わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「騎士団の恩恵を平民にも分け与えるだと!? 何を愚かな事を!」
拳を叩きつけられた机が、だん、と音を立てる。
丈夫に作られた机はその程度ではびくともしないが、男の心中は穏やかではなかった。
「これだから女は駄目なのだ。こんな提案は必ず退けてやる」
女性騎士団の設立に横槍を入れ、騎士団長を辞任に追い込んだ。
これで少しは大人しくなるかと思えば、デュヴァリエ公爵家はさらなる手を打ってきた。公爵ともあろうものが娘のおねだりごときで甘い顔をしすぎだ。
これから騎士団、および城の上層部による会議が行われることになっている。
最終的な承認、否決の際には当事者が呼ばれることになるが、その前におおよその可否を決めておくのが通例だ。
「陛下には冷静な判断をしていただかなくては」
他ならぬ自分自身の頭に血が昇っていることを棚に上げたまま、男は公爵家の提案を否定する理屈を構築し始めた。
◆ ◆ ◆
謁見の間の雰囲気を見た瞬間、エリザベートは「勝った」と思った。
男たちが思っている以上に女は場の空気、人の表情に敏感だ。
プライドに凝り固まった中年、年寄り共が隠したつもりでもおおよその感情は掴むことができる。
面白くない様子なのは武官よりの者が多い。
彼女たちがここへ呼ばれた時点でおおよその結論は出ている。よほどのことがない限りは覆ることはないので、つまり、そういうことだ。
もちろん、喜びはまだ顔に出してはいけない。
隣にいるシルヴィアに大丈夫かとさりげなく視線を向けると、どうやらその心配はなさそうだった。
少女は毅然と視線を一点に向けている。
こういうところは本当に頼りになると思う。
普通、平民なら「王への謁見」なんて取り乱すか、事の重大さがわからず失礼な態度を取るものなのだけれど。
シルヴィア・トー男爵は内心がちがちに緊張しながらも極力、それを表に出していない。
自分自身を律する驚異的な理性。
戦いになると腰が引けて接近戦なんてもってのほかのくせに、ときどき羨ましくなるほどの度胸を発揮する。
さて。
急な謁見となったのはもちろん騎士団の件だ。
大きな変更がある以上、王からの承認を得なければならない。父である公爵が呼ばれ、エリザベートたちも責任者として同行することになった。
とはいえ、この場で少女たちが行うべきことは多くない。
挨拶等も基本は父が行うため、とにかく跪いて大人しくしていればいい。なにか聞かれた時だけ礼儀正しく答える。
話はおおよそ予定通りに進んだ。
騎士団の運用方針変更についてあらためて説明。
国からの資金提供や貴族家からの寄付に頼らず、商会等との利害によるつながりによって安定した資金源を確保する。
これは城側にとってもメリットがある。
金を出さなくても団体が運営されるのだ。安く済むならそれに越したことはない、と考えるのはある意味当然だし、これに「良いことだ」と頷く文官が何人もいる。
けれど、
「国庫の負担が軽くなるのは良いことだ。だが、下々と繋がりを持つことによって騎士団の名誉を軽んじられる危険を訴える者もいた」
「その通りです! 騎士団は名誉ある国の守り。金につられて働くなど言語道断」
初老の国王の言葉に副騎士団長が同意。
父公爵はこれに淡々と答えた。
「腹が減っては戦ができませぬ。無論、依頼を受けるか否かは都度検討を行い、不心得者の要請ははねる必要があるでしょうが、いざという時のためにも資金は多いに越したことはありません」
「ならば、公爵! お前達公爵家が騎士団への寄付を減らした件は国への反逆ではないのか!?」
「寄付はあくまでも各家の裁量に任されているもの。事情に応じて増減させるのは当然です。神殿、冒険者ギルド等の負担を軽くすることにも繋がるのですから、騎士団としても悪くない話では?」
「だが公爵よ。娘が団長を務める組織に多額の寄付を行う事で組織の私物化を懸念する声もある」
「では、騎士団への寄付金は例年通りで構いません」
ここで突然の手のひら返し。
「ほう。……良いのか?」
「ええ。陛下やこの国への忠誠を疑われるのは本意ではございません。ご心配なさらずとも、既に心強い後援者を得ております」
「その後援者とはいったい誰だと言うのだ!?」
「私ですわ、副団長様」
答えたのは謁見の間へ新たに現れた人物。
連れ立って歩いてくる二人の少女は、
「イリス王女殿下──!?」
「それに、リゼット・プレヴェール公爵令嬢!?」
王女であるイリスはともかく、複雑な立場にあるリゼットはあまり城には姿を現さない。
衛兵や騎士も困惑の色を隠せない。
制止を許される相手ではないものの、あまりにも衝撃が強い。
「お父様、いえ、国王陛下。彼女らの新騎士団には私が設立する商会から資金援助いたします。見返りは素材の提供および隊商の護衛、私設護衛団の指導といったところでしょうか」
「わたくしからも個人的に設立準備資金を提供いたします。……加えて、団員への魔法指導を行おうかと」
ハーフエルフは人間を超える魔力を持っている。
加えて、リゼットは見た目よりも歳上。現時点で貴族学校教師が一目置く魔法の腕を持っている。人よりも長寿であることを踏まえればそう遠くないうちに老魔法使いを超えるだろう。
「いかがでしょうか、陛下。無論、新騎士団の行動方針は国の利益を最優先といたします」
「うむ。良かろう、新騎士団の自由裁量を許す」
この決定にざわめきが大きくなり、エリザベートはほっとする。
直後、
「ただ、いつまでも『新騎士団』では座りが悪いな」
国王はいきなり面白がって余計なことを言い出した。
「エリザベート・デュ・デュヴァリエ。何か良い名はないか?」
「はい、陛下。それでは──」
答えながら慌てて思考を巡らせる。
猶予は少ない。団名については幾度も悩んではきたものの、いまだ「これ!」というものは見つかっていなかった。
暗喩や歴史的な出来事にあやかるのはこの際抜きにして、直感的にわかりやすいものを選ぶべきか。
となると。
隣で「大丈夫?」という顔をするシルヴィアと目が合う。彼女の髪にはいつぞや贈られた髪飾りがある。そのモチーフは、
「銀百合騎士団、でいかがでしょう?」
月も花も女性的なものとされやすい。
副団長は「ふん。くだらぬ」という顔をしたものの、国王は満足そうに頷いた。
「良かろう。では、今日から其方らは『銀百合騎士団』を名乗るが良い」
思わぬきっかけで団名が固まってしまった。
けれど、いい頃合いだったかもしれない。
なにより王のお墨付きというのがいい。隣のシルヴィアが「なんでわたしを見て決めたの!?」という顔をしているのもとても良い。
なかなかおもしろいことになったじゃないか。
と。
「ところで、エリザベート。そしてシルヴィアよ。銀百合騎士団に一つ頼みたいことがあるのだが」
「なんでございましょう、陛下?」
「うむ。我が后に是非贈り物をしたいのだが、材料が不足しておってな。その調達を頼みたいのだ」
「材料、と申しますと?」
終わったと思ったところにさらなる無茶振り。
さすが国王、一筋縄ではいかない。
頷いた王が「実はな」と口を開き、
「我が国最大の『太陽石』産地において石の採取量が減っておるのだ。直接出向いて取ってきてはくれぬか?」
「御意」
質問の形式を取ってはいるものの、よほどのことがない限りは断れない。
そもそも騎士団が本格稼働するのはまだまだ先なのだが。
それも込みで言葉を呑み込み、エリザベートは恭しく礼を取ったのだった。