わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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弱者には弱者のやり方がある

「その、なんだ。……悪かったな、矢面に立たせて」

 

 そう思うならやらないでください。

 

「いいえ。殿下はきっかけを与えてくださったのでしょう?」

 

 休憩や着替えのために用意された控え室の一つ。

 人払いされた空間にシルヴィアとリゼット、クロヴィス、それから三人の従者たちがいた。

 着替えを運んでくるというゼリエの申し出には首を振って、

 

「神聖魔法には清めの魔法があるから、大丈夫」

 

 呪文を唱えると銀の光が衣を包み、ワインの染みをあっという間に消してくれる。

 乾燥機能もついているのですっかり元通りである。

 王子が橙の瞳を細めて「これは便利だな」。湯浴みのできない時でもえっちなことが……とか考えていそうな気がする。

 ともあれ、これで下着姿を見られる心配もない。

 すぐに戻るのも良くないだろうと三人は椅子に腰かけた。従者によってさっと軽食が用意される。王子はついでにワインを所望した。

 

「殿下、飲み過ぎではありませんか?」

「まだ潰れるほど飲んではいない。それに飲まずにやっていられるか」

 

 リゼットが眉を下げて首を振った。

 この王子様──未来の公爵様の嫁になる令嬢は大変そうだ。

 

「カトレア様の神託について、殿下もご存じだったのですよね?」

「ああ。俺に近づく者の情報は必ず調べさせている」

 

 ダミアンとの婚約が成らなかったのも神託が関係しているだろう。

 危険な遠征も多い騎士と、他の貴族家に訪問する歌姫。相性はある意味最高で、ある意味最悪だ。仮面夫婦なのではないかと噂されるのが目に見える。

 

「……早めに公表すべきだと思ったんだがな」

「大勢の方がいる場で、あてつけのように発表なさらなくとも」

 

 リゼットの苦言にクロヴィスは顔をしかめて。

 

「パーティ中なら余興になるだろう」

 

 楽しい雰囲気も手伝って好ましい空気が生まれるかもしれない。

 ただ、実際は頑なな態度を取られてしまった。

 

「わたしのせいかもしれません。カトレア様とは複雑な関係ですので……」

「いや。お前だけのせいではない」

 

 立場上、彼は簡単に「俺の責任だ」とは言えないけれど。

 

「お前の側についてやる。俺相手なら多少は矛先が鈍るだろう」

「わたくしも、できるだけ協力いたします。……短絡的な行動に出られないとも限りませんから」

「ありがとうございます、お二人とも」

 

 高い地位を持つ二人に味方してもらえればそれだけでかなり心強い。

 

「……ところで、その。カトレア様は学園内でどのような地位にいらっしゃるのでしょうか?」

「捨て置くほど小物ではないが、中心人物と言えるほどではない。学年が上の上位貴族からは煙たがられる傾向にあるな」

 

 伯爵家は位で言えばちょうど中間。

 一年生なら誰かの派閥に入れてもらうのが普通だ。いきなり自分の派閥を作ろうとするのであれば相応の魅力がないといけない。

 例えば知識、魔力、才能。

 

「神託が下ったのですから歌の才能はお持ちなのですよね?」

「少なくとも無才ではないはずだがな。……同じ職業の他者と比べてどう、と言われればわからん」

「シルヴィア様、これからどうなさいますか? 対処の仕方はいくつかあると思いますが……」

「そうですね……」

 

 シルヴィアは少し考えてから答えた。

 

「特別なことをするつもりはありません。わたしは事実と、自分が思っていることを素直にみなさんへ伝えます」

「信用されるとは限らないぞ?」

「信用してくださる方もいるはずです。カトレア様が聞く耳を持ってくださらないのなら猶更」

 

 人の考えは同じじゃない。

 声が大きいのはたいてい過激な側だけれど、彼女の横暴に眉をひそめる生徒もいるはずだ。

 そのことはもう知っている。

 王子が目を丸くして「お前は意外と強かだな」。

 

「神の寵愛を受けていると言うからこう、もっと聖女めいた女だと思っていた」

「聖女様だって無制限に人に甘い女性ではないと思いますよ」

 

 打算も裏の事情もある。それは貴族と上手くやっていくために、神殿の権力を握り続けるために、結果的に人を守り悪を祓うために必要なことだ。

 

「そうか。……そうかもしれないな。ならばシルヴィア・トー。その志を証明してみせろ」

「かしこまりました」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 パーティに戻ったシルヴィアは生徒たちに囲まれた。

 

「あれは何の騒ぎだったんだ?」

「カトレア様を害したというのは本当なのかしら?」

「わたしがカトレア様の神託を公の場で口にしてしまったのは本当です。……でも、あの方を貶める意図はありません。神から評価された歌をぜひ聴かせていただきたいと思っただけなのです」

 

 会場内にあの伯爵令嬢の姿はなかった。

 終了後、伯爵寮まで会いに行ったものの入り口で守衛に止められてしまう。

 

「シルヴィア・トー女男爵が来られたらお帰りいただくようにと言われております」

 

 仕方なく即席の手紙を残して言伝をお願いする。

 ゼリエを伴ってその場を離れようとすると、

 

「男爵が何の用だよ?」

「ここは伯爵寮だぞ?」

「……カトレア・カステル伯爵令嬢様にお会いしたかったのですが、また出直させていただきます」

 

 シルヴィアを呼び留めた伯爵令息たちは「ふうん?」と道を開けて。

 

「男爵ごときがあまり偉そうにするなよ」

「身分の差を弁えろよ、元平民」

 

 あからさまな挑発にはできるだけ反応しない。

 リゼットに習っている練習中の礼をして、今度こそ部屋へと戻った。

 ドアが閉じられると身体の緊張が解けていく。

 ゼリエに着替えさせてもらいながら室内を見渡して、

 

「明日からどうなるかな」

「以前にも増した嫌がらせが行われるかもしれませんね」

「ゼリエも、神殿でそういうのあった?」

「ええ。食事の配膳を減らされたり、私物を隠されたり……いくらでも。下位の聖職者に個室はありませんし、助け合わなくては生活できませんので」

 

 大人の目が行き届きにくく隙が生まれやすい。

 それに比べればマシな環境だけれど、

 

「本当、どうなるんだろう」

 

 

 

 

 

 最初の攻撃は朝、朝食を摂りに食堂へ向かおうとした時だった。

 他の男爵寮生──特に女子が外へ出るのを怖れるように入り口へ固まっている。

 

「あの、なにがあったのですか?」

「あ……シルヴィア様。それが、その」

「あら、シルヴィア・トー女男爵。遅いお目覚めですのね?」

 

 彼女たちの視線の先には数名の女子生徒がいた。

 同じ寮の生徒ではない。おそらく子爵から侯爵までの家の子か。

 嘲笑の色を隠そうともせずにシルヴィアを迎えて。

 

「カトレア・カステル伯爵令嬢にいじめを行っているそうですわね?」

「そのような事実はありません」

「へえ? では昨日のパーティであなたがしたことはなんだと言うのかしら?」

「カトレア様にひどいことを言ってしまったのは事実です。ですが、それはわたしと彼女の諍いであっていじめではありません。謝りたいと寮も訪ねたのですが──」

「黙りなさい!」

 

 大きな声に肩がびくっと震えた。

 

「私たちの情報が間違っていると言いたいの?」

 

 強い視線が複数、刺すように向けられる。

 怖い。けれど。

 

「皆さんを貶めたいのではありません。ただ、わたしの見解と異なる以上は『違います』と申し上げるしかありません」

「だから、私たちが間違っていると言いたいんでしょう!?」

「わたしはカトレア様に謝りたいんです。そして、できれば歌って欲しい」

 

 怯む心を抑えて真っすぐに言葉を紡ぐ。

 言えば言うほど令嬢たちは目を吊り上げ、苛立ちを露わにした。大きな声は明らかに他の生徒に聞かせるためのものだ。

 断片的な情報。複数から責められる状況は正しくない憶測を生む。

 だからこそ、ここで逃げたら逆効果だ。

 

「カトレア様に伝えていただけないでしょうか。釈明の機会を与えて欲しい、と」

「なによ。男爵ごときが偉そうに!」

「巫女なら巫女らしく神殿に籠もっていればいいのに!」

 

 そこまで話が発展したところで、男爵寮の守衛が止めに入った。

 

「お静かに。校内での揉め事は『上』に報告することになります」

「……ふんっ。別に揉めていたわけではありませんわ」

 

 令嬢たちはシルヴィアから顔を背けると去っていく。

 

「ありがとうございました。おかげで助かりました。……迷惑をおかけしてすみません」

「お気になさらず。これが仕事ですし、あなたが間違った事を言っているようにも思えませんでした」

「我々も位の高い家の出身ではありませんのですっきりしました」

 

 守衛の多くは男爵、子爵家の次男以降、あるいは平民だ。

 学校の平安を守るため中立の立場を取らなくてはならないものの、上位の人間から押し付けられる苦しみはよく知っているのだろう。

 脅威が消えると怯えていた男爵令嬢たちも寄ってきて、

 

「シルヴィア様、大変でしたね」

「早く解決するといいですね」

 

 ほっとしたのも束の間、さらに攻撃は続いた。

 

 

 

 

 

「シルヴィア様!」

「っ」

「あら失礼。急に飛び出すと危ないですわよ、トー女男爵」

 

 食堂へと向かう道中、柱の陰から出てきた令嬢に足をかけられそうになった。

 

「申し訳ありませんが、この席は先約がありますの」

「こちらもですわ」

 

 テーブルの相席を断られ、空いている席に座ろうとすれば先んじてそこを占領される。

 

「あ……カトレア様! ちょうどいいところに。お話が──」

「身分を弁えてくださいませ、平民上がり」

 

 食堂に姿を現したカトレアは取り巻きを従えたまま、シルヴィアに冷ややかな視線を向けた。

 虫でも相手にするような態度。

 取り残されたところでくすくす、と不特定多数の嘲笑が降りかかる。

 

 シルヴィアはきゅっ、と唇を結んだ。

 

「このままだと……」

 

 ぴろんぴろんぴろん、と好感度の上がる音が彼女の耳にだけは聞こえている。

 

 

 

 

 

「このままだと、カトレア様が孤立しちゃうよ」

「別に構わないじゃない。そんな愚か者は痛い目を見ても当然ですわ」

 

 新規騎士団(名称未定)の仮本部にて。

 何度目かになる会合は今日も今日とて近況報告の場と化していた。

 もちろん、ちゃんとした話し合いもするのだけれど。正式な本部の設立や騎士団員の確保、補助人員の選定などは一朝一夕では進まない。公爵令嬢であるエリザベートや一足先に騎士団入りしたラシェルのほうが動きやすいのもあってシルヴィアはほとんどお任せである。

 みんなとは週一くらいでしか話せないのもあってついつい「お茶とお菓子と愚痴大会」になる。

 

「でも、シルヴィアさん、なんだか活き活きしていますね?」

「そうかな?」

「はい。殴って来ない相手のほうがシルヴィアさんは得意なんですね」

「イズ。あまり褒めていませんし、あなたの口もかなり悪いですわよ?」

 

 お嬢様からジト目で見られた藍色の髪の男爵令嬢は「失礼しました」と目を伏せる。

 

「あはは。でも、そうかも。殴って解決されたらどうしようもないから」

 

 前世は殴ったほうが悪いとされる社会だった。

 理不尽なことを言われても怒って手を出したら罰せられる。

 暴力を振るわなければいい──という考え方に陥りかねない面もあるけれど、どちらかと言えばそっちのほうが貴族社会に近いし、慣れている。

 と、腕をつんつんされて。

 

「シルヴィア。もしかしてあたしのこともそう思ってる?」

「思ってないよ。クレールはちゃんと殴る相手を選んでるでしょ?」

「……あー、うん。たぶん」

 

 付き合いの長い剣術少女は若干自信なさげに目をそらした。

 まあ、喧嘩くらいは仕方ない。相手も腕に覚えがある子だろうし。

 

「パーティで衣を纏ってくださったのは私としても、神殿としても喜ばしいことです。シルヴィア様の人柄も知っていただけたのではないでしょうか」

 

 聖女見習いの少女が微笑み、「でも」と続けて。

 

「最近はあまり神殿に来てくださらないので寂しいです」

「すみません。通い始めたばかりでなかなか忙しくて」

「はははっ。そのくらいにしなよアンジェ。慣れない環境でシルヴィアも大変なんだって」

「ありがとうございます。ラシェル先輩も騎士団は大変ですか?」

「まあ、いろいろ面倒はあるよ。でも性には合ってるかな。訓練と魔物退治が仕事だからね」

 

 魔物の群れなら思いっきり蹴散らしても文句が出ない。

 ……やっぱり気楽な騎士学校が恋しくなってきたような気も。

 

「実際問題、カトレア・カステルは馬鹿なのかしら。己の力量くらい把握できそうなものですけれど」

「カトレア様にとっては初めての学校だから、わたしたちとは違うよ」

「あたしは小さい頃から自覚あったけどなあ。目上の人には礼儀正しくしなさい、ってしつこく言われてたし」

「よっぽどご両親から心配されていたんですね……」

「む。イザベル? 痛かったら痛いって言ってねー?」

「いたいいたい! 痛いです!」

 

 男爵令嬢が伯爵令嬢に頬をつねられている。

 いじめか。いや、これはじゃれ合っているだけだ。

 二人のやりとりにエリザベートはくすくす笑って、

 

「シルヴィア? 追い詰められた者は思わぬ手段に出ることがあるわ。気を付けておきなさい」

「うん。どうしてもわたしと話してくれないなら、別の人にお願いするつもり」

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