わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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信頼は時に強い力になる

 暴力なんて前世では振るったことがなかった。

 人と争うのも体育の授業で経験した程度。

 けれど、今、襲い来るのはボールでも選手でもなく、得物持つ戦士。

 どうすれば防げるか、それさえ確証のないまま剣を持ち上げ、上段からの一撃を受け止める。

 重い。

 両手が早くも痺れ始める。

 金属のぶつかる音は耳障りで、

 

「初撃は凌いだか。……いいぞ、少しくらい生意気なほうが面白い!」

 

 本当に求婚する気があるのか。

 先に性格をなんとかするべきではと思いつつ、続く二撃目、三撃目をなんとか凌ぐ。

 認めたくはないけれど、面白がったダミアンが手加減してくれたおかげだ。

 

 ──剣を交えたままに少年を見つめる。

 

 野心も地位も金も、戦う力も、高望みしなければ十分に持っている。

 傍目から見れば玉の輿なのだろうけれど、シルヴィアの胸にときめきはない。

 前の世界は自由恋愛。

 貴族に娶られ傅かれて生きるイメージは湧かない。

 それに何より恋愛だの結婚なんてもっと先の話だと思っていた。

 

 賭けの賞品として奪われるなんて嫌だ。

 

 少しでも勝率を上げるには彼に一矢報いるしかない。

 唇を結び覚悟を決める。

 四度目の攻撃は「そろそろ終わりにしよう」とばかりの大振り。下手に受けたら怪我をするかもしれない。

 だから、敢えて飛び込むように無防備を晒した。

 

「何を──っ!?」

 

 少年の驚愕。

 試合故に寸止めのルールがあるとはいえ、実際、褒められる行為ではない。

 それでもダミアンの手が止まったのは確か。

 

「や、ああああっ!」

 

 隙をつき、シルヴィアは振り上げるようにして剣を見舞って──。

 

「……まったく、危ないじゃないか」

 

 再びの衝突音。我に返ったダミアンの剣が打ち合いに勝ち、シルヴィアの剣は宙に。

 軽い音と共に模擬剣が地面に転がったところで、審判役の教師が判定を下した。

 

「未来の花嫁に膝をつかされるなんて御免だよ」

 

 勝ったのは当然、ダミアンだ。

 少年の差し出してくる手を取らないまま、シルヴィアは「ありがとうございました」と口にする。

 まぐれでもなんでも、ここで勝てれば一番だったのだけれど。

 賭けの結果は順当に、クレールとダミアンとの成績次第となった。

 

「賭けを忘れるなよ、シルヴィア?」

 

 悔しいけれど、後はもう親友の勝利を祈るくらいしかできない。

 だから。

 

「お生憎様。わたしの騎士様がきっと勝ちます」

 

 少女は敢えて芝居がかった台詞を口にした。

 目を見開く少年を置いて背を向けると、金の髪の少女騎士見習いを探しに行く。

 一秒でも長くその戦いぶりを応援するために。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 親友と合流できたのは二回戦が終わった直後だった。

 試合に勝った者は審判から紐を一本受け取って腕に巻く。その本数によって勝った回数がわかる仕組みだ。

 ポニーテールの少女は当然のように二本の紐をつけていて、

 

「クレール」

「シルヴィア! お疲れ様、試合どうだった?」

 

 声をかけるとぱっと表情を輝かせて振り返ってくれる。

 

「あはは。いつも通り一回戦負けだよ。……ダミアンに」

「うわ。怪我はない? どこか切ったなら治療しないと」

 

 本人も擦り傷を作っている癖にぺたぺたと身体を触って心配してくれるので、慌てて「大丈夫だよ」と答えた。

 あそこでばっさりやられていなくて良かった。

 ダミアンも一応は紳士だということだけれど。

 シルヴィアはクレールの水筒やタオルなどを傍の地面から拾い上げ、抱きかかえて。

 

「試合に集中して。わたしの結婚がクレールにかかってるんだから」

「……ん、そうだね」

 

 結婚、の響きに黄緑色の瞳が一気に真剣みを帯びる。

 

「安心して。あんな奴にシルヴィアの人生を握らせないから」

 

 生き残りが少なくなればなるほど必要な陣の数は減る。

 上級生の部の参加者は百と少し。

 二回戦を経れば残るのはたったの二十五人程度。

 人は訓練場の中央へと集まっていき──互いに生き残っていれば当たる可能性も高くなる。

 

「ああ。これはわかりやすくて結構だね」

 

 果たして三回戦、クレールの前には因縁の相手が立った。

 得物はどちらも訓練用の長剣。

 背丈は少年に分があるも、瞳に宿る闘志では決して負けていない。

 

「始め!」

 

 合図と共に両者が一歩を踏み出し──あっという間に交錯した。

 

 

 

 

 

 賭けに応じ、直接対決に破れたシルヴィア。

 親友に人生を託すことになったけれど、完全に無策というわけでもなかった。

 

 鍵を握るのは恩恵。

 

 神から与えられた個別の設定? 能力? 指示? には運命を暗示するような文言が含まれている。

 シルヴィアの「百合ハーレム」しかり、ダミアンの「引き立て役」しかり。

 これらはおそらく絶対ではない。指揮官であるシルヴィアが剣を振るえるように、恩恵とは別に個人の意思や努力にも意味はある。

 それでもきっと、ある程度の強制力は働く。

 ダミアンの恩恵を知っているシルヴィアならば意図的に流れを作ることだって。

 

『わたしの騎士様がきっと勝ちます』

 

 だから、自ら物語の登場人物になることを選んだ。

 賞品であるシルヴィアがヒロイン。

 ヒロインが一方を選んだ時点で、もう一方は引き立て役の悪者になる。

 ダミアンは他でもない自分自身によって自らの敗北フラグを立てて。

 

 読み通り、シルヴィアの騎士は敵を圧倒した。

 

 

 

 

 

 鋭い音。

 

 相手より一瞬遅れて閃いた剣がもう一方の剣をすくい上げ、宙を舞わせる。

 からん、と音が響いた時には切っ先が少年の首に突きつけられており、

 

「勝負あり、だね?」

「───っ」

 

 一瞬の決着にダミアンは「納得いかない」とばかりに唇を噛んだ。

 けれど、物言いをつけられるような内容ではない。

 

「勝者、クレール・エルミート!」

「やったよ、シルヴィア!」

 

 剣を鞘に収めた少女は表情をふっと緩めると、陣の外で観戦していたシルヴィアへとまっすぐに駆け寄ってくる。

 鍛えられた、それでも柔らかな指が絡められて。

 

「ちゃんと見ててくれた?」

「見てたよ。ありがとう、クレール。信じてた」

 

 ぴろんぴろん。

 これでもか、とばかりに好感度が上がって。

 

『81/100(恋愛感情)』

 

 シルヴィアは脳内で「早すぎない?」と冷や汗をかいた。

 音の鳴った回数だと計算が合わない。

 ひょっとして、クレールが聞いていない発言でも好感度が増減するのか。それもゲームではよくある仕様。だとしたらさっきの騎士様発言でも上がっていたのだろう。

 

 ──ひょっとしてこれ、好感度を下げるほうが難しいのでは?

 

 気心の知れた相手ほど多少の意地悪は「しょうがないなあ」で流せるのが人間。

 陰で悪口言いまくったりすれば別だろうけど、わざとそんなことをするのは胸が痛む。

 でも、そのおかげでこんなにも早く。

 

 親友を恋に落としてしまった。

 

 恐る恐るその表情を窺えば、シルヴィアの好きなクレールの瞳が「どうしたの?」とばかりに覗き込んできた。

 黄緑色の瞳は勝利の喜びとそれ以外の感情からきらきらと輝いていて、とても水を差せる雰囲気ではない。

 

「ううん、なんでもない」

 

 胸の奥がちくり、と痛んだ。

 悪いのはシルヴィアをおいて他にない。賭けに勝つために乙女ゲームのセオリーを利用したのだから自業自得ではある。

 別にクレールを騙したつもりもないけれど。

 

 神様の定めた運命には逆らえないのか。

 

 百合ハーレムを作る、というシルヴィアの運命が早くも動き出してしまった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 正直に言えば、女の子と仲良くなれるのは嬉しい。

 百合の概念は知っているし、むしろ前世では積極的にその手の作品に触れていた。

 がさつで筋肉質な男子よりも女子と恋愛したいと思うのは不思議なことじゃないと思う。

 けれど、同性の恋愛に障害がつきまとうことも知っている。

 現実的ではないと思っていたし、その想いは今も変わっていない。果たして大切な親友をそんな道に引きずりこんでいいのか、簡単には答えを出せない。

 

 だから、今はまだ、

 

「わたしの騎士様、か。僕よりもそいつを選ぶのか、君は」

「? デュクロ君、なんの話?」

「そいつが言ってたんだよ。お前のことを『わたしの騎士様』って」

 

 ()()()()()()

 おいちょっと待て、余計なことを言うなダミアン。

 

「ね、シルヴィア。それ本当?」

 

 さらに好感度の上がったクレールが恥ずかしそうに頬を染めて。

 シルヴィアは「本当だよ」と答えながらもどうしていいかわからなくなる。

 

「わたしはクレールに勝って欲しかった。だからそう言ったの」

「……じゃあ、祝福のキスとか、してくれたりする?」

 

 すると、心の隙を突くように可愛いおねだり。

 冗談めかしてはいるけれど、クレールの瞳には確かに期待の色があった。

 

 女同士の前にまだわたしたち十歳なんだけど!?

 

 と言っても別にこの場合、口と口でのキスではない。

 この世界だと親しい相手へ親愛を伝えるキスはわりと普通だ。例えば娘から父とか。シルヴィアは「恥ずかしい」と今世の父からのお願いを断り続けているが、クレールとなら特に抵抗はない。

 幼い同士だからこそ深い意味をこめなくてもいいわけで。

 

 だけど、こうもあらたまって言われるとやっぱり恥ずかしい。

 

 勝っても負けても運命に追い立てられるなんて。

 神様の意地悪を感じながらこくん、と頷き、少女の肩に手を置いて。

 自分よりも背の高いクレールに合わせるために軽く背伸びをしたところで、

 こほん。

 

「クレール・エルミート。早く紐を受け取って四回戦に向かいなさい」

「す、すみません!」

 

 絶妙のタイミングで審判教師が止めてくれた。

 シルヴィアはほっとしつつ「次も頑張ってね!」と笑顔を浮かべて──。

 

 クレール・エルミートはこの一件で動揺が残ったのか、四回戦であっさり上級生に敗北した。

 とはいえベスト16入り。

 四年生、しかも女子の身で成し遂げた少女の名前は今まで以上に校内へと知れ渡った。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「シルヴィア。ダミアン・デュクロには何を要求するつもりなんですの?」

「エリザベートさん」

 

 朝の食堂。

 ほけー、っと顔を上げるとそこには紅目の公爵令嬢がいた。

 頭上の表示は『64/100(友人)』。ツンツンしているイメージとは裏腹に好感度が高い。実はこの娘、ツンデレか?

 当然のように引き連れられているイザベルは『58/100(友人)』。シルヴィア側の心理的距離と対照的である。

 

「なにを呆けていますの。座学トップの秀才が」

「わたしのこと『落ちこぼれ』って言わないの?」

「貴族学校では剣の腕などなんの意味もありませんわ」

 

 この国には騎士の学校とは別に貴族の学校がある。

 

「十二歳。わたくしたちは騎士学校を卒業して上級騎士学校に入学、本格的に騎士としての鍛錬を積みます。戦略家になるあなたは戦闘技術の習得よりも人脈作りと勉学のために貴族学校へ入学──そうでしょう?」

「うん。みんなとはあと二年ちょっとで離れ離れになるんだよね」

 

 このルートを辿ることでシルヴィアは同世代の騎士・貴族ほとんどと面識を得られる。

 将来、高位貴族の前で作戦披露する可能性も考えれば貴族としての礼法を学ぶのも必要。上からも命じられた規定路線なのだけれど、

 

「やだ」

 

 服の袖が遠慮がちに、けれどはっきり引っ張られた。

 

「一緒に上級にあがろうよ、シルヴィア」

「エルミート。なにを我が儘を言っていますの」

 

 エリザベートの目がさらに呆れの色に染まる。

 ただし、対象はシルヴィアではなくクレールで。

 睨まれた少女は頬を膨らませ、

 

「エリザベートだって、イザベルと離れ離れになったら寂しいでしょ」

「いえ、別に。学校が別になろうとイズがわたくしの庇護下にあることは変わりませんもの」

 

 あー、ツンデレだ。

 この子、もしそうなったらなんだかんだ理由をつけてちょくちょく子分に会いに行くんだろうなあ……と、シルヴィアは思った。

 なお、そんな悠長なことを考えている場合ではなく。

 

「シルヴィア。あなたいっそ、エルミートと結婚してはいかがです?」

「け、結婚!?」

「噂になっていますわよ? デュクロの令息からの求婚を蹴ってエルミートの令嬢を選んだと」

「鞘当てのための賭けじゃなかったんだけどなあ……」

 

 外野にとってはそんなことどうでもいいのだ。

 面白おかしい内容のほうが噂する側としては楽しい。

 

「でも、女同士じゃ結婚できないじゃない」

 

 言い返したシルヴィアは、

 

「……結婚かあ。あたしが男だったらなあ」

 

 謎なタイミングでさらなる「ぴろん」の音を聞いて、本格的に頭を抱えたくなった。

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