わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「エリザベート。ちょっと恥ずかしいよ」
「なにを言っていますの、これくらい。どうせクレールとはしていたのでしょう?」
「それはまあ、似たようなことはあったけど」
某日、夜。
シルヴィアは上級騎士学校の寮室、エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢の部屋で髪をいじられていた。
うきうきした様子のお嬢様を止める者は誰もいない。
きらきら輝く紅の瞳が不満と苛立ちの色に染まる様を見たいと思う者、まして自分がそのきっかけになろうと思う者はなかなかいないだろう。
令嬢付きのメイドはどこか遠くを見るようにドア前へ立ったまま。
シルヴィア付きのゼリエは苦笑を浮かべて窓の前にいる。いきなりの来客を防ぐため、つまりは「どうぞごゆっくり」の姿勢だ。
「これ、ぜったいお嬢様のすることじゃないと思うんだけど」
自慢の銀髪が友人の手で弄ばれている。
編まれたり、丁寧に梳かれたり、指でくるくると巻かれたり。
痛くも苦しくもないけれど、さっき言った通り気恥ずかしい。
そうしている本人は普段、自分で髪なんか整えないはずで。
「わたくしだって、ほんの数か月前までメイドを使えなかったのですわよ?」
「イズから『エリザベート様のお世話は私の仕事です』って言質取ってるもん」
「……まあ、そんなこともあったかもしれませんわね」
「あ、とぼけた」
振り返って追及してやろうとすると、頬をぷに、と突かれる。
「ふふっ。……この頬、ついいじりたくなるのはなぜなのかしら」
「そうやってみんなしてわたしのほっぺで遊ぶんだから」
「それくらい許しなさい。わたくしだってたまには友人とじゃれあってみたいの」
別にそんな機会いくらでも、と言いたいところだけれど。
実際問題、公爵令嬢にして騎士見習いのエリザベートには釣り合う相手がほとんどいない。
公の場では高貴なる者としての振る舞いが求められるし、本人も立派な自分であろうと努めているため、シルヴィアたちのような「友人」相手でも完全に気を抜くことはできない。
人目をはばからず抱きついてくるクレールが特殊なのだ。彼女の場合は昔から「そういう性格」と認められているうえに伯爵令嬢なのでギリギリセーフ。……やっぱりアウトかもしれないけれど、まあ、咎められたりはしていない。
「だからクレールを突っぱねてまでわたしを呼んだんだ?」
「たまにはいいでしょう? 誰の目も憚ることなく親交を深めるのも」
二人の仲が良いのはみんなが知っている。
放っておけば「なにか騎士団関連の相談でもしているんだろう」と思ってくれる。
実際はだらだらしているだけだとしてもそれはそれ、である。
「お嬢様も大変だよね」
「ええ、本当に。同性の友人相手でさえなかなか触れ合えないもの」
この国では女性同士の恋愛はかなりいい顔をされない。
よって、同性の友人、あるいは使用人相手でも節度が求められる。
ちなみに男同士の恋愛はわりと美談にされる。
「……男ってずるいよね?」
「そうね。ずるい、と言うくらいの権利はわたくしたちにもあるでしょう」
妬み、羨んでも、個人の力で状況は変えられない。
革命を起こすわけにもいかないし、そもそも「正論」というのは時と場合によって変わることがある。
シルヴィアたちの意見が正しいとは限らない。
「ねえ、シルヴィア? わたくしたちのやっていることは正しいのかしら」
細いけれどしっかりとした腕が後ろからシルヴィアを抱きしめる。
耳に触れる唇。
問いかける声はいつになく不安げで、頼りなかった。
シルヴィアはエリザベートの手にそっと触れて、
「どうしたの? なにかあったなら相談に乗るよ?」
「いいえ。……今はまだ、なにもありません。ただ、不安になるの」
このまま信じた道を進んでいいのか。
「クロヴィス殿下との決闘は願ってもない好機だった。そしてわたくしたちはそれを掴んだ。もっと時間をかけて得るはずだった注目と信頼を一気に勝ち取ることができた」
「でも、一気に話を進めすぎると良く思わない人もいるよね」
「そう。既得権益からの反発は必ずある」
そういう意味でも、クロヴィスや騎士団長が協力的なのはありがたい。
リゼットという助っ人の獲得も大きな力になるだろう。
それでもなお、苦労は避けられない。
「大丈夫。わたしはエリザベートの味方だよ」
「シルヴィア」
「というか、わたしのためでもあるんだもん。エリザベート任せなんて言わない。わたしもちゃんと背負うから」
みんなだって同じ気持ちのはずだ。
「少しずつでもいいよ。できることをやっていこう? そうしたらきっといつか、大きく変わってくれる日が来るよ」
異なる世界、異なる国の歴史を知るシルヴィアは世界が変わるものだと知っている。
日本における女性の歴史だって「おかしい」と声を上げてきた者たちによって少しずつ変わってきた。
たとえそれが結果的に間違っていたとしても、信じて進むしかない。
くすっ、と、公爵令嬢は笑って、
「そうですわね。……でも、どうせならわたくしたちが元気なうちに変えてしまいたいものね」
「あはは。さすがにそれは難しいかも?」
「あら、弱気なのね? あなただって、そうなってくれないと困るんじゃなくて?」
シルヴィアをベッドに押し倒した。
清潔に保たれたベッド。それでもかすかにエリザベートのにおいを感じる。
紅の瞳に見下ろされて。
少女の頭上にある好感度表示が目に入る。
「エリザベートは、わたしのこと好き?」
なにげない問いかけが少女の手を動かし、シルヴィアの頬に触れさせた。
「今更なにを言っているの? 言わないとわからないとでも──いえ」
いいことを思いついた、とでもいうように唇が歪んで、
「なら、言ってあげる。……好きよ、シルヴィア。あなたのことが大好き。今も、これからも、手放したくないと思っている」
「……エリザベート」
本当なら、他の誰かを好きになっていたはずだ。
例えばイザベルとか。……いや、うん、普通に考えたら誰かしら公爵令息か侯爵令息あたりなのだけれど。
ともかく、シルヴィアの変な趣味につき合わせなくてもよかったはず。
それでも実際は、後戻りの難しいところまで来てしまっていて。
「うん。わたしも好き。エリザベートのこと、大好き」
「本当に、ずるい子」
頬に触れていた指が滑り、一度だけ唇を撫でた。
その指をエリザベートは自身の唇に触れさせて。
「責任、取ってくれるのかしら?」
「あはは。わたしなりに精一杯、頑張ってみる。……やっぱり、できるだけ早く、いろんなことを目指さないとだめかも」
「ふふっ、そうでしょう? わかってくれたのならなによりだわ」
覆い被さるように抱きついてきた少女と互いの体温を伝え合って。
「もういっそのこと、このまま寝てしまおうかしら」
「それはそれで楽しそうだけど、いいの? もうちょっとお話ししなくて」
「そうね。本当はやりたいことがたくさんあったの。お茶をして、話をして」
楽しみにしていた催しほど実際は上手くいかなかったりする。
「いいよ。やろうよ、できるだけ」
起き上がって言うと、エリザベートはほんのり頬を染めながら「そうね」と頷いて。
「お茶の準備をお願いできるかしら」
「心得ております」
メイド二人はいつの間にかお湯を沸かし茶葉の準備を始めていた。