わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「昨日の今日でお邪魔してしまって申し訳ありません」
「いいえ。決闘に関するお話なのでしょう?」
「はい。リゼット様にどうしても聞いていただきたいことがあるんです」
王族寮の一室はセキュリティがかなり高い。
壁も扉も厚く防音がしっかりしているし、建物に入れる人間も限られている。盗聴を防ぐための魔道具も部屋に据え付けだ。
中年メイドにはこの際、一緒に聞いてもらうことにする。
長年リゼットに仕えてきた彼女を疑いたくはない。むしろ除け者にするほうがあとあと禍根を残すかもしれない。
「二ヶ月ほど前、わたしたちは遺跡となった古城でゴブリンの群れ、そして魔族を打倒しました」
「存じております。そちらのゼリエはその件で『恩恵』を封じられ、シルヴィア様のメイドとなったと」
「はい。では、恩恵の使い方を知っている彼女を打ち破ることができたのは、どうしてだと思いますか?」
聡明な少女はすぐに「……恩恵」と正答を口にした。
「そうです。クレールには戦闘経験に比例して力を伸ばし、さらに成長の方向性を操作する力が。エリザベートには型通りの剣技を必殺にまで高める力が。イズ──イザベルには正確かつ連続的に矢を放つ力が。ラシェル先輩には乱戦において大きく他を圧倒する力があります」
「待ってください、シルヴィア様。なぜ、皆さまの恩恵がそれほど正確に把握できているのですか?」
シルヴィアは自分の恩恵を光文字で表示しながら答えた。
「わたしが神から賜った恩恵が、神様の言葉を解読することだからです」
「……それは、まさか」
頭の良い人間ならばその意味と危険性はすぐにわかる。
もしかするとこの手の内容については女性のほうが先入観なく判断できるかもしれない。
十数秒の逡巡を経て、リゼットは「なるほど」と頷いて。
「納得いたしました。シルヴィア様の神聖魔法もまた、その恩恵の賜物なのですね」
「はい。なので、わたしたちは恩恵の力を武器に戦おうと思っています」
「各々が神から与えられた個性を武器に強者に挑む……素晴らしいことだと思います」
ここで少女は表情をさっと曇らせた。
「ですが、その点においてわたくしはお力になれそうにありませんね」
ハーフエルフの恩恵文は全て同じだ。
個別の力がさらに備わっているわけではない。
「長い寿命と豊富な魔力がリゼット様の恩恵なのだと思います」
そう答えたうえで、シルヴィアは念のため恩恵文を見せてもらえるようにお願いする。
「もちろん構いません。……どうぞ」
すぐに輝く文字が表示され、見やすいようにシルヴィアの側を向いた。
白い肌にほんのりと赤みがさして。
「ですが、普段お見せするものではないので少し恥ずかしいですね」
「すみません。すぐ済みますから」
やはり、書かれているのは予想通りの内容だ。
『あなたはハーフエルフだ。人間の倍を超える寿命と魔力を持ち、エルフと同じ繁殖方法を用いることができる』
ゲームの種族説明かなにかか。
人間に比べるとちょっと味気ないけれど、そう考えると人間こそがこの世界の主役なのだろうか。
それとも──と考えながら文章の末尾にたどり着いたところで。
「あれ?」
予想していなかった文言が、まるでおまけのように付加されていた。
『続きはこちら』
広告収入目的の情報ブログじゃないんだから。
ほんとにこの世界は……と思いつつ「こちら」の部分をタップ。すると、
「んっ……!?」
「リゼット様!?」
「大丈夫です。ただ、少しくすぐった……んんっ!?」
光文字が切り替わり、新たな文字が生み出された。
『ハーフエルフには人間としての恩恵も与えられる。
あなたは育成恋愛ゲームの主人公であり育成対象だ』
ほんとにこの世界は!
「あの、シルヴィア様? いったいなにが起こったのでしょうか……?」
ページ切り替えの影響なのだろう。
身をよじって頬を染めていたリゼットがようやく一息つきながら尋ねてくる。
「はい。……どうやら、リゼット様には人としての恩恵も別途与えられていたようです」
「そんなことが……?」
「わたしも初めて見ました。もしかしたら特定の操作をしない限り発現しない恩恵なのかもしれません」
さっきのえっちな声、もといくすぐったそうな様子から考えるとたぶんそうだ。
「では、わたくしにも他にできることが?」
期待の籠もった視線を向けられて「どうしたものか」と思う。
毎度のことだけれど、この手の概念のない相手になんと説明すればいいか。
しかも今回は直接的に強くなるタイプじゃない。
「そうですね……。リゼット様には無限に近い伸びしろが与えられているようです」
考えた末、シルヴィアはそんな風に答えた。
◇ ◇ ◇
育成恋愛ゲームの主人公であり育成対象。
表現が曖昧でわかりにくいけれど、おそらくは主人公の女の子を育てて攻略対象にアタックするタイプのゲームだろう。
女性向けのゲームにわりとあるスタイル。主人公と攻略対象の性別を入れ換えれば男性向けでも有名タイトルがあったはずだ。
ゲーム期間中、プレイヤーは日ごとや週ごとに「勉強」「バイト」「遊び」などといったコマンドから一つを選んで実行し、選択内容と確率による成功度合いに応じたステータスの変化を受ける。
勉強すると頭が良くなるしバイトをすると金が入る、遊ぶとストレスを解消して育成効率が上がるなどなど。もちろん勉強してばかりいると体力が落ちたりもする。
なお「一週間に一つのことしかできないとか効率悪いな!?」とか言ってはいけない。
ぶっちゃけシステム的な都合である。それで納得できなければその週(日)に重視する行動を選んでいるとでも思えばいい。
……話が逸れた。
「リゼット様は努力すればどのような分野でも修められる稀有な才能をお持ちです」
この手のゲームの特徴は育成の幅広さだ。
同じヒロインがエンディングで学者になったりスポーツ選手になったり芸術家になったりする。
努力するだけでステータスが上がってその分野が得意になるのだから、つまりあらゆる分野の才能を持っているということだ。
「現在秀才でいらっしゃるのは、日々勉強に励まれてきたからかと」
暇さえあれば図書館に通っていたらしいリゼット。
最近はあまりそういう姿を見かけないが、それはシルヴィアと会っているせいだろう。
だとするともしかして攻略されているのは──いやいや。
「では、わたくしも練習すれば剣が使えるようになりますか?」
「きっと上手になると思います。ただ、今からではさすがに間に合わないと」
「あ……。そうですよね」
しゅん、と、少女は肩を落とした。
可憐な彼女がその気になれば剣の達人になれる──数年剣を振り続ければ騎士団長を倒せるくらいになるだろう、というのは十分凄いのだけれど。
「お気になさらないでください。むしろ、得意分野を伸ばし続けてもまだまだ上に行けるということなのですから」
「シルヴィア様……」
顔を上げたリゼットの瞳が輝く。
クレールの瞳も好きだけれど、リゼットの神秘的な紫の瞳もやっぱり綺麗だ。
いつまでも見つめていたくなる気持ちを振り払って、
「残り三週間、魔法の訓練に費やしましょう。目的を持って鍛えれば上達も早いはずです」
「わかりました。わたくしも実戦の経験はありませんので、ご指導をお願いします」
普通のご令嬢は剣を持った男子に切りかかられたりしない。
騎士学校で劣等生だったシルヴィアもここでは稀有な経験者。
「できる限りのことをさせていただきます」
授業のある平日はなかなかクレールたちと会えないので、二人は暇さえあれば動きやすい服に着替えて屋外で「ああでもないこうでもない」と試行錯誤を続けた。
ドレスを脱いだリゼットと二人きり。
クロヴィスはもちろん、男女問わず他の生徒からも羨望を受けることになったのも無理のないことかもしれない。