わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
お嬢様はご立腹である
「納得できませんわ!」
都の中にあるデュヴァリエ公爵家の別邸。
普段は静かな当主の執務室に少女の声が響き渡った。
エリザベート・デュ・デュヴァリエ。
休日を利用して家に戻ってきた少女が父から聞かされたのは嬉しくない知らせ。
父である公爵もまた苦虫を噛み潰したような顔で、
「仕方あるまい。陛下のご決定だ」
「それはそうですけれど……! だからと言ってこんな横暴が許されるわけがないでしょう」
「我が家に騎士団に関する決定権はない。故に、たとえ我々が許さなくとも向こうとしては構わないのだ」
「っ」
唇を噛みしめる。
拳を握り、怒りに任せて振り上げようとして──ギリギリのところで下ろす。父はそれを黙って見ていた。
時折、暴力的な衝動が首をもたげるのは悪い癖だ。騎士見習いという立場、経験から来るものだが、貴族令嬢として権力を振るいたいなら振る舞いは正さなくてはならない。
ため息を吐いて、尋ねる。
「決定は覆らないのですね?」
返答は簡潔かつ、重々しいものだった。
「ああ。お前達が進めている新騎士団への城からの資金提供は打ち切りだ」
◆ ◆ ◆
「本格的な夏がもうすぐそこですね」
入学からはや三ヶ月。
貴族学校内の食堂へ通うのにもすっかり慣れた。今日はなにを食べようかと考えるのは楽しいし、提供までにかかる時間が長めなのもそのぶん歓談や思索に費やせると考えれば悪くない。
好きなものを好きなだけ食べられるせいでついついカロリー過多、栄養が偏りがちになるのは困りものだけれど。
成長期の身体はとにかく食べ物を要求してくるものだ。
前の学校の友人たちに比べれば少食なほうとはいえ、シルヴィアもけっこうよく食べる。
シルヴィア・トーは転生者であり、平民から貴族に取り立てられた男爵である。
前世は雑食のゲーム好き。
当時は凝った食事をするくらいならゲームをしたい派。コンビニおにぎりをかじりながらスマホゲームを操作するのも珍しくなかったのに、まさかメニュー表にカロリー表示が欲しいと悩む日が来るとは。
貴族がいい生活をしているのはあれこれの作品で見た通り。
魔道具と呼ばれるマジックアイテムが存在するため余計に贅沢かもしれない。薪で火を起こして竈で煮炊きする平民の生活を知っているとなおさらそう思う。
「なんだか、あっという間に三年が過ぎてしまいそうな気がします」
快適すぎてこの生活から抜け出せるか心配だ。
と、テーブルを挟んだ向かいに座る少女はくすりと笑い、黄緑色の瞳をきらめかせた。
「そうですね。わたくしも、この三ヶ月ほどはあっという間でした」
「リゼット様でもそうなんですか?」
「ええ。最近は勉強も魔術の鍛錬も捗っていまして、そのせいもあるかもしれませんね」
シルヴィアの先輩であり、貴族として圧倒的格上であり、身分差を超えた友人でもある彼女は小さく首をかしげて、
「ところで、シルヴィア様は夏季の休暇中どうやってお過ごしになるのですか?」
貴族学校には一月半ほどの夏季休暇がある。
暑い時期を避けるため、という建前ではあるものの、魔道具による空調が行き届いたこの学校に関しては正直そこは大きな問題ではない。
むしろ夏季は家ごとに領地に帰ったり家族でゆっくりしたりと色々予定があるのが大きいだろう。
同じような理由で休みは冬季にも存在する。
もちろんシルヴィアもそれは知っていたし、自分なりに考えてもいた。
「わたしの実家は都の中にありますので、一度帰ろうと思っています」
「家族が近くに揃っていらっしゃるとこういった時には助かりますね」
「リゼット様はプレヴェール家で過ごされるのですか?」
シルヴィアの両親は平民。
対してリゼット──リゼット・プレヴェール公爵令嬢はばりばりのお嬢様である。
当然、複数の家があるし部屋もある。
けれど少女は「どうでしょうか」と目を瞬いた。
「帰ってこいと言われなければ寮で過ごすつもりです。兄妹とはあまり話が合いませんし」
シルヴィアは「ああ」と内心頷いた。
髪に隠れて見えづらいリゼットの耳──それが人のそれより尖っていることをシルヴィアは知っている。
ハーフエルフ。長命なエルフ族とのハーフは純血ほどではないせよ長生きする。
リゼットも見た目はシルヴィアと一、二歳差といったところだけれど、実際は倍以上歳が離れている。
実家で兄妹として育った者がいてもみんなとっくに成人しているわけで──配偶者への愚痴や子育ての不満を語られてもちょっとアレだろう。
「わたしも騎士団関係や図書館への用事があるので寮には戻るつもりです。その時はまたお食事をいたしましょう」
「まあ、それはとても楽しみです」
本当に嬉しそうに微笑むリゼット。
しばらく前までは自室に食事を運ばせることが多かったらしいけれど、出会ってからはこうして食堂で一緒に過ごすことが多い。
シルヴィアにとっても旧友たちと同様、大切な友人である。
彼女と知り合ったのはほんの偶然。
けれど、そうした偶然の出会いの中から大切な絆というのは育まれていくものなのかもしれない。
これからもまた、そんな出会いがあるだろうか。
思ったところで、シルヴィアは食堂内が騒がしくなり始めていることに気づく。
騒ぎの出どころはというと、
「よしておけと言っているだろう。お前がでしゃばると話がややこしくなる」
「あら、良いではありませんか。私が誰と交流しようと私の勝手でしょう?」
言い争う一組の男女。
男のほうは何度も言葉を交わした間柄。クロヴィスという名の、女の子が好きな王子様。比喩ではなく実際に彼はこの国の第五王子である。
彼と関わりがあって、彼の言うことをあまり聞きそうにない少女というと一人心当たりがあったものの、今回はその、ピンクに近い赤毛の伯爵令嬢が相手ではなく。
「あの方は……」
けれど、シルヴィアも確かに知っている相手だった。
挨拶くらいはしたことがある。
幸いと言うべきか今まで深い交流はなかったのだけれど、なにやらやっかいごとの匂いがする。
ここは間違っても関わり合いにならないように他人のふりをしておきたいところ、
「あら、彼女も私に気づいてくださったようです」
「え」
さっさと食事に戻ろうと思ったところでばっちり目があった。
横のクロヴィスが「あーあ」という顔をしているものの、彼らの話しぶりからしてどういうわけか、最初からシルヴィアがお目当てだったらしい。
それは他人のふり程度では逃げようがなかったのでは。
「ごきげんよう、リゼット様。それからシルヴィア様」
「イリス様、ごきげんよう」
「ご機嫌麗しゅう、イリス殿下」
これ幸いと近寄ってきた彼女にシルヴィアたちはそれぞれ挨拶をする。
畏まった形になったのはそれ相応の相手だから。
殿下、と呼んだ通り、彼女──イリスもまたクロヴィス同様に『王族』である。
今年、貴族学校に在学する二人の王族の一人。
第六王女イリス。
「いかがなさいました? なにやらお話し合いの最中だっようですが」
「ああ、いや。大した用じゃない」
答えたのはクロヴィス。
女性とはいえ妹では甘い顔をする気にならないのか、それともリゼットと会うのが気まずいのか。
少し前、力づくでリゼットへの求婚をキャンセルされた彼はあれ以来あまり接触してこなくなっていたのだけれど。
「お兄様。大した用ではない、ではありません。私にとっては大事な用です」
「お前は人の都合を考えず前に出すぎるきらいがあるだろう。リゼットはともかく、そっちの相手では命令に等しいぞ」
うん、お前が言うな。
先日、彼の言い出した決闘騒ぎに巻き込まれたばかりのシルヴィアは笑顔のまま思って、
「殿下からいただけるご褒美ですが、やはり平穏をいただくべきでしょうか……」
「あら、お兄様。彼女もなかなか強かな子のようですけれど?」
「ああ、うん、そうだな。……こいつも相当変わり者だからな」
なにかとても失礼なことを言われた。
むっとしたシルヴィアに、イリスの興味深そうな視線が向けられて、
「回りくどいのは苦手ですので単刀直入に申し上げます。シルヴィア様、新騎士団の団長様に顔つなぎいただけないでしょうか?」
「はい……?」
シルヴィアは呆然と目を瞬いた。
これはまた、なかなかこの王女様もやっかいな方のようである。