わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「おう、女ども。わざわざ同行してやるんだから無様な真似するんじゃねえぞ」
「最低限、陛下のご厚情を無にするような事だけはないようにな」
同行する男性騎士は当たり前のように敵対心ばりばりでした。
湖への出発は夏季休暇の初日。
騎士団の敷地前に停められた移動用の馬車の数は全部で五台に及んだ。
総勢十人以上、使用人を含めると倍の人数。行き帰りで運ぶ荷物もあるとなればある意味当然である。
人が多くなると馬もたくさん必要だから大変だ。
自動車なら大型が三台もあればいけそうなのに。台数がかさむほど馬車を引く馬の餌も必要になるという面倒くささ。
シルヴィアはあらためてこの世界の移動の難しさを実感する。
軍隊規模の戦略を立てるならそのあたりも考慮していかないと。
ともあれ、当面の問題は男どもだ。
やってきたのは二十歳前後の男性騎士二人。
正規騎士としての経験をある程度積み、勢いに乗ってきた頃合い。決闘の際に戦った若手より実力もあるはずだ。
その分、態度もプライドもでかい。
「わざわざご足労いただいて申し訳ありません」
頭を下げて笑顔を浮かべると「立場を弁えているじゃねえか」と満足そうに頷かれるも、
「そんな奴らに愛想よくしなくてもいいわ」
「この、マルグリット。『そんな奴ら』とは何だよ!?」
「そのままの意味です。遠征の仲間といがみあって何になります」
「………ぐ」
黙った後輩を見て「ふふん」と笑うマルグリットだけれど、彼女も先日、エリザベートと喧嘩をしたばかりである。
まあ、当日までに禍根を断っているあたりはだいぶ大人か。
「現地までは馬車で二、三日といったところよ。念のため、野盗や魔物の襲撃にも注意しながらの移動ね」
馬車は自動車と違って生き物が動力源。食事や水を補給しないといけないし、休憩、さらに夜には睡眠も必要になる。
移動スピードはそこまで早くできない。
「騎士および騎士見習いが交代で御者台に同乗、周囲を警戒しながら移動しますわ」
「だね。シルヴィアたちは真ん中の馬車で休んでて」
『銀百合』からはリゼットと王子の決闘の件で戦った七人が参加。
つまり騎士見習いのエリザベート、クレール、イザベルに騎士のラシェル。
それから騎士ではないメンバーとしてシルヴィア、リゼット、アンジェ。
イリスは「私は根回しと計算が仕事ですので」と参加していない。
「わたしたちじゃ遠くの人影とか見落とすもんね。でも、野営の時は見張りの数に入れてくれる?」
「シルヴィアさんも一応、元騎士見習いですものね」
「うん、一応ね。一応」
成績ビリ、留年があったら卒業できなかったかもしれないので胸を張っては言えない。
「俺達で馬車を一つ使うぜ」
「私とサラで
「かしこまりました」
そんなこんなで馬車の一団が目的の湖に向けて出発した。
◇ ◇ ◇
都の中ならともかく、外を走る馬車はかなり揺れる。
本を読むなんてもってのほか。乗っているだけで体力を奪われかねないのでなるべく大人しくしているのが定石だ。
そのうえ、
「騎士団用の馬車は乗り心地がだいぶ異なりますね」
「貴賓用ではないのでスペースの広さを優先していますからね」
お嬢様であるリゼットは少々辛そうだ。
一方、神殿育ちの聖女見習いアンジェは、
「箱に詰め込まれて過ごした一夜よりはだいぶ気楽です」
「箱に……?」
「その節は本当にすみませんでした。目くらましのためとはいえ」
「いいえ。あれはあれで楽しかったですから」
せっかくなのでゴブリン退治の時の話をリゼットに話して聞かせた。
「シルヴィア様たちは本当に、以前から活躍めざましかったのですね」
「大したことじゃありません。今思うとけっこう綱渡りでしたし」
「それでも、わたくしには自分からゴブリンの群れに飛び込む勇気はありません」
「リゼット様も勇気を出して婚約を断られたではありませんか」
「そう言っていただけると心強く思います」
黙りっぱなしも酔いやすいので適度なおしゃべりは問題ない。幸い、三人とも大騒ぎするタイプではないことだし。
しばらく雑談に興じたところでアンジェが「あの」と口を開いて、
「問題の湖はどのようなところなのでしょうか?」
「レイユ湖。国内有数の規模を誇る湖で、その特産は太陽石です」
「太陽石は熱と光の力を秘めた天然の魔石なんですよね」
「ええ。照明や暖房などに広く利用されています」
魔石は人工的にも作れるが天然ものはだいぶコストが安く済む。
その太陽石がレイユ湖の底にはごろごろしている。
「近年、太陽石の産出量が減少しており、魔道具の値上がりが危ぶまれているようです」
「なにか原因があるのでしょうか?」
シルヴィアも調べたり人に聞いたりはしてみたものの、これ、という情報は得られなかった。
「単純に採りすぎの可能性もありますけど、後は環境変化──水質汚染なんかが関係しているかも」
「イリス様は不法採取の可能性を心配されておりました」
今はまだ採れる量でいちおうなんとかなっている。
今のうちに原因を突き止めて解決できれば国もだいぶ助かるはずだ。
「もちろん、わたしたちでなんとかできないなら専門の調査団が派遣されるだろうけど」
「早急に解決するに越したことはありませんね」
とはいえ、まずは無事に到着するところから。
「湖の近くには街があるらしいので、向こうではちゃんとした宿に泊まれます。野宿の間はなんとか辛抱しましょう」
「問題ありません。わたくしには自然と共に暮らすエルフの血が流れています。一日二日の野宿でへこたれるわけには」
と、意気込んでいたリゼットだったけれど。
◇ ◇ ◇
「……その、シルヴィア様。本当に申し訳ありません」
「お気になさらないでください。神聖魔法でなんとかできればいいんですけど、なかなか難しいですし、せめて枕代わりになるくらいは」
一夜明けた二日目には公爵令嬢はだいぶぐったりしていた。
ちなみにもう一人の公爵令嬢──エリザベートはけろっとしている。「野営なんてもう何度も経験していますわ」とかなり頼もしい。
「馬車酔いは馬車を降りるのが一番の薬ですからね……」
シルヴィアも馬車はけっこう乗っているし、アンジェも日頃から早寝早起き、毎日のお勤めでそれなりに鍛えている。
見張りまでこなしているクレールたちには及ばないまでも、リゼットに肩を貸すくらいの余裕はあった。
「今日中に着けるといいんですけど」
夜に街へ到着できるかどうか、といったところらしい。
また、着いたとしてもあまり遅いと中に入れてもらえないかもしれない。夏の気温もなかなか堪えるのでできれば何事もなく行って欲しいところ。
なにか気を紛らわせる方法はないものか。
神聖魔法でお菓子を出す? ……この状態で煎餅とか羊羹はつらい。なにか納涼っぽいものを出せればいいのだけれど。
うちわ? 扇風機? 風鈴?
「そうだ。《かき氷》」
適当な器を用意してもらったうえで唱えると、その上にこんもりと透き通る氷の山が生まれた。
シロップはシルヴィアのイメージが反映されたために白い練乳である。
「シルヴィア様、これはなんでしょう?」
「細かく削った氷に味付けしたものです。水分補給と同時に身体を冷やせるんじゃないかと」
「なんだか美味しそうですね」
リゼットも興味を持ってくれたのでもう一つ出す。今度はいちごジャム+シロップ。
「ただの氷にこんな使い方があるとは思いませんでした……」
「あの、シルヴィア様。もう一度聖句を唱えていただけないでしょうか? 私も是非覚えたいです」
さらにゼリエたち使用人も「美味しそう……」という顔をしたので結局六人分出した。
「素敵です。これなら魔法や魔道具でも作れそうですよね?」
意欲が戻ってきたのか、リゼットがきらきらと目を輝かせる。
「元気になってよかったです。でも、あわせて塩分も補給してくださいね?」
「塩分ですか?」
「汗を舐めるとしょっぱかったりするでしょう? 汗をかくと身体から塩がでていってバランスが崩れるんです」
「汗を……舐める……?」
しまった、お嬢様に経験があるはずなかった。
誤魔化すように笑いつつ「《塩飴》」と唱えると個包装された飴が三つ手のひらに収まった。なんでもありだな神聖魔法。ひょっとして神様は食いしん坊なのか。
そんなふうにシルヴィアたちが道中をなんとか乗り切ろうとしていた時。
「止まって! 何か来た!」
先頭の馬車からクレールの声。
馬のいななきと共に馬車が急停車。メイドがリゼットとアンジェを庇う中、シルヴィアは御者台へ。
その時にはもう、襲撃者が近づきつつあった。