わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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フラグは現実にも存在する

 こういう時の親友はとても歳相応には見えなくなる。

 容姿はまったく変わっていないのに、経験を積んだ大人の女性のようになるのだ。

 クレールは傍で息を呑むしかなかった。

 二人の令嬢も同じで──それどころか、彼女たちは少女から秘密を告げられるとすぐに自らの口を両手で押さえた。

 そうしないと、悲鳴を上げてしまいそうだったのだ。

 エリザベートが落ち着くのまでしばらく待って、

 

「……想像以上ですわ。こんな話、確かに広まれば無事に済まないでしょう」

「だよね。あたしもシルヴィアが神殿に閉じ込められるなんて嫌だよ」

「閉じ込められる、ね。その程度で済めばどんなに良いでしょう」

 

 馬鹿にされた気がしたクレールが頬を膨らませたところで、テーブルの上に輝く文字が浮かび上がる。

 もちろんクレールには読めない。けれど、隣の少女はまるでそれが既知の言語であるかのように淀みなく視線を走らせた。

 既に教えられているクレールが見ても不思議な光景。

 

「教えてくださいませ、シルヴィア・トー。わたくしが今よりも強くなる方法を」

 

 デュヴァリエ公爵令嬢。

 貴族のパーティに出席すれば大勢の者から敬われ丁重に扱われる高貴な少女はゆっくりと立ちあがるとその頭を下げた。

 無防備を晒し、自身を低く見せる行為は誠意の証。

 不用意に行えば悪い噂が立ってあっという間に破滅を招きかねないというのに。

 

「他言無用。これに加えて、あなたをわたくしの庇護下に入れることを約束いたします。足りなければあなたに忠誠を誓いましょう」

「ちょっ、エリザベート!? 自分が何を言ってるかわかってるの!?」

「わかっていないのはあなたのほうですわ。それだけの価値は十分にあります。単なる友誼でそれを手にできたあなたは類稀なる幸運の持ち主だということを自覚なさい」

 

 ……そう言われると正直、悪い気がしない。

 公爵令嬢が自らを投げうってでも手にしようとするものを、自分は友情の証として受け取った。

 エリザベートが忠誠を誓おうと誓うまいと、シルヴィアのことは一生守ってあげたい。そう思う。

 

「あはは。……エリザベートさんの庇護下に入れるなんて、それじゃダミアンから『好きなものを買ってあげるよ』と言われたのが霞んじゃいますね」

「シルヴィアさん。そういえば、そのお話はどう返答なさるのですか……?」

「うん。いろいろ考えたけど、やっぱり現金かなあって」

「……シルヴィア。プレゼントの希望を尋ねられて『金』と答える令嬢がどこの世界にいるのですか」

「エリザベート様。シルヴィアさんは令嬢ではありません」

「そういえばそうでしたわね。クレールとシルヴィア、立場を入れ換えればわかりやすいですのに」

 

 うん、まあ、正直そんな気はしないでもない。

 ともあれシルヴィアはこの頼みを了承して、エリザベートとイザベルの二人にクレールと同じように簡単な助言を授けるのだった。

 そして。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

 あの日を境にシルヴィアの学校生活は一変した。

 

「おはようございます、シルヴィア。昨夜はよく眠れたかしら? 寒くなってきたことですし、体調には気をつけなさい」

「お、おはようございます、シルヴィアさん」

「おはようございます。エリザベートさん、それにイザベルさんも」

「エリザベートで構いませんわ。わたくしとあなたはお友達なのですから。ね?」

 

 なんやかんやあってエリザベート、それからイザベルに強くなるためのアドバイスをした。

 神の文字が読めると言いつつ簡単な指示に留めたというのに、公爵令嬢は翌日には「庇護下に入れる」という約束をはっきりと守ってくれたのだ。

 

『わたくしはシルヴィア・トーと友誼を結びました。彼女への過度の侮辱には相応の対処を致しますのでそのつもりで』

 

 公爵家の威光は凄まじい。

 例えば前世でも社長令嬢が「この子をいじめたら許さないから」と言えばたいていの子供は脅威に感じるだろう。それと似たようなものだ。

 まして、この世界ならば「私兵を使って相手の家を物理的に攻撃する」こともできる。

 バレなきゃOK、と開き直る生徒は少なく、その少数派もクレールに睨まれるとたいてい大人しくなる。

 虎の威を借りまくる形だけれど、おかげで陰口やいじめ未満の意地悪などはほとんどなくなった。

 

 以来、エリザベートはこうしてよく話しかけてくるようになって。

 単純に友達が増えたという意味でも嬉しい変化だった。

 ただし、クレールは微妙な反応。

 

「別にいちいち話しかけて来なくてもいいのに」

「あなたに許可を取る必要もないでしょう? ……まあ、あなたにもいずれ借りを返しますけれど」

「試合ならいつでもいいよ。あたしとしても訓練になるし」

 

 ツンデレ公爵令嬢と明るい伯爵令嬢はやっぱりウマが合わないらしい。

 控えめな男爵令嬢が藍色の瞳をこっちに向けて「大変ですね」と目で訴えてくれる。

 

「エリザベートたちは特訓、順調?」

「少しずつ形になっていると思いますわ。結果に現れているかと言えばこれからですけれど」

「私も少しずつ練習しています」

 

 話をする機会が増えたことで二人の好感度も少しずつ上がり、今では『68』と『65』。

 どちらも親友と言っていい間柄に進展している。

 これを80以上にしてハーレムを目指すかどうかはともかく、将来戦略家になるための人脈作りとしても悪くない成果だと思う。

 と、そこへ。

 

「シルヴィア・トー。そろそろプレゼントの件を答えてくれないか」

 

 くすんだ赤髪、ダミアンが焦れた様子で声をかけてきた。

 

「シルヴィア。まだ返事をしていなかったんですの?」

「だってエリザベートが『現金じゃ駄目』とか言うから」

「プレゼントに金銭を要求するなんて品がなさすぎます。そもそも現金は『一つ』とは言えないでしょう」

「あたしは子爵家の財産ぜんぶ出してくれてもいいと思うけど」

「く、クレールさん。さすがにそれはダミアンさんが処分を受けるかと」

 

 言い合っていると少年は頬をひくつかせて、

 

「僕からのプレゼントに現金を要求するつもりだったのか?」

「わたしは特に欲しいものないし、お父さんとお母さんの生活費にあてられたらなって」

 

 国から与えられたお金の大半を渡して「好きに使って欲しい」とお願いしたけれど、平民の生活はけっして楽じゃない。

 もう少し仕送りができたらシルヴィアとしても安心できる。

 

「できれば定期的に小分けで渡してもらえると一番いいんだけど」

 

 ダミアンは「なにを言ってるんだこの馬鹿は」という顔をした後で「なら指輪だ」と言った。

 

「聖銀のリングにムーンストーンをあしらった指輪を贈ってやる。それでいいな?」

「もらえるものに文句なんか言わないけど、いいの? わたし、それたぶん換金するよ?」

「換金したくないと思えるような品を贈ればいいんだろう?」

 

 それから何か月かした後、子爵家から贈られた指輪は確かに見事な出来だった。

 売却前提の品に金をつぎ込むと聞いた両親からダミアンはかなり怒られたらしい。そのせいか、シルヴィアが売却しようとするとどこに持ち込んでも「さすがにこれは買い取れない」と断られる事態に。

 困っていたところ「その程度で友誼の証になるのなら」とエリザベートが毎年、金貨一枚を実家へ贈ってくれることになった。

 夫婦二人がゆうに冬を越せる額。

 一度にどーんと渡されると盗みに入られる可能性もあるし、公爵家の使いが毎年訪れるとなればそれだけで防犯効果がある。

 

「ありがとう、エリザベート」

 

 お礼を言えば、素直じゃない公爵令嬢はつんと顔を背けながら。

 

「別に。十分すぎる対価はすでにいただいていますわ」

 

 と、そんな風に答えたのだった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 冬が終わって春が近づき、四年生の終わりが見え始めた頃。

 

「諸君らには今までの訓練の集大成として遠征訓練に参加してもらう」

 

 老教師が告げたのはこれまでには経験のない催しの名だった。

 

「騎士になった暁には野外行動や長期遠征の機会もある。その予行演習として、四年生からは毎年一度ずつ遠征訓練を行っている」

 

 あくまでも訓練なので大きな危険はないものの、都の外での野営も含まれる。

 

「諸君らはまだ未熟。よって『率いられる側』の兵士の役を担ってもらう。諸君らを四人ずつに分けて分隊を形成、それぞれに上級学校から招いた生徒一名を指揮官として付ける」

 

 指揮官役の先輩に従いながら指揮のお手本を見せてもらい、指揮する側に回った時に困らないようにするというわけだ。

 四年生の遠征訓練は分隊ごとに隊列を組んで都から半日の距離にある平原を目指す。

 到着したらテントを張って一泊、来た道を引き返して終了という単純な行程だ。

 移動が遅れれば一泊が二泊になる可能性はあるものの、不測の事態でもなければ平穏無事に帰ってこられる。

 

「とはいえ、都の外は安全が保証されていない。街道と言えど時には魔物が現れる」

 

 魔物。モンスター。人を襲う化け物。

 過去の遠征訓練でも魔物の襲撃を受けた例があるらしく、その場合は模擬剣ではなく本物の剣を使って討伐を行う。

 野営中の夜間警戒も含め、実践形式での訓練だ。

 

「訓練とは言え気を抜かないように。では、隊の割り振りだが──」

 

 割り振りには当人たちの希望も十分に反映された。

 同室であるクレールはもちろん、残りの二人は、

 

「よろしくお願いしますわ、シルヴィア。それからクレールも」

「お二人と一緒なら心強いです。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね、二人とも」

「ん。まあ、他の子と組むよりは良かったかも」

 

 エリザベートとイザベル。

 騎士といえど着替えや宿泊等では極力、男女別にする等の配慮が行われる。あくまで極力だが、指揮官役の上級学校生も女子になるそうだ。

 

「シルヴィア。へばって遅れるのではありませんわよ?」

「あはは、ぜんぜん自信ないなあ」

「あたしが荷物持ってあげるよ。元気ならあり余ってるし」

「さすがにそれは悪いよ。……って言いたいけど、ちょっと甘えてもいい?」

「もちろん!」

 

 シルヴィアだって毎日鍛えている身。

 全く動けないわけではないけれど、騎士見習いに合わせたハードワークはさすがに過剰だ。

 これによってぴろん、と、またもクレールの好感度が上昇。

 下がってもおかしくないと思ったのだけれど。

 

「まあ、本物の行軍であれば馬か馬車が用意されるところでしょうし。シルヴィアが騎士と同じだけ歩ける必要もありませんわね」

「貴族学校に入ったら乗馬の訓練もしないとね」

 

 今回は一般兵の役なので、どっちみちえんえん歩くしかない。

 

「わたくしとしてはいっそ魔物の群れにでも出くわしたいところですわ」

「エリザベート様。そんな危険なこと……」

「なにを言っているの。そうでもしないと目立てないでしょう」

 

 実戦で成果を挙げたとなれば教師の目にも留まりやすい。

 ふん、と胸を張った公爵令嬢の紅の瞳の先にはライバルである(と一方的に思っているらしい)ポニーテールの少女がいる。

 クレールはエリザベートの視線を気に留めることもなく自分の手に視線を落として、

 

「魔物かあ。あたしもまだ戦ったことはないんだよね」

「なにごとも経験ですものね。手頃な相手に出くわせるといいのですけれど」

 

 なにやら思案したお嬢様が「例えばゴブリンとか」と呟くのを聞いて、シルヴィアは苦笑した。

 

「言うと招きそうで嫌なんだけどなあ」

 

 招いたのは果たしてどちらの言葉だったのか。

 四年生一行は平原にてゴブリンの群れに襲われることになった。

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