わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「お待ちしておりました、シルヴィア様」
勝負の日の朝。
シルヴィアは朝早くに神殿を訪れた。
迎えてくれたのは、まだ早いと言うのに身支度をしっかり整えた銀髪の少女巫女──アンジェと、そして現『聖女』であるアンジェリカだった。
「アンジェリカ様まで」
「シルヴィアが負けられない戦いに挑むと言うのです。激励しなくてどうしますか」
見た目や肩書きの印象よりもだいぶ親しみやすい聖女様はそう言って微笑むと「さあ、こちらに」と奥へと招いてくれる。
神殿は朝でも整然としており、参拝客の姿もある。
雑用を人任せでゆっくり寝ていられる貴族とは真逆である。
あらためて身の引き締まる思いを感じながら床に響く靴音を聞いていると、
「勝利の祈願はとても良いことよ。神もきっと見てくださっているわ」
「はい。わたしもそう思います」
前世の感覚からすると「神様なんていないでしょ」となるのだけれど。
以前、シルヴィアはこの神殿にて実際に神秘的な現象を目にしている。
拝んだだけで聖なる光が溢れたのだから、むしろ神の実在を信じるしかない。
「ようこそおいでくださいました、シルヴィア様」
「湯浴みの準備が整っております」
どうせ祈るなら身を清めてから、というのはアンジェたちの提案だ。
神聖魔法で清めることもできるけれど、神に祈るために神の力を借りるのは本末転倒。自分たちの手で綺麗にするからこそ信仰心を伝えられるという考えらしい。
聖職者たちの清めは水浴びであることも多いらしく、
「……わたしに聖職者は無理そうです」
「ふふっ。お風呂の誘惑はとても強力だものね」
女だけの空間で聖女とその見習いが着衣を払っていく。
水で身体を洗っているとは思えない。
清らかさと大人の魅力を兼ね備えたアンジェリカも、成長を終えていない少女特有の神秘的な美しさを持つアンジェも見惚れてしまうくらいに様になっている。
ゼリエの手で裸になったシルヴィアは清らかな女性たちと肌を晒し合っている状況にほんのり頬を染めた。
「でも、貴族の女性に信仰が広まるのはとても良いことよ」
「そうなんですか?」
「下世話だけどね、寄付金が増えるの」
神殿もお金がなければ運営できない。世知辛い。
「ところで、衣は用意しなくていいとアンジェから聞いたんですが……」
「ええ。こちらにもシルヴィア用の衣を用意したもの」
「え。もう三着目ですよ?」
「洗い替えのためにもそれくらい必要でしょう?」
ここでアンジェがどこか得意げな顔になって、
「シルヴィア様のお部屋を神殿内に用意する話も挙がっているのですよ」
「お、お金は大丈夫なんでしょうか……?」
「心配しないで。それこそシルヴィアのおかげで神殿の注目が高まっているのだから」
一年生の前で神聖魔法を披露したのが大きかったか。
温かなお湯で身を清めたシルヴィアは、真新しい巫女の衣を身に纏った。
ただの布、けれど不思議と身が引き締まる。
「お祈りってなんだかいつも落ち着かない気持ちになるんですよね」
「考えを全て追い出して神と一体となるのが良いですよ、シルヴィア様」
「難しいことを言わないでください、アンジェ様」
通路を戻り、入り口ホールを通って神像のある大広間へ。
偶像崇拝は禁止されていない。見目麗しい女性の姿をした像はいったいどの程度真実を表しているのか。
朝の柔らかな陽光が差し込む中、一般客や聖職者の視線が集まって、
「楽にしてください。私たちもお祈りに来ただけですから」
シルヴィアたちは神の像の正面に跪いた。
先頭はアンジェリカ。シルヴィアはその後ろでアンジェと並ぶことを許された。
聖女見習いと同格扱いは正直言って破格の待遇。
シルヴィアの神聖魔法を目にしている信徒たちはもう、お祈りの作法が間違っていても何も言わない。
合掌してみたりいろいろ試した結果、最近は両手を胸の前で組む形に落ち着いた。
合掌だと仏壇の前にいるみたいな気分になるし。
西洋式に近いここではこの形がしっくりくる。
考えを追い出して神様と一体に。
なんて、意識してもなかなかうまくいかないのだけれど。
もしかしたら、今なら。
普段は寮の部屋でのお祈りだったり、もっと人の多い時間だったりする。
朝の静かな時間に身を清めて向かうのはこれが初めてだ。
形から入るのは精神統一の意味も大きいのか。錯覚かもしれないけれど、本当に神前にいるような不思議な感覚が襲ってくる。
深く、深く。
目を閉じたことで今いる場所がわからなくなり、清浄な雰囲気だけを肌で感じる。
精神の世界。
もっと深く入り込むことができたら、神様に会えたりするのだろうか──と。
「シルヴィア様。……シルヴィア様?」
「あ……わたし」
アンジェに肩を揺すられたシルヴィアはようやく我に返った。
「わたし、もしかして寝ていましたか?」
間の抜けた問いにアンジェは真剣な表情で「いいえ」と返してくれる。
「深く集中なさっていたようです。……難しいと仰っていましたのに」
「それは、今日はたまたまです」
「では、また朝の礼拝に来てくださいませ」
「そうですね。それが良いかもしれません」
お祈りをしただけで必勝祈願を忘れてしまったけれど。
「シルヴィア様の気持ちは神に伝わったはずですよ」
銀色の輝きが天に上って美しい光景だったと他の聖職者から教えられて、なんだか照れくさい気持ちになった。
「では、シルヴィア、アンジェ」
「はい。行ってまいります、アンジェリカ様」
連れ立って貴族学校へ。
お祈りの後だからか、街の喧騒もあまり気にならない。
貴族街に入ってしまえば人通りも少なくなるのでなおさらだ。
少し遠い道のりも気持ちを落ち着け、覚悟を決めるのにはちょうどいい。
「いよいよなのですね。正規騎士との真剣勝負」
「はい。……でも、安心してください。クレールたちが守ってくれますから」
今日まで何度も集まって訓練と相談を重ねてきた。
作戦も立てたし、少なくとも無様な負け方はしないはずだ。
もちろん、リゼットのためにも勝つつもりで戦う。
「シルヴィア様。せっかくならご自分で守る、と言ってくだされば」
少しは効果があったのか。アンジェがくすりと笑ってくれる。
「そうですね。……わたしはわたしのやり方でアンジェ様をお守りします」
みんながそれぞれの役目を果たせれば、きっと。
貴族学校へ戻ると校内は既に決闘ムードに包まれつつあった。
一般生徒も多くが興味を示している。それもそうだ。騎士団長率いる正規騎士が王子と共に戦うのだから。
シルヴィアたち女子チームは「悪いが、あいつらの負けは確実だろうな」という空気だけれど。
「お帰りなさい。良いお祈りができたようですわね」
「うん。おかげで気持ちが引き締まったよ」
相手チームに先んじて集合した仲間たちと共に最後の打ち合わせ。
騎士団長たちがやってきたのは開始時間ギリギリになってからで。
「いい勝負にしよう、リゼット。どちらが負けても悔いのないようにな」
「ええ。わたくしは自らの手で自由をつかみ取ります」
決闘は昼前、多くの観衆が見守る中でついに始まった。