わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
かつて、レイユ湖の湖面は陽の光を集めるようにして輝いていた。
集められた光りはきらきらとこぼれ落ち、光の結晶となって底へと眠る。
レイユの住民は湖と太陽への感謝を忘れてはならない。
「もはや単なる伝承ではありますが、これが神殿に残る湖の逸話です」
「この話は街の人も知っているんですか?」
「ええ。……もっとも、本気にしている者はほとんどいません。子供の頃によく聞かされたな、程度の認識でしょう」
まあ、自分の立場で考えてみても、親から地元の伝説を聞かされて「ふーん」以上の感想を抱くかと言われると怪しい。
長く住んでいると愛着が湧いて、自分の子供にも伝えることはあるかもしれないけれど。
「お祈りの際、魔力が神像に吸い込まれることは知っていらっしゃいますか?」
「もちろんです。ですが、なんの意味があるのかはわかりませんし、病人やけが人の治療にも魔力は必要ですので……」
単なるお祈り以上のなにかがあるのか。
あったとして、それは傷ついたり弱っている人を後回しにしてまでするべきことなのか。
街の神殿は都の大神殿ほど規模が大きくない。聖職者の数も限られているので、街の人が祠の存在を半ば忘れる中、守っているだけでも立派だろう。
アンジェは「お話はわかりました」と頷いて、
「私たちで祠の清掃や調査を行っても構いませんか? せっかくの祠をあのままにしておくのも心苦しいですから」
「もちろんでございます。アンジェ様に清めていただければきっと神もお喜びになるでしょう」
神殿を出た後、頭がぽつりとこぼすように、
「昔話なんてあたしもろくに信じちゃいなかったけど、案外大事だったのかもしれないね」
「お頭さんもおばあさんの話は大事にしてるじゃない」
「それは家族が言っていたからさ。それでもばばあほど熱心にゃ信じちゃいないよ」
こうして伝承は形骸化していくわけだ。
とはいえ、昔話にはなんらかの教訓が含まれているはず。
「太陽石に関係なくても、なにか意味はあるかもしれませんね」
「ええ。シルヴィア様、お手伝いいただけますか?」
「もちろんです。一緒に頑張りましょう、アンジェ様」
微笑んで答えると、銀髪の聖女見習いからも笑顔が返ってくる。
「こうして同じ立場でお話ができること、本当に、神に感謝しなくてはなりません」
◇ ◇ ◇
「本当にぽろぽろ鱗が剥がれるねこの魚。ね、これってまた生えてくるの?」
「ああ、しばらくすると勝手に生えてくるさ。桶で飼っていると底に溜まって掃除が面倒らしいね」
湖に戻ると潜水も釣りもひと段落していた。
遅めの昼食をとりながらそれぞれの収穫を話し合う。サラの釣ったレイユフィッシュがシルヴィアたちの傍で木桶の中を泳いでいた。
「魚の鱗って、たしか骨みたいなものなんだっけ」
「ええ、基本的にはそのはずです」
「それ、なかなかの硬さですわよ。骨というより石のようですわ」
潜水のほうの収穫はというと、
「ほら、採れたよ太陽石」
「わ、ほんとだ。綺麗だね、これ」
三つの小ぶりな石をクレールが見せてくれる。
少し透き通っていて、太陽に照らすときらきら光る。どことなくガラスや宝石のような印象だ。
「クレール、もっといっぱい採れそう?」
「んー、どうかなあ。それなりには落ちてるけど、けっこう時間かかるかも。一箇所に固まってくれてれば楽なんだけどね」
「小さい石はできるだけ採らないのが決まりだよ。……もっとも、最近は守られているか怪しいがね」
「シルヴィアさん、いくつくらい持って帰れば十分なんですか?」
「うん、百個くらいかな」
王妃が十人、複数の太陽石を用いてアクセサリー兼魔道具を作るとなると、予備も含めてそれくらいはいる。
「百かあ。夏だからいいけど、これ冬だったらめちゃくちゃ大変だよ絶対」
「身体を温める魔道具もありますけれど……」
「太陽石を用いて作るのが一般的ですわね」
魔法の得意な者が採るなら話は別だろうけれど、採取のためだけに貴重な魔力を浪費するのもちょっともったいない。
「リゼット様。しばらくクレールに協力していただいてもよろしくて?」
「ええ、もちろんです」
「それならボクも手伝うよ。さすがにクレール一人じゃ大変でしょ。交代で潜ろう」
「わたしとアンジェ様は祠の掃除と魔力供給をするつもり」
「なら、私とサラは湖周辺の調査をするわ」
上級騎士ともなればある程度、水中呼吸の魔法も使えそうなものだけれど、水着になるのが恥ずかしいのか、マルグリットたちは別の仕事を希望した。
シルヴィア的にも少人数で水着になって素潜りしろと言われたら少し恥ずかしい。
「時間が余ったらみんなで泳ぎましょう」
とりあえず今日のところは足を水につけるくらいで我慢しておく。
◇ ◇ ◇
普段からある程度整備されているため、祠の清掃自体はそれほど苦労しなかった。
ゼリエにも手伝ってもらい、二日もかければぴかぴかに。
雨でも降ろうものなら簡単に汚れてしまいそうなのが少し残念である。
「アンジェ様、大神殿の外壁は掃除が大変じゃないですか?」
「ええ、ですが、神殿の建物は聖なるお力で穢れにくくなっていますので」
「では、この祠も同じことが言えるかもしれませんね」
掃除と並行して毎日お祈りも行っている。
シルヴィアとアンジェ、さらに元巫女であるゼリエの魔力をほとんど捧げても一日二日ではまったく満足してくれる気配がないけれど──。
「住民が日常的に祈りを捧げるものだったとすれば、それも頷けます」
「本当は少人数で一気に満たすようなものじゃないってことですね」
街の人の意識が変わらないとすぐ元に戻ってしまう。
それでも、やらないよりはましだ。
「シルヴィア様、石碑の解読はできませんか?」
「文が途切れてしまっているとさすがに……。でも、神殿で聞いた逸話に近い内容に思えます」
毎日通ってお祈りをしつつ、ついでにお供えものをしてみる。
レイユフィッシュの煮込みとお酒。
お供えものが効いたのか、それとも魔力が足りてきたのか、変化は五日目に現れた。
「わ……!?」
「これは……?」
神像に吸い込まれた光の一部が返ってきてシルヴィアたちを包みこんだのだ。
驚きつつ自分たちの身体を見下ろせば、淡い光が全身を覆っている。
「特に違和感はありませんよね……?」
「ええ。強いて言えば気分がすっきりしたというか、清涼な空気を吸い込んでいる感覚でしょうか」
空気。
アンジェの言葉に「もしかして」と思う。
身体の光が消えないうちに湖面との距離が近いあたりに移動して、
「押さないでくださいね? 絶対に押さないでくださいね?」
「悪ふざけをする方は近くにおりませんので、ご安心ください、シルヴィア様」
恐る恐る顔を水につける。
そのまま数を数えて──三十秒、一分。
「シルヴィア様!?」
押されるのではなく身体を引っ張られて顔を上げさせられた。
「呼吸は大丈夫なのですか、シルヴィア様?」
「はい、なんともありません。……本当になんともありませんでした。普通に息ができます」
魚を採る時はお祈りをしてから、というのはつまり、祈ることで神様から水中呼吸の魔法を与えてもらえるから、ということだったらしい。
「これ、太陽石を採るのも楽になりますよね?」
「クレール様たちにもお祈りしていただきましょうか」
面倒くさがり屋のクレールにわりと渋られた。
「あなたのような人間がいるから伝統が廃れるんじゃありませんの……?」
「エリザベートだって潜る方を面倒がって楽な方法を開発しそうじゃない」
「二人とも、どうしてそこで喧嘩を始めるの……」