わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
噂のでどころはよくわからない。
気づいたら話が広まっていた。内容は、
『あの店の娘は貴族の仲間入りをした。騎士学校から貴族学校に入り、お貴族様と一緒に学んでいる。店には定期的に公爵家からの遣いも来ている』
ざっくりまとめるとこんな感じだ。
「……? それ本当のことだよね?」
「ええ、本当のことです。悪評と呼べるものでもありませんが、我々平民にとって貴族とは縁遠い存在ですから」
俺たちとは住む世界が違うんだな。親の店もちょっと行きづらいな、となる。
貴族らしくない貴族のお嬢様はしばらく首を傾げてからシルヴィアを見た。
「そういうものなの?」
「そういうものなの!」
「そっか。まあ、シルヴィア可愛いもんね。貴族の中でもぜんぜん悪目立ちしないくらい」
みんながうんうんと頷く。
ここで「でしょう?」と胸を張るのも、逆に「そんなことないよ」と謙遜するのもいやらしい気がしてシルヴィアは真っ赤になった。
「シルがどうなろうとこの店はこの店だし、お茶が美味いのも変わらないってのに」
「うーん……根も葉もない噂なら本当のことを伝えればいいけど、本当のことしか言われてないんじゃどうしようもないね?」
「っていうかシルがあれこれやったら逆効果じゃない? 今の格好も明らかにお嬢様だし」
あまり目立つと「やっぱり貴族と繋がりがあるんだ」となるだけである。
ここで父がため息をついて、
「今はまだいいけれど、公爵様やシルの権力にあやかりたい、と変な輩が来るようだと困るな」
「噂を放っておいたら尾ひれがついて変な方向に行きかねないしね」
ううむ、と頭を悩ませる。
まさか実家がそんなことになっていたとは。
「もっと早く教えてくれればよかったのに」
「頑張っている娘にそんな苦労をかけられないでしょう?」
元はといえばシルヴィアが原因なのだからそんなこと気にしなくていいのに。
「ねえシルヴィア、これもしかして副団長の嫌がらせじゃない?」
「副団長が首謀者とは限らないけど、なんか例のアレっぽいよねえ」
「例のアレって?」
「下手に聞くと巻き込まれかねない危険な話」
「ごめん、私はなにも聞いていない。聞かなかったから消さないで」
「消さないってば」
とは言ったものの、もしこれが本当に『銀百合』関連の嫌がらせだとしたらどうしたものか。
「ごめんなさい、お父さん、お母さん。もしかしたらあんまりゆっくりできないかも」
一度、色んなところへ相談に行ったほうが良さそうだ。
◇ ◇ ◇
「十中八九、副団長からの嫌がらせですわね」
「やっぱりそう思う?」
「ええ。大人しくしないのならば次はこんなものでは済まない、と言っているのでしょう」
今度こそ悪い噂を流すか、人を雇って店を襲わせるか。
「誘拐──まではやらないと思いますけれど」
「めちゃくちゃ危ないじゃない!」
「もともとあなたの実家はとても危険なのですわ。だからこそ公爵家との繋がりを示していたわけで」
ただ、相手が公爵家にも恨みのある貴族となると厄介だ。
「シルヴィア。そろそろ決断する時ではありませんの?」
ティーカップを傾けながら紅の瞳を向けてくるエリザベート。
「決断、って?」
「決まっているでしょう。両親を取り込むか、あるいは切り捨てるか、ですわ」
「っ」
シルヴィアは男爵。正式な貴族であり、その子供も貴族として扱われる。
両親に遡って爵位が与えられることはないものの、お気に入りの平民として「囲う」ことはできる。
守りたいのならおおっぴらに関係をアピールして本格的に守ってしまえばいい。
「店をもう少し貴族街よりに移し、客層の良い高級店にしてしまいなさい。男爵が出入りしても違和感ない程度の店なら噂も関係ありませんわ」
「じゃあ、切り捨てるほうは……?」
「産みの親であっても貴族としての自分とは関係ない、として関わりを断つということです」
家にも帰らないしお金を入れるのもやめる。
人質にされたところでなんの効果もないとわかれば誘拐だのなんだのは起こらないだろう。
「正直に言うと、簡単なのは後者でしょう」
「でも、お父さんとお母さんを切り捨てるなんて」
「だったら守る覚悟を決めなさい。それが貴族としての覚悟というものですわ」
◇ ◇ ◇
さらに、商人的な観点からイリスにも助言を求めた。
彼女も商人になろうとしている段階で経験はないのだけれど、資質、そして収集している知識から率直に答えてくれた。
「でしたら、男爵家公認の事業としてしまえばよいかと」
「事業、ですか」
「ええ。噂を塗り替えるのはなかなか難しいことです。貴族と関わりのある店だと客が尻込みしているのならなおさら。ですから名を実に変え、利に変えるのです」
具体的なやり方はエリザベートが言ったのと変わらない。
引っ越して店を出し直せばいい。
シルヴィアが出資して収益を上げさせ、少しずつでも返してもらう。
「シルヴィア様のご実家については以前、少し調べさせていただきました。出資者さえいればもっと良い場所でもやっていける人材かと」
「本当ですか?」
「ええ。よろしければ開店資金を融通いたします。もちろん、少しずつ返済していただきますが」
イリス商会(仮)の系列店としてシルヴィアとイリスが共同経営するようなものだ。
「それは……いいかもしれません」
ちゃんと経営に口を出すようになれば「用心棒を雇え」とか言うこともできる。
「ただし」
イリスは真剣な表情でシルヴィアをじっと見据えて、
「ご両親の説得はあなたの役目です。そこは心してかかってくださいませ」
◇ ◇ ◇
「いや、そこまでしてもらう必要はないよ」
とにかく話をしてみよう。
実家に戻って提案をもちかけると、両親は首を横に振った。
「どうして?」
「娘におんぶにだっこされるのは申し訳ない。それに、この店にも愛着があるんだ」
「噂が広がっても来てくれている人もいるんだもの。簡単に移転なんてできないわ」
「……それは、わかるけど」
両親に万が一のことがあって欲しくない。
被害を防ぐためにシルヴィアの思いつく方法はこれくらいだ。
結局のところ、これは芸能人になった娘が「わたしのお金で引っ越そう」というようなものなのかもしれない。
そう考えると娘のマネージャーを始めたり事務所を立ち上げたりしないだけ両親はとてもまともというか地に足がついている。
「シル。無理に帰ってこなくてもいんだ」
「……え?」
「公の場では、私たちはあなたに『様』をつけなければならない立場でしょう? 平民のことなんて忘れてしまってもいいの」
切り捨てろ、と。
他でもない両親に言われて背筋が寒くなった。
「そんなの、できないよ」
実家には思い出が詰まっている。
七歳で家を出てしまったから実時間で言えば大したことはない。それでも、幼少期を過ごした場所だ。壁や床の小さな傷を見ただけでいろんなことを思い出す。
納品に来たマリーの父からマリーを紹介されたこと。
父からお茶の淹れ方を、母から料理を教わったこと。
戦略家という職業を神託されたシルヴィアに「おめでとう」と言ってくれたこと。
引っ越し、というのは思い出の家をなくしてしまうことだけど。
両親との繋がりまで失ってしまったらなにも残らない。
『銀百合』を始めたのはなんのためだったか。
名誉のため? 違う、みんなと一緒にいられる場所が欲しかったからだ。
シルヴィアはぎゅっと拳を握った。
「お父さん、お母さん。わたしはお父さんたちと他人になりたくない。だから──」