わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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同じ言葉でも言う人によってぜんぜん違う

 なにもかも上手くいかない。

 カトレア・カステル伯爵令嬢は苛立っていた。

 

 隠していた秘密が明らかにされて周囲の目が変わった。

 神託が「歌姫」だったというだけで娼婦のように扱われ、蔑まれる。

 多くの生徒がカトレアの顔を見ただけで離れていく。

 

 報復しなければ収まらない。

 幸い、協力的な生徒もいた。彼ら、彼女らと協力し、秘密を明かした本人──シルヴィア・トーに罪を思い知らせることにした。

 複数人から責められれば彼女も反省して負けを認めるだろう。

 伯爵家と平民上がりの男爵。

 当然の想定だったのに、シルヴィアは飄々と追及をかわし、まるでカトレアのほうが悪者であるかのように振る舞ってきた。

 

 納得できない。

 無視するつもりなら理解するまで。理解できないなら理解できるような手で。

 手段はだんだんと大きく大胆になっていって、

 

「痛い目を見なければわからないなら、実力行使よ」

 

 賛同者たちの前でカトレアは宣言した。

 

「金に困っている平民を雇い、シルヴィア・トーを襲わせるの。あいつは週に一度街に出かけているから、帰りの馬車を襲えば無防備なはずよ」

 

 良い作戦だと思った。

 平民への声かけには使用人を使う。使用人と平民の間にも仲介役を用意すればなお足がつきづらくなるだろう。

 最低でも怖い思いくらいはしてくれるだろうし、上手く行けば結婚できない身体に──。

 

「さすがにやりすぎではないでしょうか?」

「今、誰が言ったのかしら?」

「ひっ」

 

 声のしたほうを睨みつければ数人が青い顔で下を向いた。

 カトレアは舌打ちして、

 

「別に乱暴しろなんて命令しないわ。私は馬車を襲えと言っただけ。どう襲うか、襲った後でどうするかは平民の自由」

 

 品のない平民の男なんてみんな獣だ。

 金を与えられればなんだってやるし、気が大きくなれば簡単に女を襲う。

 元平民のシルヴィアだってそれは承知しているはず。

 

「案外、男くらいもう経験済みかもしれないわね」

 

 嗜虐的な愉悦から笑みを浮かべたところで、

 

「潮時ではないでしょうか」

 

 静かな、けれど不思議とよく通る声が話に水を差した。

 怒りと共に視線を向ければ、カトレアに味方する令嬢の筆頭格──二年生の侯爵令嬢がいた。

 扇で口もとを隠した彼女は眉を軽く寄せて、

 

「実害が出れば個人の諍いでは済まなくなります。万一を考えてここは退くべきかと」

「失敗しても追及されなければ問題ないでしょう」

「ほぼ確実に追及が行われます。なぜなら、被害を受けるのは貴族の当主なのですから」

「当主と言っても、しょせん平民上がりの男爵でしょう?」

 

 男爵家など伯爵家の足元にも及ばない。

 カステル家に見限られるのを恐れてへりくだってくる者ばかりだ。

 けれど、

 

「シルヴィア・トー女男爵が成人し、戦略家に就任すれば権力は逆転します」

「っ」

「設立予定の新騎士団。その要の一人が襲撃を受け重傷でも負えば、関係者はどう思うでしょうね?」

「あ……っ」

 

 新騎士団にはデュヴァリエ公爵家、アランブール侯爵家、そして神殿が関わっている。

 冷や汗が浮かぶ。

 他の者たちも不安げな表情になる中、カトレアは悪い考えを振り払うように笑って、

 

「関わっているのは家ではなく令嬢でしょう? どうとでもなるに──」

「ならば、伯爵令嬢にすぎないあなたも『どうとでもなる』のではなくて?」

 

 侯爵令嬢は席を立つと淡々と宣言した。

 

「クロヴィス殿下とリゼット様もトー女男爵を支持しています。私はお二人の不興を買うつもりはありません」

「あ、待っ……」

 

 最大の戦力が去っていく。

 引き留めに失敗したカトレアを見て、他の者たちも一人、また一人と。

 

「では、私も」

「俺もだ。……別にお前が正しいと思っていたわけじゃないしな」

「ああ。平民上がりなら適当にあしらえると思っただけだ」

 

 がらんとしてしまった室内に誰かが去り際の言葉を、

 

「じゃあな。一人で死んでくれ、カトレア・カステル伯爵令嬢」

 

 捨て石にされた、と気づいたのはその時だった。

 貴族の友好関係など利害関係と裏表。使える相手にはすり寄るし、使えないと判断すれば切り捨てる。

 カトレア自身もやってきたことで──つまり、使う側と使われる側が逆転しただけ。

 中立、あるいは反カトレア派が増えたら? カトレア自身に鞍替えは許されない。大勢に逆らった愚か者として処理され、一生その烙印がついて回る。

 

 負けだ。

 

 あのシルヴィア・トーにいつの間にか負かされていた。

 なんの策略も練っていないだろう小娘に。いや、練っていたのか? でなければ王子や公爵令嬢に取り入れるわけがない。

 だとすれば。

 

「……今のうちにシルヴィアを再起不能にしなければ」

 

 利用価値がなくなれば彼女に味方する者はいなくなる。

 失敗してもいいような生ぬるいやり方では駄目だ。

 襲うなら確実に致命傷を負わせる。あるいは、

 

「そうだわ。その新騎士団の本部を燃やしましょう」

「か、カトレア様?」

 

 傍に控えていたメイドが上ずった声を上げる。不敬だ。慣れ親しんだ相手とはいえ使用人でしかないのに。

 

「燃やすのよ。大きな被害が出れば失態として責任者が追及される。シルヴィアもろともその友人たちを一網打尽にするの」

 

 いい考えだ。カトレアは昏く笑って、

 

「そうと決まれば早く手配しなくちゃ」

 

 お茶会等に使われる小部屋から出て自室へ戻ろうとして、

 

「探したぞ、カトレア・カステル」

「……クロヴィス殿下」

 

 想い人にして悩みの種でもある男に声をかけられた。

 

 

 

 

 

 紅茶と焼き菓子の匂い。

 寮の自室でクロヴィスと向かい合ったカトレアは落ち着かない気持ちだった。

 使用人がいるとはいえ二人きり。

 王族は「そういう時」でも従者を外せないと聞くので可能性はあるし──それ以前に、状況を考えれば悪い話の可能性も大いにある。

 茶と菓子を口にして毒がないことを示してから、

 

「あの。お話というのは?」

 

 性急すぎる切り出し方に王子は眉をひそめることもなく、

 

「ああ。そろそろシルヴィア・トーを許してやってくれないか?」

「っ」

 

 予想はしていたけれど、よりにもよって。

 彼の口から「あの女」の名前が出たのが一番許せない。

 

「私に負けを認めろと仰るのですか?」

「そこまでは言わない。……そうだな。お互いに手打ち、双方態度が良くなかった。これでどうだ?」

「ありえません。私は被害者です。どうしてこちらが下手に出なければならないのです?」

 

 クロヴィスの指がかすかに動いて、

 

「被害者か」

「そうでしょう? あの子のせいで私は大きな被害をこうむりました。探られたくない腹を探っておいて無実を訴えるのは虫が良すぎます」

「あれはお前に謝ろうとしていたはずだが?」

「私の耳には入っておりませんし、手紙も全て燃やしました。内容は存じ上げません」

 

 ため息。

 

「そもそも、お前の秘密を暴こうとしたのは俺だぞ?」

「実際に口にしたのはシルヴィアではありませんか」

 

 王子に悪意があったとは思えない。

 なんらかの配慮だったのだろうと口にすれば、彼は「そうだな」と頷いた。

 

「俺はお前の歌を聴きたかった。歌姫。良いじゃないか。なんの問題がある?」

「ですが」

 

 それではシルヴィアを責める理由もなくなる。

 間違いを自ら認めて引き下がるなどプライドと立場が許さない。

 

「格下の癖に私の顔に泥を塗ったのです。なにをされても文句は言えないでしょう」

「カトレア。そもそもお前は何故、神託の結果をそこまで嫌っているのだ?」

「それは……」

 

 口ごもる。できれば答えたくないけれど、お互いの権力差がそれを許さない。

 

「大した理由ではありません。皆が笑い、蔑むからです」

 

 小さい頃のカトレアは歌が好きだった。

 母や乳母の歌を真似していろんな歌を歌っていた。使用人たちも褒めてくれたし、神から「歌姫」を目指せと言われた時も「自分には才能があるんだ」と嬉しかった。

 なのに。

 

『よりによって歌姫だと!? 我が家から娼婦を排出しろと言うのか!?』

『あなた、どうか落ち着いて』

『落ち着けるわけがないだろう! だいたいお前があの子に歌など教えるから……!』

 

 趣味としては賞賛されもてはやされる歌も、仕事となると途端に疎まれた。

 使用人も腫れもののように扱ってくるようになったし、カトレアの神託を知った者は笑うか、馬鹿にするか、可哀想なものを見るような目をした。

 唯一、普通に接してくれたのは。

 

『いいんじゃないか。僕だって騎士だ。そんな危険な仕事に就かなくてもと母上には泣かれたよ』

 

 だから、カトレアはダミアン・デュクロのことが好きだった。

 彼にその気がなかったとしても。どれだけ袖にされても。お互いの家から反対されていても。

 なのに、それさえもシルヴィア・トーが台無しにした。

 

「私は歌を嫌いになんてなりたくない。だから歌うのは止めました。私は普通に貴族夫人になりたい。愛人でもいい。殿下、どうか」

 

 わかって欲しい。そんな気持ちをこめて恩情にすがる。

 

「全てシルヴィア・トーが悪いのです。貴族でさえないくせに」

「全く、お前は」

 

 クロヴィスは小さくため息をつくと苦笑を浮かべて。

 

「嫌いではないが、つくづく面倒な性格をしているな」

「殿下」

 

 どう受け取れば良いのか。

 戸惑うカトレアに王子は優しく、諭すように言葉を投げかけてくる。

 

「お前はお前のやりたいようにすればいい」

「それは、シルヴィア・トーの責を認めてくださると?」

「……そうじゃない。歌いたいなら歌え。周りの声など気にするなと言っている」

 

 もちろん、そうできれば一番だろうけれど。

 

「俺に歌を聴かせてくれると言うなら愛人にしてやっても構わない」

「っ。本当、ですか?」

「ああ」

 

 彼はカトレアのことを認め、好きだと言ってくれる。

 初めて会った時からそうだった。どこかダミアンに似ていると思った彼。幼馴染の少年と違い、王子は全ての女に優しいのだけれど。逆に言えばカトレアにだけ冷たくすることもない。

 元王族、将来の公爵の愛人なんて十分すぎる地位だ。

 歌姫としての活動資金に困ることもないだろうし、カトレアにとやかく言う者もぐっと少なくなるだろう。

 

「その代わり、シルヴィア・トーに謝罪しろ」

「それは」

「本当はわかっているんだろう? あれが俺と同じ事をお前に伝えようとしていたのだと」

「……認めてしまえば、私が悪者になるではありませんか」

 

 今度こそ、大きなため息が聞こえて。

 

「あれにお前を潰す度胸があるように見えるか」

「…………」

 

 言われてみればその通りだった。

 あの少女は一貫して平和主義だった。対話を望む彼女を遠ざけていたのはカトレアで、一方的に潰せばいい、それが正解だと信じていた。

 けれど、シルヴィア・トーならば。

 

「もし拗れるようなら俺が割って入ってやる」

「どうして、殿下はそこまで? やはり彼女を愛人にしようと?」

「馬鹿を言うな」

 

 クロヴィスは心底心外だと言うように顔をしかめて、

 

「俺に靡かない女は一人で十分だ。あいつのことは面白いと思っているが……まあ、向こうがその気になるなら相手をしてやってもいいという程度だな。愛玩動物のようなものだと思ってくれ」

「ふふっ。愛玩動物はいいですね」

 

 向こうはカトレアと対等を望んでいるようだが、こちらは犬や猫を愛でるように思っておけばいいかもしれない。

 

「もし、殿下の愛人にしていただけたとして。正妻はやはりリゼット様になるのでしょうか」

「どうだかな。俺は自分で思っている以上に我が儘な女が好みらしい」

 

 少々心外ではあるものの、であればカトレアはなかなかにクロヴィス好みの女なのかもしれない。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「……はあ。終わったぞ。後は自分で仲直りをしておけ」

「ありがとうございました、クロヴィス殿下。お手数をおかけしてしまい大変申し訳ございません」

「本当にな。……まあ、俺としてもカトレア・カステルを放っておけなかったわけだが」

 

 カトレアとの話し合いを終えたクロヴィスは多くを語らなかった。

 ただ、令嬢との仲が進展したことは後の様子を見ていれば簡単にわかったし、だとすると彼にとっても望むところだったのかもしれない。

 

「だが、良いのか? あいつへの釘刺しとしては弱いだろう」

「構いません。カトレア様もこれから大変でしょうから……」

 

 彼女に下された『歌姫』の神託が受け入れられたわけではない。

 心無い評価を下す者はいるだろうし、覆すには実力を示さないといけない。歌うのを止めていたカトレアにとってはなかなか険しい道だろう。

 クロヴィスは「仕方ないな」と頷いて、

 

「だが、あれが次にやらかした際は俺の権限で処分するぞ」

「そうならないことを願っております」

「……まあ、手綱を握る努力くらいはしてやる。後はあいつ次第だな」

 

 王子の尽力のおかげで伯爵令嬢との関係は一気に修復されて。

 

「聞きなさい、シルヴィア。昨日クロヴィス殿下からプレゼントをいただいたの!」

 

 カトレアとは「お互いに悪いところがあった」と謝罪し合う形で仲直りした。

 その後は時折、令嬢に捕まって自慢話を聞かされるという関係に。

 派閥に入れられるとか、どちらかが貴族社会にいられなくなるとか、そういうことにならなくて本当に良かった。

 

 なお。

 後に──本当に後になってから「あの時カトレアは本部に火を放とうとしていた」という話が明らかになり、それを知ったエリザベートが「あの女、二、三回切り刻んでも構わないかしら?」と青筋を立てることになるのだけれど、それはまた別の話。

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