わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「飛び道具も当然、素材の質に左右されるわ。良い弓を使ったほうが絶対にいいじゃない」
「でもエリザベート様。良い弓は高いじゃないですか」
「だからプレゼントすると言っているのに」
「あ、なるほど。だからイズは渋ってたんだ」
公爵家出身のお嬢様はツンツンしているようでいて情が深い。
親しい相手にはぽん、と、とんでもないものをプレゼントすることがある。
騎士団をプレゼントされたシルヴィアはそれを良く知っていた。
思わず遠い目になるとクレールがくすりと笑って、
「イザベルも律儀だよね。もらっておけばいいのに」
「いや、お金持ちから高いものもらうのはけっこう怖いでしょ」
後から返せと言われても困るし。
「でもここはエリザベートに賛成かな。お言葉に甘えていい弓を用意しようよ」
「それとも、わたくしが信用できませんの?」
「……わかりました。じゃあ、エリザベート様のお言葉に甘えます」
渋々ながら頷いたイザベルはそっとシルヴィアに向けて微笑んでくれる。
一歩踏み出すきっかけになってくれたならなによりだ。
「でもさ。剣とか槍と同じで持ち主との相性もあるよね?」
その辺りは平気なのか、とラシェル。
「確かに、強い弓は引く力も強くないと駄目だって言うよね?」
「その点は心配ありませんわ。イズだって成長していますもの。ね?」
「エリザベート様は意地悪です……」
と、小動物めいた目をする少女はとても可愛らしかったのだけれど。
試しにクレールの腕を拳で叩いてもらうと──どん! と、想像以上の音がした。
「いたた。わかっててもちょっと来るよ、イザベルのパンチ」
「え。イズっていつの間にかこんなに強くなってたの?」
「どうしてシルヴィアが驚くのさ」
「なるほど。長時間弓を引き続けている以上、それに応じた筋力が身に着くということですね?」
「使う筋肉が違いますから一概には言えませんけれど、鍛えられて当然ですわよね」
ゲームキャラクターは自分の得意武器ならだいたい装備できることが多い。
このあたりをリアルにするためレベルやステータスなどの条件が設けられていることも多いけれど、逆に言うと練度さえ上がれば装備できるわけだ。
「知っていて、シルヴィア? この子、通常訓練の後も日が暮れるまで弓を引いているの」
「うわ。イズ、腕大丈夫? 疲れが溜まってたりしない?」
「大丈夫です。私なりに加減はしていますから」
放置ゲームの主人公は放っておくとえんえん敵を狩り続ける。
少女もこと弓に関しては無限に等しいスタミナを持っていると言うのか。
あの手のゲームは攻撃すればするほど経験値が溜まることが多い。
ただの的はきっと大した経験にならないだろうけれど、一日にそれだけ練習し続けた場合は──それこそ放置ゲームのごとく継続が力になる。
「イザベルも地味に天才だよねえ……」
ラシェルのしみじみとした呟きがまさに少女のすごさを言い表していた。
◇ ◇ ◇
そうして。
僅か二日後、シルヴィアはイザベルと共に街へ繰り出すことになった。
『わたくしが一緒だとこの子、気兼ねしそうですし。シルヴィアに任せますわ』
平日は暇がないとか言いながら放課後の外出である。
軍資金はエリザベートからたっぷりと預かっている。足りなければ彼女宛てに請求して良いとのことなのだけれど、
「シルヴィアさん。せめて常識的な範囲の弓にしましょう? ね?」
「大丈夫だよ。今からだと既製品を買わなきゃ間に合わないし」
本気で金に糸目をつけない場合は『オーダーメイド』という伝家の宝刀を抜くことになる。
「でも遠慮はだめだよ? 自分に合った弓を見つけること」
「わ、わかりました。勝利がかかっているんですから」
向かうのは街で一番の武具店である。
とりあえずそこに行くのが一番、良い品を見つけやすいはずだ。
女の子が二人、連れ立って向かうには色気のない場所だけれど。
──イズもいざとなったら強いんだよね。
クレールに一目置かれるパンチ力があればそこらのチンピラなんて一発である。
貴族学校と騎士学校の制服、さらにそれぞれメイドを従えた状態だとそもそも平民のナンパとかも寄ってこない。
相方のクレールとは別の意味で気の置けない仲のイザベルとだと肩の力が抜けるのを感じながら、
「あ、ここだね」
「やっぱり大きいですね……」
平民でも自衛のために武器を求める者はけっこういるし、冒険者などの需要もある。
在庫を販売するタイプの武器店、それも大手となるとかなりの威圧感だった。
でもまあ、宝石店とかよりは入りやすい。
「こんにちは。この子の弓を探しているんですが、案内していただけますか?」
「いらっしゃい。騎士見習いに……お貴族様か。これはこれは」
「お気になさらないでください。わたし、平民上がりの男爵なので」
「いや、その歳で男爵とか初めて聞いたけどな……!?」
武器屋のおじさんはなんだかんだ丁寧に案内してくれた。
「武器に関しちゃそれなりにうるさいからな。嫌がらせなんか死んでもするかよ」
「助かります。それで、強めの弓が欲しいんですけど……」
「とりあえずいくつか引いてみてもらうか。強い弓は力がいるし、素材によってしなりも変わるからな」
おじさんはその後、イザベルの筋力に舌を巻いた。
「大の男でもここまでの弓使いはなかなかいねえよ」
「そうなんですか?」
「腕っぷしに自信がある奴はだいたい『殴れる得物』を使うからな。飛び道具を使うのは消極的な理由の奴が多い」
強い武器は売れにくいため武器店にもあまり在庫がなかった。
数少ない弓はどれも引き心地がしっくりこないか、威力がやや物足りない。
「他の武器店を紹介していただくことはできますか?」
「なかなか訳ありみたいだな。……ま、その様子を見れば納得はいく。いいぜ。いくつか紹介してやるよ」
「ありがとうございます」
さらに翌日、翌々日を使って別の店を周って──。
「シルヴィアさん。これ、とっても使いやすいです!」
駄目もとで訪れた小さめの武器店、陳列されずに倉庫の肥やしになっていた一つの弓にイザベルが目を輝かせた。
木製の、何の変哲もない弓に見えるものの、よく見ると他のものとは色合いやしなりが違う。
「エルフの森の古木の枝から作られた一品だよ。人間が使うには柔軟すぎて欲しがる奴がいなかったんだ」
「そうなんですか? こんなに素敵なのに」
「お嬢ちゃんみたいな女の弓使いがこの弓に出会わなかったってことさ」
エルフは全員が女性。
上位種族は力も強いはずなので……なるほど、彼女たちの用いる弓なら確かにぴったりだろう。
ハーフエルフの少女を救うための戦いに用いるにももってこいだ。
「でも、高いんですよね?」
「そりゃもう、下手な家なら潰れるくらい……と、言いたいところだけど、正直さっさと売れてくれた方が助かる。あの店からの紹介だし、できる限り安くしておくよ」
提示された金額は思ったよりもずっと良心的なもので。
「せっかくだから銘でも彫り込むかい?」
「いえ、直近で必要なのでできればこのまま……。でも、ひょっとしてなにか意味があるんですか?」
「威力には影響しないよ。ただ、家名や自分の名前を彫り込むやつは多いね」
盗難防止と願掛けといったところか。
「あ、じゃあ、イズ。わたしに彫らせてくれないかな?」
「え? シルヴィアさんが、ですか?」
「うん。だめかな?」
「……そんな、駄目なわけありません。ありがとうございます」
というわけで、弓の表面にはシルヴィアの字で小さく文字が彫りこまれた。
『一弓入魂』。
一晩悩んで彫ったにしてはひねりがないというか逆に狙い過ぎというか、微妙な仕上がりになってしまったけれど。
日本人の感覚がないイザベルは神様の言葉の意味を聞いて瞳を潤ませた。
「大事にします。エリザベート様と、シルヴィアさんのくれたこの弓を」
「む。あたしもなにか一枚噛んでおけばよかった」
こうして、神文字の彫られたエルフの柔弓が弓手イザベルの手に収まったのだった。