいソースがじわじわ広まっているそうで、それを使ったものだとか。どこかで聞いたような話に苦笑しつつ、
「そういえば、リゼット様はお酒が飲めるのですよね?」
「ええ、三年生からは飲酒が認められておりますから。ですが、その」
「シルヴィア様。お嬢様にお酒は飲ませないでくださいませ。くれぐれも。くれぐれもお願いいたします」
「え? あの、はい」
中年メイドの懸命な念押しにとにもかくにも頷いた。
対して主人のほうは頬を膨らませて、
「もう。少しくらいなら大丈夫だと言っているのに」
「いけません。本日は殿方の目もたくさんあるのですから、万一があっては大変です」
「……ひょっとして、リゼット様はお酒が?」
遠い目と共に「壊滅的に相性が悪くていらっしゃいます」という囁き声が返ってきた。
「シルヴィア様に幻滅されたらどうするの」
膨らんでいた頬が戻って今度は赤くなる。
可愛らしい。自分よりずっと年上だとわかっていても見た目相応の姿を見ると親近感が湧いてしまう。
「では、お部屋で飲んでくださいね?」
「三年生になったらお付き合いくださいますか……?」
「はい。約束します」
今晩でも構わないのだけれど。
バレなければ問題ない、とか言ったらそれこそ幻滅されるだろうか。
「リゼット。今日は一段と美しいな。他の花に囲まれていてもお前が一番に目に入るだろう」
女性の多い空間へ割って入るようにして黒の礼服姿が近づいてくる。
例によって手を伸ばそうとしたクロヴィスは、少女が一歩、シルヴィアに隠れるように下がったのを見て両手を広げる。
「駄目か。……そう頑なだと『母親譲りの気質』だと揶揄されてしまうぞ?」
「っ」
唇を結ぶ。
王子のことは苦手だし、できれば話しかけられたくないけれど。やる時はやるしただの女好きではないところは美点だと思っている。
ただ、今の発言はいただけない。
彼が「どちらの母」について口にしたのだとしても、意味するところは「男が嫌いなのか?」だ。
実際、今ので周囲はざわついた。
人間は女同士で子供を作れない。女は「将来結婚して子供を産むのが当たり前」と教わって育つ。だから同性愛は遊びならともかく、本気ならば「常識外れ」だ。
「殿下。失礼を承知でもうし上げます。……どうか、無理強いはお止めいただけないでしょうか?」
ぶぶー。
「言うではないか。お前も人のことは言えないんだぞ?」
橙の瞳がシルヴィアを軽く睨む。
気性の荒さと気まぐれさを併せ持つ雰囲気に足がすくむも、今更退くわけにはいかない。
矢面に立ったせいで背後にはリゼットがいるのだ。
「申し訳ありません。わたしは平民出身なので、政略結婚の感覚がよくわからないのです」
ぴろん。
「殿下。わたくしは母を愚かだとは思いませんし、尊敬しております」
「リゼット様」
庇われるのを止めた少女は逆に王子の視線を遮るように前に立った。
ざわめきが大きくなる。
楽団の演奏もあるし、近くにいる生徒以外は騒ぎに気づいていない。けれど、噂は確実に広がって学校中に知れ渡るだろう。
生徒たちが実家に連絡すれば大人にも伝わる。
それでも、紫の瞳は揺らぐことはなかった。
「わたくし自身が悪く言われるのは構いません。ですが、母や友人を貶めるのはお止めください」
「……悪かった。お前に袖にされ続けて気が立っていたんだ」
クロヴィスはどこか「しゅん」としながら小さく謝罪を口にした。
手近の給仕からワインを受け取ってぐいっと煽る。それからシルヴィアを見て、
「お前がリゼットと衣装合わせなど始めるからだぞ」
「殿下」
「ああ。……駄目だな、今日は」
王子は額に手を当て首を振る。そうして従者を連れて踵を返し──。
「クロヴィス様。女は他にもたくさんおります。靡かぬ相手にこだわらずともよろしいのでは?」
桃色が進路を塞ぐようにして立ちはだかった。
大人びたワインレッドのドレス。髪の色もあいまって人目を強く惹きつけているのはカトレア・カステル伯爵令嬢。
背後には取り巻きの姿もある。
周りの令嬢たちの中には大胆すぎる行動に眉をひそめる者も多いものの、一方で「羨ましい」と言うような視線もある。
ふわりと広がった裾を揺らしながら少女は接近、その気になれば唇が届きそうな近さで微笑んで、
「お口直しにロゼのワインなどいかがでしょう?」
返答は、深いため息だった。
片や女好きの俺様系。片や俺様系が好きな惚れっぽい少女。相性は悪くないはずである。実際、シルヴィアはカトレアから「殿下とお話をした」とか「落とし物を拾ってもらった」とかたびたび聞かされていたし、機会があれば夜の部屋に招かれそうな雰囲気もあったのだけれど。
さすがにタイミングが悪かったか。
王子はなんとも言えない表情で少女に目を落とすと「そうだな」と苦笑。
「美酒は酔いやすいが風味には良しあしがある。飲みやすい安物のほうが口当たりは良いか」
王子の飲む酒は安物でもかなりの高級品だろうけれど。
カトレアは「では」とぱっと表情を輝かせた。
二人の視線が交わり、周囲の注目が集まって、
「俺の傍で歌ってくれるのならば考えてやろう」
「───っ」
少女の表情が突如として大きく強張った。
踏み出せなくなったカトレアを放置し、こちらを振り返るクロヴィス。
「シルヴィア・トー。お前は知っているか? この女の受けた神託を?」
「はい。噂は耳にしております」
正確に言うと確証を得たのはエリザベートからの手紙だ。
公爵家の情報網がなければ学内の噂頼りのシルヴィアでは調べきれなかった。
既に半分、明かされているようなものだけれど。
王子様はよりによってこちらに注目をなすりつけるつもりか。カトレアの強い視線まで向かってくるのを感じながら、
「歌姫、と。……歌唱の才をお持ちでありながら、選択科目でお選びにならなかったことを不思議に思っております」
付け加えたのはせめてもの弁解だった。
ただ、その程度では反応は抑えきれず。
シルヴィアは正面からの連続した、負の効果音を聞いた。
理由は、周囲の声で簡単に知れた。
他の生徒も多くの者は知らなかったらしい。取り巻きの二人ですら戸惑いの表情を浮かべていて、
「歌唱の名手ということか?」
「歌は教養の一つだが、生業とするとなると……」
「着飾って各家を訪問するのだろう?」
華やかな場で芸を披露し、代わりに歓待を受ける。
行うのが若い女性、しかも未婚となれば男から熱を上げられるのは避けられない。
つき纏うイメージは恋多き女性。
さらに「そちらが本業」と邪推することもできてしまうわけで、
「よくも」
カトレアが「それ」を隠しておきたかったことは想像に難くない。
人の口に戸は立てられない。少なくとも両親は知っているだろうし、婚約を打診されたダミアンの家──デュクロ家も承知していたはずだ。同世代の結婚が相次ぐ数年後までには広く知られることで、隠し通すことに大した意味はなかった。
だからこそ王子も明かそうとしたのだろうけれど、それでも、伯爵令嬢はシルヴィアを睨んで、
「よくも、人の秘密を暴いてくれたわね、シルヴィア・トー!」
ホール全体に響くような大声。
近くの給仕からワインを奪い取ったカトレアが足早に近づいてくる。
逃げようと思えば逃げられないこともない。けれど、シルヴィアが咄嗟に動いたのは回避ではなく、近くにいたリゼットを庇うためだった。
液体が舞って、白の多い衣へ盛大に振りかかる。
白ではなく赤ワインだったことが被害を大きくした。
「カトレア様。歌は悪いものではありません。……それとも、歌うことがお嫌いなのですか?」
「うるさい! 平民上がりに何がわかるっていうのよ!?」
カトレアが空のグラスを振り上げる。
怒らせたのはこっちだ。シルヴィアは一撃を覚悟して目を閉じ──けれど、打撃がなかなか来ない。
目を開けると、クロヴィスが令嬢の手首を掴んで制止していた。
「そのくらいにしておけ。……愚痴なら、ベッドの中で聞いてやるぞ?」
「~~~っ!?」
コツコツという靴音と共にカトレア・カステルは逃げるようにその場を去っていき、取り巻きたちも慌ててそれを追いかけた。
取り残されたシルヴィアはほっと息を吐くとともに汚れてしまった衣を見下ろしたのだった。