わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「おい、そこのお前」
貴族学校の廊下は常に美しく清潔に保たれている。
響く靴音を楽しみながら、受け取った荷物を抱えて歩いていると──横合いから横柄な声。
振り返ると学園の一年生、男子生徒が二人並んで立っていた。
彼らの家柄はたしか、子爵家の上位と伯爵家の下位。
記憶から情報を引き出しながら笑顔で振り返り「なにか御用でしょうか?」と尋ねた。
少年たちの顔に浮かぶのは少々いかがわしい笑みだ。
「ああ。お前、ちょっと付き合えよ」
「ご主人様と一緒じゃないって事は暇なんだろ?」
直球な物言いに『彼』は内心でため息をついた。
貴族の中には権力を誇示し、他人を従わせようとする者も多い。
平民の上に立つ者として必要な思考ではあるものの、行き過ぎると「他人の使用人」相手にもこうして大きな態度を取ることがある。
学校に仕える使用人は生徒の要望に応えるのも仕事なので仕方ない。けれど、貴族学校の使用人は揃いのお仕着せを身に着けているのでとてもわかりやすい。
要するに、舐められているのだ。
苛立ちはあるものの、余計な諍いを生むのは主人への迷惑。『彼』は柔和な態度を崩さないまま、メイドとして恭しく頭を下げた。
「申し訳ございません。殿下に申し付けられた仕事がまだ残っておりますので」
殿下、という単語に少年たちの表情がさっと曇る。
「殿下って、まさか」
「クロヴィス第五王子のメイドだった……の、ですか?」
「左様でございます」
権力を振りかざす者は、より大きな権力を恐れる。
横柄な態度が『彼』の主に知られれば。それ以前に「王子の従者」の顔もわかっていなかったなど、それだけで醜聞だ。
途端、媚びるように見られるのは正直いい気分ではないけれど、
「あの、この事はなかったことに……」
「ご安心くださいませ。急用で慌てていらっしゃったのですよね? 他をあたっていただければそれで構いません」
「そ、そうそう。そうなんです」
一礼して歩き出した『彼』を、男子たちが追いかけてくることはなかった。
それにしても、本当に。
「使用人の中でも、メイドの地位は低いものですね」
王族寮内、クロヴィス第五王子の部屋。
扉を閉じると主人不在の室内で息を吐く。
反応したのは隅で剣の手入れをしていた『仕事仲間』だ。
王子は現在、授業中。
使用人が一緒だと気が散る(※主にナンパの)と教室を追い出されるのは週に何度かある恒例行事だ。
空いた時間はお互いこうして「有効活用」している。
王子とはいえ寮に連れてこられる使用人には限りがあるため、荷物の受け取りや部屋の手入れなどすることはたくさんあるのだ。
「また誰かから口説かれたか?」
「ええ。このような格好をしていれば仕方のないことではあるのですけれど」
黒のワンピースに白いエプロン、フリル付きの髪飾り。
清楚で淑やかなメイドの装いはある種、男の欲をかき立てる魔性でもある。
古来より何人の貴族、王族が使用人に手を出して子を孕ませたことか。
王子の護衛役である男は肩を竦めて、
「殿下の従者だって知ってりゃ普通怖気づくもんなんだけどな」
「残念なことに、知っていて声をかけてくる方もいらっしゃいます」
専属とはいえ「お手付き」でなければお誘い自体は問題ない。
「殿下との関係を疑われるわけにもいきませんし、困ったものです」
「やっぱり嫌か、その格好」
「いいえ、もう慣れました。むしろ男性として振る舞うほうが落ち着きません」
顔には自然と苦笑が浮かんだ。
不意の来客に備えるため。着替えを楽にするため。就寝中も女装を解くことはない生活。メイドとしての立ち居振る舞いのほうがもはや自然に出てくる。
王子が使用人と間違いを起こさないように──というのは重要だし、これは『彼』のような者にしかできない仕事だ。
「殿下の女好きがなけりゃもう少し融通がきくんだけどな」
「仕方ありませんね。あの方のあの性格は昔からですので」
第五王子クロヴィスは大の女好きである。
事あるごとに異性へ声をかけ、うまく事が運べば「お持ち帰り」してくることもある。
『彼』も(女性にしか見えない容姿とはいえ)男なので王子の裸で取り乱すことはないけれど、困ったものだ、とは思う。
汚れたシーツを取り換えるのは『彼』の役目であるわけだし。
「せめてもう少し女性の好みが変わってくだされば」
「ああ。カトレア・カステル嬢のせいでお守りの対象が増えたからな……」
王子の愛人に収まった『歌姫見習い』カトレア・カステルは少々、いやかなり向こう見ずなところのある令嬢だ。
入学初期に起こした騒動に始まり、その気質はまだ直っていない。
誰彼構わず敵意をむき出しにする傾向だけは収まったので、そこはありがたいけれど。
「愛人にするのであればシルヴィア・トー様にしてくだされば」
「ああ。お前、あの女男爵様のこと気に入ってるもんな」
「……別に、そういうわけでは。ただ、あの方であれば問題は起こさないでしょう?」
「そうか? あれはあれで問題の方から襲ってくるタイプだと思うが」
『彼』は思考を放棄して遠くを見た。
入学早々カトレアに絡まれ、王子とリゼットに出会い、決闘騒ぎに参加。
攻撃性のない性格なのにあれだけトラブルを引き寄せるのもある種の才能である。
「ま、彼女はほぼ初見でお前の女装を見破ったもんな」
「そうですね。……その点ではとても信頼しています」
『彼』の女装を見破れる者はほぼいない。
だからこそこんな格好をしているわけだし、男性からのお誘いが絶えないわけだ。
なのにシルヴィアはあっさりと見破った。
人を見る目、なのだろうか。彼女の周りには優秀な少女たちが集っている。王子の想い人であったリゼット・プレヴェール公爵令嬢もその一人だ。
リゼットへの求婚が決闘以来ぱったり途絶えたのもシルヴィアの功績である。
「彼女は男嫌いの気があるんだろう? 求婚してみたらどうだ?」
「恋愛感情はありませんよ。彼女なら秘密は守ってくださるでしょうけど」
ついでにこの特異な容姿も受け入れてくれそうな気がする。
とはいえ、『彼』にその気はない。
あくまでもシルヴィアへの感情は興味や信頼といったものだ。
「それに私の恋愛となれば殿下が嬉々として首を突っ込んでくるでしょうし」
「……ああ、目に浮かぶな」
相棒もまた遠い目をする。
「お互い苦労するよな」
「今更です。理解した上でやりがいを感じているからここにいるんでしょう?」
「まあ、な」
似たような立場、同じ方に仕える環境は二人の間に気安い空気を生んでいる。
なんだかんだクロヴィスに忠誠を誓っているからこそ、こうして重用を受けているのだ。
「シルヴィア嬢がクロヴィス殿下に絆される可能性、あると思うか?」
「ないでしょう。お二人はおそらく水と油です」
男があまり好きではないらしいシルヴィアにとって女好きのクロヴィスは苦手な相手のはずだ。
彼女の気持ちはある程度わかる。
女装をし、女として扱われている『彼』にとって、貴族の中で身分が低く、女として自重を強いられているシルヴィアは共感しやすい相手だ。
せめて幸せな生活を送って欲しい──と言っても、あの少女ならばなんだかんだ上手くやってしまうのだろうけれど。
「で、お前に声をかけてきた馬鹿はどこの誰だったんだ?」
「はい。顔と名前は憶えていますので、後で殿下に報告いたします」
「了解」
主人に言いつけるわけではない。
他貴族の情報を集め、報告するのも従者の役目。軽々しく女を口説くという「事実」も情報の一つだというだけだ。
結果、彼らの扱いが悪くなってもまあ、それはそれ。
「最後の一年が平穏に終わってくれることを祈るばかりです」
おそらく叶わない希望を『彼』はそっと唇に乗せた。